2014/11/30

もっと勇気を・新潟戦  サッカー(マリノス)

早いものでホーム最終戦を迎えた。11月で実質私のサッカー観戦は終わり。今年は終了が早かった。

優勝も降格もなく、相手も同じく中位となれば、試合の緊張感は欠ける、いや、訂正、私の緊張感が欠けていた。まして俊輔は先発ではない。雨模様の中、かなり遅めに家を出た。

新潟は昨年悔しい思いをした相手。でも、負けるのは相手どうこうより、自分たちが悪い。別に遺恨はない。

中位同士といえども、新潟のサポーターは熱心で、この試合、Jリーグ今節一番の観客数だった。(3万人は切っていたが)

試合。試合レポートは⇒マリノス公式

守備はマリノス伝統鉄壁。でも攻撃はチグハグだった。

≪勇気に欠ける≫

これを一番言いたい。カウンター・絶対チャンスの時、尻つぼみ。観客がワーッと立ち上がって応援している時なのに、

キーパーと一対一だって、数的有利だって、自分で責任を持ってシュートしない。パス、パス、切り返し、切り返し、結局チャンスをつぶす。

学然り、翔然り、淳吾然り、俊輔だってPA前のチャンス、シュートを狙えばいいのに、結局相手に奪われた。
(俊輔はやはり足首、膝、股関節?よくないのかな、およそ「らしからぬプレー」ぶりだった)

追記:絶好のチャンス、GK前でパス、それが藤本に合わずシュートできなかった。藤本は芝を叩いて悔しがった。でもまだボールはPA近く。悔しがる時間があるならすぐにボールを追うべき。「ボールを追え〜」と叫んでしまった。こういう点は改めてほしい)

攻撃は新潟の方がずっと迷いがなかった。フィニッシュの精度の悪さに助けられた。

ほんとにね、もっと勇気を持ってシュートしてほしい。

北京五輪、ナイジェリアの選手が独走状態になると嬉しくて嬉しくてたまんないという感じでドリブルしてドカンとシュート。そういうプレーを見たい。

今日のJ2プレーオフ、山形の選手も迷いのないシュートを打ってた。ともかく責任逃れせず勇気をもってシュートしろよ、と言いたいのはそれだけ。

マリノスは攻撃に移った途端のパスミス、判断ミス、で波に乗れなかった。チグハグだった。攻撃が波に乗れないから防戦一方になった。特に後半は中盤が省略されて、最終ラインが下がり、危ない場面が続いた。中町が交代出場してようやく落ち着いたかな。

良く点を取れたなぁという展開だったが、勝ちは勝ち。DF陣、哲也、良く守ってくれました。

1−0はマリノスらしい勝利。こういう風に勝つから相手チームからマリノスはいやらしいチームと言われるのか。

とにかくホーム最終戦は気持ちよく終わることができた。
クリックすると元のサイズで表示します

最後のセレモニーもスムーズに和やかに終わった。嘉悦社長は懐具合について述べなかった。大丈夫なのかな。

樋口監督も樋口さんらしい真面目な手堅いスピーチだった。樋口さんは勝負師としてはイマイチだったかもしれないが、監督としては堅実な手腕の持ち主だったと思う。

桑原監督、木村幸吉監督の時は「贅沢はいわないから、普通にやってくれー」といつも思ってた。

最終戦のセレモニーというと、どうしても2010年の事を思い出してしまう。忘れるわけがない。

岡田監督が去り、左伴社長が去り、いろいろあって、マリノスは会社も、監督・コーチ陣もサポーター・ファンも様々なことを学んで、成長したと思う。

来年は、中澤、中村の二大看板がそろそろ試合(全試合やフル)出場が難しくなるだろう。世代交代という大きなミッションがある。

ちょっと気を緩めれば、J2降格もある。Jリーグは怖いリーグだと昨日の浦和、今日の磐田を見てつくづく思った。

マリノスタウンがなくなるという話もある。不況下、経営は困難だろう。

それでも、マリノスは名門チームとして、数々の熱戦を刻んだチームとして、J1に居続けて、いつでも優勝を狙うチームであり続けてほしい。

年金生活者には厳しいけど、来年も年チケを継続して応援し続けます。毎年毎年期待している。

今年は体調や家の都合で観戦できなかった試合も多いが、(天皇杯優勝)、ACL、一桁順位ありがとうございました。楽しみました。

あ、まだ1試合あるんだった。勝って、チームを去る選手、スタッフを送り出しましょう。
2

2014/11/18

クコの実  季節

近所の公園にクコ(枸杞)の実があった。思わずパチリ

クリックすると元のサイズで表示します

気を付けてみてると、クコは結構、草むらに生えている。ここ以外でも見かけたことがある。

クコは漢方で「枸杞子(くこし)」と呼ばれ、非常に薬効がある。
⇒Wikipedea クコ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B3 

