2014/2/26

梅を見に行ったが空振り  旅・散歩

そろそろ梅が見ごろだろうね、どこへ行こうか?

三渓園は行ったし、横溝屋敷あたりも行ったし、三ツ池公園も、湯島天神も行ったばかりだし、今まで行っていないところ、そうだなぁ、都内の公園で行っていないのはどこだろう?

というわけで、浜離宮庭園に行ってきた。

新橋で下りて汐留のしゃれたビルの安いお店で昼食。工事中の分かりにくい道を歩いて、浜離宮恩賜庭園へ。徳川家の離宮として使われた後、明治維新後皇室のものとなった。建物のほとんどは関東大震災や空襲で焼失したという。現在は東京都の公園。

まず、
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三百年の黒松。みごとなものだった。

次いでお花畑。春は菜の花、秋はコスモスだそうだ。
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杭が倒れているのは、14日の大雪のせいだ。ネットは鳥の食害から守るため。

梅園は全然咲いてなかった。浜離宮の梅園は日当たりがよくない。それでいつも開花が遅いのだそうだ。それで、全景ではなく梅花アップの写真。一つに木に紅白の花が咲く珍しい梅。
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海側は水上バスの出発地にもなっている。レインボーブリッジやフジテレビのビルも見える。

が、こちらの写真がいいかな。
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東京タワー。

ビル群を背景にした庭園が浜離宮庭園らしさ、なのかな。
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目を細めて、海方面を見た。埋立地もなく、ビルも道路も橋もなく、ただ海原が広がっている風景を想像してみた。

きっと美しかったろうなぁ。気持ちの良い場所だったろうなぁ、と言っても当時、それを目にすることができたのは徳川様ご一行だけだけど。

大雪の被害で、立ち入り禁止の場所が多かった。

庭師の方が「枝が折れたりして、ひどいもんです」と言っていた。チェーンソーの音がして、ヒノキのような香りが漂ってきた。折れた枝の処理をしていたらしい。

2.14豪雪、孤立世帯はなくなり、不通だった鉄道もも開通したそうだが、雪の被害はこれからもっともっと深刻な形で明らかになってくるのではないだろうか。都心の公園ですらこうなのだから。

梅を見に行って、故郷の山々、田畑、人々の暮らしが心配になってしまった。
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2014/2/21

こもる日々(編み物)  生活

大雪と風邪で、ずっと家に籠っていた。

やることと言えば、編み物。この冬、セーター2枚、ネックウォーマー2枚編んだ。全部実家から持ってきた毛糸なので、費用は、不足の編み棒を買った分くらい。

セーターは毛糸が足りなくなって、袖口と襟ぐりに違う毛糸を使ったりしているから、あまり人前では着られない。ネックウォーマーは色合いがイマイチ。これも人前では着られない。ホームウェアですね。

しかもウール100%だから、ちょっと重い。

正月頃、原因は分からないが、左手の小指がうまく動かなくて、PCのタイピングで指がもつれた。編み物をしていても糸をうまく操れなかった。だが、気が付いたら、元のように動く。編み物がリハビリになったのかもしれない。

この後は、孫の幼稚園グッズ作りがあるので、編み物はしばらくお休み。本当に久しぶりの縫い物になる。ミシンはまだ動くかな?

編み物はテレビドラマを見ながらすると、飽きない。昼間は「相棒」とかの再放送。夜はミステリーチャンネルの刑事ドラマ。字幕だと編み物ははかどらない。吹き替え版の方がいい。

でも、編み物をしながら、外国のテレビドラマを見ると、名前がわからなくなる。外人の名前を覚えられない。あれ、被害者だっけ?容疑者だっけ?その友人?それとも刑事?となるから、話が混乱してしまう。犯人が何故その人なのか、つかめないこともある。

