2018/11/3

(5)牛窓  旅・散歩

山陽方面に行くなら、「牛窓」に行ってみたかった。

朝鮮使節使の寄港地として有名だ。

10月28日は牛窓の秋祭りがある。その日は避けて、翌日に行った。

赤穂線の邑久駅下車。バスで行く。乗客は老夫婦二組。つまり私たちともう一組だけだった。途中の乗降客なし。田園地帯を抜けていく。稲穂の実る田んぼとキャベツ畑と。

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海遊文化館。明治20年に建てられた元警察署の建物。

お客は私たちだけだったので、係りの方がとても親切に説明してくれた。

秋祭りの「だんじり」展示、「秋祭り」のビデオ上映、そして朝鮮使節使の展示がある。

秋祭りはお神輿と5代の舟形だんじりがでる。牛窓は木造船の造船で有名だったそうで、だんじりも舟形だ。

秋祭りではだんじりを引いていた若者たちが最後は酔っぱらって海に飛び込んだりして大変だったそうだ。「ハロウィン」みたいですね、と笑った(渋谷の大さわぎがニュースになってた)。

お祭りでは小学生が活躍する(唐子踊りなど)のだが、今は子どもが少なくなって伝承がなかなか大変なようだ。

朝鮮通信使については、対馬に行った時に少し勉強した。

街道を行く大名行列は「下へ下へ」で見物は許されなかったが、朝鮮使節使の行列は見物が許されたという。一行が通過するのに5時間もかかった大規模なものだったらしい。

牛窓は朝鮮使節使の風待ちの港。初めは本蓮寺、のち池田藩主の別荘に滞在したという。

その本蓮寺。室町時代の建物で本堂、中門、番神堂は国の重要文化財になっている。

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本堂。右手奥が番神堂
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三重塔
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中門。階段は傾斜が緩かったので、思ったより楽だった。ギンナンが落ちてた。
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境内からは海が見える。一番左にちらりと見えているのが前島で、順に黒島、中ノ小島、端ノ小島。

こんな小さな町に室町時代の建築があるなんてびっくりだ。それだけ栄えていたということなのだろう。

本蓮寺を下りて、唐琴通りを歩いた。

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牛窓文化館。元銀行の建物。

「御茶屋跡」前を通りかかると、小さな字で「cafe」と書いてあった。

夫が門を入り、声をかけると営業していますとのこと。

140年前の古民家をカフェ兼ギャラリーにしている。

入ってみるととても風情のある建物・カフェだった。

案内されたのは縁側。
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干し柿があって、石蕗の花が咲いていて、海が穏やかに光っていて、

小春日和、縁側で日向ぼっこしながら、老夫婦が並んでコーヒーをいただく。
なんて贅沢な時間だろう。のんびり、ゆったり。

この時が、今回の旅行で一番良かった。満ち足りた気持ちになった。

平和公園も厳島神社も倉敷も有名観光地だ。日本のみならず、外国からも観光客が来る。一度は行くべき場所だ。観光客が殺到するのは当然だ。

しかし、観光客の少ない静かな牛窓は本当に良かった。皆さん親切に話をしてくださった。

考えてみれば、新潟山形旅行の時も楽しかったのは村上市の呉服屋さん、酒屋さんと話をしたことだった。

地方都市を訪ねると、文化遺産を見ることと、それを守り続ける人たちとの話が何よりも楽しい。知らないことを教えてもらえるし、飾らない率直な物言いは本当に胸襟を開いて迎えてくれてるという感じがする。

でも地方の経済は厳しいそうだ。牛窓も少子高齢化が進む。お寺の維持管理も思うに任せない。

そういえば、想田和弘監督「牡蠣工場」は牛窓が舞台だった。

塩田だったところは大きなソーラー発電所になっているという。塩田跡地は鳥や動物の天国だったらしいが、そこを追い出されて町中に猪や鹿が頻繁に現れるという。

タクシーに乗ると運転手さんから「アベさんは大企業と金持ちと大都市を儲けさせたかもしれないが、地方なんかまったく恩恵がない」と怒りの言葉を聞く。

一方、観光地は外国人で持っているようなものなのに、「中国人がー」と差別的な言葉を聞く。牛窓からの帰りのバス、ベトナム人らしき若者たちへのバスの運転手の言葉はきつかった。


短い旅でも、今の日本を垣間見ることになる。

(同じ体験でも感想はこんなに異なる
https://wind-and-sky.at.webry.info/201811/article_1.html

私は本当に文章を論理的に書けないのだなぁと思う。

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