2019/10/25

TVドラマ「チェルノブイリ」  テレビ番組

テレビドラマ最高峰、と話題の「チェノブイリ」。日本ではスターチャンネルで放映とのことで見られないかなと思っていた。

ところがたまたまアマゾンプライムをつけたところ、なんと見られるではないか。

で、第1話から第5話まで、見ました。

第1話から、もう怖くて胸が痛くて、見るのが辛かった。どうしても福島第一原発のことが思われた。それとJOC事故で亡くなった作業員のお二人のこと=NHKで被爆治療のドキュメンタリーを見たことがある。

第1話、冒頭の男性の行動、それが解き明かされるのは第5話だ。

平和な日常生活のある日、爆発音とともに原発から黒煙が上がり、青い光がまっすぐ上に放たれる。消防団員が呼び出される。

慌ただしく動き回る原発作業員、恐怖にひきつる顔、無能な幹部、何も知らず現場に行く消防隊員。

twitterで感想を的確にまとめてtweetした方がいる。こういう文章、どうしたらかけるのだろう。引用させてもらいます。





事の重大さが次第に分かって行く。次々襲い掛かる危機。主要人物(核物理学者レガノフ、ソ連閣僚会議副議長シチェルビナ(この二人は実在人物)、核物理学者ホミュック)がこの事故から人々をどう守ればよいのか、覚悟を決めていく。



ここに映る炭鉱夫たちの心意気と勇気。また、水蒸気爆発を防ぐために決死隊としてプールのバルブを開けに行く原発作業員の献身。こういう人たちによって更なる大事故が防がれた。

被曝した作業員、消防夫たちの描写がリアルで恐ろしい。目には見えない放射線によって人の細胞が破壊され、人体が破壊される。遺体は鉛の棺に入れられ、棺が置かれた穴はコンクリートが流し込まれる。残酷、無残で、目を背けたくなる。

第4話は、途中で見るのが怖くなってしまった。


チェルノブイリの事故にはそもそもこの原子炉の欠陥があったのではないか、それを科学者たちが追及する。

第5話。事故の裁判が中心になる。何故事故は起きたのか。



事故の原因について、レガノフ博士の説明は分かりやすかった。





第5話の、余命1年と言われたシチェルビナが、手の上を這う小さな青虫を見て「美しいな」とつぶやく場面は印象的だった。

恐ろしいドラマで、人間の醜さも描いていたが、それを超える無名の人々の勇気、献身、人間の良心を描いていたと思う。

エミー賞リミテッドドラマで10部門受賞した。

脚本も、撮影も、俳優たちも素晴らしい。

みんな英語をしゃべっているのに、髪型、服装、佇まいがソ連人に見える。

官僚はいかにも官僚らしく冷たく、狡猾だ。原子力発電所の幹部や、市、州の幹部、KGB、ソ連幹部だ。功名心に走り、事故後は事実を理解せず、あるいは理解した上で隠蔽する。それは個人の問題ではなかった。第5話ではそのことが語られる。

原発作業員は作業員ではあるがインテリ風味、消防隊員は普通の家庭人で無防備、炭鉱夫は炭塵にまみれた男くささ、兵士は戦争のせいかどこか人生への割り切りがある。炭鉱夫も消防隊員、兵士も仲間意識は強い。

科学者は人としての良心、科学者としての真実への忠誠心と、一方、国への恐れで葛藤する。

脚本・演出と、それに応える俳優陣、どれだけ層が厚いのか、どれだけ才能ある人々なのか。

美術、衣装も見事だった。建物も、人々の服装も、いかにも旧ソ連らしい。重厚だが殺風景な部屋、調度類。
(旧ソ連の建物はよく知らないが、旧東欧「グッバイレーニン」や「善き人のためのソナタ」に出てくる建物、内部によく似ていた)

被曝して日に日に崩れていく肉体の描写、特殊メイクもすごい仕事だと思う。

不気味な音楽や効果音、その音だけで恐怖を感じる。

これ、全日本人に見てもらいたいと思う。私ももう一度、第1回目を見ようと思う。

「原発は人の手には負えない」。声を大にして言いたい。

ソ連崩壊はチェルノブイリがきっかけだったとゴルバチョフは言ったそうだ。(日本は3.11後、アベのショックドクトリンで滅茶苦茶にされている、と思う)。

それにしても、こういうドラマを作るアメリカの底力には改めて尊敬の念を覚える。
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