2016/11/29

「この世界の片隅に」を見た  映画

話題の「この世界の片隅に」を見に行ってきた。

シネマポイントの期限が迫っているとのメールが来たことと、予定の「追っかけ」が中止になった(←まだ言っている)ので、行くことにした。

秀作でした。私はこうの史代さんの原作は読んでいないので、アニメだけの感想です。

私の嫌いなアニメ絵(萌えというのかな)、少女アニメ声もなかった。ホッとした。

実家近くの海の風景、広島の街、呉の街・山、草花(特にたんぽぽ)、鳥や昆虫、家の中の様子、みな優れた描写でした。軍艦、航空機もきっとマニアの方も満足だったのではないかな。

空襲、原爆の描き方も秀逸だった。夢、空想、自分が受けた衝撃、渦巻く感情など、その具象化も見事だった。

また、登場人物一人一人の個性もくっきりと描かれていた。声の「のん(本名能年玲奈)」さんも主人公の個性に合っていたし、喜怒哀楽をくっきりと演じていた。上手でした。能年さんは「天然、ボォーとしている」人じゃないと思う。

歌がねぇ。あの歌をとてもいい、という方は、多分主人公への評価が私と違うんだと思う。あの時代をあんな息の抜けるような声で歌っていいのか?「ちゃんとしろよ」とか言いたくなっちゃう(個人の感想です)。

(追記:クレジットの最後にクラウドファンディングに協力した方々の名前が出てくる。この時のピアノ音楽はとてもよかった)

広島の街は原爆で消え去ってしまった街並みを忠実に復元したものだそうだ。どれだけの手間がかかったのだろうか。

それにしても、戦前の街の風景は、私が子どもだった頃みた田舎の街風景とあまり変わらないね。「そうそう、こんなだった」と思いながら見ていた。故郷の街は空襲を受けなかったので、昭和30〜40年代までは戦前のままだったと思う。

家事もそうだ。煮炊きする「へっつい」、たらい、箒、風呂、裁縫仕事。家電製品が家庭に入ってくるまではあんなだった。

和裁のくけ台が出てきたのは懐かしかった。祖母が使っていた。)

ただ違うのは水汲み。主人公が坂の下の共同井戸から天秤棒で水を運び上げるのは過酷な労働だったと思う。

実家は水道が通っていたし、家の裏に共同井戸もあった。ただ食糧難で畑をしていた時水汲みが必要だったそうで、母が天秤棒でバケツを担ぐのはとても難しかったと言っていた。

とにかく戦前の女性の家事労働は苛酷だった。これ以外にもちろん子育て、そして農家、商家、それぞれ家業もあった。

町中から村にお嫁に行った母の知り合いは、桑や薪などを背負うのが婚家先の人の半分しかできず、ひどく苦労したという。

話がずれた。

戦前の日常生活を詳細に淡々と描いていくことで、逆にあの時代の異常さが浮き彫りになってくる。

評価が高いのは頷ける。この映画が最初上映館が少なかったのに、口コミで拡大し、ヒットしているのはとても良いことだと思う。

でも、私はちょっとダメでしたね。←あくまで個人の感想です。何層にも但書きをしてでの感想です。

「大絶賛」内容に違和感をぬぐえない。いや、見終わった直後は、もっとプンプンだった。この映画がヒットして、しかも非常に高評価だということ、つまり、「世の中はあーいう女が好きなのね!」

泣かなかったし。

帰宅して、いくつかの批評を読んで、もっと主人公を注意深く見ないといけないのかと思ったので、もう少し考えてみた。それでもやっぱり嫌だな。








主人公。このような生き方は戦前は普通だったろう。

無垢で、従順で、受け身で、慎ましやか。彼女には自分の意志がないかのように見える。人の指示のままに生きていく。

もちろん、それほど単純ではない。(←この辺が批評で教えてもらったこと)
彼女の生き方が「揺さぶられるのが「リン」さんと戦争、その中で彼女は現実を見つめている。彼女が見つめるものを見逃してはいけないのだ。

(原作では、それはきっちりと描かれているそうだが、映画では弱い)

また、彼女の生き方に対する批判的視点はきちんと映画の中で、義姉の描き方や言葉に表れている(これは私が感じたこと)。

しかし、この映画の「大絶賛」「拍手」は以上のようなことを考慮してはいない。

主人公が無垢で従順なので、すんなり受け入れている人たち。無垢で従順で受け身な女性が受け入れられ、愛され結果、幸せになるのだと無邪気に受け入れる人たち。

(←この映画に出てくる男性たち《夫・舅・幼馴染等)は基本良識ある人たちです、念のため)。

この映画に満点をつける人たち、5000億点とか大絶賛している人たち、は、もし「主人公の義姉」を主人公とした映画があれば、絶対に「大絶賛」しないだろう。

「アナ雪」にブー垂れていたオヤジ達、「男の居場所がないじゃないか、氷屋だぜ、ヒロインの相手は」「『ありのまま』なんて、向上心がないじゃないか(←日本語訳の歌しか聞いていない)」なんて座談会で放言していた人たち。

彼らはこの映画は大絶賛しているのだろうと思うよ。

そしてもう一つは、声高に反戦平和を訴えないからよい、とか、メッセージ性がないから良いとか、他の反戦映画と違って生活が描かれているから良いとか、と言って拍手する人たち。

描かれているのはかなり漂白された戦時中なのにな。

時々このブログでも紹介する「パプリカ」さんが「そういう風に絶賛し拍手する人たちがいるから、私はこの映画を好きとは言えない」とtweetしていた。まさに「それな」。

勘違いされないようにもう一度言っておくけど、秀作です。素晴らしい作品です。見に行くべき作品だと思います。

だけど、やっぱり何かが変だ。

*******
追記:
そもそも反戦平和と声高に言って何が悪いと私は思う。過去の作品を描いたのは悲惨・残酷さを身を持って経験していた人たちだ。むしろ「控え目に描かないのは悪い」みたいな風潮に危惧を覚える。

自然災害のように戦争が来て、ある日突然悲劇と共に終止符、という庶民じゃいけないのよ。そこで気が付く人間じゃだめだよ。当時の女性で、世のしきたりに従って生きていた人だって、もっと衝突していたことがあるはず。なんかきれいごとなんだよなぁ。

婚家での苦労を妹が気づいても、戦地の兄のことも、この人たちにはやはり自然現象みたいなもので、やり過ごしてしまうのか。それが「ほのぼの」なのか。とても怖い。

こうやってご時勢に疑問を持たず、日々の生活を過ごしているうちに取り返しのつかないことになり、それを自然現象のように受け止めている限り、また同じ悲劇を繰り返すだろう。映画の肝である、主人公の慟哭場面の描写がとても弱い。だから、勘違いする人たちが多く出てしまう。

(同じ、こうの史代さん「夕凪の街 桜の国」は漫画も映画も見た。感銘を受けたのに、今回の映画にダメだと思ったのは、この9年間の時代の変化によるものかもしれない)

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