2012/4/17

読んだ本・大岡信「万葉集」  本・文学

続けて原発の本を読んだり、現状批判の本を読んだりすると疲れてくる。違うジャンルの本が読みたくなる。本棚を見たら、

大岡信「古典を読む 万葉集」岩波書店

があった。

大岡信さんは昔、朝日新聞に「折々のうた」を連載していて、毎日楽しみにしていた。育児日記の隅にその日の歌を書き留めたりした。

「万緑の中や吾子の歯生え初むる」(中村草田男)育児日記にふさわしい句だった。

さて、万葉集。

※言葉の響き、リズムに、ほっとする。その情景を思い浮かべたり、心情を思いやるだけで、現実からしばし離れることができる。

「君待つとわが恋ひをればわが宿のすだれ動かし秋の風吹く」(額田王)

※万葉の歌は古代政治史と切り離せない。壬申の乱や、皇子たちの死。

有名な歌
「我が背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露に我が立ち濡れし」(大伯皇女)
弟・大津皇子は謀反の疑いで処刑される。切ない歌である。

古代の歴史を辿っていくと、それだけでも現実を忘れることができる。飛鳥・奈良時代に関心を持って本を読んでいた頃のことを思い出す。飛鳥や奈良の寺々を思い出す。そして旅したくなる。

※本書ではかなりの部分が柿本人麻呂に割かれている。

沢山の歌が紹介されているが、長歌のリズムのよいことよ。

ことばの豊かさにも酔うような気持になる。特に自然物を表すことばの多さに古代の自然との近さを思う。枕詞もその言葉の豊かさの一部。歌がきらめくような気がする。

人麻呂の歌に天体を歌った
「天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ」

という歌があるのを初めて知った。

※人麻呂は後世への影響力の強さも際立っている。

「なかなかに見ざりしよりは相見ては恋しき心まして思ほゆ」

という百人一首に似た歌がある。(いや逆。百人一首が似ている)

奈良時代の歌人、平安時代の歌人、下っては江戸時代の賀茂真淵や現代の斎藤茂吉にも明らかに影響を受けた歌があるという。

※そのほかの歌人としては山上億良、大友旅人・家持らが取り上げられる。

億良は自然界に対して、観照的、賞美的に歌った歌が2首しかないそうだ。億良は「批評家と詩人の合体」「詩的虚構の世界を意識的に作り上げることをもって創作のモチーフとする新しいタイプの詩人」と評される。

億良より若い大友家持は、歌が心を解放する働きがあることを認識していた=歌を作ることを、自覚的な創作家の立場で実践していた人であったという。万葉集初期の東国農民の素朴な歌から、随分と遠くへ来たものだと思う。

「うらうらに照れる春日に雲雀上がり情(こころ)悲しも独りし思えば」(家持)

この歌が注目されるようになったのは大正時代だったそうだ。大正時代の歌人たちが新たな道を模索した頃に「心の内部を歌う」古代の歌が大きな影響力を与えたということになる。

※その他、へぇ!と思ったこと

万葉集から2世紀経った平安時代には、この漢字ばかりで書かれた古書を理解することが非常に難しくなっていたということ。

(万葉集が現在読めるようになったのは「おびただしい先人たちの苦心と創造的努力によって今の形に整えられた」から)

万葉集が「単に素朴で単純一途で原始的な強さと純粋さに満ちたものとのみ」理解していたら誤りであること。万葉歌人や編纂した人々は、中国・朝鮮文化にどっぷりと浸っていたこと、「その影響が既にして諧謔的な文字遊びの域に達するほどの熟していた」こと。

ロングセラー「万葉秀歌」をまた手元に置いて、時々は開いてみようと思った。
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2012/4/15

