2017/12/15

「否定と肯定」を見てきた  映画

ららぽーと横浜に「否定と肯定」を見に行ってきた。

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東京で1館、神奈川で2館しか上映してないと聞いた。これ、もっと多くの方に見てもらいたいです。

まさに日本の今の状況と同じです。だから示唆されるものが多かった。

この邦題、この映画が描きたかったことと真反対のことをしている。否定を肯定を並列に並べてはいけない。原題は「Denial」(否定・否認)だ。このDenialは複合的な意味で使われている。この語をもっと正面に掲げないといけないと思う。



韓国映画は「私は否定する」だったという。

映画は法廷ドラマだ。アウシュビッツに調査に行く場面以外はほとんど法廷と打ち合わせだ。

この脚本がよくできていて、たるみがない。結果がわかっていてもハラハラする。

映画で、リープシュタット教授がアメリカ人でイギリスの裁判にいら立つのもよく理解できる。一方、イギリスの弁護団の方針もよく理解できる。

このあたりの葛藤を難解ではなく、わかりやすく訴えてくる脚本と俳優が本当にうまい。

主演のレイチェル・ワイズは前もこういう硬派な映画に出ているなぁと記憶を辿ったら「ナイロビの蜂」だった。この時もあの時も知的で勇気がある役で、とても素敵。

トム・ウィルキンソンはふんわりした雰囲気だが、法廷ではゆるむことなく冷静に論理的にアーヴィングを追い詰めていく。「シャーロック」から二人、アンドリュー・スコットはモリアーティの雰囲気はみじんもなく、切れ者で、正義漢だ。マーク・ゲィティスさんはマイクロフトの尊大な感じとは全く変わって実直で誠実な人だった。

しかし何と言っても、このホロコースト否定論者のアーヴィングを演じたティモシー・スポールがとにかくうま過ぎ。本当にこういう人かと思ってしまう。こういう邪悪な人物を的確に演じてしまう俳優魂に感服する。

(「魔法にかけられて」のちょっとアホな家臣を演じてた人だよね。ハリーポッターは見てないので分からない)。

このアーヴィングの「ホロコースト否定論者」の手口は日本の歴史修正主義者と同じ。

ドアが左か右か、生存者の記憶が誤りだと「ホロコースト」自体がでっち上げになってしまう。議論で相手がその場で反論しないと、自分が正しかったと大げさに騒ぎ立て、のちに相手が事実を持って反論しても、最初に大げさに言ったことが世の中に出回ってしまう。「それでいくら儲けましたか」と被害者を侮辱する。それがアーヴィングの手口だった。

日本のネトウヨ、歴史修正(ねつ造)主義者もやっている。

南京虐殺百人切りはなかった・被害者数が諸説ある=南京虐殺はなかった、になってしまう。吉田証言は虚偽だった=従軍慰安婦は売春婦の商売だった、なってしまう。

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リープシュタットさんインタビュー「歴史を否定する人と同じ土俵に乗ってはいけない」〜『否定と肯定』

否定論者たちが女性をターゲットにしがちな傾向が今も広がっていると指摘する。「女性の記者やブロガーは、『殺してやる』『強姦してやる』『嘘つき』と攻撃され、『彼女に書かせるべきではない』と執拗に追いかけられる。女性だからだ。

否定論者は『否定』という言葉も使わず、『ただ歴史を正したいだけだ』と言う。まるで羊の皮をかぶった狼のようだ。

ナチスが台頭した時、『ユダヤ人差別はよくないが、ドイツを再び偉大にしてくれるのはいい』と人々は妥協した。でも基本的な信念は妥協してはいけない。たたかい続け、メディアも『嘘は嘘』だと言わなければならない・
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今も繰り返し、ナチス賛美は出てくるし、ホロコースト否定論も出てくる。でも、こうやって闘う映画がある。

日本では「南京虐殺・従軍慰安婦否定」は日本政府そのものが推進している。メディアは腰が引けてる。歴史ねつ造主義者は声高だ。NHKは「従軍慰安婦番組」をアベ、中川の恫喝に屈して改変してしまった。

本当に闘わなくてはならないと思う。

その他、感じたこと。イギリスの法廷の「カツラ」、伝統なんだろうけど、何か滑稽だ。それと法廷弁護士とそうじゃない弁護士の違いがわからない。

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2014年ロンドンに行った時王立裁判所の前を通ったっけ。

法律事務所の新米の女性が出てくるが、彼女と夫?の場面の意味がわからない。ジャック・ローデン(「ダンケルク」で注目俳優)は最後まで気づかなかった。

とにかく、この映画を見られてよかった。邦題はトンデモだけど、公開してくれたことはありがとう!だ。
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