2013/5/14

ヴァイオリンコンサート  音楽

「ヒラリー・ハーンヴァイオリンコンサート」@みなとみらいホールへ行ってきた。

何故チケットを買ったのかわからない。毎月1回はコンサートへ行きたい、サッカーと重ならない日、と思って選んだのか。チラシを見て、バッハ、フォーレならOKと思ったのかもしれない。

というくらい、ヒラリー・ハーンさんについては知らない。出かける前、チラシをもう一度よく見ると「ヴァイオリンの女王」と書いてあった。ふーん、と思ったのだが、コンサートへ行って、そのことがよくわかった。人気実力とも女王にふさわしい。

いつものように音楽鑑賞ではなく、コンサート風景報告です。

会場に入ると、日曜日午後ということもあってか、いつもと客層が違う。後ろの方から見ると、いつもは白髪、グレー、光沢^o^;、という感じなのに、今回はほぼ真っ黒。若い人が多いのだ。デート?カップルも多かった。きちんとしたワンピースを着た小学生の姿もちらほらあった。

客席はほぼ満席。

ヒラリーさんは背中の大きくあいた黒のドレスで登場。チラシはロングヘアーだが、今日はショートだった。すっと立った姿がとても素敵。

曲目は、まず「27の小品:ヒラリー・ハーン・アンコール」より2曲。現代音楽だ。2曲目は現代音楽と言っても、なんだか懐かしい感じがした。リストの時もそうだったが、懐かしさを感じると亡き父母、亡き友が自然と脳裏に浮かぶ。

3曲目はモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ。どうして、モーツァルトはこんなにも気持ちよいのだろうか。五嶋みどりさんのコンサートの時もモーツァルトで眠りそうになった。今日も頭がカクンと揺れて、「あ、いけない、いけない」と姿勢を正したのだった。

終わった後、近くの人が「いや、寝てないって」と連れに言っていたので、夢見心地になったのは私だけではないのだ、と思った。

ついで、「27の小品」から大島ミチルさんの「Memories」。きれいな曲だった。聴いていると大河ドラマとか文芸ドラマの「音楽」のようだなぁと思った。

そして、バッハの「シャコンヌ」。これが素晴らしかった!!帰りにCDを迷わず購入した。

休憩の後は「27の小品」から現代音楽2曲。現代音楽はいつもとまどう。ヴァイオリンをキィキィこすり、不協和和音や不安定な音階で不安を駆りたてて、作曲者が表現したい世界はこういうものなのか?演奏者も共感して演奏しているのか?と思う。ただ、古い音楽を心地よく演奏(再現)するだけでは芸術家は不十分だろうし、現代に生きる者として「表現」しているのだろうとは思うのだけど…。

(昨日1966年のドキュメンタリーを放送していたのだが、この音楽がまさに現代音楽だった。航空機事故の原因究明作業を追ったドキュメンタリで、事故の悲惨さ、原因の不明、不確定、手さぐり、模索、を表現するには、現代音楽が合っているのだなぁと思った。)

ついでフォーレのヴァイオリン・ソナタ。初めて聴いた。これも美しかった。楽章ごとに拍手が入って、私はあれ?と思ったのだが、このことをヒラリーさんに尋ねた人がいたようだ。ご本人は「フォーレは楽章ごとに完結してるし、それを意識して弾いている。それを観客がいい、って思ったから拍手してくれた、ごく自然なこと」と語ったそうだ。

さらに2曲。演奏が終わって、みなとみらいのお客さんはブラボーは言わないけれど、拍手は熱狂的だった。それも、どんどん拍手が大きくなっていく感じだった。

拍手が鳴りやまず、何度も出てきてくれた。アンコールは2曲。これも「27の小品」からかな。ロビー柱にアンコール曲が書いてあって、写真も撮ったけど、英語の曲で良くわからないから割愛。

最後に引き上げる時ヒラリーさんはヴァイオリンを弦で叩いて、聴衆にも拍手(サッカー選手が頭の上で拍手して観客に感謝するように)して引き上げた。

(客席を出ると、ホアイエで60代の男性が何か言い争っていた。「俺が何をしたっていうんだよ!」と大声で言っていた。コンサート中、音を立てるとか、椅子を蹴るとかトラブルがあったのだろうか)

