2012/9/30

台風通過中  季節

ただ今、台風通過中。

首都圏のめぼしい鉄道は止まっている。この後もっと風が強くなるのだろうか。真夜中の台風は怖いよ。今の調子だと雨より風が脅威だ。


この台風が行ってしまえば、本当の秋到来だろうか。

近所の植え込みで。もうムラサキシキブがこんなに色づいていた。

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公園や並木道ではドングリがたくさん落ちている。30度を越える暑さでも秋は来ているのだと感じる。

ところで、このblogの左横にあるマリノスの順位表。また10位になってしまった。勝てないねぇ。

せっかく鹿島にアウェイで勝ったのに大宮にはまたしても勝てなかった。

次のホーム試合は既にチケットが3万枚以上売れているという。サポーターも友チケ等を買って集客に努めているそうだ。

かくいう私も友人に声をかけたのだ。が、年チケ割引期間が短くて(9月23日だった)、「勤務スケジュールが決まるのは月末なので、試合に行けるかどうかわからない」と言われて、不調に終わった。2週間前くらいまで割引期間を長くしてくれないかな。

ともあれ、次の試合は、3万人超の観客が見つめるのだから、ぜひ勝って、少なくとも残留を確定してほしいと思っている。
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2012/9/29

テレビ番組で勉強3  テレビ番組

23日(日)に見た最後の番組は、とても重たい内容の番組。録画してあるので、また見て、再度勉強しようと思っている。その番組は、

NHKEテレETV特集
シリーズ チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告
「第2回 ウクライナは訴える」だ。

番組HPより
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去年4月、チェルノブイリ原発事故25周年の会議で、ウクライナ政府は、汚染地帯の住民に深刻な健康被害が生じていることを明らかにし世界に衝撃を与えた。
(中略)
公表された「Safety for the future未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書には、そうした汚染地帯(※注参照)でこれまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や膠(こう)原病など、さまざまな病気が多発していると書かれている。

(※注:強制避難区域の外側、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下とされる地帯)

(中略)
しかしIAEAをはじめとする国際機関は、栄養状態の悪化やストレスなども原因として考えられるとしてウクライナの主張を認めていない。

放射線の影響を科学的に証明するには被ばくしていない集団と比較しなければならないが、住民の被ばくに関するデータも、被ばくしていない集団のデータも十分ではなく、今後も証明は困難が予想される。

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今はチェルノブイリ原発事故の影響とはっきり認められている子どもの「甲状腺癌」も現場の医師が訴えていたにもかかわらず、国際機関が認めるまでに7年かかった。

広河隆一さんの「DAYS JAPAN」の「最初の小児甲状腺がんの症例の報に接して」より

広河さんはまず、がんと言われた子どもと家族のことを心配する。そして、
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発表された子どもの甲状腺がん発症は、放射能のせいではないと医学の権威者は言う。「なぜならチェルノブイリでは事故から3−4年後になって病気が急増したからだ」という。

しかし実際にはチェルノブイリの事故の4年後に、日本の医学者たちは、小児甲状腺がんの多発を認めなかったではないか。「広島や長崎では小児甲状腺ガンは十年以上たってから現れたから、これほど早く発症するはずがない」とあの時彼らは言った。
(中略)
彼らは自分たちの知っている知識や経験を超える「万が一」という言葉を嫌う。
(中略)

しかし親が子どもを思う時、何よりも「万が一」で行動するものなのだ。そしてチェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも正しかったことが証明されている。

 今回の小児甲状腺がんの発症は、時期が早すぎるため、放射能とは関係ない、つまり原発事故とは関係ないと医学者たちは言う。そして8万人に一人という数字は、ふつうでもありうる数字だと言う。

しかしこれまで彼らは、小児甲状腺がんは100万人に一人しか現れないと繰り返し発言していたのではなかったか。8万人に1人発症するのが普通だというなら、福島県の子どもの人口30万人余に対して、これまで毎年平均して3−4人の小児甲状腺がんが現れていたとでもいうのか。そんなデータはあるはずがない。

