2018/1/9

余韻  音楽

6日のコンサートで興奮しすぎ、風邪をひいた。

なので、ずっと引きこもり。

冬休みに入ってす孫たちが泊りに来たりした。孫たちと遊ぶのはとても楽しいが疲れもする。だから、疲れたのと、とりあえず一つコンサートが聴けて気が緩んだのだなぁ。

でも明日はまたコンサートだ。しっかり治さないと。

家でぐずぐずしながら、余韻に浸っている。

批評もいくつか読んだ。歌は好評、チケット高価格に疑問、ってところかな。

「あのコンサートはいつものクラシックコンサートと違う、ミーハー大量発生で違和感」みたいなのも読んだ。

はい。すみません。

私自身も2015年の「冬の旅」コンサートの時の、「しん」とした雰囲気と違うのは感じてた。「冬の旅」自体が孤独な、寂しい青春の歌だから、はしゃぎようがない。

あの時は本当に「芸術」と思った。才能のある人が、研鑽に研鑽を続けて、詩人・音楽家が作りだした作品を自分の解釈も入れてひとつの世界を作り出す。その深さ、崇高さに魂を奪われた。「芸術」ってこういうものだな、としみじみ感じた。

オペラコンサートより、歌曲のコンサートの方が好きだという方の意見は良くわかる。

今回は「エンターテイメント」かな。歌う曲は別々のオペラだ。みんなでオペラの場面を思い起こしながら、感情をかき立てる。だから、拍手喝采となる。いいんじゃない?

それとね、ミーハーを排除したらいけない。そこが入口になってクラシック・オペラファンが増えればいいと思うよ。

違和感を感じた方は、カウフマンさんがハンサムなので、音楽以外のことで騒いでいると思ったのかな。ちゃんと音楽を聴けよ、ということかしら。

でも、みんな聴いていたと思うよ。曲も素晴らしいし、カウフマンさんの歌は素晴らしいし。

いいじゃん、祝祭的空間で。

娘たちは「おば様たち、お姉さまたちが、きらきらしていた。好きなもの、追っかけるものがあるっていいことよねぇ」と言っていた。

さて、
今思い起こすと、歌いだす前の、あの緊張感、口を一瞬「クッ」と結ぶのが、かっこいいよね。

登場人物に切り替わる時の集中した表情、そして、顔を上げるともう登場人物になっている。それも天下無敵にステキだった。

観客(聴衆)への対応も紳士的で、温かかった。BBCドキュメンタリで見た、歌と違う高めの、よく響く話し声は朗らかで陽気で、そういう方なのかなと思う。

そう言えば、次は「ドイツアリア」で来日したいと言ったとか?本当だろうか。モーツァルト、ベートーベン、ワーグナーとか歌ってくれるのだろうか。

もし本当なら嬉しいなぁ。また生きる目的ができた。
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