かなりの聴衆がいなくなって、ゆっくりとロビーに降りて行ったら、今までに見たことのないほどの人が列を作っている。サイン会の列だ。係員が「ここは列の途中です」というプラカードを持って2人くらい立っていた。つまり、ロビーの中を蛇行しながら列は続き、それが入口を超えてチケットセンターまで伸びていた。すごい人気なんだなぁと改めて自分の無知ぶりを恥じた。

あれだけの量と質の演奏をして、その後、長蛇の列のファンにサインする、って芸術家も大変だなぁと思った。姿をお見かけしたが、思ったより、小柄で、そしてクールビューティというのか、美しい方だった。

今日のヴァイオリン・コンサートは、無知蒙昧なまま出かけて、すごい感銘を受けて帰ってきた。充実した演奏だった。演奏中は、レム睡眠と言うか、ただ心地よく音に浸っていた。だから、コンサート自体を思い出そうとしても、ぼんやりになってしまう。よかったなぁ、だけです。

今回も、もっと勉強しなくてはいけない、と思い、そして、もっともっと音楽を聴きに行きたいと思った。
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2013/5/12

母の日  季節

毎年恒例母の日のクレマチスの花。
10年前に子どもたちから母の日プレゼントとしてもらったもの。今年も咲いてくれた。
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撮影したのは4月下旬。今はもっと花が咲いている。

今年は今年でプレゼントをもらった。ありがとう。

貰うばかりではなく、贈ることもしている。私の母はもういないが、夫の母が健在だ。もっともっと長生きしてほしいと思っている。
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2013/5/9

護国寺へ行った  旅・散歩

たまたま東池袋へ行ったので、思いついて護国寺へ行ってきた。

護国寺は昔、文京区に住んでいたので、池袋から下宿先へ行く時に何十回もその前を通った。最初は都電、その後は都バスだ。

でも一度も境内に入ったことがなかった。

護国寺については⇒wikipedia(公式サイトが準備中なので)
或いは⇒「徳川家ゆかりの護国寺周辺を歩く

護国寺はよく知られているように、徳川幕府五代将軍綱吉が母桂昌院のために建てた寺だ。
若い人(いや、もう中堅だね)には、尾崎豊の葬儀が行われたことで知られていると思う。大勢の若者が詰めかけた。

さて、護国寺
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仁王門 音羽通りはこの門に突き当たる。綱吉参詣の道として整備されたとか。

左隣は日大豊山高校で、教室から「コサイン・・・」「どのようにして解くか」の声が聞こえていた。私もかつてサインコサイン・・なんて勉強していた時代もあったのだなぁ。遠い日々。

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不老門。風情があっていい感じ。 この階段は上りやすかった。最近は階段の傾斜に敏感

重要文化財の本堂
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元禄時代の建築物。

中にも入れる。りっぱなお堂だった。

朱印帳を持って来たので、ご朱印をいただく。お参りしていた女性たちが
「何か書いてもらっているよ」「朱印帳でしょ。300円よ」と話しているのが聞こえた。

「費用はどれくらいかな、1000円くらいかな、高いと嫌だな」なんて思っていたので、この女性たちの言葉で安心した(笑)。お守りを買うより安価だ。

護国寺には明治の元勲等の墓がある。山縣有朋とか。あんまり好きな人物たちではないので、墓めぐりはしなかった。

護国寺に隣接して豊島岡墓陵がある。「岡」と言われるだけあって、高台だ。空が広くて気持ちよかった。お参りする人も少なく、静かで落ち着いた雰囲気だった。

右側・重要文化財の月光院 三井寺から移設したという桃山期の建築。
左側・多宝塔(昭和14年築)
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何十年来の課題がひとつ解決、と言うか修了できた。ご朱印帳はいつも持ち歩くと、スタンプラリーみたいで楽しいかもしれない。
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2013/5/8

「自分を動かす言葉」  サッカー(マリノス)

マリノスのオフィシャルショップに行った時、並べてあったので購入。

中澤佑二「自分を動かす言葉」(ベスト新書)だ。最後に俊輔との対談があるので、それも購入動機だった。


内容的には以前に発売された「不屈」にほぼ同じ。「不屈」の中から、「言葉」を選び出して、サッカー選手やスポーツ選手だけでなく、一般の人にも役立つように編集したという感じだ。

(「不屈」の感想は⇒こちら

印象に残ったことを幾つか書く。

*「思い知ったのが、自分の教養のなさだった。何か伝えようとしても言葉が出てこない」
オシム監督によって更にその思いを強くした、それ以来、本屋に行くようになったとのこと。

