2012/6/30

6.29官邸前  原発関係

官邸前に行く電車で、男性に席を譲られた。官邸前歩道でtwitterを見ていると、若い女性に「twitter見ているんですか!」と驚きの表情で言われた。帰宅すると足が棒のようになり腰はパンパンになっていた。老人だなぁ。

でも、シスターも頑張ってらっしゃる。私も頑張らないと。
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様々な人たちが集まっていた。
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プロ?上手で皮肉たっぷりのプラカード。
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紫陽花を持つ方も多かった。この写真でも人の混み具合がわかると思う。

国会議事堂前駅に5時半過ぎに着くと、駅のトイレが長蛇の列だった。びっくり。

主催者の方が「人があふれそうなので、こちらへ人を流してもいいか?」と警察官に相談していた。

ファミリーエリアが設定されていた。要所要所でスタッフが交通整理をし、押し合わないよう注意喚起をしていた。

スタッフの皆様ありがとうございます。本当に参加者の安全を何より考えていてくれました。

駅出口3方面、歩道は2列。その列に入れてもらった。それから間もなく歩道全体が開放された。6.22よりずっと早い。駅出口1から国会方面へ伸びる歩道にも人があふれ始めた。6.22では横断歩道のあたりしか人はいなかったのに。

私は前の方に入れていただいたので、後ろがどの程度まで伸びているかわからなかった。

福島の女性たちかな?笠に着物姿の人たち、団扇太鼓を鳴らす僧侶たちも通った。谷岡議員ほか女性議員、田中康夫議員、モーニングバードの玉川さん等見たことのある人たちも通り過ぎて行った。

報道陣は多かった。外国メディアも多かった。ヘリコプターも6機飛んでいた。ちゃんと報道してくれたかな。

「再稼働反対」しか叫ばなかった。「シングルイシューである」ということは徹底されていた。そういえばスピーチもなかった。(追記:スピーチはあったらしい。全く聞こえなかった)

そのうち、こちら側も、向かい側も人であふれだした。小さな子ども連れの人が「ここで失礼します」と帰って行った。「気をつけてね」と周囲から声がかかった。

7時を過ぎると警察がコーンを片づけ始めて車道が完全に人で埋まった。6車線全部人人、人人。どなたかのtwitterで「カルチェラタン」「解放区」という言葉があった。古いなぁ。

近くにいた茨木県の人たちが前に動いたので、私もついて行った。官邸に直接向かい合うあたり。あんまりの人の多さ、そして後ろから人々が詰めかけてくる。もし、この人混みが押し返されることがあったら、私は転ぶなぁ、押し合いへし合いは危険、と思って人混みから抜けた。

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人混みをはずれると、駅へ向かう道はきちんと開けられていた。

7時50分になると「解散します」とアナウンスされた。まだ時間ではないが、早めの解散。後で報告を読むと、官邸前の人々が多すぎて危険になったからだったらしい。

駅出口4あたり、ドラムの音が響いていて大変な人だかりだった。でも私は地下鉄に向かう。時間より早く帰った。

1万数千から20万人という数字が出されている。全部を目にしたわけじゃないので、何とも言えないが、見える範囲の混み具合でいうと、少なくとも代表戦の日産スタジアムや埼玉スタジアムの人はいたと思う。

でもとにかく、官邸前にあれだけの人たちが集まって抗議の声を上げているという事実が重要。再稼働反対→野田政権へNO!へ変化していっていると感じた。怒りの声、怨嗟の声(音にあらず)があった。

この声は小さくなることはないだろう。
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2012/6/29


日韓W杯から10年。7月1日には日産スタジアムで「10周年記念サッカーフェスタin横浜」(10:00〜16:00)が開催される。

14:35からのファイナル・イベント、トークショーには、わが横浜F・マリノスの栗原勇蔵選手も参加する。

だが、残念。昼から友人たちとの集まりがあり、14:35には間に合いそうもない。

10周年といえば、先日W杯ボランティアの同窓会があった。口コミだけの連絡だったが、20名近くが集まった。W杯ボランティアには様々なセクションがあり、今年6月にはそれぞれで同窓会が開かれたようだ。

