2011/9/30

9月も終わり  生活

今日で9月も終わり。暑いのも今日で終わりかな。名残のツクツク法師が鳴いていた。

台風以来、ゴーヤが一気に衰えた。元気がない。欅も夏も鮮やかな緑から抹茶色、くすんだ緑になり、今日は枯葉色が目立つ。黄葉せず、枯葉になっている。今年の9月の暑さと台風で今年の紅葉はパッとしないかもしれない。

9月のニュースでびっくりしたのは「東北で復興バブル」の記事。東北で、高級時計、高級車、高額旅行が売れていると言う。

家を流され、仮設住宅で暮らし、その仮設住宅が台風で水没してしまった方々、まだ水道や電気に不自由している方、いつ自宅に帰れるかわからないまま避難生活をしている方々、仕事がなく失業保険で暮らしている方など、苦労している人々が沢山いるというのに、どういうことだろう。

復興資金が流れ込んで、バブルが起きているという。確かに土木建設、住宅・家電・車販売などは需要があるだろう。

そういえば、知人の知人は、地震保険金が支払われて、そのお金で海外旅行をした、という話も聞いた。

保険会社も支払額が莫大で、経営が厳しくなったのか?と思っていたら、新規の契約者が増大して、これも震災バブルと言えるくらいだそうだ。

そうか、そういう風に世の中動くのか。経済のことは、わからないなぁと思う。

さて、一方、放射能汚染マップ群馬、茨城、千葉、埼玉が公表された。群馬の山々の汚染に驚いた。

いち早く放射能マップを作成した群馬大の早川由紀夫教授(火山学)は、その地図を見て「群馬北部の山は深刻に汚染されています。これから山に入るには線量計が必須になってしまいました。(中略)キノコとは永遠にお別れです」とtweetしていた。キノコと永遠にお別れなんて、辛すぎる。

群馬の平野部もそうだが、埼玉も平野地域は1万ベクレル以下/1平方mで、線量が低い。秩父は山に囲まれて安全と思っていたが、関東平野より一つ上のランク。1万〜3万ベクレル/1平方mだ。

特に東京都・埼玉県境の山地(ごく狭い範囲=三峰山あたり?)は13万ベクレルと驚く値が出た。奥多摩も高いかも。東京・神奈川マップを見るのが怖い。

朝6時頃、NHKラジオを聴いている。視聴者の投書を読むコーナーがある。福島原発避難区域の方からの投書。

「事故以来初めて自宅へ帰った。家は荒れていて庭は雑草だらけ。その中でブルーベリーがたわわに実っていた。以前はブルーベリーが実ると小鳥が食べるので、追い払うのが大変だった。それなのに、小鳥が食べた形跡がない。そういえば小鳥を見なかった。カラスしかいなかった。」この投書の内容、事実だろうか。

今日は児玉龍彦「内部被曝の真実」幻冬舎新書を読んだ。

衆議院厚生労働委員会でのスピーチで話題になった東大教授だ。このスピーチはその日のうちに、衆議院のビデオアーカイブで見た。


この新書は発刊と同時にたちまち10万部の売れ行きだそうだ。本が出たと知って近所の書店に行った時は1冊もなく、昨日1冊残っていたのを見つけて購入した。

今ではテレビでも頻繁に取り上げられているので、児玉教授の主張は多くの方が知っていると思う。

この本では、猿橋勝子博士にたびたび言及している点に感銘を受けた。女性科学者に贈られる「猿橋賞」で有名な猿橋博士は、「核実験による低レベル放射能を検出し、アメリカでの公開実験で核実験停止の流れを作り出した」方だ。猿橋博士はアメリカの核実験により被曝した第五福竜丸の保存にも尽力した。

児玉教授は、「(福島原発事故後、核実験で)高かった大気中の放射線もその後自然に減っていったのだから、今回も大騒ぎする必要はないと書いている週刊誌があったが、誤解もはなはだしい」と書いている。

それは、私も実感としてわかる。あの時、雨が降ると母たちは「家へ入れ」と厳命した。子どもだった私たちは「ハゲになる〜」なんて大騒ぎしていたが、母達は心配したのだと思う。危機感は強かった。