 このただれ切った日本の方向を変える力は、人々の意志と良心的医師たちの活動にゆだねられる。そして「万が一」にしろ被害者がこれ以上増えないようにすることに、すべての力を結集すべきで取り組むべきである。子どもたちを守るために。
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このウクライナでも現場の医師たちが懸命に治療に当たり、放射線被ばくの被害を訴えている。

現場の医師たちは常に患者とともにある。水俣病もそうだった。森永ヒ素ミルク事件も被害者を掘り起こしたのは現場の保健婦さんたちだった。

そして、御用学者や権威を振りかざす学者はかならず「因果関係がない」という。被害者は長いこと日陰に追いやられていた。今も救済されたとは言えない。

番組では、放射線医学研究者木村真一(注)さんが年間被ばく量について、長年にわたるチェルノブイリの経験から意見を言っているのに、長崎大名誉教授は国際機関の数字をあげて、それを無視する。本当に腐っていると思う。

(注:NHKドキュメンタリー「ネットワークで作る放射能汚染地図」で放射能汚染を調べた研究者)

つい最近も「東京電力は24日福島第一原発から大気中へ放出されている放射性セシウムの量が、9月も1時間当たり1000万ベクレルと推定されると発表したそうだ。まだ収束していない。

ただし、京大の小出裕章さんによれば、
「1000万という数字を聞くとみなさんそれが膨大な量だと多分受け止められると思いますが、事故直後はそれのまた10億倍というような放射能が流れてきていました。2週間ぐらいのトータルですけれども、今現在で言うなら、事故直後に出ていた量のたぶん100万分の1とかそれぐらいまで低減しているという事だと思います。」

「これは本来大気中に放出されてはいけないものだが」「福島第一原発があれほど破壊されてしまった以上、仕方ないものだ。何とかこれ以上、また劇的に出るような事を防ぐという事が出来ることの精一杯」

(現在台風が近づいているので福島第一原発が心配だ。作業員さんたち、頼みます。でも作業員さんたちのことが心配。癌で労災申請された方が1名いるそうだ)

小出さんは、今放出されている放射性セシウムの心配より「すでに自分たちの周りを汚染してしまっている放射性物質を心配したほうが良い」とのこと。

故郷の隣村・埼玉県横瀬村の野生キノコから基準値超のセシウムが検出された。軽井沢の野生キノコからも基準超のセシウムが検出され、ともに出荷停止となった。

昨年文部省が調査した航空機モニタリング検査でも秩父や軽井沢は汚染度が関東平野よりもひどかった。横瀬村はセメント工場があり、震災がれきの焼却も始めている。

武甲山は石灰岩採掘で姿も変えてしまったが、それでも秩父は山々に囲まれ、自然がたくさんあったところだ。その山々や里山が汚染されてしまっていたら、本当に悲しい。荒川の源流地でもあるし、放射能汚染は心配でならない。

これからもできるだけ、情報を集めて、私たち(還暦越え)はともかく、若い世代、子ども世代を被ばくから守らなくてはならないと思っている。

使用済み核燃料をこれ以上、未来の世代に押し付けることなく、現在放出されてしまった放射性物質で若い世代が被ばくすることがないよう、これからもできることをしていくつもりだ。

脚痛でしばらく官邸前抗議にも行っていなかったが、痛みも和らいでいるし、気候も良くなってきたので、また行きたいと思っている。
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2012/9/28

勉強になったテレビ番組2  テレビ番組

23日(日)に見たテレビ番組について書くつもりでいたのに、大分時間が経ってしまった。

23日夜は「五嶋みどりがバッハを弾いた夏・2012」を見た。録画して、更に2回見た。

番組の案内は
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バイオリニスト、五嶋みどり。

1982年に11歳の若さでデビューを果たして以来、世界の第一線で活躍し続け、国際的に最も有名で評価の高い日本人バイオリニストと言えよう。

2012年夏、その五嶋が日本全国の寺院・神社・教会など“祈りの地”を訪れ、バッハの名曲を演奏するというデビュー30周年記念ツアーを行った。

演奏するのはJ・S・バッハ「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」。
完璧なテクニックと作品への深い理解が求められる作品で、“バイオリニストのバイブル”と評されることもしばしば。

