2012/3/28

背骨痛  生活

3週間前に、背中をいためた。

自分で湿布を貼ったり、行きつけの整体でマッサージしてもらったりキネシオテープを貼ってもらったりしていたのだが、3週間たっても痛みがひかない。むしろ痛みが増している。

整形外科に行かなかったのは、レントゲンを撮って湿布と痛み止めの薬を出して終わりだろう、と思っていたからだ。レントゲンも鎮痛剤も好きじゃない。

だけど、この痛みは筋肉じゃない、やっぱり骨だろう、と思った。

で、ちょっと早めにバイト先を出て、整形外科に行った。

10数年ぶりだ。五十肩で通院して以来かな。(五十肩は最終的には鍼灸にお世話になった)

久しぶりに会う先生。歳を取ったなぁとびっくり。人のことは言えない。私も同じ。

看護師さんがすごくいたわってくれた。そんなに辛そうだったかな。

レントゲンを取ると、圧迫骨折とまではいえないが、何番目かの胸骨にぼんやり影があるとのこと。

それでコルセットをすることになりました。

前かがみの姿勢が一番いけないんですよ、と先生に言われたけど、考えてみれば、年度末だ、事務量が増えて、毎日机にかじりついて仕事をしている。前かがみもいいとこ。

痛みが増すわけだ。

寒いので、冷湿布でなく、温湿布をしたりした。長風呂をして、患部を温めたりした。逆効果だったようだ。

コルセットをすると、少し楽。

本当にもう無理ができない。大丈夫と思ったことが大丈夫じゃない。これくらいで、と思うような所でつまづいている。

いろいろと「考え時」だと思った。
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2012/3/26

読んだ本(4)  本・文学

本について書く前に、上野千鶴子さんのblogをご紹介。

日々の営みだけが明日を築く—千年に一度の厄災を転機に
http://wan.or.jp/ueno/?p=1362

※「『原子力ムラ』を超えて ポスト福島のエネルギー政策」飯田哲也 佐藤栄佐久 河野太郎 NHKブックス


佐藤栄佐久氏は前福島県知事。福島原発の危険性や「原子力ムラ」の欺瞞に気づいて、闘ってきた知事だ。そのことが原因なのか、政治的スキャンダルによって失脚させられた。
(私は3.11直後、IWJの佐藤さんへのインタビューを聞いて、感銘を受けた)。

小見出しは、「原発を誘致しても豊かにはなれない」(双葉町の例)「「90年代から相次いでいた事故」「『プルサーマル』をめぐる国の欺瞞」。

この中で、「構造化されたパターナリズム」という言葉が出てくる。「県民も国民も概して、『知事が言うなら間違いない』とか、『国に任せておけば安心だろう』と考えがちになる。要は『父』の要である霞が関がなんとかしてくれるだろうというわけだ。」
「私たちはそろそろこういう発想から脱し、もっと一人一人が現実を向き合って自分の頭で考える必要がある」

ここでもまた、高木仁三郎さんや、東大話法の安冨さんと同じ言葉が出てくる。「自分の頭で考えよ」。

去年の3月福島原発メルトダウンを知って、官房長官や原子力安全・保安院を批判した時、「あなたのような者が言うな」という反発があった。今もあるね。その時、そういう発想を私は「権威主義」と言ったけど、「構造化されたパターナリズム」とも言うのか。

今後、教育現場に政治家からの圧力が強まると「自分で考える」ことはますます難しくなるだろうと思う。上からの命令に従順に従うことを教育されるからだ。

佐藤氏は「これは日本の民主主義が試されているということでもある。もちろん日本は民主主義国家を標ぼうしてはいるが、市民自らが勝ち取ったものではないせいか、まだまだ甘い部分がある。」とも言う。

自民党の政治家で、大蔵政務次官も務めたこともある人の言葉だ。昔の保守政治家には見識の高い人がいた。

河野太郎氏も自民党の政治家だ。彼はこの本で、3.12〜6.14までのblog「ごまめの歯ぎしり」の文章を掲載している。

これはほとんどネットで読んだ。当時も勉強になったし、今回読んでみても改めてメモしておきたいような重要な事柄がある。文部省の放射能調査やエネ庁若手官僚の「東京電力の処理策」等だ。彼は海外メディアからの取材も多く、また国際会議へも参加してして。日本の現状を発信してくれている。このような政治家がいることは本当に心強い。

