2012/12/15

音楽会と展覧会  音楽

11月末に音楽会に行った。もう20日も経ってしまったが、書いておく。

今年はクラブワールドカップに行かないので、その費用をコンサートへ回した。

行ったのはマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏会のうち、1番+2番+5番の日(サントリーホール)。本当は6番+7番の日に行きたかったが、早々に売り切れていた。

この日は、なんだかいつものコンサートと雰囲気が違った。サラリーマン風の方が多かった。知り合いらしき人たちも多く、挨拶をかわしていた。

私は2階席の後ろの方。周りはバイオリンを持つ女性や高校生らしき若者だった。

休憩時間にプログラムやCDを見に、1階へ降りた。英語やドイツ語、中国語が飛び交っていた。「シャンパンが用意してありますので」と外国人をロビー隣の部屋に案内する人もいた。テレビカメラがあり、ドイツのクルーが若い女性2人にインタビューをしていた。

帰る時には、背広姿の人々がロビーにずらっと並んで来客に挨拶をしていたので、取引先を招いたコンサートなのかなと思った。とにかく、いつもと雰囲気が違った。

さて、演奏。すごい満足!

1番、まず管が鳴って、弦が入ってくる。その弦の響き!厚みがあって、ふくらみがあって、広がりがあった。あーサントリーホールは違うなぁと思った。

うちの小さなラジカセじゃ、やっぱり駄目だなぁ。いいステレオが欲しいかも、とその時思った。メロディーが聴き取れればいい、というのが私の考えだったけど、やっぱり、音の厚みを聴けなければ、音楽じゃないよなぁ。

もう時間が経ってしまったので、記憶が薄れているが、オーボエとフルートがすごく美しかった。

ベートーベンの音楽は、音程やリズムが辿れるというか、現代音楽の、音の運びもリズムも予想できず掴めずというのとは違う安定感、安心感がある。

初期の、小編成のベートーヴェンの交響曲もいいなぁと満足だった。先に書いたオーボエ、フルート、それと弦楽器の響き、美しかった。

5番運命は初めて聴いた。有名なのに、意外にも演奏されることが多くないそうだ。何といっても有名な交響曲。

冒頭のジャジャジャジャーンばかり、聴かされてきたけど、この曲、本当に名曲。曲に全身をゆだねてしまう。いろいろ細かいところに感想を持ったのだけど、忘れてしまった。素晴らしい演奏だったと思う。

この演奏は1月にNHKで放送されるそうなので、もう一度聴くのが楽しみだ。

音楽を聴きながら、サントリーホールの、今回は特にハイソな雰囲気もあり、何だか申し訳ないような、罪悪感に似た気持ちを抱いていた。福島の人たち、東北の人たちは仮設住宅で不自由な、そして寒い冬を迎えようとしている。私は六本木の、サントリーホールで、こんな贅沢をしていていいんだろうか、と。

うまく自分でも気持ちがまとまらない。でも、後ろめたい気持ちは持ち続けたい。一方で好きなことはやはり続けていきたいとも思う。

さて、感想を書くと言ったままほったらかしのメトロポリタン美術館展。これも時間が経ってしまって、忘れかけている。

この展覧会は副題が「大地、海、空‐4000年の美への旅 西洋美術における自然」が物語るように、自然を切り口にした展示になっている。

私にはちょっと難解だった。第一章「理想化された自然」というのと、他の「自然」を描いた作品との違いがよくわからない。

タペストリーや現代のティファニーの宝飾品、写真作品なども展示されていて、戸惑いもあった。

結局、好きなもの(エジプトの小さな彫刻品《カバとか》、ギリシャの陶器《黒像式、赤像式》)、有名画家の絵(レンブラント、ミレー、ゴッホ)などを中心に見てきた。

展覧会の意図したものとは違う鑑賞の仕方だったかもしれない。

一番人気はやはりゴッホの「糸杉」だった。

なんでだろう、ゴッホの作品を見ると作品の迫力は美しさとは別に、悲しみを感じてしまう。ゴッホの人生を考えてしまうからか。

(ベネディクト・カンバーバッチが演じるBBCドラマの「ゴッホ」を見ていて、ゴッホが多作な画家と知った。それと弟テオの妻が二人の死後、作品を残すために尽力したことなど)

私の美術史の知識では到底、この美術展の趣旨が理解できないと感じた。どうしても歴史的な見方しかできない。

それでも、こういう角度で美術を構成することの面白さは少し理解できたような気がする。

(コンサートも美術展も、中途半端な感想で申し訳ない。もっと早くにまとめるべきだった)
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