当時のIDカードや支給された靴や靴下を身に着けてきた仲間もいた。一番、人気だったのが「ボランティア日記」のコピー。

期間中、毎日ボランティアの人たちが書き綴ったもの。提案者(若い女性)がノートを作るにあたって、「毎日の弁当を記録すること」と提唱。したがって、この日記はボランティアルーム弁当日誌になっている。

10年経ってみると、文章より、イラストの方が記憶憶喚起力が強いなぁと思った。

提案者GJだったよ。

遅番の夕食が「ハンバーガー&ホットドッグ」の時は「ありえない(怒)」とあったり、昼食でも「うどんはつゆがたれて、片付けが大変です」とか書いてある。若者は「量が少ない、足りない」とか。そうだったなぁと思い出す。

想い出話。駅前でのシャトルバスの案内は暑さがきつかったとか、無線機がうまく使えなかった、とか、ペレが来たね、とか決勝前日の記者会見にはプラッターさんやベッケンバウアーさんがいたね、とか、チケットの入手方法やら、決勝戦セレモニー参加の話、決勝戦深夜のさよならパーティの話とか、いろんな話が出た。

ボランティアの立ち上げからW杯終了まで、本当に楽しかった。その時知り合った人たちは今も大切な友人だ。

その友人の一人。ボランティアで知り合った、とてもとても大切な友人のこと。
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2012/6/26

ピアノのこと  生活

実家を改修することになった。

姉から「改修の間、ピアノが邪魔になる。処分しようと思う。欲しいという人もいるので、差し上げていいか?」と連絡が来た。

「ちょっと待って」。

あのピアノには愛着がある。人の手に渡るのは悲しい。

だが、もし私が引き取るとして、その価値があるか?50年近く前の古いピアノだ。
運ぶ費用は?修理費用は?その手配はどうしたらいいのだろう?今、家にあるピアノはどうする?

悩んだ。

思いついて、以前お世話になった中古ピアノ店に電話してみた。電話番号がわからないので、ネットで調べた。

おずおずと「古いピアノがあるのですが、これは使い物になるものでしょうか?」と聞いた。いきなり言われても店主は実物を見ていないのだから、答えようもない。

「50年くらい前のものですか?」「製造番号を見てもらえれば、どんなものがわかるのですが」

姉に連絡すると、次に行く時製造番号を見てくる、と言ってくれた。

だが、次の日になると、良いピアノでなくても、古くても、どんな状態でも「引き取ろう」と、気持ちが固まってきた。

中古店に電話した。すると待っていたように「お電話いただいてから、いろいろ考えましてね」と店主が言う。

引き取るための運送業者の手配や費用のこと、引き取った後のこと=ウチヘは運ばす、直接修理工場に運び、修理をすることなどを説明してくれた。修理の内容も、お手軽から丁寧修理まで見積もりを出してくれるという。

とても親身で、私が心配していたことを全部考えていてくれた。

本当にほっとした。

あのピアノは、「私たちに」と買ったものだが、母の夢でもあったかもしれない、無理をして買ったピアノだ。当時、家にピアノがある家庭は少なかった。期待に反して子どもたちはピアノはあまりうまくならず、大きな飾り物に成り下がっていた。

ただ、ピアノがあったおかげで私たちは皆、音楽が好きだ。その子ども(孫)たちも音楽が大好き。

母は、このピアノは「あなたにあげる」と言っていた。

先日、運搬業者が引き取りに行った。立ち会った姉からは「一番よい形で引き取られたので、うれしいです」とメールがあった。

翌々日、お店から見積書が届いた。半世紀経っているが、「健康体」だそうだ。早速電話した。

「昔のピアノは、今の合板とは違って無垢材でできている。いい品物です。長いことオールカバーがかけてあったので、シケていたけれど、今、風を通していますから、大丈夫です。。50年間のホコリもコンプレッサーで飛ばしていますよ」

修理したり、磨いたりして、来週には家に届けてくれるそうだ。今、家にあるピアノ(16年間愛用した)は引き取ってもらうことになる。

古いピアノの方が良い音がでるはずという。よかった。母の想いも引き継げる。

ひ孫に逢いたがっていた母。春になって暖かくなったら逢いに行くよ、と娘が言っていたのに、かなわず亡くなった母。孫(母にとってはひ孫)がピアノを弾いたら、母と出会えるような気がする。

