2015/3/17

彦根城へ  旅・散歩

一泊した後、このまま帰るのではもったいない、どこか見物して行こうということになった。京都はちょっと無理。でも滋賀県なら行けるかな、ということで彦根城に行くことにした。

国宝彦根城。

国宝の城は4つあって、あと3つは姫路城、松本城、犬山城だ。姫路城、松本城には行った。今回彦根城に行くと、残りは犬山城だけになる。これも今年来年のうちには行けるだろう。

東海道線でゆっくり彦根まで。途中、関ヶ原を通過する。竹中半兵衛の生地やら石田三成の佐和山城やら戦国時代お馴染みの場所だ。

パスモで改札を入って、彦根で出ようとするとキンコン(警告音)と止められた。駅員さんがJR東海とJR西日本をまたぐ時は、スイカ、パスモ、イコカなどは使えないと言う。現金で精算した。なんかよくわからないが不便。

(彦根からパスモで乗って、米原から新幹線に乗る時はスムーズに改札を通過)

彦根駅前には井伊直政の青銅像。

岐阜駅前の黄金の信長像より、ブロンズの方が落ち着きと渋さがあっていいな。井伊家は30万石で、譜代大名では別格だったそうだ。東海道・北陸道の要の地を任されたという重みだ。

「井伊の赤揃え」で知られるように、戦国時代、井伊家はその強さが称えられた。そういえば、ゆるキャラの元祖というのはここの「彦にゃん」だったっけ。

彦根城は彦根駅から近い。近いのだが、天守までは坂道だ。それを登っていく。

クリックすると元のサイズで表示します
彦根城のお堀。白鳥、黒鳥、マガモ、カルガモがいた。

石段の坂道は緩く湾曲していて、真っ直ぐな道はない。城防御のためだという。

クリックすると元のサイズで表示します
天秤櫓

クリックすると元のサイズで表示します
ずっと天守閣は見えなかったが最後の櫓の所でようやく姿が見えた。

クリックすると元のサイズで表示します
彦根城天守閣

お城の中を見学したいが、城内部の階段はどこも急なんだよなぁ。私に登れるだろうか。

係りの人に聞くと手すりはついている、ただし一番きつい階段は62度の傾斜です、という。

せっかく来たのだからと行くことにする。手すりがあったので、ふうふう言いながらも上がることができた。

クリックすると元のサイズで表示します
天守閣から見た伊吹山

クリックすると元のサイズで表示します
琵琶湖、比良山系

下りの階段はお尻をついて、滑り台のようにして下りてきた。これだと急傾斜も怖くなかったし、安全だった。

クリックすると元のサイズで表示します
玄宮園。庭園は修理中というか工事中。

「埋木舎」は行かなかった。「埋木舎」と言えば、NHK大河ドラマ第一作「花の生涯」だ。

この話を夫としていて、「村山たかは淡島千景だったね」「佐田啓二が長野主膳だった」とスラスラ出てくる。どうしてこういう人名は覚えているのだろう。

もちろん、井伊直弼は尾上松緑。あの頃の大河は重々しかった。次の「赤穂浪士」でNHKというか、テレビのまさに看板番組となった。今は、タイトルさえ知らない。

※埋木舎;
井伊家の十四男として生まれた井伊直弼が13代彦根藩主となるまでの不遇の時期、天保2年(1831年)以後15年を過ごした屋敷として有名。

彦根城は平日なのに来場する人が絶えず、また、中国人観光客もいて人気スポットなのだなぁと思った。

彦根から米原に出て、米原から新幹線。乗り換えなしがいいなと思ったので、「ひかり」にした。停車駅は岐阜羽島、名古屋、豊橋、そして新横浜。

米原で「ひかり」を待っていると「のぞみ」がギュンギュン通過していく。停車中の「こだま」や「ひかり」を押し潰す、「弱肉強食」の怪獣のようだった。

彦根ではぽかぽか良い天気だったのに、名古屋を過ぎるといつの間か雨になっていた。新横浜駅はかなりの降りだった。

今回は思いがけず彦根まで足を延ばせてラッキーだった。機会があったら、琵琶湖周辺のお寺や遺跡を見て回りたいなあ。

1



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