2018/5/12

11.お土産  旅・散歩

帰国が近づいたのでお土産選びをする。

まず、カフェ・ザッハーに入って、ザッハートルテを買う。その前に一休み。

注文したのは「おのぼりさん」らしく
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いわゆるウィンナーコーヒー、アインシュペナー。

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ザッハートルテ。

甘いので、生クリーム(泡立てただけ)で中和して食べるのだそうだ。
私はおなかの具合がわるいので、一口かじっただけ。

お茶の後はお土産用ザッハートルテを購入。
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これは四角い小さいザッハートルテが6個入っている。

ついで、Eテレ「旅するドイツ語」で紹介していたチョコレート屋さんへ。
「ヴィエナー・ショコラーテ・ケーニッヒ・レーシャンツ」

老舗ボタン店を建物を利用している。狭いお店だった。トリュフは何を買っていいか分からないので、箱に詰めてあるのを買った。12個入り。
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テレビドイツ語講座は録画して、何度も見たけれど、悲しい程、頭に入らない。覚えたら次の号に行こうと思いながら、最初の2016年10月号からとうとう脱出できなかった。

で、チョコレートを買う時は品物を指さして「ダス、ビッテ」。それ以外、しゃべったドイツ語は挨拶とダンケシェーンぐらいだ。

その後、高級スーパーのマインルに行き、コーヒーを購入。

これはもちろんガイドブックにも書いてあるけれど、オペラ好きでウィーンに何度も行っている夫の先輩が、ぜひ買って飲んでみて、と推薦してくれた。

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これは粉。豆のも買ったが、もう飲み始めてしまったので、写真はなし。美味しいコーヒーです。

それ以外はザルツブルグで買った青いモーツァルトチョコ、岩塩。それに美術館のグッズ。あ、一応赤いモーツァルトチョコも買った。あちらの駄菓子も買ってみた。

それと、帰り際、空港の免税店でZWEIGELTオーストリアワインを買った。まだ、飲んでいない。

食べ物ばかりのお土産だ。
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2018/5/11

10.クリムト、オペラ座周辺  旅・散歩

5月2日(水)。昨日行きそこなったベルヴェデーレ宮殿へ。

オペラ座前からトラムD線に乗る。

乗り込む時私がちょっともたもたしていたら、座席に座っていた若い女性二人が立ち上がって席を譲ってくれた。二つ席が空いたので夫も座った。この女性たち、すらっとしてカジュアルウェアなんだけどセンスが良くてメガネ姿も知的でとても素敵だった。

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上宮。見るのは上宮だけにした。チケット代は15ユーロだが、シニア割引で12.5ユーロ。この時はパスポートのコピーでOKだった。

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宮殿の庭園。ウィーン市街が見渡せる。

今、ここから見える場所に高層ビルが建築中で、このビル完成の暁には「世界遺産」登録が取り消されるかもしれないとのこと。
(この写真の中の赤い屋根の左上の方にクレーンがある)。

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クリムトの「キス」の前では小学生20人くらいが座って学芸員さんの話を聞いていた。

学芸員さんはA4くらいの紙に「○」「△」、渦巻、楕円、星形などの図を用意していた。そしてその図形を出して、「この絵の中にこの図形はどこにあるでしょうか?」と質問した。

子ども達は一生懸命絵を見て、探していた。私も一緒に探してしまった。なるほどねぇ、こういう図形を使って、絵を構成している要素を見つけ、デザイン的なことを理解させている。私もよく理解できた。

クリムトは現在ウィーンでもっとも有名な画家だそうで、観光にも大いに貢献している。お土産にもクリムトグッズが多い。

エゴンシーレ
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クリムトの影響を受けていると言うが、よくわからない。装飾的デザイン的ではないような気がする。思ったよりリアル。

28歳で、スペイン風邪で亡くなっている。先入観を持って絵を見ると「暗いなぁ」と思ってしまう。

ここの展示はキュレーターの視点が面白かった。

ある部屋では、王侯貴族、教会中心だったものが、市民、中間層が増えて、絵が身近な題材になったと、そういう絵が並べられていた。また、別の部屋では19世紀の産業革命で画題が代わったと、工場、蒸気機関車、労働者の絵が並べられていた。