まぁ時間つぶしだからいいんだけど。

録画してあるクラッシックも聴く。だが、時々退屈する。

その点、いいのは「オペラ」。音楽に劇がついているから、筋を追える。

お気に入りはナタリー・デセイさんの「椿姫」と昨年ザルツブルグで上演された「ドン・カルロ」(カルロはヨナス・カウフマン)。

ヨナスさん、日本に来ないかなぁ。

(追記:今年10月来日決定!とか。10月18日ミューザ川崎、22日サントリーホール。行きたい!チケット取れるかな

YouTubeで探していたら、コンサート形式の「ドン・カルロ」があったので、貼っておく。ここにあれば、YouTubeを探さなくても、いつでも聴くことができるから。

カルロがヨナスさんで、ロドリゴがホヴォロストフスキー 。この動画の4分30秒くらいからの「共に生き、共に死のう」が好き。



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2014/2/18

秩父の大雪  生活

2月14日大雪被害。

被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。これから農業、商工業への被害も次第に明らかになるだろう。適切な救済政策をお願いします。

前日、日光100cm、青梅80cm積雪予報を聞いて耳(目)を疑った。2月8日にも秩父、熊谷で40cmを超える雪だった。まだ融けていない雪の上に降り積もったらどうなるのだろう。

横浜でも14日朝から雪が降り出したが、最初はあまり強くなかった。降り続け、段々強く、水分の多い雪となり、夜には積雪15cmを超えた。

朝6時頃、ネットで「秩父80cm」の文字を見た。えっ!たしか、最高記録は随分昔の58センチくらいじゃなかった?倍近いじゃないか、対応できないのでは?

普段、無人の実家の建物は大丈夫だろうか?近所のお年寄りたちは大丈夫だろうか?

秩父は盆地なので冬は冷え込むが雪はあまり降らない。私の経験では30cm位が最高だ。特に温暖化が言われ始めてからは積雪はあまりなかったと思う。

「昔は寒くて、雪が多くて」と、母からよく聞かされた。何しろ、母は秩父でスキーをしていたのだ。熊倉山で滑ったとか、市内から○○(地名を忘れた・横瀬方面)へスキーを担いで行き、リフトも何もない山で登って滑って、そして家までまた歩いて帰ってきた、体力があったものだ、というような話も聞かされた。物置には竹のストックとかスキー板があった。

そういう話は信じられなかった。私の時代にはスケート場は何か所かあったが、スキー場なんて考えられなかった。

その秩父で92cmの積雪だという。観測史上一位の積雪量。つまり、秩父では誰も経験したことのない雪だ。雪かきはどうするんだろう。閉じ込められる人たちが出てくるだろう。つぶれる家は出てこないだろうか。心配になった。

テレビはオリンピック一色。都内の雪の様子は報道しても、雪で孤立する地域のことは全く報じない。

twitterで情報を集めた。秩父の積雪の様子を次々にtweet、リツィートしてくださる方々がいる。見慣れた街が雪に覆われている。見覚えのある場所が雪で埋まっている。市内でこうなのだから、山奥の集落の人々はどうしているだろう。限界集落もある。お年寄りが多い。灯油や食料、薬類を届けないと危ない。

甲府や多摩、富士五湖周辺、或いは群馬からも続々悲鳴のようなツィートがあがる。夕刻にはかなり深刻となり、山梨選出の国会議員(党派を問わず)からも切羽つまったツィートが出されるようになった。政府へ早急に働きかける、担当大臣に電話する、電話した、という話もあった。

だが、官邸の災害アカウントや首相のFBは沈黙。報道もない。無策に憤る声が増えていった。報道に対しても、どの局も同じ放送を繰り返している(金メダルは嬉しかったが)。台風の時のように画面端にでもテロップで各地の様子や救援情報を流してくれればいいのに、という声もあった。

15日昼頃からずっと災害本部を立ち上げてくれ、災害救助隊を派遣してくれという声があったが、政府の動きはなかった。今後どんどん状況が深刻になるのがわかっているのに、だ。対策会議は16日午後。山梨へ調査(ヘリ視察)に行くことだけを決めた。災害対策本部立ち上げは今日18日だ。

