2021/11/10

美術館A  

「香月泰男展」その2.

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展示は4期に分けられていた。

第一期 1931〜49 逆光の中のファンタジー

この時期の作品で印象的なのは背中から描かれた少年。顔は見えない。

香月は両親と離別し祖父母に育てられた。顔を描かず背中だけの少年は、孤独だった彼の少年時代なのだろう。

「凪」
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中央左の黒い机の足の後ろに少年の背中がみえる。

絵画技法についてはゴッホやピカソ、キュービズムなど様々な試行錯誤が窺われる。

第二期 1950〜58 新たな造形を求めて
シベリア抑留から復員した後、画材(絵の具等)、構図などの追求が行われる。

第三期 1959〜68 シベリア・シリーズの画家
全57点。彼の代表作だ。

暗い画面に、骸骨のような人間の顔や手足。

どれも暗くて重い。重労働、わずかな食事、極寒のシベリア、斃れていく戦友。数多の死。

「朕」という作品は天皇制の元に踏みつけられていく兵士たちの姿が描かれていく。「出発」出征の日の黒い日の丸。

その中で美しいもの、
「ふと顔をあげると、東天の闇をついて太陽がのぼる。それは一瞬疲労も寒さも忘れさせる美しいものであった。」

「青の太陽」
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真っ赤な太陽を描いたものもある。平塚美術館で見たのは、それだと思う。

あ、そうだ、武装解除されてシベリアに運ばれる途中列車から見た皮膚を剥がれた日本兵の死体の絵があった。

中国の民衆に復讐された兵士だ。香月は加害者としての日本兵を見る。「原爆による黒焦げの遺体も見たが、日本の将来を考える時、赤剥けにされた日本兵の姿こそ出発点としなければならない」。

兵士は被害者であり加害者であったことを香月は忘れていない。

このシベリア・シリーズは胸にずしりと来た。過酷な経験をした親たちの世代。それを十分に私たちは伝えてきたか。

今、権力を握るものは戦争の実相を認識しているのか。

第四期 1969〜74 新たな展開の予感。

香月は62歳で急死する。新たな絵画表現を切り開こうとした矢先だった。

美術館の解説だと、シベリア・シリーズを一旦解体して同時期の他の作品も比較しながら画家の多彩な表現を探りたいとのことだ。

また、日経新聞は一部しか読めなかったが、「シベリア抑留の過酷な境遇にあっても、さらに画業を確立していった画家の強靭な芸術精神」を讃えていた。

もう一つ、夫に笑われたが「男の人は大変だな」ということ。少なくとも女性は徴兵されることはなかった。「多少威張っても仕方ないかな?」

でも戦争を始めたのは権力を持っている男たちだから、同情する必要はないな。

(従軍看護婦は戦地は行った。もちろん性奴隷にされた女性たち、戦地の民衆の受難は言うまでもない)

常設展示は香月泰男と縁のあった方達の作品。美術館の所蔵品だ。目立つところに松本竣介の「立てる像」。

梅原龍三郎、高山辰雄、野見山暁治(1920年生まれ。ご存命です)など大御所の作品、靉光の作品もあった。

展覧会は、悪天候の上午後2時過ぎだったので、2〜3人しか入っていないだろうと思ったが、思ったより多く20人くらいの方がいた。

外に出ると海の轟きが聞こえた。こんなことは初めてだ。いつも穏やかな海で波音もほとんど聞こえないくらいなのだ。江ノ島は見えたが、富士山は厚い雲の中だった。

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帰途、葉山〜金沢の山々に霧が降りてきた。

久しぶりの美術館、「美」というには辛く悲しい作品だった。彼が繰り返し繰り返し描かなければならなかったこと、戦争の記憶はかくも重いものだ。彼はシベリアの記憶を絵画に、芸術に残してくれた。感謝したい。

今後いくつかの美術館(新潟、練馬、足利)を巡回するそうだ。多くの方に見てもらいたい。
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