保守であればあるほど、国土、郷土への愛着は強いと思う。保守の政治哲学は一部の利権保護ではないと思う。

(考えてみれば、「自由」と「民主」の党だった。なのに、戦前回帰傾向の人が多い)

飯田哲也さんは、脱原発、エネルギーシフトの論者として有名だ。

彼は「原子ムラという虚構」で、自らの経験をもとに「原子力ムラ」の空虚さを述べている。

原子力安全基準つくりの仕事に携わってみると、「大学の先生や企業の技術者が政策や技術基準の背景を全く勉強していないことに気づいた」。また原子力にかかわる官僚の「考え方というのは本当の安全性というよりも、法律の条文の字面をどう合わせるかというところにあった」。

それを「霞が関文学」と言っている。「東大話法」とか「霞が関文学」とか欺瞞の言語ばかり。

この夏、関西電力管内では電力不足が懸念されるが、彼は、そもそも需要予測が誤りであり、代替電力、節電を組み合わせれば、原発なしでも電力不足にはならない、と言っている。

原発への費用だけでなく、もんじゅや六ヶ所村を動かすだけで莫大な費用がかかる。それを多種多様なエネルギー、地産地消エネルギーへ振り向けるべきだという彼の提言はもっともだと思う。

ドイツZDFの取材。「フクシマの嘘 PART1」佐藤栄佐久氏のインタビューもある。

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2012/3/25

暖かい日  季節

先週に引き続いて、今日もお墓参り。今回は夫の家のお墓だ。

千葉の内陸の墓地なので、アクアラインを使っていく。今日は天気も良いので、出かける人が多いのか、アクアラインは混んでいた。

千葉の田舎道は梅と菜の花が咲いていた。いつもだと梅は散ってしまい、早咲きの桜が咲きだしている頃なのだが。

田んぼを耕運機で耕す姿も見られた。また水が張られた田んぼもあった。農村の原風景と言う感じだった。思わず、「朧月夜」を歌いたくなった。

墓地に着くと、「ホーホケキョ」と鶯の声が聞こえた。のどかな墓苑だ。アクアラインができるというので、義父が買い求めた墓地。本当は海を渡らないですむ神奈川県内にしてほしかったが、義父の決めたことだ。広々とした、明るい公園墓地は結構好きだ。

木更津の海辺は、海苔用か、漁業用かわからないが、簀立てがいくつも立てられていた。震災後しばらくは姿を消していた。引き潮なのか、干潟も現れていた。

帰りは丹沢の左側に富士山の大きな姿が見えた。すばらしい景色だ。富士山はすそ野まで見えて、新横浜で見るより、ずっと大きく見える。

アクアラインの川崎側でノロノロ運転。アクアラインで渋滞やノロノロ運転は珍しい。もし、地震が来たら、このトンネルはつぶれてしまうのかな、とか、津波が来たら水没かなと考えて、「その時は仕方ない、あきらめるしかない」と思いつつ、あんまりいい気分はしなかった。

横浜から三ツ沢へ坂を上る。ちょうど試合が終わったらしく、横浜FCと甲府のサポが坂を下ってきた。甲府のサポがニコニコしていたので、甲府が勝ったのかなと思った。

今日は、鶯の声を聞いたことと、雄大な富士山が見えたこと、うちのヒヤシンスが咲いたこと、と良いことがあった。暖かいっていいな。
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2012/3/24

テレビで観戦鳥栖戦  サッカー(マリノス)

言葉がない。どうしちゃったんだろう。

鳥栖まで応援に行かれた皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。気をつけてお帰りください。

テレビで見ていても前半は右側、後半は左側ばかり映っていた。

樋口監督は、シーズン前のエルゴラインタビューで、こう言っていた。この言葉に期待した。
「選手が変に考えすぎたり、迷いながらプレーしないように整理したい」
「一番強調しているのは切り替えの部分です。攻から守、守から攻といった具合ですね」