中華料理でお粥や杏仁豆腐に添えられている赤い実(ドライフルーツ)がクコだ。

クコ茶やクコ酒で利用するのが一般だそうだ。或いはドライフルーツ。

この、公園で見かけたクコの実を取ってきて、加工すればいいのかもしれないが、でも、もしクコでなくて、他の(毒の)実だったら困るから、写真で撮るだけ。

1

2014/11/13

奈良5・正倉院展  展覧会

奈良旅行、肝心の正倉院展について書いていなかった。

とにかく11月の連休に出かけたのがいけなかった。

夕方からの入場で、あの混み方では意欲を削がれてしまう。幼稚園児まで連れている人がいたけど、それはどうなの?まぁ、家に置いてくるわけには行かないから連れてきたのだろうけど、私だったら自分が展覧会に来るのを我慢するなぁ。(だから50代過ぎてから来たわけだ)

さて、今年の目玉は
鳥毛立女屏風 [とりげりつじょのびょうぶ]と桑木阮咸 [くわのきのげんかん]
詳しくはこちら⇒第66回正倉院展
http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2014toku/shosoin/2014shosoin_index.html

鳥毛立女屏風は「教科書」や「資料集」でよく目にした。樹の下に豊満な女性が描かれてている。唐風のふくよかな顔だ。展示の最後の屏風が一番墨の色が鮮明だった。

「鳥毛」というのは屏風に「山鳥の羽毛」が貼られていたからだそうだ。「日曜美術館」で復元したものを見たが、毛むくじゃらで優雅とは程遠い。美しくなかったけど、本当に羽毛を張ったのだろうか?

桑木阮咸 [くわのきのげんかん]
円形の胴を持つ四絃の楽器。楽器に絵が描かれているが、展示に拡大写真があり、それでないとよくわからなかった。意外に地味。形は均整がとれていて美しいと思った。

衲御礼履 [のうのごらいり]儀式用の靴
クリックすると元のサイズで表示します
これが一番印象に残った。とにかく赤色が鮮やかだ。反り返った部分には真珠や宝石がちりばめられている。

32cmの大きさだというので、聖武天皇はそんな足の大きな人だったのだろうか目
底敷きの布が擦れているので実際に履いたとのこと。

紫檀木画挾軾 [したんもくがのきょうしょく]肘(ひじ)つき
脇に置くのでなく、自分の前に置いて、肘をついたとか。聖武天皇遺愛の品。両端を丸くした細長い天板に、2本の脚を付けた形式。

御床(寝台)
これを見ていた親子が「『エアーウィーグ』を乗せて寝たら完璧」と言っていて笑ってしまった。木製の格子状、二つ並べて使ったというが、そうすると結構大きいベッドだと思う。

白瑠璃瓶 [はくるりのへい](ガラスの水さし)
ペルシャ風の透明ガラス水差しだ。見事なもの。

鳥獣花背方鏡 [ちょうじゅうかはいのほうきょう]
唐製の白銅鏡。鳥獣文と葡萄唐草文(ぶどうからくさもん)みごとな鋳上がりと生き生きとした文様表現で、方鏡の白眉と言われている。現代の技術では復元できないそうだ(日曜美術館より)
クリックすると元のサイズで表示します

その他革製の箱が幾つか出品されていて、どれも精巧で美しかった。

文書はよくわからないので、すっと通り過ぎるだけ。でも藤原仲麻呂=恵美押勝の文書だけは見た。

最後の署名の「藤原恵美朝臣」、「朝臣」が窮屈になってるところがいかにも手書き、人柄や署名している有様まで思い浮かぶようで、興味深かった。

仲麻呂は正倉院の武具を持ち出したとか、展示の中で何度も名前が出てきて、裏の主役みたいだった。

武具も珍しい形のものが展示してあった。武具はどうも苦手だ。これで切ったり突いたりするのかと思うと恐ろしくなる。

見終わった後、夫や次女と、聖武、孝謙=称徳、桓武時代の話になった。

天智天皇、天武天皇、額田王、大友皇子、十市皇女、持統天皇、元明・元正天皇、大津皇子、長屋王から、井上内親王、藤原四家の天然痘の死、藤原仲麻呂、道鏡、吉備真備、桓武天皇、早良親王、藤原種継、藤原薬子とか、歴史上の人物の名前が次々に出た。