人は想い出の器。ピアノも想い出の器のような気がしてきた。
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2012/6/24

6/22官邸前  生活

6/22の原発再稼働官邸前抗議に行ってきた。

大飯原発再稼働は、あんまりにもずさん。福島原発事故の責任を誰も取らず、同じ人たちが原発を動かす。ありえない。

今まで、原発に対しては、事故が起こらないよう祈るだけで何もしなかった。原発は立地自治体の経済を支えているし、私は電気の恩恵を受けているのだから、と、原発の危険性(及び反倫理性)を知っていても、黙していた。反原発を戦う人々には敬意を持っていたが、自分から動くことはしなかった。

しかし、原発は地元経済を支えるどころか、立地市町村の人々の生活を奪ってしまった。先祖伝来の土地も汚染されてしまった。

だから、もう黙っていることはやめようと思った。

その意志を表すために、歩道に立つことにした。

開始時間前に行かないと行列の最後尾まで歩かされると思い、早めに家を出た。15分前くらいに国会議事堂前駅に着いた。もうかなり人がいた。主催スタッフは参加者には丁寧に道案内をし、歩行者への配慮もしていた。

一人参加だったので、話し相手もいず、ちょっと寂しかったが、近くの人がすぐに話しかけてくれた。都内の女性で、最初こういう集会に参加することのは怖かったとのこと。すごく緊張したけど、今はもう平気、知り合いも増えたそうだ。この方はGさん。

名古屋から来た女性は今夜娘さんの所へ泊るという。スーツ姿の女性は会社帰りだという。

その頃、大音声の演説が聞こえていた。周囲の人たちが「在特会」と教えてくれた。日本の恥。

最初行列は2列だった。スタッフが「歩行者のために歩道を開けてください」と書いたプラカードを持っていた。そのうち、もっと前に詰めて、横に広がって、と言われた。歩行者用は1列分あればいいとのことだった。歩行者と言っても、抗議の列の最後尾に向かう人たちだ。

6時過ぎるとスピーチが聞こえてきた。谷岡郁子議員、福島瑞穂議員、三宅雪子議員、広瀬隆さん、山本太郎さん、希望の牧場の方?後はわからない。

その後、歩行者用通路は車道に作られ、人々は歩道いっぱいになった。

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歩道いっぱいに広がった人たち。iphone写真なので上手に撮れていない。

警官に手足を持たれて連行されていく若者がいた。後でIWJの中継録画を見たら「反原発右翼」の若者が逮捕されたと言っていたので、彼の事と分かった。在特会ともめた際、逮捕されたらしい。

取材のカメラは多かった。ヘリコプターも上空にいた。横を報道ステーションの小川アナが通ってい行った(今日は報道してくれるかな?)きれいな人だった。

しばらくすると、私たちに車道に出て来いという。麹町署が、車道を開放したのだ。最初は1車線、そのうち2車線になった。

日曜日の歩行者天国みたいだった。あるいは秩父夜祭の人波。ある人は花火大会並みと言っていた。

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車道まで人々が広がった。子ども連れもいた。

子連れの人は、ちょっとだけ参加して帰ったようだった。幼稚園くらいの子どもたちが帰る時に、私が「バイバイ」と手を振ると、可愛らしい手で「バイバイ」をしてくれた。

最初はスピーカーから「再稼働反対」が聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。すると、近くの坊主頭の高校生?がリードしてくれた。

こんな大勢の人たちが整然と「再稼働反対」と叫んでいる。「日隅一雄さん、見てるかな」「小田実さん、見てください」「主権者としての市民が集まっています」と、こみ上げるものがあった。

自作のプラカードや奈良美智さんのイラスト、など様々なプラカードがあった。ipadを使う人もいて、さすがITの時代だと思った。
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Gさんが「どこまで列がつながっているのか見てくるね」と最後尾に向かった。随分長いこと戻ってこなかった。もう会えないかなと思った頃、戻ってきて「このブロック周囲ぐるりとつながっている。次から次へ人が湧いてくる」と報告してくれた。