難曲中の難曲を携えて、五嶋はそれぞれの“祈りの地”でどのような演奏をするのだろうか。

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演奏した地は五島列島青砂ヶ浦天主堂 長崎浦上天主堂、大宰府天満宮、京都西本願寺対面所、長野善光寺、日光東照宮、平泉中尊寺、函館・元町カトリック教会。

みどりさんは湿気がすごくても、雨の音や蝉の声がうるさくても、全く気にしない。中尊寺では戸を開け放って境内にいる人たちが耳を傾けることができるようにした。

老人も子どもも皆じっと耳を傾ける。境内でも立ちつくして聴いている人々がいる。被災地訪問でも避難所の階段や片隅でじっと見つめる人々がいる。

みどりさんの音楽には、人々の集中をひきつけてやまないものがある。いい加減に聴くことができない。自然と頭を垂れて聴き入ることになる。

昨年初めて五嶋みどりさんのコンサートに行ったのだが、今まで聴いたどの音楽家とも違った。その感想は、

*「演奏が終わった瞬間、『私が今まで聞いてきたのはヴァイオリストの演奏で、今日のは芸術家の演奏だった!!』という訳の分からない感想が浮かんだ。」とか

*「五嶋みどりさんとオズガーさんの演奏は、音をギリギリまで追及し、演奏の限りを尽くし、曲の全てを表現しようとした、という気がしたのだ。『ギリギリ限界の表現』という言葉が何度も浮かんだ。」とか

*「普段音楽を聴いていると、いろんなことを考えている。音楽とは関係ないことを考えたり、次々連想が浮かんだりする。だけど、その隙もない。ただただ音に浸っていた。何も考えなかった。圧倒されていた。」とか

の言葉が続く。全く初めての経験だった。

この番組ではみどりさんへの「インタビュー」やツァー中の生活ぶりもあった。twitterでつぶやいた通り、ビジネスホテルに泊まり、荷物を持って公共交通機関で移動する。ン億円のバイオリンも背中に背負ったまま。コインランドリーで洗濯をし、ホテルのランドリーサービスは使わない。普段着も質素だ。

番組では「ストイック」と紹介していた。「求道的」とも言える。

彼女は、いわゆる華やかなヴァイオリニストにはずっと違和感があったと言う。そのギャップで苦しんだとも言う。「自分は自分の生き方でヴァイオリニストとして生きる」と決めたのは27歳の時だったそうだ。

うつ病や拒食症にもなった。そういえば、他の番組で「拒食症になったが、治ります」と微笑みながら話していたこともあった。

彼女が23歳でうつ病を発症して、数年苦しんだと言うが、私が持っているみどりさんのチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」は24歳の時のものだ。この時のベルリンフィルとの共演の模様はテレビドキュメンタリーで見たが、確かに痩せていた。もう病に苦しんでいたのか?しかし演奏は素晴らしかった。

この番組を見て、みどりさんの演奏の素晴らしさは、その音楽に対する姿勢、生き方がもたらすものだと本当によくわかった。

今公式HPでスケジュールを見ると、世界中を駆け回っている。次に日本で演奏してくれるのはいつだろうか?

絶対に聴きに行きたい。
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2012/9/26

YouTubeで映画音楽  音楽

テレビで映画「ボーン・レガシー」の宣伝をしている。あの「ボーンシリーズ」の音楽が流れる。

「ジェイソン・ボーンシリーズ」は大好きな映画だ。

Youtubeで「ボーン」の映像を探す。映像は沢山上がっている。
でも、とりあえず音楽が聴けるのだけ貼る。
(11/3ほとんどが見られなくなってる)

音楽の出だし、「キュイーンキュイーン」+「鍵盤楽器」の後「ダダダダ」と打楽器が入ってくるところがカッコイイ。
http://youtu.be/Au-v2RS0mJQ