当時杉並区の主婦が始めた署名運動は日本だけで3000万人集まったという。たぶん日本の人口は9千万人位だったと思うから、1/3の人が署名したことになる。

地上核実験は自然に停止したのではない。猿橋博士の実験があり、日本も含め世界中の人々の核実験停止を求める運動があったのだ。


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2011/9/28

巻き爪  生活

高校時代以来、ン十年ぶりで巻き爪になった。

痛い。原因はサンダルだと思う。今年買ったサンダルは足にぴったり。きついかな?とは思ったが、履いているうちに伸びて足にフィットしてくると思った。

だが、履くたび、足がジーン。外反母趾の親指の付け根がズキズキした。爪先(巻き爪)も痛くなった。もともと巻き爪の傾向はあったが一気に悪化した。

ン十年前の巻き爪も、きつい靴が原因だった。

当時、外科へ行くと、医師2人が「何だ、これ?奇形か?」なんて言った。治療は、足の親指に麻酔を打って、爪をはがし、ゆがんだ部分を平らした(縫った)。

その夜は痛み止めの頓服を飲んでも、痛くて眠れなかった。

翌朝、通学のため、いつもより早く家を出た。片足は父親のサンダル(つっかけ)。駅のすぐそばに踏切があり、踏切からホームは近い。いつもは踏み切りを渡ってぐるりと回って駅舎へ行く。だが、歩くのが遅くて踏み切りの遮断機が下りてしまった。乗るべき電車が駅に到着。

遮断機が上がると同時に、踏切を突っ切って直接ホームへ。駅には行かず改札も通らない。

かばんをホームに投げ、両手をついて身体を持ち上げる。足をホームにかけようとするとサンダルが脱げて、線路へ(女子高校生でスカート姿)。3回目くらいにようやくホームに上がれた。

その間、車掌さんは私が電車に乗り込むまで待っていてくれた。昭和40年代のローカル電車はかようにのんきだった。(1時間に何本も列車がないしね)

それ以来、爪切りは注意して、ン十年間、何とか無事で来れた。

家族が巻き爪になった時は、手術を勧める医者もあったが、たまたま知った近所の整形外科で形状記憶のワイヤーを取り付ける治療を受けた。これなら負担が少ない。

今回はどうしようかなぁと迷った。

ちょうど皮膚科に行ったので、「巻き爪も診てもらえますか?」と聞いてみた。「ワイヤーを取り付けることは出来ませんが、診られますよ」とのこと。

皮膚科の医師は「親指に力がないと、巻き爪になるんです」。うん、納得。

「だから、足の指を動かしなさい、ウォーキングとか、足の指で蹴って歩く。」

「でも先生、親指が痛くて歩けないんです」

「じゃ、指を開いたり閉じたりの運動でいいから、動かすこと」
「爪切りで爪を切らず、ヤスリで削ること」

巻き爪になって、爪の先は厚くなり、白っぽくなっている。

先生しばらく見て「爪水虫ですね」え〜!!「先生、全然痒くないです」
「爪には神経がないから痒くありません」

「飲み薬を出しますが、肝臓は悪くないですか」「悪くないです」

というわけで、飲み薬と外用液をもらってきた。1週間飲んで、3週間休み、1ヵ月後に肝機能検査をするという。

指の湿疹も完治しそうになっては、ぶり返すの繰り返しなので、その塗り薬ももらう。

湿疹は前にも血流障害が原因と言われた。巻き爪も血流障害が影響していると言う。「肩こりも良くない、運動しなさい。」

「先生、肩こりにチタンネックレスとかありますけど効きますか?」
「効きません。ネックレスも、マッサージも、自分が楽なものは効かない。努力しなくちゃ」

はぁ〜。夫が最近肩こりがひどいというので、チタンネックレスを誕生日プレゼントにしたんだよ。しかもカッコイイ「ダルビッシュモデル」(笑)

診療を終えて薬局へ。合計9千円。目びっくりだよ。

肝臓に負担をかけて、お金が高くて、巻き爪に効くのかどうかわからないのに、服用するの?

ただ、この医師にはとてもお世話になっていて、診断はいつも的確だから、従ってみようと思っている。

早く治るといいなぁ、巻き爪。
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2011/9/25

節電率31%  生活

9月分の電力使用量のお知らせが来た。

今月初めて、昨年使用量との比較が掲載されているのに気がついた。

「昨年9月分は33日間で***kwhです。今月分は昨年に比べ31%減少しています」

びっくり!!