8時になった。どうやって解散するのだろう?と思っていたら、少しずつ列が動き出した。それで「解散」とわかった。解散の挨拶もあったようだが、聞こえなかった。

一緒に並んでいた人たちに名前を名乗って、またどこかで会いましょう、と別れた。

家に帰って「報道ステーション」を見た。ちゃんと報道してくれていた。官邸の中まで「再稼働反対」が響いている場面には驚いた。権力の中枢に皆の声が届くことはあるのだろうか。

1日たって、IWJの中継録画を見た。池田香代子さん、女性記者の方、6/15抗議活動を泣きながら撮影した女性、反原発右翼の代表、主催者の方々、杉並デモの方へのインタビュー。

IWJの中継録画
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/20667

どの方も、落ち着いて、柔軟で、成熟していた。自分の言葉で語るから、どの言葉にも重みがあった。野田(あえて呼び捨て)のペラペラ薄っぺらな言葉とは大違い。

この動画が私の見たものに近いかな。

8bitNews
http://youtu.be/hiZtNvQrrPY

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2012/6/22

漁業という日本の問題  本・文学

勝川三重大准教授の本は2冊目だ。

東電福島第一原発から放射能高度汚染水が海へ排出された時、漁業の専門家としてtwitterで情報を発信されたのを目にしたのがきっかけだった。

その後HPなどを見ると、データも示してわかりやすく放射能の問題や、魚介類への影響について書かれていた。

「漁業という日本の問題」(NTT出版)は「日本の魚は大丈夫か―漁業は三陸から生まれ変わる」をより詳細に論じたもの、と思った。


日本の漁業は危機的状況にあり、急速に衰退している。3.11の地震大津波によって、更に打撃を受けた。日本の漁業復活の道はあるのか?

漁業衰退の原因に「食卓の魚離れ」がよく言われる。最初にこのキャンペーンが出たのは1976年だという。現在も「かつてない魚離れ」と言われている。

勝川氏は過去100年の統計を調べる。と、明治時代の日本人は現在の15%しか魚を食べていなかったことが分かったそうだ。日本人が本格的に魚を食べ始めたのは戦後。日常的に魚食するようになったのはここ50年程度の現象で、伝統文化というより「魚食ブーム」と言うべきだ。魚介類消費のピークは2001年。

(これは言われてみればその通り。昔は本当に米と野菜だった。肉も魚もごちそうだった)。

日本では漁獲量が激減している。漁業は儲からず、漁業従事者の高齢化が進み、食える産業ではなくなっている。

どうすべきか?著者は衰退産業から復活したノルウェーやニュージーランドの成功例を調査する。
(その具体的内容は本書を読んでください)

結局は適切な資源管理と制度改革だという。補助金漬けは衰退を招くだけ。

だが、日本ではなかなか改革が進まない。なぜか?

それは、どこにでもある「目先の組織防衛や既得権にこだわって問題を先延ばし」にしているから。

「水産省は現状を美化するような情報を選択的に流す」、「マスメディアは日本漁業の良い面だけを選んで取材報道する」

「問題を隠して現状維持しようとする既得権勢力」
「現状を知らされず非生産的な労働を余儀なくされている漁業者」
「何も知らされていない納税者」(=消費者)の構図。

(日本の検察・特捜の問題、原発の問題も同じだと思えてくる。だから書名が『日本の問題』」なのだろう)

筆者の再生への提言には、耳を傾ける人たちも増えてきているそうだ。

クロマグロの乱獲規制を訴えた時、即座に対応指示したのは山田正彦農水副大臣(当時)だったそうだ。乱獲を防ぐことによって、資源を維持、拡大できる。この資源管理を訴えたのはマグロ一本釣り漁業者、築地の仲卸業者だった。
(山田議員は現在TPPに断固として反対している)

また、新潟県の泉田知事が個別漁獲枠方式による資源管理を始めたという。最初は反対論が強かった漁業関係者も1年たった今は特に混乱もなく、むしろ様々な調整がやりやすくなったと言っているそうだ。

3.11で、漁業は大きな被害を受けた。復興がりっぱな港湾設備建設(漁業土木が儲かる)で終わるようなことではいけない。日本の漁業再生のために、漁業者、流通業者、研究者、政治家(行政)が努力してほしいと思う。そういう人々を応援したいと思う。