その他にもまとめ方が面白いなと思う展示があった。

ベルヴェデーレ宮殿の下宮はバロック美術中心だという。時間に余裕があったら、行ってみたかった。

トラムでオペラ座に戻る。

一番の中心街ケルントナー通りをまだちゃんと見ていない。しかしまぁ、すごい数の人々。ごった返している。ここに居る人たちの9割が観光客だろうとのこと。

シュテファン大寺院。
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ちょうど12時で鐘が響き渡っていた。

内部
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こういう時、神社で祈願するのと同じことを祈ってしまう。

ペスト記念柱。彫像には意味があるらしいが知識がなくてわからない。
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以前、バスツァーでドイツ都市を通過した時もいろんなところにペストの記念碑があった。中世ヨーロッパにおける、如何に恐ろしい体験だったのか、がわかる。

ミヒャエル広場には馬車がいっぱい。
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馬を見るとつい写真を撮りたくなる。
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この日はおなかが不安だったので、昼食抜き。水分だけ摂った。そして、私は夜のオペラに備えて一休み。

夫は王宮見物に出かけた。シェーンブルグ宮殿で購入した「シシーチケット」で、入れるのだ(つまり、私は行かなかったので、その分を無駄にした)。

あまり面白くなくて、むしろ見学コースではない「カプツィーナ教会」の王の墓所が興味深かったそうだ。
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マリア・テレジアとフランツ一世の棺だと思う(=つまり忘れた)とのこと。これ以前の棺はとても無装飾でシンプルだったそうだ。フランツヨーゼフ1世とエリザベート、息子ルドルフの棺もあったがそれは割愛。

この近くに国立図書館もあったのね。行ってみたかったな。でも私には体調管理が一番重要なのだ。
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2018/5/10

9.オペラ座「アイーダ」  旅・散歩

そして5月1日ついにウィーンでオペラを見る時が来た。

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昼間のオペラ座とトラム

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アーケードというのかな。出待ちはここかしら?

夕食は出かける前にサンドウィッチを食べた。サンドウィッチばかり。

18時過ぎ、オペラ座前に着いた。もうたくさんの人がいる。入り口がどこかわからないので、行列に並んでみた。後ろは千葉から来たという方だった。そのうち、この行列はボックスオフィスだと分かったので、離れた。

建物の脇の方へ回るとドアから中に入る人達がいたので、後に続いた。入ると、あの有名な階段だった。だが、階段は登らず、そのまま1階席へ。チケットを見せて、席の場所を聞いた。

劇場の中に入った時、新国立劇場に入った時のような安心感(もちろん全然違うのだけど)があった。威圧感より、親近感を感じた。

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1階後ろ正面席。もう人が入っている。
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右側脇の席。和服の方もいますね。

席は通し番号ではなく、右の何番、左の何番、と書いてあるので、ドイツ語の右左が分からないと間違えてしまう。この日も間違えた人たちが何人もいて、慌てて席を移っていた。

観光地ではあまり日本人には会わなかったが、オペラ座は私たちの周囲は日本人ばかりだった。後ろのカップルは「日本人の方ですか?よかった。初めてなので緊張してます」と言っていた。「私も初めてなので緊張してます」と言った。

座席前にはモニターがあって、オペラの字幕が出る。各国語があり、日本語を選べる。これ、助かりました。さすがに世界から観客が押し寄せるオペラ座だ。

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アイーダの幕。

アイーダは先日見た新国立劇場の方が豪華絢爛、華やかだった。舞台装置、大道具も衣装も人数も。馬だって出たし。

アムネリス=ラチヴェリシヴィリ、アイーダ=クリスティン・ルイス、ラダメス=ホルヘ・デ・レオン。指揮=ロペス・コボス

序曲、弦の音が静かに始まって、音が重なっていく。なんてきれいなんだろう、なんて豊かな音の広がりなのだろう、とうっとりした。

この「アイーダ」、何といってもアムネリスのラチヴェリシヴィリでしょ!!次元が違った。

侘助さんの言う通り!ていうか、侘助さんウィーンオペラ座にいらっしゃったのね。



アイーダの方は、熱演で、技巧的に歌える。でも、歌うだけで精一杯で、その主人公の心情を歌に込め、聴衆を納得させるまでには至らなかったと思う。

ラダメスはねぇ。声もいいし、見かけも背が高くハンサム。でも、私でも音程大丈夫かなと思った。「清きアイーダ」、アリアの最後のB♭はメッサ・ディ・ヴォーチェ(弱音からクレッシェンドしてまた弱音に戻る歌い方)はやはりなかった。ずっとフォルテだった。

