2020/9/7

今日の東京新聞  政治

今日の東京新聞4面「考える広場」は

「フェミニズムの過去・現在・未来」だった。

紙面にあるのは

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田中美津さん「『かくあるべし』」を捨てる」
70年代ウーマンリブをけん引した人。「いのちの女たちへ―とり乱しウーマンリブ論」は当時必読書だった。

社会学者・伊藤公雄さん「男性主導行き詰まる」

伊藤さんの話の中で「へぇ」と思ったのは「70年代女性運動」で法律的にも労働参加の点でも日本は進んでいたということ。だが70年代以降の世界的な労働時間短縮の中で、日本は長時間労働&性別役割分業と非正規雇用の拡大政策のために、女性の社会的地位は先進各国の大きく後れを取ったという。

作家・山内マリコさん「SNSで社会運動へ」

結婚を前にして「みじめなものだ」と考えるようになった。

「(前略)フェミニズムの本を読むようになりました。するとそれまでぼんやりしていた世界が、視力5.0並みにはっきり見えてきたんです。結婚によって女性は自分の人生のハンドルを握れなくなる」

そしてこの指摘。
「私は長いこと、母や、声を上げてきた女性たちの偉業や功績の上にあぐらをかいていたわけです。なぜそんな大事なことを知らずに生きてきたのかと思いますが、わたしが十代の頃は、普通の読者が手に取るような本ではフェミニズムにアクセスできなかった」

70年代ウーマンリブが80年生まれの山内さんには見えなかった。考えてみれば、大正期「新しい女」も戦争で中断させられた。ウーマンリブは決して「新しい女」の継承ではなかった。同じ課題を抱えていたとしても。

80年代〜90年代は田島陽子さんや「アグネス論争」など、いつしかフェミニズムを叩いたり揶揄することがメディアの主流になっていた。

ウーマンリブに共感していた女性たちも子育て段階になって離れざるを得なくなった。仕事を続けることは当時難しかった。

「男女共同参画」「均等法」が一つの成果とは思うけれど。

田島陽子さんについては、最近のインタビューがこのtweetの下の方にリンクされている。



教えられることが多い。母との葛藤は団塊の世代の女性が抱えていた問題だと思う。

彼女は46歳で、「自分らしく生きる」選択ができたという。

「やっぱり苦しかったからね。苦しいってことは屈辱的じゃない。苦しさの中には得体の知れない鬼がいて、その鬼が自分を苦しめているわけでしょ。その鬼の正体を私は見たかった。

たまたま私は一生懸命勉強してたから、抑圧のこと、フェミニズムのことを勉強して、その鬼の正体が私の場合「女らしさ」であり、その背後にある「性別役割分業」であり、さらにその後ろにある男優位の世界だった。だから、勉強をしていかないと、自分で自分の謎を解いていくことはできないよね。」


そして、昨日、あるtweetで70年代ウーマンリブと2010年代#MeToo運動でため息をつきたくなるような共通点を知った。

70年代ウーマンリブは当時の学生運動における性差別を発端に起きた。女性差別、抑圧を鋭く告発したのがウーマンリブだった。これ、あまり知られてないのかな。

今はリベラルじじいはミソジニスト、男尊女卑はかなり知れ渡ってるけど、若い世代でもそうなんだとは衝撃。



この連ツイ、特にアンケートの自由記述はショックを受けた。女性たちがこんな被害を受けていたなんて。

でもこういうことを問題にしていこうという若い世代がいるのは頼もしいと思ったし、応援していきたい。

しかしなぁ、昔からずっと重い課題のままだ。
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