結構、血みどろだよねぇ、すごい劇的だからもっとドラマとか取り上げられてもいいのに、天皇の政争タブーなのか、時代が古すぎて時代考証ができないからなのか、残念だよねぇなんて話した。

折口信夫「死者の書」や坂口安吾「道鏡」、石川淳「六道遊行」、井上靖「額田女王」、黒岩重吾「天翔る白日」(未読)、里中美智子「天井の虹」まで、話が及んだ。石川淳「六道遊行」は訳が分からず、多分途中で投げ出したと思う。

この時代の歴史をもっと勉強したくなった。
2

2014/11/12

11.11国会包囲  政治

11月11日国会正門前に行ってきた。「戦争させない・9条壊すな!11.11総がかり国会包囲行動」だ。約2か月ぶりの政治行動

今日は、議員会館前、官邸前、国会図書館前、国会正門前の4か所に分かれての抗議活動だった。

一般市民は国会正門前というので、地下鉄駅から国会正門へ向かう。
クリックすると元のサイズで表示します
国会を見ながら、横断歩道を渡り、スピーチ台のある方へ。

国会正門前に着いた頃、ちょうど吉田社民党首がスピーチしていた。スピーチ台あたりは人がぎっしりだったので、列の最後尾についた。

志位共産党委員長やら政治家のスピーチの後、佐高信さん、香山リカさん(香山さんのスピーチは初めて聞く)、落合恵子さんのスピーチ。

辺野古の基地反対運動をしている方、川内原発再稼働反対、韓国の方、弁護士会、大学の先生、様々な方のスピーチがあった。怒りのこもった演説ばかりだった。

特定秘密保護法、集団的自衛権の閣議決定、辺野古基地移設、川内原発再稼働、TPP、派遣労働法改悪、消費税増税、アベのやることは国民を苦しめることばかりだ。

声を上げていくしかない。

スピーチとシュプレヒコールの後、1000人委員会の高田さんより、今日の人数報告があった。およそ7千名の参加だったそうだ。

あの集団的自衛権閣議決定の日、数万人の人が抗議に押し掛けた。それに比べると、1万人切ったからちょっと寂しい。それでも、雨模様の平日の夜、7千名が参加したことは意味があると思う。

包囲行動の最後、「青信号で歩道を渡り、私たちの意志を示そう」と主催者が呼びかけたところ、警察が横断歩道を封鎖。

主催者も、弁護士も、横断歩道封鎖には「何の法的根拠もない」と強く抗議する。一方、参加者たちには「弁護士が麹町警察署長と交渉しているから、落ち着いて待ってください」と呼びかけがあった。

血の気の多い人は、「通せよ!」と警官に食って掛かっていた。警備用柵を押したりする人もいた。

すると近くの女性たちが「やめよう」「意味ないよ」とその男性の手をひっぱり、やめさせようとした。「落ち着けよ」と男性たちも声をかける。「警察に口実を与えるようなことはやめよう」。

そのうちに主催者から「内田弁護士と麹町署と話し合いがついて横断歩道は渡れるようになった」と報告があった。しかし警察は封鎖を解こうとしない。「何の法的根拠もないのに、抗議行動を妨害することは許されない!」「警察は法を守れ!」「青信号を渡るのを拒否する権利は警察にはない」「話はついているのに、なお妨害するとはなんだ!」「恥を知れ!」と大きな抗議の声が起きる。

「横断歩道の向こう側に荷物があるから、通れないと困る。憲政記念館の周囲をぐるっと回らないと行けないなんてひどいよね」と言っている人たちもいた。

で、とうとう警察が封鎖を解いた。
クリックすると元のサイズで表示します
日本山妙法寺の僧侶や「週刊金曜日」、「たんぽぽ舎」、市民運動の人たち、労組の人たちが横断歩道を渡って、向こう側へ行った。そして、次の青信号で戻ってきた。

私は見てただけで、横断歩道は渡らなかったよ。

近くに弁護士さんたちがいた。弁護士さんがいると、とても心強い。

そこで、今日の行動は終了となった。最後、盛り上がった(と言ったら趣味悪いかな)。

「解釈で憲法を壊すな!」さんのtweetより
********************

1

2014/11/10

奈良4 転害門、戒壇院  旅・散歩

転害門は宿の近くだったので、行ってみた。

転害門とは、東大寺HPより
********
1180年(治承4年)の平重衡の兵火、1567年(永禄10年)の松永久秀の兵火にも焼け残った貴重な建物で、天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構(国宝)。
********