どこかの商店街は30%節電で何か商品をくれるのではなかったかしら?なんてセコイことを考えた。

節電したことはしたが、夜になれば「夜は大規模停電は起こらないから遠慮なく使おう」と特別の節電はしなかった。

(それに、あんまり節電しすぎると東京電力の収入が減って、被害者への賠償ができなくなるから、ほどほどにしないと

節電と言えるのは、古いクーラーを使わなかったこと。夏なので電気ポットは保温する必要はないので使わなかったこと、トイレの自動洗浄もoffにしたこと、こまめに照明を消したこと、冷蔵庫の開け閉めを減らしたこと、ゴーヤを植えたこと、くらいだ。

10%くらいは減るかも、とは思っていたが、31%とは驚いた。

「節電した」というより、昨年が猛暑だったから使用電力量が多過ぎたのではないでしょうか。

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2011/9/24

完敗・仙台戦  サッカー(マリノス)

今日も、箇条書きで行きます。

守備崩壊。最後の方は中澤先生一人で守備していると思うくらい、あちこち走り回っていた。守って、攻めて、孤軍奮闘。

(いや、みんな頑張っていたけど、実効性と言う意味で中澤だったなぁと。他の選手達がこのレベルでプレーできる日を待ってる)

試合後の挨拶も、一番前を、まっすぐ前を向いて歩いてきた。負け試合だけど、中澤選手はかっこよかった。勝ちたかったなあ。

パンゾウさんのゴールは、ご本人がすごい喜んでいた!見ている方が感激してしまうくらい。
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でも、あっという間に同点。真横から見ていたから、どうしてあんなに選手がいたのに、ネットまでボールが突き抜けていったのかわからなかった。

そして、見事なカウンター。見事なヘディングで逆転される。柳沢にはいつも嫌な思いをさせられる。

守備のバタバタ。攻撃のノロノロ。両方に共通してるのはバラバラ。

勇蔵はマリノスの攻撃の時、左サイド上の方に張っているんだけど、ボールが来るわけでなく、守備をするわけでなく、一人ゲームからはずれていた。マリノスは10人でプレーしているみたい。

勇蔵のSBはうまくいかなかった。

もっと早く3バックにするとか、考えた方が良かった。

交代は、パンゾウでなく勇蔵だったと思う。勇蔵はマリノス唯一の代表だから、恥をかかせるわけに行かなかったか。(移籍してきた選手はこういう時ガックリするのでは?)

後半、金井が元気だった。sそしてセットプレーが狩野だとワクワクする。

仙台の守備に感心した。攻撃は守備から、というのがよくわかった。寄せは早いし、しつこいし、球際は仙台の方が断然強かった。そして、ボールを奪うとすぐ攻撃。

ナビ川崎戦でちょっと勘違いしちゃったかな。もっと堅実に行こう。9月28日川崎戦は奇をてらわなくていい。

【試合内容以外のこと】

今日は日差しがきつかった。日なたは暑くて熱中症になりそうだった。耐えかねて日陰へ。

港北区篠原中学校創立40周年、生徒さんたち、吹奏楽部のファンファーレ、全校生徒の人文字と頑張ってくれたのに、勝利をプレゼントできずごめんね。

久しぶりに「トリコロールの勇者達」(チャント)を聴いた。好きなので嬉しかった。

後半始まった頃はバックスタンドまで手拍子が広がって、すごいいい雰囲気だったのだが。途中でみんなガッカリしちゃったみたい。

応援も歌ばかりでなく、もっと選手の名前を呼べばいいと思う。大黒は「大黒!大黒!」に手を振っていたよ。

85分を過ぎると帰り始める人が目立って、ちょっと悲しかった。

選手挨拶に対してブーイングもあったが、無言の人が多いように見えた。

今日は、新横浜パフォーマンスとコラボだったが、私は何も食べず、見ず。よさこいも見なかった。

今日の勝ち点3献上は被災地支援だった。という言い方は仙台に失礼だね。
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2011/9/21

さよなら原発集会  原発関係

デモと一緒にちょっと歩くだけでも、と思い、明治公園で開かれた「さよなら原発 5万人集会」へ行ってきた。

暑い日だったので、集会の最初から炎天下にいることは無理。デモの始まるちょっと前に着けばいいや、と1時頃東横線に乗った。千駄ヶ谷駅は混んでいるとのことだったので、銀座線外苑前から行くことにした。

外苑前駅から国立競技場へ続く道を歩く。サッカー以外でこの道を歩いたことはなかったなぁ。

日本青年館の前まで来るとそこでも人があふれている。機動隊の装甲車も5台くらい並んでいる。でもおまわりさん、ソフトな警備。「警察車両が通りま〜す。」の声も柔らかい。新宿デモの時はもっと高圧的だったよ。

公園に入ったところで聞こえてきたのは澤地久恵さんの声。よく聞き取れない。次はドイツ環境団体代表の方。「脱原発はできるかできないではなく、政治的にやるかやらないかだ」通訳がそう伝えると大きな拍手が起きた。
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すごい人、人、人。電波状態が悪く、友人とは会えなかった。