この言葉が、この本で一番嬉しかった言葉だった。

「話し手の知識が言葉に力を生む」「簡単な言葉でも話し手の知識で圧倒的な魂が宿る」というのは真実だと思う。本を読むこと、知識を血の通ったものとして得ること、つまり教養を深めることの重要性は強調してもしすぎることはないと思う。

にしても、オシムさんが病に倒れなかったら、どんなサッカーができたのだろう。日本代表の可能性がもっと広がった気がする。中澤選手もオシム時代が一番楽しかったと言っている。

*「『はい分かりました』と言ってみよう」と「自由をはき違えさせない」
これは中澤選手らしいと思った。

「結局、組織に属する人間にとって大事なことは、自分に与えられた役割を果たすこと」
と言い、
「サッカーは自由なスポーツであるし、それぞれが自分の意見を持っていることは悪いことではない。だけど、周囲のシチュエーションを無視して、自分だけが自由になってはダメだ。」
と言う。その通りだ。

けれど、反射的に思ったのが松田直樹さんのこと。もちろん、彼も「チーム第一」だったと思う。でも「やんちゃ」な面があって、強烈に印象づけられてしまっている。代表チームから勝手に帰国してしまったこととか。

でも、そういう個性も、「はい」と言って従う個性も、ともにチームに力を与えていたと思う。

*「なんでキャプテンやらないの」(俊輔)「代表で一番頑張っている人がキャプテンでないのは納得がいかない。キャプテンは佑二さんしかいないよ」(闘莉王←いい奴よね)。

南アW杯で直前にキャプテンをおろされた中澤。この二人の、さりげなく発せられた言葉で救われたという。

これ以外にも、言った本人は何気なく、ふっと発した言葉でも、中澤選手のかけがえのない言葉となったものがある。

そういうことは誰でも経験があるのではないだろうか。ふっと発せられた言葉が自分の心の一番奥に響くこと。そのことで深い安堵の気持ちになったり、自信を取り戻したり、信頼関係を確認できたりすることがある。

自分では意識していなくても、その言葉を求めていたのだと思う。

私は、その人の不安や憤りに対して、届く言葉を発することができるのだろうか。その人のことを心配していたり、考えているのに、いつも上から目線で説教くさいことばかり言っているのではないだろうか。

と言っても、いつでも「いいこと」を言ってやろうと思っても言えるものではなくて、そこは共感能力とか信頼関係なのかな。

(追記:南アW杯の時、松田直樹さんから俊輔へ「お前が出ないワールドカップなんて見ねえよ」と電話《メール?》をもらって、すごく嬉しかったという。マツは素直に気持ちを届ける人だったと思う。)

最後の俊輔との対談。面白かったのは長友の話。処世術というか、人の懐に飛び込むのが上手いんですね。俊輔は「長友は、南アでは本田の方へ寄って行った」と毒を言いつつ、「それは必要なこと」と理解も示している。

決して順風満帆なサッカー人生ではなかった中澤の言葉だけに、この本によって、教えられたり、力づけられたりする人(特に若者)も多いのではないだろうか。
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2013/5/6

日本代表カレンダー2002  サッカー(マリノス)

本箱の上の方から、昔のカレンダーが出てきた。
2002年の日本代表カレンダーだ。

6月は俊輔。
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背番号は23に見えるんだけど、いつの試合だろうか。

このカレンダーは1月から5月までは破ってあり、6月から12月まではそのまま残っている。2002年6月ということは日韓W杯の月。

俊輔が落選して出場できなかったので、カレンダーを壁から下してしまったのかもしれない。

6月俊輔、7月伊東、久保、高原、8月服部、稲本、9月名波、10月森島、柳沢 11月川口、奥、西澤、12月カズと平瀬。一人で写っているのは俊輔と名波。人気がわかる。
(1〜5月にきっと中田ヒデ一人というのもあったと思うけど、わからない)

12月の後ろに、まとめというか、1年カレンダー(2002年はこれ一枚あれば済む)がある。写真も9枚ある。

その中には、これとか
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2000年のキリンカップ、横国でやったボリビア戦の後かなぁ?
俊輔、マツ、佑二もいる。