それと、全体としてアイーダへの切ない、国を捨てるほどの愛が感じられなかった。

新国立でもそうだったけど、ラダメスはダメ男だから、ただ歌が上手いだけでは、ダメさが目立ってしまう。英雄が恋をして、道を誤ってしまう悲劇性がもっと出るといいのに。

神官役やアイーダ父アモナズロ等脇は良かった。

主役二人の恋がいまいち燃え上っていないので、アムネリスが目立ってしまう。愛と嫉妬と復讐、国への忠誠の板挟みが切ないほどわかる。

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アムネリスのラチヴェリシヴィリ(左から2人目)への「ブラボー」は凄かった。一番の拍手と歓声を浴びていた。

ラチヴェリシヴィリさんは、確か2009年ミラノスカラ座の開幕公演「カルメン」で新人でいきなり主役デビューだったと記憶している。もちろんドン・ホセはカウフマンさん。(NHKBS録画を持ってる)。

夫は初めてのオペラ体験、私は初めてのウィーンオペラ座。満足満足。ホテルでビールで乾杯。

が、これが悲劇のもとに。昼間の大きなピザと夜のビール、お腹に来てしまった。夜中に腹痛で目が覚めた。明日どうなるかな。心配。
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2018/5/10

8.美術史美術館  旅・散歩

5月1日の午後。

昼食はカフェで、ピザを食べた。マルガリータとハワイ(パイナップルが乗っている)。

運ばれてきた途端「ビッグサイズ!」と私が驚くと、店員さんもニコっ。隣のテーブルのご夫婦も笑う。そして私たちに「グッドラック!」

でも、美味しくて全部食べてしまった。

その後は美術史美術館へ。

リンク通りは12時を過ぎても、交通規制していた。歩行者が車道を歩いている。メーデー帰りらしい人たちも歩いていた。

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日本の国会前も開放しろよ、と思ったよ。だって、この道、王宮裏、

モーツァルト像のある公園と
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マリア・テレジア像、美術史美術館&自然史博物館の間の通りなのだ。
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向こう側が写っているのが自然史博物館、写っていない手前が美術史美術館。

美術史美術館はあこがれの美術館の一つ。

シニア料金があり、パスポートを見せれば外国人にも割引がある。11ユーロだった。

フェルメール、ブリューゲル、レンブラント、ベラスケス、ルーベンス、などいろいろ。

ちょうど、クリムトの壁画のためのプラットフォーム(橋)が掛けられていて、そこに登れば目の前で壁画を見ることができた。だが、あまり興味がないので行かなかった。

日本では、女性が展示部屋の隅で椅子に座って監視しているが、ここではいかつい警備員が担当箇所を巡回していた。

美術館で写真撮影は自由だった。
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ブリューゲルの「バベルの塔」。ボイマンス美術館所蔵の「バベルの塔」が日本に来た時には大混雑だったが、ここではゆっくり鑑賞できた。そもそも美術館が混雑していないし。名画ばかりだから、人が集中しない。

ブリューゲルは好きで、先日上野で開催の「ブリューゲル展」にも行った。ブリューゲルの農民・庶民の絵はいいよねぇ。

教科書に載っているような絵が沢山ある。次の二つは大好きな絵だ。
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農民の婚宴

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雪中の狩人

そして、ジャーン!
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ベラスケスの「青い衣装のマルガリータ王女」。

マルガリータ王女の絵はこの美術館にあったのか。そういえば、そうだよね。
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スペイン宮廷は「お見合い」のためにベラスケスに描かせたマルガリータの3点の肖像画をウィーン宮廷に送っている。それぞれマルガリータが3歳、5歳、8歳の時の肖像であるが、これらの絵画は現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されている。
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本当に3点ある。

う〜ん、まさに学校で学んだ近代西洋史真っ只中。

これらばかりでなく、ゆっくりじっくり見れば、もっとたくさんの絵画を味わえたのだろう。そして、ちゃんと絵の勉強をして、解説を読んで理解すれば、もっと感動したのだろうと思う。

