2019/12/13

マリノス優勝その2  サッカー(マリノス)

12月7日は横浜に初雪が降った。朝から雨模様だった。

前日から娘が地方都市から優勝の瞬間を見るために横浜に来ていた(夫は1万5千円の旅で仙台方面に出かけていた)。

マリノスは0−4で負けない限り優勝なのだ。

13時前に家を出た。弱雨だったがとにかく寒い。冷える。でも寒さ対策は万全だ。こればかりは場数を踏んでいる。

バックスタンド、チケットを取る時2つ並んだ席はここしかなかったのだが、センターライン延長上なので、とても良い席だった。

お隣も前の席も家族連れだった。スタジアムボランティアをした人に聞いたら、いつもよりずっと家族連れ、子どもが多かったそうだ。優勝の瞬間を見せたかったのね。

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久しぶりに練習も見られた。

試合前の「民衆の歌」を周囲の人たちがあまり歌えない。普段マリノスを見に来ていない人たちが多いのだなぁと思った。

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いきなり目の前で花火が上がったからびっくりしてしまった。

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FC東京のサポーター

先発は出場停止の扇原の代わりに和田選手。広島からレンタルで加わったそうだ。ボランチは喜田拓也、和田拓也と一字違いが並んでいた。

東京の選手がユニの上に来ていたジャンパー?が普段でも着られそうなおしゃれさんだった。

仲川輝人の月間MVPを受賞式を終えて試合開始。

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試合経過はマリノス公式⇒https://www.f-marinos.com/match/report20191207

試合開始直後から東京が攻め込む。点差をつけて勝つしかないので、これは当然のこと。立て続けにFK、CK。

しかもお互いの意地があるから激しい接触もある。主審はファウルを流し気味。だからよけいプレーが荒くなったと思う。

この間、ゴール裏サポーターはずっと「♪おーおー横浜、Fマリノス、プライドにかけて」を歌い続けていた。15分近く続いた。これ長すぎたよね。

東京の攻勢をしのぐとマリノスも攻撃が増えてきた。永井のシュートをパクが止めた後、マリノスの圧倒的な攻撃が続く。

本当に気持ちいい攻撃で、「昔、横パス横パス、あるいは後ろに戻す。走らずいつも足元にボールをもらう」、「アイディアがないと俊輔に預ける、俊さん頼みます」サッカーとは違う。

娘も「08年だったか、川崎の憲剛のスルーパスに『ああいうプレーもあるのね、マリノスでは見たことなかったね』と話したことがあったけど、今のマリノスはその時と全然違う」と言った。

そして、初めて見る和田選手、がとても良い。ボール奪取も、ボールさばきも安定している。「あれ誰?」なんて言ってごめんなさい。喜田選手とのコンビもとても良い。

と、最初のゴールは唐突に飛び出した。ティーラトンのシュートは「ふかした」と思ったんだよね。それが、ふんわりとゴールに吸い込まれていった。

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まぁマリノスの優勝は揺るがないと思っていたけれど、先取点を取ればもうほぼ確定だ。

東京のチャンス、永井のシュートはホームラン。この決定力の差。マリノスの選手は本当に今年シュートが上手くなったよ。決定率高いと思う。

エリキのゴールなんて、あんなに囲まれても隙間を突いて確実に決めてくる。

まぁね、東京が決めきれないのはマリノスのDF陣が強くて早くて判断力が優れているということもある。

2−0で前半終了。東京が優勝するためにはあと6点が必要だ。

後半開始前に東京サポーターは「あと6点!」の大合唱。でも7〜8分毎に1点を入れないと追いつかないよ。

もうずっと安心して見てられた。マテウスと遠藤が交代。期待してるよ。

がっ、永井の独走を止めようとしてGKパクが交錯。永井が倒れた。イエローが出た。PAのすぐ外でFKが与えられた。なんかごちゃごちゃ揉めていた。

パクはマリノスの壁を微調整していた。と、主審がやってきてレッドカードを示す。パクが両手を大きく広げた。客席にいると、何が起こったか分からなかった。「イエロー2枚目だったっけ?「遅延行為かな?」なんて話していた。なんと一発レッドだった。

03年優勝の時もGK榎本哲也が一発レッドカードだったね。開始早々だったからあの時の10人の闘いは厳しかったけれど、今回は余裕。10人の方が却ってやることがはっきりしてよい場合もある。

と余裕をかましていた。ただ、代わりのGKが大丈夫かな?と気がかりはあった。03年はベテランの下川さんだったから、安心していた。

でもこの中林選手、落ち着いていましたね。広島からのレンタルだそうで、和田選手ともどもお世話になりました。中林選手はマリノスの下部組織出身とのことだ。

マルコスジュニオールがGK中林と交代。マルコスはピッチを出る時丁寧に礼をした。03年の時は佐藤由紀彦が出たのだけど悔しそうだった。

何度かのピンチをしのぐと遠藤にボールが出た。遠藤のドリブルは速い。DFを大きく揺さぶった後シュート!ギリギリ決まる。遠藤はそのままゴール裏へ走る。カメラマンもどっと押し寄せる。

