2021/6/6

記憶にある年  生活

2001年のことを書いてきたけれど、この年のように忘れようとも忘れられない年、というのがある。

個人的な出来事を除いて、記憶に残る年について書く。

昔のことはもう覚えていない。年代をつけて呼ばれる三八豪雪(1963年)、60年安保とか70年安保も遠い話だ。

で、その年のことを忘れられない、というとまず1993年。

米不足で、タイ米を食べた年。米の売り出しがあるとの口コミでスーパーの行列に並んだ。

食糧を求めて行列するなんて戦時中か戦後直後のようではないか、こんなことが起きるのか、と信じられぬ思いだった。ずっと楽観的に生きてきたのに。この辺りから日本社会の基盤の揺らぎが可視化されてきたのかも知れない。

あの年は長雨で梅雨明けしないまま、台風シーズンになった。妙高の笹ヶ峰でキャンプ中、台風接近、荒れ狂う風の中で一晩過ごした。

その夏、細川内閣発足、女性閣僚が3人くらい誕生した。あの時は日本政治が変わるかと思ったけれど。

次は1995年。

いうまでもなく、阪神大震災とオウム事件。大都会で起きた直下型地震、あの惨状は地震に慣れていると思っていた自分の甘さを思い知らされた。「親戚や友人たちが被災した」という話を何人もの人から聞いた。こんなことは今までになかった。

オウム事件は驚天動地の事件、都会の真ん中で宗教団体が起こした大規模テロ。恵まれた境遇だった高学歴の若者たちがカルトに絡め取られてしまう、こういうことが起きるのかと恐怖だったし、人間の「わからなさ」に戸惑った。

2001年。これは書いた。

そして2011年。東日本大震災と福島原発事故。未だ復興はならず、被災者は苦しみ続けている。

自分が生きている間に一千年に一度の大地震と大津波が襲ってくるとは考えもしなかった。

福島原発はもしまた大地震が起きたら耐えられないのではないか。再び放射能汚染が起こるだろう。他の原発だってわからない。私は日本が不毛な地になるのではないかと、今でも怖い。海洋汚染で人類の敵にだってなりかねない。大袈裟でなく心配している。

このことを考え出すと夜も眠れなくなるので、この考えに蓋をしている。考えないようにしている。

そして2020年、あるいは2021年。パンデミックの年。既に死者は1万人を超えた。まだ終息には程遠い。

これらの災害、事件で犠牲になられた方々へ心からの祈りを捧げます。

バブル崩壊から「失われた30年」と言われている。その最初の可視化はあの米不足の年だったかも知れない。 

改革の機会はあった。それをことごとく逃してきたのだ。

バブル時代が忘れられず、「日本スゴイ!」幻想から抜け出さない者たちが権力を握っているからだ。

この無能極悪政権で日本はこのまま人命と暮らしを失い続けるのであろうか。

本当に嫌になっちゃう。

明るい年のことも一つ。1998年はスポーツの年だった。特に横浜。

1月に箱根駅伝で神奈川大優勝した。6月、サッカーフランスW杯、全敗とはいえ初出場で盛り上がった。8月、甲子園で松坂の横浜高校優勝、秋は横浜ベイスターズ優勝。天皇杯で横浜フリューゲルスが勝ち進んで、翌年元旦に優勝。(と同時にチームはマリノスと合併という名の消滅)。

こうやって、過去を振り返るのも「自分で作る走馬灯」byみうらじゅん なのかも。
https://www.1101.com/60/jun/2018-03-15.html

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