もう一度来ることは難しいので、もし日本で「ウィーン美術史美術館展」などがあれば、必ず行ってリベンジしたい。

☆美術史美術館内のカフェは有名らしい。寄ってくれば良かったかな。
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2018/5/9

7.ハイリゲンシュタットへ  旅・散歩

5月1日。メーデーで祝日。

ベルヴェデーレ宮殿へ行く予定で、オペラ座前からトラムDに乗る予定だった。しかし、ホテルを出たところから、警官がいて、信号は点滅になっていた。メーデーのパレードのため大規模な交通規制があるようだった。

オペラ座前の停留所でトラムを待っていると、パレードの一団が。

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オペラ座前にやってきた。

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楽隊も一緒にパレードしている。こういうグループが次々にやってくる。

リング通りが完全に歩行者天国になっている。

メーデーが祝日なのはいいね。日本もそうなればよかったのになぁ。来年は新天皇即位でメーデーのデモができないかもしれないという。安倍政権のやることは小狡い。

交通事情がよくわからないので、交通規制の影響を受けない地下鉄で行けるところに変更。U4でハイリゲンシュタットに行けることは分かっていたので、そこに行くことにした。

ウィーン中心部は観光客だらけ、建物だらけで疲れるから多少とも自然のあるところが良いのではないか。

U4はドナウ運河に沿って行く。ハイリゲンシュタット駅に到着。大きな駅でびっくり。国鉄のSバーンやRバーンも来ている。都会だった。
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バスの38番に乗り、5つ目の停留所で下りた。バスは混んでいた。2匹の大型犬を連れた人も乗っていた。ここで下りたのは私たちだけ。みんなどこに行くのだろう?

下りたところにはハイリゲンシュタット教会があった。ベートーベンハウスを探す。

が、今日は祝日でお休み。

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ベートーベンの楽譜や遺書が展示してあるそうだ。

そこから、ベートーベンが「田園」の構想を得たという小川沿いの道へ。

ハイリゲンシュタットは高級住宅地とか。庭の広い立派な家が並んでいた。
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この黄色い藤のような花は何という名前だろう?

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マロニエ(ベニバナトチノキ)。これは赤いけど白い花もある。並木がどこへ行ってもあり、ちょうど花が満開だった。

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ベートーベンの小径。

小川の反対側は住宅なので、東京でいうと、等々力渓谷みたいなものかな。

そろそろ戻ろうかと地図を広げていると、ちょうと散歩で通りかかったアジア系のご夫婦が、立ち止まってどうしました?と声を掛けてくれた。

「バス停まで戻ろうと思って」と言ったら「follow me」、道案内をしてくれるという。

話していると韓国の方とわかった。

夫は韓国語を習っているので(ラジオ講座で)、話しながら歩いた。ウィーン駐在で、もうすぐ定年になるので、そしたら韓国に戻るという。「ウィーン イズ ベリー クワイアット、東京 イズ クラウド」とも言っていた。ハイリゲンシュタットに住んでいるということは、韓国大手の企業に勤めてらっしゃるのではないだろうか。

夫は韓国語が上手と褒められたようだ。

ご夫君は私の事をとても気遣って(私は杖を持ってた)、何度も日本語で「大丈夫ですか?」。

近道を教え、さらに近くにベートーベン像があると案内してくれた。その上、像の前で私たちの記念写真も撮ってくれたのだ。

本当に親切な方たちだった。異国でこんなに親切にしてもらうと感激してしまう。私にこういうことができるだろうか。

ハイリゲンシュタットで、韓国の方と会うと思わなかったし、夫の韓国語が役立つとは思わなかったよ。

語学は何語でも学んでおくべきだと思った。

バス停に着くと、すぐにバスが来た。バスは駅の直前でアパートの建物の中のトンネル?を潜り抜けた。その時建物に「KARL MARX HOF」という文字が見えた。

こういうことらしい。
http://www.archi-map.jp/taniyan/foreign/austria/karl_marx_hof.html
1919〜33年社会主義政権による労働者住宅。

