2021/7/8

ピアノ  生活

NHKBSで「街角ピアノ」を放送していた。

その中に40歳からピアノを習い始めた人がいて、とても上手だった。

私は40歳くらいで、もう薬指と小指がうまく動かなかった。

10年くらい前、孫に「小狐コンコン」と指で狐を作ろうとして、小指が立たなかった。それから、徐々に指の力がなくなっていった。

今は右手の薬指小指、左手の中指薬指小指をピンと立てることができない。

脳神経内科で診てもらったところ、握る力には問題ないとのこと。親指と人差し指の力はある。

なので日常生活ではそれほど困らない。

でもピアノは無理。

先日アルバムを整理していて、初めて気づいたことがある。

私は内気で、目立たない子供だと思っていた。

しかし、小学生時代の写真を見ると、鼓笛隊や器楽、音楽会では、目立つところにいるのだ。学年で10数名しか選ばれない、しかも女子ではもっと少ないのだが、重要な仕事を割り当てられていた。

いくつもの小学校が集まって演奏する音楽会でも、コーラスのピアノ伴奏をしていた。

これは本当に母に感謝。

私は小学1年生の頃は学校で殆ど口をきかなかった。それほどの内気だった。

母は、何か自分を表現できるものを与えたかったようだ。それで、ピアノを習わせようと思ったらしい。音大出身の教師などいなくて、田舎の小学校教師に教えてもらうのだから、上達してもせいぜいソナチネ、ソナタくらい。

それでも、当時ピアノを弾く生徒はクラスに1人か2人だから、それなりに一目置かれた。合唱などで責任を果たすことは達成感があった。当時はわからなかったが、私の自尊感情を育ててくれた。

それは大きなことだった。

もし、ピアノを習っていなかったら、私はかなり劣等感の強い子どもだったのではないだろうか。
(ピアノを弾くのが楽しかったことが大前提だが)

今はピアノは弾けなくなってしまったが、ピアノ曲を聞くのは好きだ。

クラシック好きになったのもピアノからだ。コンサートも最初はピアノ曲、ピアノコンチェルト中心だった。

母とは確執もあったが、私の性格を考えた上で習い事をさせてくれたことは感謝してる。賢母であったなあ。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