「シャーロック」のオープニング音楽も「ダダダ」と打楽器から始まるるところがカッコイイと思う。
http://youtu.be/usDj9sqdYfs

こういう風に映画音楽をYouTubeで探せて便利。

関連動画に「アメリ」があったので、これも聴いてみた。動画あり。
これはピアノの曲。
http://youtu.be/aip3836VtZ0

晩秋、夕方、小雨の上野・東京都美術館玄関外で「アメリ」のアコーディオンを聴いた時は、ロマンチックでうるうるしてしまった。
http://youtu.be/vKVnCGSCvek

私が感傷に浸っているのに、他のお客さんが「ラ・クンパルシータをやって」と言ったので、場は一転情熱的に。いい曲なんだけど、ちょっと気分が違うよ。

この「アメリ」の音楽はYann Tiersen。

「グッバイ・レーニン」の音楽もそうだ。これもYouTubeで探す。
映画の動画もあったが、音楽だけのもあったので、これを貼る。

追記:これ↓今は再生できないみたい。更に追記:大丈夫みたい。
http://youtu.be/-RxkxCj4cpc

ピアノの映画音楽と言えば「ピアノレッスン」。音楽はMichael Nyman。動画。
http://youtu.be/0Su8LXNS16A

浜辺でアンナ・パキンちゃんが踊るシーンが美しかった。映画はレンタルビデオかテレビ放送を途切れ途切れに見たので、物語自体よくわからなかった。

「アメリ」や「ピアノ・レッスン」のCDは持っている。でも聴きたい曲を網羅した映画音楽CDはない。いわゆる名曲が入っていて、「エデンの東」とか「風と共に去りぬ」とか「大いなる西部」「シャレード」「タイタニック」とか。

好きな映画音楽というと仏映画「冒険者たち」
これは今YouTubeを探したが、なかなか良いのがない。
追記:これでどうだろう。歌でなく、口笛の方がいい。
http://youtu.be/z2U9qEAkf6I

その他「Zのテーマ」Mikis Thedorakis(ミキス・テオドラキス)
http://youtu.be/jbaS5o_yBME
http://www.youtube.com/watch?v=jbaS5o_yBME

「Z」や「ミキス・テオドラキス」については、かつてこのblogでも書いたことがあるので、検索すれば出てくると思う。ギリシャ軍事政権への抵抗を描いた映画であり、音楽家だ。

テオドラキスは「その男ゾルバ」や「セルピコ」「戒厳令」などの映画音楽でも知られる。

彼が音楽を担当した映画を探すと上に挙げた映画以外に「フェードラ」「真夜中に五哩」があった。

「フェードラ」は新宿の日活名画座へ見に行ったなぁ。ヨーロッパ恋愛映画選みたいな特集で、いわゆるリバイバル上映だった。

Youtubeに「予告編」があった。映画を見た時はメリナ・メルクーリを「おばさん」と思ったけど、今見ると成熟した魅力的な美女ですね〜。

ついで、大好きな映画音楽「さらばベルリンの灯」音楽はジョン・バリー。
http://youtu.be/7wxOf6WvN9s

ジョン・バリーといえば007シリーズや「野生のエルザ」、「ダンス・ウィズ・ウルブズ」の大御所。

続けて聴くと、哀愁を帯びた音楽が多い。こういうのが好きなのかな。

これ以外に独映画「飛ぶ教室」のオープニングのピアノ(音楽・ニキ・ライザー)
(追記:見つけたので貼っておく)
http://www.youtube.com/watch?v=UMRQwsbYyu0&feature=related

仏映画「最強のふたり」のピアノ(ルドヴィコ・エイナウディ作曲演奏)
http://www.youtube.com/watch?v=wIJQT1nTn6A&feature=related
(ちょっと長い)

「コーラス」のコーラス(音楽・ブリューノ・クーレ)
「La Nuit」
http://www.youtube.com/watch?v=AJcO-Ns50-8

「Vois Sur Ton Chemin」
http://www.youtube.com/watch?v=-NkVo-2gNoU

と続けると、皆似ている。ふ〜ん。

いろいろ発見があります。そういう意味でもYouTubeは面白い、楽しい。
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2012/9/25