全然、実現していない。昨年後半に見たチグハグサッカーと変わらない。

樋口さんは一昨日「戦意低い選手は消える」と言っていたけど、今日は「選手はファイトしていた」と言ったんだね(twitter・スカパーインタビュー書き起こし)。

選手ではなく、自分を責めてるのかな。でも、今は耐えてほしい。指揮官が揺らいだら、よいことはないので。

大宮サポの友人が「樋口さんの攻撃サッカーは好きだった。ただ、ベテラン偏重が不満だった」と言ってたっけ。

私はまだ仙台戦の1試合しか実際には見ていない。あの試合は、斎藤、金井、小野君に光明を見た。だから、どうにかなるのではないかと思ったりしている。

まだ3節だ。一つ勝てば良い方に回っていくのではないかな(願望)。

鹿島戦、頑張ろう。

でも、また雨みたい。晴れてほしいよ。
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2012/3/24

読んだ本(3)  本・文学

※ 「原発のコスト エネルギー転換への視点」大島堅一 岩波新書


原発は他の発電方法よりもコストが安いと言われていた。この本では、原発のコストを詳細に検討していく(第3章)。

T発電事業に直接要するコスト、U政策コスト(@技術開発コストA立地コスト《電源三法交付金》)・事故コスト、Vバックエンドコスト(核燃料使用後に残る使用済み燃料の処理・処分コスト)

結論は「原子力発電に経済性がないことは間違いない」。

特にバックエンドコストは膨大なコストがかかり、目がくらみそうだ。その上安全性が全く担保されていない。子孫に経済的負担と、放射能物質という負の遺産をこれ以上残してはいけないと思う。だからこそ、自分の意見を表明するために集会やデモに行く。

この本の第1章の「福島第一原発で何が起きたのか」を読むと、本当に恐ろしい。こういう恐ろしいことが実際に起きたのだ。この日本で。

第2章「損害賠償をどうするめるべきか」については、かなり専門的な話だった。「原子力損害賠償支援機構法」の問題点、今後の課題について、検討している。東電の経営責任が不問とされるのは問題だと思う。

また、第4章「原子力複合体と『安全神話』」では、こういう人々に今後も原発の運転を任せておくことはできないと強く思う。彼らは、多重防御のシステムを放棄し、地震・津波の危険性、原子力設備の老朽化を警告する研究者の声を無視し、事故を隠蔽し、データねつ造した。やらせ公聴会すら行ってきた。

多重防御のシステムを構築したり、安全性を高めることよりも、批判派の徹底的排除を行ってきた。ロックシンガーの歌さえ発売できなくなった。日本では「討論を通じて、よりよい社会へ」より、うるさいやつらは黙れ、と排除の論理が働くのかと、悲観的な気持ちになる。

第5章「脱原発は可能だ」は次の本の飯田哲也さんの議論と重なるので割愛。



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2012/3/23

読んだ本(2)  本・文学

※「原発危機と東大話法 傍観者の論理・欺瞞の言語」安冨歩 明石書店


すこぶる面白い本だ。著者が「東大話法」にならないよう、注意して書いているため、平易な文章だ。すぐに読み切れる。

よく紹介されているけど、東大話法規則20の中からこの二つ。
@自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する
A自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する

この「立場」はキーワードと言っていいほど、この本で取り上げられる。

「日本社会では『義務』と『立場』がセットになっており、『立場』に付随する『義務』を果たすことで『立場』は守られ、義務を果たさないと『立場』を失うことになります」

「日本社会は人間でなく、『立場』で構成されるようになった」、「そうなると、人間はそれ自身として尊重されることはなくなり、『立場』に立って『義務』を果たすことによってのみ尊重されるようになります」

この言葉は重く響いた。今まさに日本で進行しているのは、このことだ。個人の信念や思想がおろそかにされる。思想・表現の自由、これこそが、民主主義社会、自由主義社会の根本なのに。