今になって、安倍を擁護する声があるが、当時の切羽詰まった状況を知らないからそういうことを言う。

現場が頑張って、少しずつ状況を改善してきた。自発的に雪かきをしたり、炊き出しをしてくださった方々もいる。twitterで情報を発信し続けてくれた人々がいたから、必要な所へ救援の手が届いたところもある。

17日(月)になってようやく動きが出た。テレビも報道を始めた。2日半過ぎた。政府もテレビも反省してもらいたい。弁解ばかりしていても意味ない。反省しなければ次に生かせない。

にしても、と思う。私の覚えている昭和30年代大雪の時。生活はどうだったか。

水道・電気はあった。だが都市ガスもプロパンもなかった。暖房は練炭こたつと火鉢、豆炭カイロ。煮炊きは灯油のコンロ、七輪、へっつい。水道がだめなら、井戸もあった。薬は「富山の置き薬」。

サバイバルには昔の生活の方が強かった。

(今考えるとよく、あの程度の暖房で平気だったなと思う。母にすごく寒い時はどうしていたの?と聞いた時、何もしないでこたつでじっとしていた、と言っていた。生活上最低限のことしかしなかったということ?)

そして、母が亡くなってから、千年に一度という大地震・津波が起きたその後秩父は停電が続いた。今年は秩父で92cmの雪が降った。母が一人暮らしをしていたら、どんなに心細かったろう。だから、秩父のお年寄りたちが心配になる。母への申し訳なさも募る。
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2014/2/11

都知事選挙  原発関係

東京都知事選挙は自公推薦の舛添氏が当選した。

前回の選挙では積極的に宇都宮氏を応援し、カンパをし、ボランティアにも行った。

だが、今回は何もしなかった。

安倍暴走に歯止めをかける、原発再稼働・輸出をさせないことが何より優先で、「舛添を勝たせないこと」が一番重要なことだと思っていた。

だけど、この結果。

特定秘密保護法が参院を通った日。日比谷野音での集会で、山本太郎君が「どんな威勢のいいことを言ったって最後は数の力で、この法律は通ってしまうんです。しかも3年間国政選挙はない。だけど、地方選挙があります。ここで民意を示すことができる。

皆さん、まとまらないと勝てませんよ!まとまることができますか、まとまってください!」と言った。

そういうこと。

前回の選挙の時、宇都宮さんが遊説に来るというので、都内城南地域の駅に聞きに行った。「枯れ木もなんとか」だから。

だけど、ショックを受けた。しょぼかった。

駅の昇降客は見向きもしなかった。ビラもほとんど受け取らなかった。知名度がないのはわかっていたけど、これほどとは思わなかった。挙句に猪瀬氏は400万票だ。

浅野史郎さんが都知事選挙に出て、石原氏に大差で負けた時、「石原都政の抑圧、しわ寄せを受けている人たちは必死で都政批判をするが、多くの人たちはそれを自分の問題としてあまり感じていないようだ」と話した(と思う)。

この石原300万票、猪瀬400万票の地盤を崩すのは容易なことではない。実感として宇都宮さんでは今回も勝てないと思った。宇都宮氏のことは尊敬している。政策も支持する。

今回は一本化で、脱原発に取り組む人々も動いた。宇都宮陣営はギリギリまで含みを持たせた。が、細川陣営は一本化は考えていなかったようだ。一本化があるとしたら、宇都宮さんが選挙から降りることしかなかった。政策協議、話し合いの時間もなかった。

結局、統一候補を出すことができなかった。

私は全く動けなかった。twitterでリツィートしたのは「舛添を知事にしない」、「選挙に行ってください」だけ。

選挙後、山本太郎くんが「苦しかった」とblogに書いている。
http://ameblo.jp/yamamototaro1124/entry-11768915243.html