勉強になったテレビ番組  テレビ番組

日曜日は荒れ模様の天気だった。出かける予定もキャンセル。

テレビは最近消しておくことが多いが、この日は4つ、勉強になるというか、ためになる番組があった。

1つはNHK朝9月23日(日)総合 午前10時35分〜11時23分
「明日へ 支えあおう 復興サポート 漁業から町は生まれ変わる〜岩手・陸前高田市広田町Part2〜 」

このblogでもその著書を取り上げた勝川俊雄三重大准教授が復興サポーターになっている。

広田町の新たな魅力発見を町おこし(産業)へとつなげる試みを紹介していた。一つは外食チェーンとの連携。

外食チェーンの仕入れ担当者が町を訪れ、捨てられていた貝や安価な魚を試食。十分メニューになると判断した。朝5時に水揚げした魚や貝をその日のうちに客に提供する。

東京の店では、漁師の写真を飾り、産地や漁師を紹介する。店を訪れた広田町の人は客とも交流して、漁業に誇りとやりがいを見出していく。

もう一つは町に観光客を呼び込む計画。

長崎五島列島・小値賀(おぢか)島で「民泊」という新しいツーリズム展開しているリーダー高砂さんを招いて話を聞く。

小値賀島では、観光客に一般家庭に宿泊してもらい、その家が漁業者ならば、新鮮な魚を味わい、かまぼこ作りなどに挑戦する。「じいちゃんばあちゃんの家に泊まりに来たみたいだ」と若者は喜ぶ。

小さな島で漁業以外に産業はなく、若者は働き先を求めて島を離れてしまう。この「民泊」を始めてから、観光客が押し寄せ、若者たちも戻ってきたという。

交通不便で何の観光資源もない、と自嘲気味に話していた広田町の人たちに対して、高砂さんは、普段の生活の中で観光客に提供できるものは何があるか、尋ねる。

農業・漁業体験、海から見た広田半島の美しさ、わかめ干し、和菓子つくり、薪で風呂を沸かす、船大工、明治・昭和の津波を語り継ぐ石碑、震災体験の話、と次々アイディアが出てくる。

意見を言い、提案する村の人々の姿がとても生き生きしている。

こういう試みが成功して、漁村が元気になるといいなぁと思った。復興資金が巨大なコンクリートの道路や港や建物に使われて終わりではなく、或いは補助金で食いつなぐ漁業になるのではなく、食べられる漁業、若者が町で働けるような試みに使われてほしいと思った。

次いで見たのはBS世界のドキュメンタリー「偽りのヒロイン〜全米を欺いた5年間〜(再)」。

これはびっくりした。再放送だったらしいが、これを見るまでこんな人物がいたことを全く知らなかった。
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タニア・ヘッドは、世界貿易センターへのテロ攻撃で、航空機が衝突した現場より上層階から奇跡的に救出された19人のうちの一人。しかも、結婚間近だったフィアンセをテロで失った。彼女は事故のトラウマに苦しむ市民を支援するボランティア団体の中心メンバーとして活躍し、やがて“悲劇のヒロイン”として全米の誰もが知る顔となる。

2007年、ニューヨークタイムズが記事を書くにあたり、タニアのバックグラウンドを再確認しようとしたが何ひとつ裏が取れず、嘘が発覚する。テロの当時、彼女はバルセロナのビジネススクールの学生で、事件の10日後に地元新聞の取材を受けていたのだ。

タニアは生存者ネットワークの代表を解任されたが、金銭的利益も受け取っていないため罪には問われなかった。
(NHK番組紹介より)
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ボランティア団体中心メンバーとして式典にも出席し、ブルーバームNY市長やジュリアーニ前市長、パタキNY州知事と一緒に世界貿易センタービル跡地を歩く。その映像が全米へニュースで流れる。

生存者ネットワークのメンバーは、ターニャがあんまり悲惨な経験をしているので、事細かに事情を聞くことはできなかった。そんな傷を負っているのに団体のために懸命に働く姿にむしろ励まされた、と語る。

彼女はアメリカ人でさえなく、スペイン人だった。何故こんな行動を取ったのか?