高木仁三郎さんの言葉も引用されている。

原子力関係者が「結局自分があるようでいて実はないのですから、事故があったときに本当に自分の責任を自覚することになっていかない」

斑目委員長があんなにものんきな顔でいられるのもこういうことだったのか、納得してしまう。

高木さんには見えていたんだ、と思った。

東大話法規則は20ある。思わず、笑ってしまうようなものもある。
規則3 どんなにいい加減で、つじつまのあわないことでも自信満々で話す。
規則9 「誤解を恐れずに言えば」と言って、嘘をつく。

あるいは
「不誠実・バランス感覚・高速事務処理能力」の項にも、苦笑。高速事務処理能力!

東大話法によって、もたらされた原発危機を思うと「笑う」ことは許されないが。

この本では、
原発ムラにおける東大話法(「プルトニウムは飲んでも平気」の大橋弘忠教授など)を検証、更に香山リカさん、池田信夫さんの文章を取り上げて、東大話法を論証していく。

香山さんの「小出現象論」。香山さんがこんなひどいことを言う人とは思わなかった。驚いた。

最後の章に「原発反対の人がオカルトに惹かれる理由」というのがあるけど、オカルトに惹かれるのは、一部の人じゃないかと思うので、この章はあんまり感心しなかった。

※萩尾望都作品集「なのはな」 萩尾望都 小学館


「『あの日』から私は胸のザワザワが止まらなくなった」という漫画家の感性でとらえた放射能と人間の話。

絵で描かれると、とても放射能の話がわかりやすい。こんなにわかりやすくていいのか、と思ったりしたが、でも作者の祈りは切実なものとして心に響く。

 
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2012/3/22

読んだ本(1)  本・文学

「3.11」から1年。3月に入って、続けて本を読んだ。

※「報道災害【原発編】」上杉隆・鳥賀陽弘道 幻冬舎新書


上杉さんはいろいろ言われるけれど、昨年3月12日上杉さんのtweetで、福島原発メルトダウンを知った。更に「原子力資料情報室」で緊急記者会見が行われているのも上杉さんか岩上安身さんのtweetで知った。だから、原発事故に関しては、大手マスコミよりずっと信用できた。

ここで、書かれているマスコミの劣化はひどいものだ。外部の人間が見ていても、おかしなことが多いと思っていたが、内部から具体的にその有様が話されると、ホントに情けない。

※「福島原発メルトダウン」広瀬隆 朝日新書
何が起こったか、何が問題かを知るにはよい。

※「福島原発・記者会見 東電・政府は何を隠したのか」日隅一雄・木野隆一 岩波書店
★必読の書です。



東電記者会見はIWJ(インディペンデントウェブジャーナル)の中継で時々見ていた。日隈さんと木野さんはいつも鋭い質問を連発していた。

政府・東電がいかに情報を隠ぺいしてきたか、

メルトダウンの事実を知っていながら、それを認めたのが2か月後、事故の深刻さも最初はレベル5とか言い、かなりたってチェルノブイリ並みの7とした。SPEEDIについても12日の原子力資料情報室の人々は言及していた。文部省は米軍には提供しても地元の人たちには知らせなかった。高濃度汚染水の海洋投棄、作業員の被ばくについても同様。

本書のテーマについては次のように書いてある。
「福島第一原発事故で東電や政府がいかに情報を隠蔽し、誤った情報を流し続けてきたかについて記者会見場でのやりとりから判明した事実を中心に検証していきたい」
「また、マスメディアの報道のあり方も適宜振り返り、本書全体と貫くもう一つのテーマとして迫っていく」
「そして最後に東電・政府は一体なぜ、そして何を守るためにこのような事故対応を行ってきたのかを考えてみたい」

会見が閉じられたものでなく、フリージャーナリストも参加し、インターネット中継されたことで、市民たちが生の情報を知ることができた。透明性が民主主義社会にとっていかに重要であるか、市民たちが気づき、行動を始めた。そのことに希望を持つと書かれている。

日隈さんは昨年、末期の胆のうがんと診断されている。彼のメッセージをしっかり受け止めたい。

読んだ本(2)へ続く
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