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黄色いのがカメラマンたち。

遠藤君は今シーズン最初のうち、持ち込んでも横パスをすることが多くて、サポーターは歯がゆい思いをしたけど、1点取ってから、迷いがなくなったみたいね。気持ちの良いシュートだった。

遠藤の得点の前だか後だか忘れたが、喜田が右サイドを駆け上がった時があって、「みんな気を抜くな、最後まで走り抜け!」とプレーで皆を鼓舞しているように思った。

そして、それは松田直樹の姿に重なった。いつも後半ふがいない試合の時松田はガーっと前線へ駆け上がったんだよね。喜田のプレーに胸が熱くなった。

アディショナルタイムは6分。周囲の人が「東京は50秒に1点取らないと勝てないな」と言ったのには笑ってしまった。

東京の選手たちも可能性が少なかったけれど最後まで頑張った。せめて1点でも、という気持ちがあったのだと思う。

マリノスのベンチ横には選手たちが集まって、ゴール裏のチャントに合わせて飛び跳ねていた。

試合終了。
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私は都合4回立ち上がったかな。そのたび椅子に敷いていたマットが落ちて本当に困る。スタジアムの掃除の方々には跳ね上がり式椅子の方が良いとは思うが、観戦者には不便なのよ。

喜田君のインタビュー。感極まって涙。それを見て私ももらい泣き。それは「その1」で書いた。

喜田君のインタビューの最中、東京が「ゆるねば」を歌ったり、コールしていて邪魔だったが「王者の余裕」で許す。東京も最終試合だからね。

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喜田君がシャーレを持ち上げて、次に扇原が持ち上げた。栗原も持ち上げた。ついでレンタルの選手たちのユニを着た選手たち(あまじゅん10番は広瀬。パクは飯倉のユニだったそうだ)。

そして栗原が松田3番のユニを着てシャーレを持ち上げた。

と、そこに林文子や黒岩祐治がいるじゃないか、お前たちはいらない。

それとメルコが選手スタッフをマカオの最高級ホテルに招待しますと言ったのも腹が立ったな。サポーター達からは「わぁ」と歓迎の声が上がったからね。メルコはダメよカジノ(賭博)業者だから。

選手がスタンド一周。ゴール裏では長いこと喜びが続いていた。

栗原勇蔵の引退セレモニーについてはその3で書く。

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日産スタジアムはトリコロールの照明に照らされていた。みなとみらいのコスモクロックもトリコロールになったそうだ。

帰りは楽しく歩いた。雨で濡れた道もワークマンの滑らない靴なので、全然怖くない。

家に帰って、夕食。妹から送ってもらったボージョレヌーボーがあったので、日帰り旅行から帰ってきた夫ともども乾杯カクテル

それからスポーツ番組のハシゴ。遅い時間の番組は録画した。

とにかく楽しい一日であった。
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2019/12/7

マリノス優勝その1  サッカー(マリノス)

マリノス優勝おめでとう。

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いやぁマリノスは強かったよ!日本のサッカーのようではなかった。

私が見に行った名古屋戦でも5点を取ったけど、それは相手が弱いのかなと思った。そうじゃなかった。

最後の2戦、強豪の川崎、東京を3点差以上つけて勝った。ビックリだよ

03年の優勝は大逆転優勝、04年はPK戦での勝利。今回は完勝だった。

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喜田キャップテンが感極まっての涙にはこちらももらい泣き。25歳の若さでキャプテンを務める重さ。名門チームの重圧と優勝への重圧もあったろう。

優勝スピーチは立派だった。「えー」も「あの」もなく、滑舌もよく、気配りのきいた、内容ある挨拶だった。

前にも書いたことがあるかもしれないが、プライマリー(小学生)が全国優勝した時、サポーターの前ですごく堂々たる挨拶をした、栗くり坊主のキャプテンがいたのだが、あれ、誰?喜田君じゃないかと思ってしまう。

ともかくおめでとう 祝花束
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2019/12/4

年末ランチ  生活

昔、ご近所さんだった人たちとランチに行った。

近くにあっても知らなかったレストラン、イタリアン。

先ず、前菜
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ヒラスズキのグリルマリネ カリフラワーサラダ

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若手鴨のスパイス煮込みソース

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仔牛のクリームソース 自家製フィットチーネ

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本日のデザート

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飲物(コーヒー・紅茶・緑茶・烏龍茶のいずれか)についてくるお菓子。包み紙は生キャラメル

美味しかった。

友人たちとは近況報告。

医療情報やら、健康法、共通の友人たちの近況、旅行の話、趣味の話、運転免許更新の話、美味しい店情報など。身近なことばかりだ。

マーロウプリンの話が出た時、「どんな有名高価格プリンより、自分で作ったプリンの方がぜったいにおいしいよねぇ」とベテラン主婦たち。みんな偉いなぁ。私はプリンはほとんど作ったことがない。