裕福な家に生まれスイスの名門学校を出ていたが、父親と兄が詐欺事件で逮捕され、一家は苦境に落ち込む。この時のトラウマが原因ではないか、と語る人もいる。

今は所在も不明、生死もわからないという。

人間の不思議さを感じた。まだまだ人間についてはわからないことばかりとつくづく感じた。

(この項続く)
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2012/9/23

実りの秋  生活

先日、ご近所の方から鳥取の二十世紀梨を5個ほどいただいた。毎年、りっぱな梨をいただく。水分が多くて本当においしい。

もうしばらくすると、岐阜の富有柿が送られてくる。これもスーパーではあまり見かけないような大きさで立派な柿だ。甘くておいしい。

今は親戚から梨10キロとブドウが届いている。近所に配りたいが、産地を気にする方もいる。気楽におすそ分けともいかない。

ウチで消費することにした。娘が梨ジャムとブドウジャムに挑戦。酸味がないのが欠点だが、それでも新鮮なのでおいしい。ヨーグルトに合いそうだ。

さらに秋が深まるとリンゴも届く。

このリンゴは苦い思い出がある。青森に旅行した夫が、現地でリンゴを予約してきた。季節をずらして、2回リンゴ農家から直接送ってもらう。5キロずつ10キロになる。

同じ年、母から10キロのリンゴが届けられた。自分が買っておいしかったので、娘たちにも、と思って送ってきてくれたのだ。

20キロのリンゴ。どうする?生で食べ、ジャムにし、アップルパイにし、サツマイモと煮たり、もちろんご近所にもおすそ分けした。

リンゴは長持ちするけど、それでも多すぎる。

知人にぼやくと、ジュースにするといい、との助言。それでジューサーミキサーを購入。

これはリンゴを消費するのに役立った。リンゴと人参のジュースはフレッシュでおいしかった。リンゴはいろいろな野菜と合う。

母には「10キロでは多いから、5キロにしてね」と何度も伝えたのだが、忘れてしまうらしく、その後も10キロ届いて、毎年リンゴ尽くしとなった。

その母ももういない。昨秋(冬)のリンゴは適正量となったが、リンゴを食べるたび、母を思い出した。人に何かをプレゼントすることが好きだったなぁと思う。
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2012/9/21

中華街へ  旅・散歩

前からの約束で中華街でランチ。

中華街は今年6月のW杯ボランティア同窓会以来だから、3か月ぶり。あまり間が空いてない。

その前は、確か昨年1月の送別会。

平日でも中華街はにぎわっていた。修学旅行の中学生もバスガイドの旗について歩いていた。

中華街は随分変わったと思う。お土産物屋やエスニック雑貨屋、肉まん専門店が増えた。甘栗売りのお兄さん達も多いしね。食事をする街というより本当に観光地。

以前は古い木造建物のお店や地方都市駅前の食堂然とした小さな店も大通りにあった。今はそういう店がなくなって、大手ばかり。昔ながらの喫茶店もあったが、今はカフェ。何だか風情がなくなった。路地はまだそういうお店があるのかしら。

よく行っていた珠江飯店もなくなって、違う名前の店になっていた。

もうじき国慶節だが、目にしたのは双十節・中華民国建国101年のポスターだけ。孫文の写真だ。たまたまかな。

ランチは飲茶だった。中華街ではいつも食べ過ぎる。おいしいので、最初からがっついてしまうからだ。流れをよく考えて、セーブしながら食べて、無事デザートまでたどり着きたい。

次は上海蟹を食べに来たいが、以前上海蟹を食べた「珠江飯店」がなくなってしまった。どの店がおいしいのだろう。

ていうか、行きたいなぁと思っているうちに月日が過ぎ、シーズンを逃す。きっと今年もそうだろう。
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