選挙の翌日、安倍政権は原発再稼働、憲法の解釈変更、集団的自衛権と早速動き出した。

自民党は除名した人を推薦する、というリアリズム。対抗勢力は理想論・筋論。

高木仁三郎
「小異を捨てて大同につくべきような時にも、小心さから自分の身だけは潔癖に保とうとし、小異にこだわってしまう。日本の市民活動家などは皆その傾向がある」

堀茂樹
「自分が絶対的に正しいと確信する政策ではなく、他人たちも相乗りできそうな、相対的にマシな政策を打ち出す事。このリアリズムを実行する器量がなければ、自民党政権を打ち負かす多数派形成は夢のまた夢」

だけど、細川さんを統一候補とすべきだったのか、宇都宮さんを統一候補にすべきだったのか、私はわからない。依然として中途半端な気持ちのまま。

(小泉元首相の演説を動画で見たが、原発については共感した。この演説はもっと多くの人たちに聞いてほしいと思う。靖国参拝、イラク自衛隊派遣、新自由主義経済政策に私は反対だったが)

事実としてあるのは、自公側、安倍側が勝ったことだ。

かなり、がっくりしている。どうしてこうなってしまうんだろう。

考え続けるしか、そして、脱原発、安倍暴走ストップの集会やデモに行き続けるしか、ないのだと思う。
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2014/2/2

鎌倉・瑞泉寺へ  旅・散歩

日曜日。どこかに散歩に行きたいね、と夫と話す。梅にはまだ早い。

と、何気なくテレビをつけたら、NHK「趣味の園芸」で、「水仙」の特集だった。「梅はまだでも、水仙なら咲いているよね」。

水仙と言えば、「瑞泉寺」。で、行ってきた。

夫はよく一人で鎌倉散歩に行っているので、瑞泉寺はもう何度も行っている。私はたぶん、20代の頃、行ったきりだ。

鎌倉駅から「鎌倉宮」行きのバスで終点下車。そこから徒歩。

瑞泉寺へ上る階段。
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この階段、私の記憶になかった。つまり、昔は階段は全く気にならなかったので、記憶にも残らなかったのだろう。

お寺は手すりのないところが多い。ふぅふぅ言いながら上った。

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水仙は沢山咲いていた。

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瑞泉寺本堂の裏にある庭園。発掘で見つかったもの。

椿は今が見ごろかな。藪椿の花はシンプルで好き。
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梅はまだこんな感じ。
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荏柄天神や頼朝の墓のそばも通ったが、寄らなかった。長い階段が見えると、しり込みする。
荏柄天神は遠くからでもきれいに咲いている紅梅が見えた。

駅へ向かう途中、二階堂とか雪ノ下(地名)は、立派な家が多い。昭和の家らしい木造建築や植栽が懐かしい。この辺りで、あの広さで、あの家構えだと価値はどれくらいなんだろう?(下世話)

途中でそばを食べ、そのまま帰途へ。本当はコーヒーを飲みたかったが、良い店を見つけられなかった。

帰りの横須賀線。初めてグリーン車に乗った!!未だかつてただの一遍もグリーン車に乗ったことがなかったのだ。

といっても、鎌倉から横浜まで(笑)。550円なり。コーヒーを飲まなかったから、コーヒー代だね。

グリーン車の二階だから、眺めはいい。大船観音を真正面から見た。あとはマンション群をひたすら見るだけだった。

思いつきで出かけて、途中小雨にもあったが、やっぱり鎌倉はいいね。
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2014/2/1

児童公園にて  生活

孫娘を連れて近所の児童公園に行った。午前中だと、未就園児や保育園の子ども達と一緒になるが、午後3時過ぎだったので、いつもと違うメンバーだ。

中学生男子が7〜8名、サッカーをしている。もう推薦入試などで、進学先が決まった少年たちだろうか、伸び伸びと屈託なくサッカーに興じている。

砂場に行って、遊んでいると幼稚園の年中さんくらいの女の子がお母さんとやってきた。つかず離れずの距離で遊んでいる。お母さんと話をすると、何とごくごく近所の方だった。家族構成やら、居住歴、町内会・近所の遊び場所など情報交換ができた。