クリックすると元のサイズで表示します
今はしっかり柵ができて立ち入り禁止にもなり、守られているが、夫が若かりし頃、ここに来た時には、子どもたちが門の下や石垣の上にのって普通に遊んでいたという。当時はぼろい門と思ったそうだ。

でも、堂々たる門だ。

(猫が門の柱で爪を研ぐので、野良猫に餌をやらないように、との注意書きがあった)。

手害門からは近い戒壇堂も行った。

東大寺はいつも人であふれているが、ここはいつも静かだ。この日も人は少なくて、仏様たちを2周して拝んだ。国宝・塑像四天王像(天平時代)

クリックすると元のサイズで表示します

*******
戒壇院の堂内中央に多宝塔が安置され、四天王はそれを守護するような形で、壇の四隅に配されている。東南には持国天、西南には増長天、北西には広目天、北東には多聞天である。
*******

広目天の人を射すくめるような眼差しにはいつも身が引き締まる思いがする。ゆっくり拝見すると、当時の彩色が残っている個所もわかり、華やかな有様を想像できた。

四天王に踏みつぶされている邪鬼たちも一体一体、形態と表情が違う。多聞天に潰されているのが一番辛そうだった。悲鳴が聞こえそうだ。

戒壇院から大仏殿方面へ
クリックすると元のサイズで表示します
この角度から大仏殿を見ることは少ないので、新鮮だった。大きなカメラを持った人たちが、この風景を何枚も写真に収めていた。

修理を終えた宇治平等院にも足を延ばした。すごい人出で鎌倉の小町通りのようだった。
阿弥陀堂見学は2時間半待ちだった。なので阿弥陀堂は外から拝んだ。
クリックすると元のサイズで表示します

きれいになったけど、ちょっと作り物めいて風情がなくなったなぁ。仕方ないことだけど。

もう少し客足が落ち着いてから、行けばよかった。

今回の奈良は正倉院展と修学旅行で、人が多かったが、ちょっと脇へ入るといつもの落ち着いた奈良だった。

2

2014/11/7

奈良3 福智院、十輪院  旅・散歩

タクシーに乗った時、運転手さんに「福智院は行かれましたか?」と聞かれた。「その前を通ったことはあるが、中に入ったことはない」と言うと、「ぜひ、行ってみてください」と勧められた。

奈良町を歩いて、福智院に行く。

中に入ると、参拝客は私たちだけ。お堂に入ると、なんとまぁ、大きな「お地蔵様」。
台座からの高さは6.6m。日本一大きい地蔵菩薩だそうだ(重要文化財)

福智院のホームページ、仏像の説明
http://www.fukuchiin-nanto.com/butuzou.html

1205年に作られたもの。仏像内部の銘でわかるそうだ。柳生より更に奥の寺にあったものを奈良に移して(1254年)、本尊としたとか。柳生より更に奥(奈良市下狭川町付近)にこんな立派な仏像を作るだけの経済力、文化があったのか。

お寺の案内の女性が、やさしい奈良言葉で丁寧に説明してくれた。お茶とお菓子も出してくださった。今回は、正倉院展に合わせて、特別公開の史跡、お寺・仏像が多かった。そのためなのか、どこへ行っても親切に案内された。

次は今年の春、行って、驚き、大好きになったお寺、十輪院。
ここの石仏龕(がん)は素朴な作り。お地蔵様もお釈迦様も弥勒さまも慈愛に満ちている。

十輪院のHP
http://www.jurin-in.com/kokuho2009.html

 更に続く
1

2014/11/6

奈良2 頭塔  旅・散歩

新薬師寺の後、昼食を取って、向かったのは「頭塔」。

これを初めて知ったのは、2010年の「平城京1300年」を記念してNHKBSで毎朝放送していた「45日間奈良一周」だ。

レポーターの若手俳優が、近所の人に鍵を開けてもらって入った。何とも不思議な建造物だった。「奈良のピラミッド」と言われている。方形七段の土の塔だ。一度見に行きたいと思っていた。

こんな感じ。
クリックすると元のサイズで表示します
北面 小さい屋根の下に浮彫の仏像がある。

クリックすると元のサイズで表示します
おおらかな感じの仏像

クリックすると元のサイズで表示します
ぐるりと一周できる。こちらは西面

クリックすると元のサイズで表示します
東南の角から見る。南側は土があって大きな木が生えている。発掘前は小山のように見えたらしい。

792年東大寺の僧が土塔を築いたと古文書の記録にあるそうだ。五重塔と同じように仏舎利を収める仏塔と考えられている。

古墳でもなく、土塔とは奈良はいろいろなものがあるなぁと感じ入った。

更に続く。
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