2014/6/28

6.28さよなら原発  原発関係

「6.28川内原発を再稼働させるな!さようなら原発首都大行進」@明治公園に行ってきた。

雨なので、どうしようかと思ったが、80歳代の大先輩も行っているというので、私も行かないわけにはいかない。

天皇杯以来の外苑前駅。ラグビー場・神宮球場の脇の道を日本青年館まで。日本青年館のビルも2020年五輪のために壊されるのだなぁと思いながら、明治公園へ。

こんなに空いている脱原発集会は初めてだと思った。中央ステージまで、すいすい進めてしまう。

が、私が早く来過ぎたのだった。雨は降り続いていたが、段々参加者が増えてきた。

弁護士さんがボーカルを務めるロックバンドが演奏を始めた。原発メーカーを訴える裁判を担当しているそうだ。官邸前抗議の見守り弁護団もしていらっしゃるという。

集会が始まった。司会は木内みどりさん。原発関係でお名前は良く拝見しているが、お姿は初めてみた。ハキハキテキパキの司会進行だった。

鎌田慧、内橋克人、ミサオ・レッドクリフ、中山千夏、海渡雄一(大飯原発の裁判について)、小野有五(脱原発原告団全国連絡会共同代表)、野呂正和(川内原発増設反対鹿児島県共闘会議事務局長)、人見やよい(原発いらない福島の女たち)他の皆さんのスピーチもしっかり聞けた。

中山千夏さんは初めてのスピーチかな。伊豆に住んでいるので、なかなか東京には出てこれなかったそうだ。でも地元で脱原発の運動をしているとのこと。

70年代、リブの運動や議員をやっている頃はこういう集会は苦手だった、組合や全学連の人たちが怖かった、と。でも、今、組合の旗を見ると嬉しい。組合の人々が少なくなって、日本は悪くなった、残業代ゼロなんて許しちゃいけませんよ!

「女はしおらしくしていたらダメ、怒らなくては!」と力強く話した。

人見やよいさんのスピーチには涙が出そうになった。

皆が共通に触れていたのは大飯原発差し止め訴訟の判決文だった。

「多数の人の生存そのものにかかわる権利と電気代に高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的に許されない」

豊かな国土に国民が根を下して生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失だ」の部分。

スピーチの途中で雨が上がった。
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デモが始まる。私は最初の方のグループに入った。ここは特にコールもなく、おとなしくプラカードを掲げて歩いた。私は途中で離脱。

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ドラム隊。

ドラム隊とか、サウンドカーのあるデモ行進の方が道行く人たちに対して訴求力があると思う。

組合の「シュプレヒコール!」「○○は許さないぞー」は古色蒼然として聞こえる。変えた方がいいと思うが、一方、いろいろなデモがあってもいいのかな、とも思う。

「さよなら原発」の大きな集会はこれで4回目だという。

2011年9月19日の、続々人が詰めかけた最初の集会は忘れられない。公園を埋め尽くす参加者、公園に入れない人もいた。今日は5500人だったそうだが、脱・反原発運動は全国に広がり、粘り強く、これからも続けられていくと思う。

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