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これには、佑二、マツがいる。これはいつの試合だろう。

みんな若いね。この頃から南ア予選くらいまでが一番代表に思い入れがあったと思う。

ところで、マリノス負けたのね。柏には勝てない。というか、自慢のDFのはずなのに、失点が多いのは問題だと思う。
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2013/5/5

川崎大師へ  旅・散歩

今日もいい天気。午前中は、家事をやっていたが、せっかくの連休、どこにも行かないのは寂しい。

それで、京浜四大総本山でまだ行っていない「川崎大師」に行くことにした。

京急で川崎、そこから大師線に乗った。大師線に乗るのは初めてだ。後で地図を確かめたら、多摩川に沿って、工業地帯を行く線だった。味の素の工場があった。

川崎大師駅から表参道と書いてある道を行く。でも表参道というより、横参道?建物と平行に行く。久寿餅屋さんが多い。門前町の雰囲気だ。

道を右に回ると「トントン」言う音が聞こえてくる。更に右に回ると門が見えた。ここは本当に参道だった。

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トントンという音は飴を切る音。川崎大師はのど飴で有名だ。

試供品を一つもらった。切りたての飴という。柔らかくて甘い。おいしいのだが、歯にくっつく。夫は歯の詰め物が取れるから、絶対歯に着かないようになめるという。買うとしたら、出来立てでなく固くなった普通の飴の方がいいかもしれない。


門の前に来たら、猿回しの太郎次郎さんに再会。亀戸天神で会ったばかりだ。
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お水屋で手を洗い、献香所で煙を浴び、大本堂へ。
あ、その前に護摩木(300円)に願いを書いて、祈祷をお願いした。

大きな「護持志納金、お護摩受付所」がある。窓口がいくつもある。こんな受付所、初めて見た。さすがに初もうでで200万人とも300万人とも言われる寺だけのことはある。

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大本堂

川崎大師についてはこちら
 ⇒公式webサイト

大本堂に「関東八十八ヵ所」のポスターがあった。川崎大師は札所には入っていないが、特別霊場とされている。ことし3月に行った枝垂桜の西光寺も特別霊場らしい。

ま、この「関東八十八ヵ所霊場」は開創15周年とあるので、新しいもののようだ。うん?平成になってからできたの?あんまりありがたがらなくてもいいか。

八角五重塔、鶴の池(亀ばかりの亀池だった)を見て、お参りは終わり。

四大総本山を踏破?した。また御朱印帳を持ってくるのを忘れた。3冊も持っているのになぁ。

帰りに久寿餅を買った。これが650円なのに、量が多くて、すごくおいしかった。また、買いに行ってもいいくらいだ。

ただ、「川崎」というところがね、抵抗がある。お店にはフロンターレの選手ポスターが貼ってあったのだ。見たのは憲剛、大島、レナトだけ、TさんやKさんやMさんがなかったので、ま、いい方かな。
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2013/5/4

喜びすぎ反省・鹿島戦  サッカー(マリノス)

爽やかな天候、連休後半開始日とあって、観客動員は4万人を超えた。

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こいのぼりとフラッグがはためく。(試合終了後の東ゲート橋。人が多い)

入場前の「民衆の歌」もだいぶ浸透してきたかな?歌声が聞こえた。トリコロールフラッグはもっと増えるといいね。応援リーダーがバックスタンドまで来て、プラカードで呼びかけるといいと思う。

さて、鹿島戦。私は日産スタジアムでみるのは久しぶり。2010年以来かな。数々の死闘を演じてきた両チーム。04年の1st優勝を決めたアン・ジョンファンのゴールとか。そうそう03年2ndの試合。ユ・サンチョルが汚いプレーに怒って小笠原の胸を突いたら、顔を押さえて大げさに倒れた。ユさんはレッド一発。小笠原のいかにも「鹿島」は忘れないよ。

今回もそういう「鹿島」らしさは見られた。

試合前、老舗サポのmariciaさんが「選手がファウルを取ってもらえないとき主審にブーイングするより、ファウルを受けても倒れない選手、倒れてもすぐ立ち上がってプレーを続行する選手にこそ拍手を」と呼びかけていた。

マリノスの選手は倒れなかった。4万人の観客、「推しメンシート」もある、選手の気迫を感じた。

でも鹿島は倒れたよね〜。主審がそのたびファウルを取るから、マリノスの選手も段々頑張らなくなった(疲れもある)。残念。

(勇蔵vs小笠原。両チーム入り乱れてヒートアップしてたが、原因がわからなかった。録画で確認。かつてのユさんを思い出した)