山本太郎さんのスピーチはさすがに聞き取りやすい。

3.11で人生が変わったと話す。新聞によると大江健三郎さんは「私らには民主主義の集会や市民のデモしかない」と発言したそうだが、太郎君は河野太郎議員の言葉を引いて「集会やデモは政治家に対して圧力にならない、自分の選挙区の政治家にプレッシャーをかけましょう」と言った。意見の相違。違うのがいいんです。

まぁ、両方やればいい、と言う話。

一番胸打たれたのは、福島から来た女性(武藤類子さん)のスピーチ。
さようなら原発5万人集会の公式HPより引用)
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さて、皆さん。福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を望む浜通り。モモ・梨・リンゴと果物の宝庫の中通り。猪苗代湖と磐梯山の周りに黄金色の稲穂が垂れる会津平野。その向こうを、深い山々が縁取っています。山は青く、水は清らかな、私たちの故郷です。

 三・一一原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降り注ぎ、私たちは被ばく者となりました。大混乱の中で、私たちには様ざまなことが起こりました。

すばやく張り巡らされた安全キャンペーンと不安の狭間で、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人が悩み、悲しんだことでしょう。

 毎日、毎日、否応なく迫られる決断。逃げる、逃げない。食べる、食べない。子どもにマスクをさせる、させない。洗濯物を外に干す、干さない。畑を耕す、耕さない。何かにもの申す、黙る。様ざまな苦渋の選択がありました。

 そしていま、半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、事実は隠されるのだ、国は国民を守らないのだ、事故は未だに終わらないのだ、福島県民は核の実験材料にされるのだ、莫大な放射能のゴミは残るのだ、大きな犠牲の上になお原発を推進しようとする勢力があるのだ、私たちは捨てられたのだ――。私たちは疲れと、やりきれない悲しみに、深いため息をつきます。

 でも口をついてくる言葉は、私たちを馬鹿にするな、私たちの命を奪うな――です
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その後デモが始まった。個人・市民団体のパレードに参加することにした。明治公園から外苑前駅方面へ歩き、青山通りに出て、表参道へ行くコース。

だが、全然動かない。1時間以上、公園に留まったまま。ラッシュアワー並みの混雑で、あんまり人に接近すると加齢臭の人もいるので困る^o^;

ようやく動き始めた。でも止まることが多い。ちょっと歩いては止まる。車道を4〜5列で歩く。

ただ単に歩いていたら、元気に声を出して行きましょう、との声がかかる。「さよなら原発」「子ども達を守ろう」「放射能はごめんだ」慣れないから、あんまり大きな声が出ない。

気づくと「原子力資料情報室」の旗があった。いつも情報提供ありがとうございます。その旗のそばを歩いた。近くはベビーカーの赤ちゃん連れもいた。

プラカードを持って歩道を歩く人も多い。カメラで記念撮影する人も。

赤信号ではきちんと止まる。駐車場から出る車があると止まる。青山通りに出るところでは何度も信号に待たされた。

青信号になったので、走るようにして歩く。歩道橋の上に山本太郎くんがいて声をかけていた。表参道へはちょっと登りになる。わずかな傾斜だが、ずっと立っていたので、足が固まっている。腰も痛い。少し遅れ気味になった。

表参道に到着。熱中症気味にもなり、疲れた。ゴメン体力なくて。最後まで付き合うと夕食までに家に戻れない。デモから離脱。

個人で参加して、集会でもデモでも誰とも話すことなく、ただ単に歩いてきただけ。でも、思いを共にする人がこれだけいた、ということはとても嬉しかった。

福島の悲しみ、怒りを自分のこととして、これからも参加していきたい。
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2011/9/20

最近見た映画  映画

夏休みに見た映画は3本。「コクリコ坂から」(感想はもう書いた)、「運命の山」、「ゴーストライター」。

「運命の山」(ドイツ映画)8千mの山全てを無酸素登山したメスナーが主人公の話。(同名の著作がある)。

ドイツ登山隊がヒマラヤ山系ナンバ・パルバットに挑む。メスナー兄弟は登頂に成功するものの、下山中に遭難、メスナーは弟を失う。登山隊は兄弟を見捨てて撤退してしまう。メスナーは独力で下山。カシミールの紛争地、武装ゲリラに助けられながら、ようやく登山隊に合流できた。

その後、登頂を巡って登山隊隊長とメスナーは争い、14件もの訴訟へと拡がっていったという。

とにかく、ヒマラヤの巨大な山容と聳え立つ岩壁に圧倒される。そして苛酷な自然。これは映画館で見てこその迫力。撮影隊と俳優に拍手。

その巨大な山嶽と比べると人間は本当に小さな存在だけれど、それでも聳え立つ岩に挑んでいく勇気に人間の強さも感じる。そして、遭難後の困難を極めた下山行はただただメスナーの並外れた精神力と強靭な肉体に驚かされる。