最近は勝川准教授は引っ張りだこだという。三陸の漁村にも何度も足を運んでいる。マスメディアの取材も増えている。問題意識を持つ人々も増えているらしい。

今後の活躍に期待している。
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2012/6/20

怒りのデモ  原発関係

マスコミが報じなかった6.15官邸抗議デモ。11,000人が、官邸に向かって抗議の声を上げた。

外国メディアは報じているという。

youtubeにあるこの映像は全世界で87,000以上見られているという。

twitterで坂本龍一さんが紹介しているものをリツィートしたが、blogにも貼っておく。



11,000人が、それも組織的動員ではなくて、twitterなどで知った人々が自分の意志で集まったデモ。それをマスコミが報じない。

全く収束もしていない福島原発事故を「収束した」と言い、安全が確認されてもいず安全策も講じてないのに安全とし「国民のため」と原発再稼働を決める、消費税の党内懇談会で議員ほとんどが了承していないのに「一任された」と言い放つ。でたらめばかりのこの政権はいらない。

民主党の多くの議員はこの事態を怒っているそうだが、野田政権のこんなやり方を許してちゃだめだ。もちろん、石原や橋下のようなのが取って代わるのはもっとごめんだが。

しかし、こんなでたらめ政を放っておくわけに行けない。今まで選挙に行くことくらいしか考えなかったが、はっきり、野田NO!をつきつける。デモに行く。本当に怒っている。
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2012/6/18

みんな笑顔・東京戦  サッカー(マリノス)

ヒーローインタビューがこんなに面白かったのは、久しぶり。

天野くんの「今日は僕のためにこんなにたくさん集まっていただき」とか、マイク、狩野、小宮山だっけ?「超バモス、超超バモス、超超超バモス」も笑ったけど。

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兵藤って歯並びがきれい。歯磨きや歯ブラシの宣伝に出そう。

土曜日は嬉しくてテレビをはしごし、日曜日は朝から夜まで会議でblogを書く暇がなかった。もういろんな方が観戦記を書いているから、書く必要ないなぁ。

完勝、完璧。強かった。

いつもの悪趣味でFC東京サポの観戦記を読んだけど、「東京の観戦記なのに、マリノスのことしか書いてない」なんてのもあった。

東京の選手紹介の時からブーイングが大きかった。試合開始直後の手拍子も大きかった。最初からこんなに手拍子が響くことはあんまりない。(最初はおとなしくて、段々盛り上がるのが普通だから)

つまり、サポーター、ファンは、この試合の意味が分かっていた。勇蔵が試合後のコメントで「サポーターがいい雰囲気を作ってくれた」と言ってくれている。
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俊様。セットプレーで1点取りたかった。あんなにボール蹴ったら、それだけで疲れそう。

前半が終わった時に、後ろの席の人達が「こんな完璧な前半見たことない。最高の出来」と言っていた。

パスが次々つながる美しい攻撃があった。相手を翻弄するボールキープやパス回しがあった。相手のボールは次々奪い、自分たちのボールは奪われなかった。

それでも、1点しか取れなかった。心配性の私は後ろの席の人達のように、余裕を持って試合を見ていたわけではなかった。

後半、追加点が取れない。1点差だったので、事故みたいな点を取られることを心配した。(一回パンゾーさんのバックパスを奪われた危ないシーンがあったね)

でも、東京の雑なプレーを見ているうちに、ま、大丈夫かな、と思った。ロスタイム4分は長くて嫌だなと思ったけど、高橋の無様なバックパス→CKを見たら「この試合を象徴してる」とすっかり安心した(安心するの遅すぎ)。

順不同の写真だけど、
飯倉選手100試合おめでとう。
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10戦勝ちなしだった時、私、@インフルエンザで出遅れた俊輔の状態がよくなる。A年齢層の高いマリノスは大雨でなく暑くなく、良い気候でサッカーできるようになる、の2条件が整えば大丈夫だというdaizu仮説を立てた。今のところ、当たってるような気がするなぁ。

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選手達勝利をありがとう。チアのお嬢さんたち、ウェストがすっきりで羨ましい。

試合後俊輔はいつもげっそりした顔をしてる。勇蔵はすっかり有名人、小野君は攻撃はもちろんなんだけど、守備が素晴らしいね!

代表で2得点というのはすごい効果だとビックリ。「やべっち」の勇蔵は朴訥で、初々しくて、女性人気の秘密がわかった気がした

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