2021/1/27

100分de名著の感想(2)  本・文学

「100de名著 萩尾望都」その(2)
ヤマザキマリさんが取り上げたのは「半神」と「イグアナの娘」だった。

私は「半神」は読んだことがない。今回の番組で初めて知った。

怖い話だと思った。

これ、野田秀樹によって舞台化されているんですね。高い評価を受けているようだが、あの原作をどうやって舞台化したのだろう。(何も知らなくてすみません)。

人間の二面性を描いたとも、自分は何者なのか(姉なのか妹なのか)を問うたとも取れて、つまり人間の本質に迫る作品とのこと。

萩尾さんは「愛される者」と「愛されない者」を痛切に描く。何故だろう。それがこの番組の中でだんだん明らかになったと思う。

次に取り上げられたのが「イグアナの娘」。この漫画には泣かされた。
(以下ネタバレありです)

テレビドラマ化されたから知ってる方も多いだろう。カズレーサーさんは最初「コメディ漫画と思った」

精神科医の斉藤環氏は「母娘問題を提起した先駆け」と評した。

萩尾さんは母親とコミュニケーションが成り立たない、何故こんなに言葉が通じないのだろう、と葛藤した挙句、「そうだ違う生き物なんだ」と思い至ったそうだ。

イグアナに生まれた娘は母から疎まれる、妹は人間に生まれたので母に愛される。

(ここでも愛される者と愛されない者)

イグアナの娘は成長して結婚して子どもも産まれた。子どもは人間の子だった。

そんな時母が亡くなった。悲しみも何も感じずに葬儀に出席した彼女は亡くなった母の顔を見て驚愕するのだ。

この場面に私は泣きました。

この作品の、母親とのディスコミュニケーション、母からの抑圧。身につまされた。

団塊の世代の娘達は、戦前の、女性の進学も能力を伸ばすことも許されなかった母親達の望みを背負わされた。自分の分身として娘達を自分の思うように育てようとした。自分の価値観を押し付けた。

多分学歴のある女性たちはこの葛藤に巻き込まれたのではないか。 

自分が受けられなかった大学教育を受けさせたい、娘の高学歴は自分の勲章。

また、70年代、女性の職業は限られていた。母親達の次の勲章は娘の結婚だ。周りから羨まれる相手と結婚させることだ。全部自分の都合。でもそれは「あなたのため」「あなたの幸せのため」。

娘が自分の意思を持つことは許さなかった。これは戦前の家父長的価値観(親の支配)に染まっていたこともある。

この辺りのことは田嶋陽子さんが母親との深刻な対立として語っている。

萩尾さん自身は親の期待に応えられない子どもだった。落ちこぼれでダメな子だった(本人談)。漫画家となることはもちん反対された。漫画家として評価されるようになっても親からは認められなかった。(現在はもちろん認めている)

母親は自分とは違う生き物なんだと考えたところから生み出された作品。しかし単純ではない。

なぜなら自分とは母はおなじ生き物だったという展開だから。このあたりは複雑だな。

この母の姿を知った場面からの主人公の述懐、「お母さんはせっかくイグアナの世界から逃れて人間として生きていたのに、生まれたのがイグアナではお母さんは私を愛することはできなかったでしょう」。

主人公は自分が愛されない理由を知って、母の桎梏から逃れることができた。最終場面の主人公のシルエットはイグアナでなく人間の姿、幸福そうな家庭人の姿だ。一方同じ画面の水の中には小さなイグアナの姿がある。

萩尾さんは「あれはお母さんですね」。母はイグアナのまま。なんて辛辣なのだろうか!

母の姿を知った場面、私は違う風に受け取ってしまった。

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