日産スタジアムまで散歩  旅・散歩

このところ体調不良で、ウォーキングをさぼっていた。歩かないと足が弱る。膝もガクガクする。

久しぶりに日産スタジアムまで散歩することにした。

新横浜公園では名残の花見。さすがに桜はほとんど散って葉桜だ。これからは八重桜が咲く。

ツバメが川の上を飛んでいた。今年初ツバメ。

ずっと鳥山川沿いに歩いて、道なりに土手上を歩いていくと日産フィールド小机に着く。

サッカーの試合をしていた。ユースか、高校生かな?と思って近づいていくとすぐに試合終了になってしまった。

土手には土筆がいっぱい。
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写真には2本しか写っていないけど。

試合が終わってしまったので、Uターンして帰ろうとすると、新横フットボールパークで、試合が始まるようだった。

弾幕やメガホン、ジャージで、東高校と向上高校の試合とわかった。少し見ていこうと思った。

うん、やっぱりサッカー生観戦はいいね。近いから、コーチングの声やボールをドスっと蹴る音、ダッダッと走る音が聞こえる。

半袖だったので、見てると寒くなってきた。どっちかが点を取ったら帰ろうと思った。

東がずっと押していたが、セットプレーで向上が先にゴール!ゴールを見たので帰ることにした。

サッカーを見るのは楽しい。早くマリノスを見たい。勝利するマリノスを見たいと思った。
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2012/4/13

読んだ本・政府は必ず嘘を  本・文学

ちょっと中断したが、読んだ本について。

堤未果「政府は必ず嘘をつく −アメリカの失われた10年が私たちに警告すること」角川SSC新書


堤さんは「ルポ貧困大国アメリカT」(08年)、「ルポ貧困大国アメリカU」(10年)で知られるジャーナリスト。「貧困大国」では、私たちがあこがれた豊かな国アメリカが「幻想」となってしまった現実をシビアに報告した。マイケル・ムーアが描いた「華氏911」「シッコ」「キャピタリズム」と重なった。

そして、それは日本の貧困にも目を向けることとなった。08年暮れ「年越し派遣村」「反貧困」が世間の注目を浴びた。

今はもっと深刻なっていて、餓死者(それも家族で)が何日もたって発見されるというニュースがたびたびある。

本書は題名がセンセーショナルで嫌なのだが、メディア論として参考になることがたくさんある。

アメリカでは「9.11の後、政府とマスコミを信じすぎたせいで本当に多くのものを失ってしまった」

大幅な規制緩和とあらゆる分野での市場化によって、貧困層を3倍に拡大させた。「1%が超富裕層が99%の民に負担を押し付けて異常な利益を上げる世界」へと変貌してしまったのだ。

それを可能にしたのが、政財界と結託したマスコミであった。

その視線はリビアのカダフィ政権崩壊やシリア内戦にも向けられる。ほとんど知られないメディア戦略があったという。

ユーゴ内戦の時、一方的にセルビアを悪者にした広報戦略があったという高木徹「戦争広告代理店」(今は講談社文庫だが、昔はNHKブックスから出ていなかったか?)を思い出した。

現在は、SNSやNP0を使った巧妙な政府転覆が図られるというのだ。

しかし、こういう指摘も情報の一つだから、それだけを鵜呑みにはできない。

著者が言うように、情報は多元的に集める必要があり、そのうえで自分の頭で考えること。

最近思い当たる節がある。

たとえば、鳩山元首相のイラン訪問だ。政府・党が止めるにもかかわらず、勝手に出かけた。「ルーピー」(この言葉もそのまま鵜呑みにはできないが)鳩山のやりそうな軽はずみな行動だという、マスコミの鳩山たたきがあった。

が、佐藤優氏東京新聞のコラムによれば、「特命全権大使がイラン大統領との会談に同席していた」。また、朝日新聞の論説委員(名前を忘れた)も同じことを指摘していて、鳩山氏個人の判断の訳がない、と言っていた。