祝日でベートーベンハウス閉館がわかっていたからなのか、ベートーベンの小径も観光客は私たちくらいだった。人が少なく、かつ緑豊かで気持ちがよかった。

ハイリゲンシュタット駅からカールスプラット駅に戻って、ランチへ。
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2018/5/8

6.30日の午後  旅・散歩

30日、シェーンブルグ宮殿から、帰って昼食。

ナッシュマルクトへ行ってみる。レストランにシュニッツェルとソーセージの写真があったので、それに決める。

そしてビール。これがおいしかった。毎日暑いものねぇ。

シュニッツェルはまぁ普通。ソーセージはザワークラフト付きを注文したはずだったが、ソーセージとパンだけだった。でも、ソーセージはおいしい。

沢山歩いたのと、ピールで私はダウン。昼寝をした。その間に夫はドナウ川を見に行った。

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白鳥がいる。

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青きドナウに見えるけど、実際はどうだったのかな。

夜は楽友協会を見に行った。本当はモーツァルトコンサートを聴く予定だったが、思っていたより価格が高いのと席がどこかわからないのと、普段着で来てしまったこと、そして3日連続音楽はきついと夫も言うので、取りやめた。

その場でチケットを買うには、まだ力量がないな。

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あこがれの楽友協会。今後来ることがあるだろうか。

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楽友協会のそばを馬車が通って行った。

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2018/5/7

5.シェーンブルグ宮殿  旅・散歩

30日はシェーンブルグ宮殿に行くことにした。

カールスプラッツ駅からはU4一本で行ける。

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シェーンブルグ駅。ここはこじんまりした駅だった。

どっと観光客が下りる。その流れについていけば自然とシェーンブルグ宮殿に着く。

チケット売り場で行列してチケットを買う。行列の最中、スタッフが4hour、2PMとか大きな声で説明している。今からだと宮殿見学は4時間待ちらしい。

シシーチケットなら、並ばずに入れるとのことなので、そちらを購入(29.9ユーロ)。王宮とのセット料金だ。



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おぉ、写真やテレビでよく見た宮殿が目の前に。

宮殿内に入る前にリュック類は預けなくてはいけない。日本語音声ガイドを借りて、見学開始。

個人の見学客の他に、ツァーのグループもいるので、とにかく人が多い。狭い部屋だとギュウギュウだ。

幾つも部屋があって、もう記憶もあいまい。でも、西洋史で学んだマリア・テレジアやフランツ・ヨーゼフ1世やエリザベート、メッテルニヒ、なんかがここで生活し仕事をしたんだなと思うと、感慨があった。マリー・アントワネットとモーツァルトのエピソードも。

マリア・テレジアのオーストリア継承戦争、フランス革命、ナポレオン戦争、メッテルニヒ「会議は踊る」とかね。その主人公たちなんだな。

フランツ・ヨーゼフ1世の治世は繁栄もあったが、民族独立など社会変革の波に翻弄された。息子は心中。妻は暗殺、弟はメキシコで処刑、後継ぎの皇太子はサラエボで暗殺。

フランツ・ヨーゼフの執務室、臨終の寝室は、ちょっと胸に迫るものがあった。

それと、エリザベートの言葉。「結婚程悲惨なものはない。15歳の子どもが何が何だかわからない言葉を言わされて、その後30年以上閉じ込められるのだ」。

(15歳はあの時代だって子どもなんだよ。ちょうどこの時TOKIOの山口問題があって部屋に行った女子高生を責める風潮があるから、16歳だって子どもだよ、思ってしまった)

大ギャラリーはケネディとフルシチョフとの歴史的会談が行われた場所だそうだ。本当に世界史の舞台。

旅ガイドブックでは宮殿の向かって左から入って、右に出てくるはずなのに、最初に入った入口に戻ってきた。ガイドブックの図がおかしいのかな、ちょっと混乱した。

宮殿見学を終えて庭園の方へ。一瞬入口を間違えて、迷路の入場料を払う所だった。庭園は無料。

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ネプチューンの噴水。夏のウィーンフィルのコンサートはこの前にステージが設けられるようだ。

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グロリエッテ。あそこまで登った。

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上から、宮殿を望む。

帰りは森の中を歩いたので、快適だった。

ここは、動物園もあり、パンダもいるのね。

宮殿庭園には馬車もあり、ミニトレインもある。でも歩くと気持ちがいい。

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