運転免許更新は70歳過ぎると実地試験、75歳過ぎると認知症試験があるとか。私は次の更新で返上だな。今までもペーパードライバーだから、身分証としてしか使ってなかった。

共通の友人たちの話だと訃報、病気の話が増えた。それはもう年齢から言って仕方ない。

少子化の話にもなる。子どもが二人いても孫は一人だ。

政策の誤りなのは間違いない。特に女性が仕事をしていれば出産育児は本当に困難だらけ。

知り合ってから40年、お互い助け合ってきた。旅行時ペットの小鳥を預かってもらったり、おかずを分け合ったり、とても大切な友人達だ。

これからも元気でまたランチに行きましょう。

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2019/12/2

栗原勇蔵の引退  サッカー(マリノス)

もうそろそろなのかな、と思っていはいたが、いざ発表されるとやはり残念だ。

マリノスのDF栗原勇蔵選手が今季限りで引退する。

最終節の後、引退セレモニーがあるという。

勝って優勝して、彼を送り出そう。

勇蔵と言うといろんな思い出がある。

先ずは
2003年U20日本代表対オーストラリア代表戦@国立競技場
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終了間際、「栗原がオーストラリアの選手ともめた。1人で5、6人を相手にしていた。「松田の後継者!」と後ろの若者が言う。
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http://www5f.biglobe.ne.jp/~shinyoko/football/031112u20.htm

次いで
2004年夏のレッジーナとの親善試合。俊輔レッジーナ移籍2年目だ。
レッジーナの選手が乱暴で、勇蔵は鼻の骨を折って流血した。全治一か月
http://www5f.biglobe.ne.jp/~shinyoko/football/040808rejina.htm

栗原も若かったなぁ。

2006年オシム監督になって最初の試合、日本代表対トリニダード・トバゴ戦で代表に初選出された。その時の弾幕が「流血番長 栗原勇蔵」だった。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~shinyoko/football/060809trini.htm

だいぶ飛んで、2012年のJリーグアウォーズ
マリノスからは4人優秀選手に選ばれた。中澤、俊輔、小野、そして勇蔵

この帰り道、横浜アリーナの通用門で選手たちの出待ちをしていた女性たちがいた。

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そのうち、女性二人が「ゆうぞうく〜ん」と叫んだ。アリーナの出口を見ると栗原選手がいて、その女性たちの方へ近づいてくる。「手紙書きました」と言っていたので、それを受け取りに来たのだ。

いやぁ、顔、小さいね。で、意外に親切。女性たち大喜びだった。
*****

この時、栗原選手はにこにこしながらやって来て、手紙を受け取った後、「せっかく手紙を書いてくれたのに、そこにいたんじゃ木の陰になって顔が見えないよ」と言った。強面だけど優しいのだなと思った。

https://blue.ap.teacup.com/applet/daizufengtien/20121205/archive

あと、これですね。
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2014年1月1日天皇杯優勝の時。

こんな近くに来てくれた。子ども達には握手したが、私が手を出すと軽くスル―されてしまった

この優勝は本当に嬉しかったな。
https://blue.ap.teacup.com/applet/daizufengtien/20140102/archive

また探せば沢山、勇蔵選手の記事はあると思うけれど、キリがない。

2003,04年の優勝を知る選手がマリノスにはもういなくなってしまったのかな。

松田、奥といった悲劇の選手、マリノスと何らかの行き違いのあったり戦力外になった選手たちと違って、マリノスユースからずっとマリノス一筋でマリノスで選手生活を終えられるのはとても幸福なことだと思う。

栗原勇蔵選手、まだ早いけれど、今まで、どうもありがとう!

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2019/12/1

ヤンソンスさんが亡くなった  音楽



私のTL上には沢山の追悼の言葉が並んだ。

私は2012年、ベートーベン交響曲連続演奏会のうち、1,2、5番をサントリーホールで聴いた。素晴らしかった。他の日も行きたかったが、チケット完売だった。

その時、ベートーベン全曲5枚組CDを買った。飛ぶように売れていた。

その後、この全曲演奏会はNHKで放送したので録画した。時々この録画を聴いている。

音楽のことは素人だが、とても端正な演奏だった気がする。

昨年のキーシンとの共演はヤンソンスさんが指揮する予定だった。しかし病気のためにズービン・メータさんが代わりに指揮したのだった。リストのピアノ協奏曲とストラビンスキーの「春の祭典」だ。
https://blue.ap.teacup.com/applet/daizufengtien/20181129/archive

この演奏も感動した。ヤンソンスさんが聴けないのは残念だったが、メータさんの指揮ならもう言うことなしだ。

段々知っている指揮者が亡くなる。演奏会に行ける時に行っておかないと二度と聴けなくなる。

でも私の気力体力も、段々なくなって行くのだ。どうしたものか。
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