また、日本きっての中東情報通「中東調査会」の人も同行していたそうだ。

アメリカの言いなりではなく、イランとは日本独自のパイプは必要なのではないか。

堤さんは
「GDP神話を手放し、幸福とは何か、子どもたちに手渡したい社会とはどんな社会だろうかと、ひとりひとりが本気で考えること」
「顔のない消費者から、名前や生きてきた歴史、将来の夢や健やかな暮らしを持つ『市民』になると決めること」
「失望した政治を見捨てる代わりに(中略)参加型の民主主義の枠組みを作るために自分の行動に責任を持つこと」

「『ああまただ』と飼いならされてしまう私たちこそが、誰よりもこの構造を支えてきてしまったこと」や「無関心によっていつの間にか社会のさまざまな場所に浸透してしまった歪んだ価値観について」「気づいた人たちが少しずつ増えてゆくほどに、今までとは新しい道が開けてくる」

と希望を語っている。道は厳しいけれども。
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2012/4/12

福井県大飯町のこと  旅・散歩

大飯原発がすぐにでも再稼働されるのではないか、と毎日ニュースが流れている。

再稼働問題については、滋賀県嘉田知事と同意見だ。

大飯原発のある場所を地図で眺めていたら、20代初めに一人旅したあたりではないか、と思い至った。

夏休みに小浜市へ行ったのだ。

三方五湖を見たかったこと、蘇洞門がきれいだと友人が言ってたこと、舟屋を見たかったこと、小浜の寺々を見たかったこと、若狭街道を辿りたかったこと、開通して間もない湖西線に乗りたかったこと等が理由だ。

東大寺お水取りのお水は、若狭鵜の瀬から10日かけて東大寺二月堂若狭井へ届く、という話にも若狭の歴史を感じていた。

その頃は日記をつけていなかったし、何しろ40年近く前のことだから、記憶もあいまい。そのおぼろな記憶で書く。

1日目は蘇洞門めぐりをし、お土産物を見た。東京から小浜市は遠かったから、それだけで精いっぱい。2日目は明通寺、萬徳寺、羽賀寺、神宮寺などレンタサイクルで寺参りの予定だった。

が、気が変わって、大飯町へ行くことにした。

一つは湛慶作の仏像があると聞いたこと、もう一つは水上勉さんの生誕の地だったから…・かな。

その頃、水上さんの小説を読んでいた。映画も見た。

小浜からローカル線に乗り、小さな駅で降りた。青葉山が美しかった。若狭富士と呼ばれているという。

道沿いの民家に朝顔がたくさん咲いていて、その青紫の色は今なお記憶にある。

そこから、大島半島に渡ったのかなぁ、場面記憶はあるのに、場面場面を結ぶ記憶がない。

海辺では漁師さんが網をつくろっていた。

昼食を取ろうと、食堂に入った。中は工事の男の人たちでいっぱいだった。もともと人見知りだし、気押されて、注文することができなかった。お店の人が注文を取りに来るまで、ずっと待っていた。

工事の人たちが大方いなくなって、ようやく店の人が「何にしますか?」と聞いた。怪訝な表情だったような気もする。確かに、場違いではあった。「刺身定食」にした。ハマチだった(こういうことははっきり覚えている)。

新しい立派な橋があり、その先では道路工事もしていた。

お寺の方は、地図を頼りに歩いて行ったが、山道になり、「ここでいいのか?」と不安になったあたりで草刈りをしている若いお坊さん2人に会った。「仏像を見に来たのですが」と言うと、「今ここにはないよ」とつれない返事。

え〜!と思って、その後、お寺に参ったのか、そのまま帰った来たのか、全く記憶にない。山道とお坊さんの印象しかない。

(今調べると、お寺は中山寺のようなのだが、写真を見ると私の記憶とはかなり違う)