映画はメスナー兄弟の競争心、登山隊内の確執、初登頂争いも描いていく。が、物足りない。

特に隊長がキャンプ地に連れてきた妻?秘書?に口述筆記をさせている場面が多いのだが、これが退屈。もっと人間関係を描いた方がよかった。

私としては、メスナーが武装ゲリラに助けられる顛末の方が興味津々だった。

「ゴーストライター」。

ユアン・マクレガー主演、ロマン・ポランスキー監督作品というだけで、期待してしまう。

イギリス前首相の自叙伝のゴーストライターとなったユアン。前任者は不慮の死を遂げていた。次第に国際的な陰謀に巻き込まれていく。

面白かった。映画の3分の2くらいまでは、映画に酔うような感じ。

荒涼たる島。強風と、なびく枯れ草。荒れた暗い海。灰色に垂れ込めた空。怪しげなアジア人の使用人や無表情な警備員。安ホテル、いきなりぬっと現われる老漁師。能天気な前首相と有能で豊満な女性秘書、神経質そうな首相夫人と、微妙な人間関係。

ミステリアスな雰囲気に満ちている。描き方が巧い。

ユアンの無垢な瞳や、さりげないユーモアに、観客は感情移入していく。

映画はイラク戦争、英首相(ブレア前首相)、CIA、テロ容疑者への拷問等々、政治的主題を扱っている。

英国首相は当然のことながら、イラク戦争を支持し協力した日本の政治家の姿にも重なってくる。

が、ポランスキーは政治的主題を中心テーマに据えているとは思えなかった。ミステリーなんですよね。

映画の3分の2と、書いた。後半3分の1、ゴーストライターが大学教授邸を訪れるあたりから、急速に映画に酔う気持ちが後退していった。う〜ん?ちょっと安易じゃない?辻褄が合わない。

どんでん返しみたいな結末はそれなり面白かったけど。

ラストシーンはウッディ・アレンの「タロットカード殺人事件」を思い出して、プッと笑ってしまった。(まじめな見方ではない)

それと、「ボーン(ボーン・シリーズ)なら、あんな無防備じゃないよ、もっと気をつけてよ」なんて余計なことを思っていた。

というわけで、後半はかなり冷めて見てました。

結局、映画が終わって場内が段々明るくなる時に、まだ映画の中にいるような気持或いは、映画のシーンを反芻するような映画が、私にとって良い映画。

残念ながら、この2作はそうではなかった。もちろん上出来な作品なので、楽しめます。お勧めです。
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2011/9/18

「また見に来たい」・ガンバ戦  サッカー(マリノス)

ナビスコ川崎戦観戦記が長すぎたので、今回は箇条書きで。

・今日は3万7千人入った。ゴール裏は1階も2階もぎっしり。いつもは空席が目立つメインもかなり埋まっていた。

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・自転車で帰る時、いつもは鶴見川沿いの歩道はすいすい通れるのに、今日はワールドカップ大橋に着くまでずっと自転車押して歩いた。それだけ人が多かった。

・日産スタジアムの芝はきれいだった。

・金井のサイドが狙われていた。何度もピンチを招いた。
・小野はファウルを取ってもらえない。
・小椋が最前線まで飛び出して行った。彼のプレーが「喝!」を入れたように思えた。
・ガンバの方が圧倒的にセットプレーが多かった。
・二川がずっとキッカー。二川交代後は遠藤。ガンバサポの盛り上がりがすごかった。

・クナンは使えない。ボールを失うことが多かった。高さのある本職FWが欲しいと思う。クナンは迷いがあるのかなぁ。練習を見に行っている人のレポートでは、DFとしての動きも忘れているという。FWととしても中途半端。彼が悩むのは分かる気がする。

・クナンよりスピードある翔君の方が面白くなかったか?ま、重要な試合はまだ荷が重いか。

・私が好きじゃない「♪どんな時でも〜」は適切なタイミングで歌われたので、私も一緒に歌って手拍子した。

・勇蔵が出てきた時すごく沸いた。

・試合後挨拶に来る選手に向かって「♪一人一人の気持ちを合わせて〜たどり着こうよ最高の場所へ」の歌はよかった。

・ガンバは強かった。勝たなくてはならない試合だったが、負けなくて良かったというのが正直な気持ち。中3日で選手は良く頑張った。

・ほとんどの人が拍手。ブーイングは1名だけ聞こえた。

★帰り道、小学生が父親に「またサッカー見に来ようね」と言っているのを耳に挟んで、それが今日一番の収穫。また見に来てね。
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