その年中さんのお友達もやってきた。その子のお母さんはマスク姿。「もうよくなった?」と二人のお母さんたちは話し出す。

「高い熱が出たのでてっきりインフルエンザと思ったけど、簡易検査で陰性だった。ホッとするやら、インフルでもないのに高熱なんてひどい、と腹立たしかったり・・」。インフルエンザ以外でも高熱の風邪があるんですね。

普段だと、たぶん会っても会釈くらいしかしていなかっただろうご近所さんに、孫娘のおかげで、知り合えて話もできた。これからもっと親しくなれるだろう。

その幼稚園児たちが違う遊具へ行ってしまうと今度は小学生男子3人がやってきた。礼儀正しくシャベルを貸してくださいと言う。そして、大きな穴を掘りだした。落とし穴を作るつもりらしい。

まずまずの穴が掘れた段階でクリアホルダーを置いて、上から砂をかける。でも周りを押さえていないから当然クリアホルダーは落ちてしまう。「砂じゃ重い」とばかり、今度は枯草を集めてきて載せている。でもやはり落ちてしまう。とうとう、自分のジャンパーを脱いで、穴の上にかけて、砂をかけ始めた。でもジャンパーはやわだったらしく、うまく行かない。

30分くらい悪戦苦闘したが、落とし穴は完成しなかったようだ。帰宅して夫に話すと「やっぱり段ボールでないと」と経験者は語った。

落とし穴つくり真っ最中に、学童保育の子どもたちが、大勢やってきた。サッカーをやったり、鉄棒をやったり。ダブルタッチというのかな、2本の縄を使う縄跳びも始めた。指導員さん二人が回す。

これ、どのタイミングで入るのか難しい。低学年の子が挑戦。ようやく入れると、指導員さんが「できたねー!」とその子の肩を抱いて褒める。高学年の子は10回以上飛ぶのが目標のようだ。何度も何度も飛ぶ。指導員さんはひたすら縄を回す。20回くらい続けて飛べると、これまた大喜びで少年に拍手する。学校の先生や、親たちだけでなく、こういう優しく見守ってくれる大人がそばにいるっていいなぁと思った。

砂場を切り上げて、鉄棒の方へ行くと、小学生女子が「こうもり」で鉄棒にぶら下がっている。「あの、おねえさん、すごいねぇ」と孫娘に話す。すると、女の子は逆上がり、空中逆上がり、片足掛け回りでぐるぐる、と次々技を披露してくれる。「何年生?」と聞くと3年生だという。「3年生になるとこんなことができるんだねぇ」と感嘆した。

孫娘がブランコへ行くと、その子もブランコへ。大きくこいで、ぶらーんぶらーん、一番大きく振りあがったところで、パッと飛び降りる。孫はびっくりして見ていた。

そのうち、少女は、「こっちへおいで」と孫を呼ぶ。滑り台の滑る方から上がっていく。「簡単だから、こっちから上っておいでよ」「上から引っ張ってあげるよ」

孫娘は年上の子と遊んだ経験がほとんどない。だから、とても嬉しそうだ。

滑り台の滑るところを登っていくのは最近よくやっている。「ひとりで」と言いながら登っていく。女の子は「あとちょっと、あとちょっと」と声をかけて、手を伸ばしてくれた。一人で登りきると「登れたねぇ」と喜んでくれた。

しばらくすると、その女の子のお母さんが迎えに来た。習い事のようだ。「また遊ぼうね、バイバイ」と去って行った。

知らない、年上の「おねえさん」と遊ぶなんて、孫娘にとってはこの上のない楽しい経験だったに違いない。

学童保育の子ども達もいなくなり、中学生も引き上げた。暗くなってもまだ帰りたがらない孫娘。楽しかったんだね。

中学生から、未就園児まで一緒に遊んでいるなんて、なんて良い光景なんだろう。近頃はゲーム機ばかりで外で友達と遊ばない、なんて聞いていたから、本当に嬉しいよ。楽しかった。

私も世代の違うご近所の方々と知り合うことができてよかった。孫娘のおかげで世間が広がった。
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