2011/9/2

最近読んだ本  本・文学

最近というか、大分前に読んだのだが、感想を書く暇と気力がなかった。

(途中まで書いた文章がキーを間違えて押したら消えてしまった。また気力を振り絞って書く)

米原万理さん「打ちのめされるようなすごい本」

米原さんが読む本は重厚長大なもの多く、圧倒される。

スターリン体制下の人権抑圧やアメリカの戦争など人間を圧殺するものへの批判的姿勢は一貫している。

が、ここで取り上げるのはサッカー関係。米原さんは、日韓W杯でロシアVIPの通訳を務めたので、横国での日露戦を観戦している。羨ましい。

紹介している本は
「最新サッカー百科大事典」。引用している文は、

(テレビではなく)「ワールドカップのような至極のステージでは、一人ひとりがピッチからの風に当たり、一人ひとりのストーリーを楽しんでこそ」

だが、実際の日露戦では「応援はワンパターン」「メディアが振りまく筋書き通りで、とても『一人ひとりのストーリーを楽しんでいる』風はない」と書いている。

あの試合は、ふだんサッカーを見に行っている人々ではなく、抽選に当たった人など初観戦の人も多かったと思う。「にわか」?だから仕方ないのだ。

次に挙げているのが
「ディナモ・フットボール―国家権力とロシア・東欧のサッカー」
宇都宮徹壱さんの本だ。米原さんは絶賛している。

「文章の肌理細やかさ、社会、歴史、文化全般に関する分厚い教養と視野の広さ、大イベント、大スター、大クラブにひたすら背を向けて、サッカーの光ではなく陰の部分を執拗に丁寧に追い続けるこの著者を発見したこと自体が私には大収穫であった」

宇都宮さんだけではなく、木村元彦さんとか、サッカーライターには優れた仕事がある。

更に、ワレンチーナ・クラスコーワ編「クレムリンの子どもたち」
歴代権力者の子ども達の裁判記録。

スターリン時代の内務人民委員会長官ベリヤがディアモ・モスクワを愛するあまり、ライバルチームのスパルタク・モスクワのコーチ&主力選手をラーゲリ送りにしてしまったという。
が、スターリンの息子はスパルタクを贔屓にしていたので、特権を利用して救出。いろいろあって、彼らはまた逮捕されラーゲリへ。が、その選手たちはラーゲリにいたおかげで戦死せず、戦後、ロシアサッカー界で大活躍したとのこと。「人間万事塞翁が馬」

米原さんのこの本の最後はガン治療本評。これだけ冷静にガン治療について語れるものなのだろうか。強靭な精神力だと思う。この治療案内で救われる人もいるだろう。

次に読んだのは
トルストイ「クロイツェル・ソナタ」。ミーハー丸出しだと思うが、五嶋みどりさんのバイオリンコンサートでベートーベン「クロイツェル・ソナタ」が素晴らしかったので、「そうだ、トルストイの小説があったはず」と思い出した。

本棚にあったので、読み出した。が、古い。内容古過ぎ。妻を殺してきた男が、「結婚とは」とか「性」や「愛」とか語る。

19世紀と現代は違いすぎるし、読む私も年齢からいって、そういう話題に関心がない。時間がもったいないので、大トルストイとはいえども、途中で読むのを止めた。

私が10代の頃、「チボー家の人々」を読んで感銘を受けたのだが、それを最近読んだ夫が「あれは青年の文学だね」とややガッカリしていた。「人民戦線」もソ連崩壊などを経てみれば色褪せるし、青春物語はもはや照れくさいだけかな。

その時期その時期に読むべき本がある。また、歳を取ってからの方が味わい深くなる本もある。

8月22日から24日まで3夜連続放送した英テレビドラマ「シャーロック」(NHKBSプレミアム)がすごく面白かったので、家にあった「バスカヴィル家の犬」を読み直した。
(これもミーハーだね)。

全然、古びていない。

小説のシャーロック・ホームズに、21世紀版シャーロックを重ねても違和感がなく、むしろ「あぁ、こういう人物だったか」と逆に説得力が増したような気がした。

夫の暴力で、がんじがらめになる妻や、どんなに悪党でも育てた者から見るといつまでも子ども時代の愛らしさが忘れられないとか、今でもうなづける人物描写だと思う。

推理小説は結局は人物観察と心理描写だから、古びないのかと思ったりした。アガサ・クリスティ「ミス・マープル」の人間観察も辛らつで、歳を取るほど楽しめるような気がする。

堀田善衛「ゴヤ」。通勤の行き帰りに少しずつ読んでいる。ナポレオン仏軍侵攻後の残虐行為の数々に(フランス軍だけでなく、スペイン軍も、民衆も残虐行為をする)ページを繰る手が重くなった。

ゴヤが宮廷画家として使えた王家の、国王、王妃、宰相の三角関係の退廃、異端審問所のおぞましさ。ナポレオン時代の戦争、ゲリラ闘争。ナポレオン時代終焉後の王政復古による大混乱。よくこんな時代を画家は耐えて、あの作品群を生み出したと思う。

堀田氏はゴヤとベートーベンの共通項を見る。ともに聾者であったこと。そして、「時代と環境の苦渋をこらえながらも、決して厭人症などになることはなく、つねに人間性へと回帰しうる通路もしっかり内臓していたのである」

でも、あのゴヤの数々の絵は正視に堪えないものも多い。版画集「戦争の惨禍」、「五月の三日」

それも読書が遅々として進まない理由。

にしても、外国軍(ナポレオン軍)がフランス革命の成果としての進歩的な憲法(=法の支配)、宗教の異端審問所廃止、民主化をもたらし、その抵抗運動=ナショナリズムの結果、中世へ逆戻りしてしまう、のは、何とも重い課題。たぶん、堀田氏は日本の戦後も意識していたと思う。

あと、もう少しなので、頑張って読了しよう。秋には「着衣のマハ」が日本に来る。当然のことながら、この本では「着衣のマハ」に割かれたページは少ない。
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