この試合は俊輔も中澤も「大人の試合」「玄人好み」と言った。局面局面の闘いが厳しかったんだろうと思う。でも、素人がぼや〜っと見ていると、のらりくらり、スピードもいまいち、決定機もない、やや退屈な試合に思えた。

甲府や湘南(前半)の方がプレーッシャーがきつくて、マリノスが押されていたように思えたから、鹿島は緩い守備に思えた。

(NHKの録画を見ると俊輔のFK、CK、フェイントをウルトラなんとかカメラで撮っていたので、そのスーパーぶりがよくわかった。あんなに注目されてうれしい。しかも地上波だ)

中町、ダヴィの惜しいシュートがあった。中町は積極的にシュートを打っていた。マルキーニョスは足が痛いのか不調だった。

それと端戸くんは迷っているみたい。ポジションも違うしタイプも違うけど、小野くんだったら、猛スピードで裏に抜けたよなぁとか、危ない時はこれまた猛スピードで最後尾まで戻って守備したなぁと思った。それをしているのが今は俊輔だよ。あと、学くんみたいな勇気あるドリブルも見せてほしいと思うんだよね。

途中交代で出場の優平君、時間は短かったが、角度のないところからのシュートもそうだけど、守備も積極的だった。PAへ斜めから勢いよく走りこんだ場面もあった。思い切りがよくて、効果的だった。こういうプレーを端戸くんにもやってほしい。期待している。

後半、セットプレーで野沢に素晴らしいシュートを撃たれた。野沢はいい選手だ。

あの時ね、「♪どんな時でも〜」の歌が流れていた。確かに拮抗した展開で、選手を励ます意味で「俺達はそばにいる」と歌うのはわかる。でも嫌な予感がした。この歌を歌っている時間帯に決められた。この歌には嫌な思い出しかないので、歌わないでほしいわ。

それはともかく、前も川崎の田中にあの場所から決められたよね。これは繰り返さないでほしいと思う。

鹿島がゴールした時、マリノス側なのに大喜びした鹿島ファンがいて、ムっとした。ホーム側にいるなら、心の中でそっと喜びなよ。

段々時間がなくなるにつれ、手拍子をしながら、手拍子と言うよりお祈りのように手を合わせてしまった。観戦ではなく、「祈戦」になってしまった。「ガンバレガンバレ」ひたすら祈ってた。

今日は樋口さんの交代が思ったより早くて、入った藤田、佐藤も良かったし、痛んでいたマルキーニョスを交代させてほしかったから、ファビオを入れた時はむしろ歓迎の気持ちだった。ファビオ、なんでもいいからやってくれ!だった。

観客席も熱かった。今日は初めから気合いが入っていたけど(鹿島に先制された後はしばらくシーンだったが)、この頃は大声のヤジも飛ぶし、手拍子も大きかった。

ロスタイム、ヘディングの応酬、空中戦(雁屋哲さんはアシカのショーのようと言ってた)、そして唐突にネットが揺れた。

もう飛び上がった。あの歓声は凄かった。甲府にやられたことをやり返した、取り戻した。悔しさが晴れた(ような気がした)

あの鹿島ファンの若者たちに向かって、「イェーイ」と言ってやった。もちろん、若者たちも(しょうがないおばさんとばかり)笑ってたし、私はもちろん笑顔。お決まりのやり取り。こういうの楽しいね。

その段階では誰が決めたがわからなかった。ファビオだった。彼は後で喜び過ぎを反省していたけど、それは私も同じ。すみません。「早く戻れ〜」なんて考えもしなかった。反省。

勝ち越さないといけないのだ。マリノスはチャンスあったと思うけど、実らなかった。パンゾーは倒れないでほしかったな。

甲府戦で勝ち点2を失い、鹿島戦で1点を得ただけ。差引マイナス1点。首位大宮に離された。

が、同じ引き分けでも追いつかれるのと、追いつくのでは気分的には天と地とほどの違いがある。周囲の人が「きっとこの勝ち点1が生きる時がある」と言っていた。そうしなくてはいけないと思う。

次の試合まで、中2日。ベテランの多いマリノスにはきついが、どうにか頑張って連休最後を勝利で締めくくろう。若手もきっとやってくれる。優平に希望を見たから。
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