水上勉さんは貧窮の少年時代を送った。小説に描かれる地も貧しい。大飯も豊かな地ではなかったろう。

あの時、漁師さんに「どこから来た?」と聞かれて「東京」と言うと、「何しにこんなことに来た?なん〜にもないところなのに」(若狭弁で)と言われた。

湖西線開通が1974年、大飯町に近い高浜原発運転開始が1974年、大飯原発運転開始が1979年。

石油ショックが1973年、石油資源のない日本では原発が必要と声高に言われた頃。町の発展を原発に託した町。

その真っ只中に行ったわけだ。でも歴史と、美術と文学にしか関心がなかった。原発建設のことなど知らなかった。

原発の危険性はスリーマイルズ島事故が起きるまで、現実のものとは思わなかったのだから、のんきに旅していても仕方なかった。

あの時、あの場所で、大飯原発の建設が進んでいたのだなぁと、深い感慨にとらわれる。

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2012/4/9

最近サッカーに触れないけど  サッカー(マリノス)

最近サッカーのことを書いていない。

まだ、1試合しか観戦してないので、「何も言えねぇ」

でも、「サッカー批評」の木村前監督インタビューも読んだし、蒼井さんの練習レポートも読んでいるし、マリノスサポーターのblogやtwitterも読んでる。

木村監督のインタビューでは「一枚岩でないのが残念だった」という言葉にため息が出た。桑原監督も辞める時に同じ言葉を言っていた。

2010年の最終節。木村前監督は、「嘉悦社長が『ACLに行けなかったら辞任します』と言ったのにはびっくりした」とも言っている。が、結局、責任を取らされたのは木村さん。

なんかなぁ、とも思う。

今、マリノスは不調。東京新聞のスポーツ欄、サッカー評で「不振には意外に根深い問題をはらんでいるかもしれない」と書かれてた。

不吉なことを言わないで、と思った。根深い問題か〜。

でも、不振でも以前ほどカッカしないし、あきらめというわけでもないが、こんなもんだよなぁと思う。大人になったのでしょうか

木村(浩)監督の時と比べると、樋口監督の言葉には「?」と思うことが少ない。あぁ言えばこう言う、何かはぐらかされている感じ、と言うのがない。

ここ最近では、一番練習が面白いという。セットプレーの練習は箝口令を敷いてやっている。「セットプレーの練習は嫌い」と公言していた監督とは大違い。

今は我慢かなと思う。

にしても、どうして、樋口監督は成果が出ないのかなぁ?理想を追いすぎるのだろうか?

新潟戦を見ていて、中町の面構えがいいなと思った。やさ男顔なんだけど、肝が据わっていると思った。冨澤とともに、期待している。マリノスは河合、大島、小椋、と国内からはよい選手を見つけてくるのに、どうして、外国人選手は駄目なの?何年も言われているけどねぇ。

次の大宮戦はどうしても行きたい。

2001年、ようやく勝った時に日産スタジアム全体を安堵のため息が包んだ、あの時の再現を期待している。

(が、また雨予想だ。背骨痛(コルセット)、発熱、腹痛とヨレヨレなので、雨の三ツ沢は無理だなぁ)
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2012/4/8

寄植えの花が咲いた  生活

昨年秋に植え付けた球根類。このところの暖かさで咲きだした。

秋に寄せ植え球根パックを選ぶときは、天気のせいか、派手なのかいいなあと思った。だけど、こんなにどきつい色彩とは思わなかった。失敗。

ヒヤシンスは、かなり前から咲いて、1つはもう終わり。二つ咲いている。水仙もちょっと前から咲いている。ムスカリが咲き始め、フリージャーはまだつぼみだ。

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ちょっと近すぎた。もっと引いて撮ればよかった。

今日はどこもお花見日和。

なのに、昨日のグルメ(デパートレストランのランチですが)のせいで、おなかこわして、ふらふら。出かけられない。
(おなかこわしても、食べる価値があったなぁ、と腹痛が一段落した今は思っている。)

週半ばまで桜が持ってくれたら、どこかへ出かけたい。

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2012/4/7

近所の桜  季節

古く太い幹に咲く小さな桜。

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つい撮影したくなる。深層心理?
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