2005/7/24

博物館・美術館好き  展覧会

博物館、美術館が好きだ。いつから好きなのか考えてみた。

実家には平凡社の美術全集があった。厚いのではなく、薄い本。それをよく眺めていた。一番最初は安藤広重の「東海道五十三次」。その後、北斎の「富嶽三十六景」。次に西洋画に行って、「呪われた画家たち」という副題にひかれて、「ユトリロ、モディリアニ」を見た。それからは次々、だったが、「アングル」「ゴヤ」「クールベ」の印象がある。印象派や後期印象派、現代絵画はほとんど記憶にないのが不思議だ。

展覧会は東京オリンピック記念の「古美術展」が何といっても忘れられない。あれを上回る規模の日本美術展がその後あるだろうか。

私は中学生の頃、大衆小説、時代小説が大好きだったから、吉川英治、山岡荘八、海音寺潮五郎、子母澤寛等読んでいた。それら小説の主人公ゆかりの美術品が陳列されていて感激だった。宮本武蔵「枯木鳴鵙図」、藤原隆信「伝源頼朝像」、武将たちの鎧、琳派の工芸品、書の数々。

中学の美術の資料集もよく眺めていた。「阿修羅像」「広隆寺の弥勒菩薩」「月光・日光像」「無着像」。教科書に誰の小説だったか「仏師」の話が載っていて、その影響もあったかもしれない。よく仏像写真を眺めていた。
 
「ミロのヴィーナス」は田舎から3時間かけて上野に行き、行列に並んで文化会館から西洋美術館、科学博物館の前を通り、裏をぐるッと回って、ようやく見た。西洋文化への憧れがあった。

高校生の頃、「メソポタミア展」に行った。早起きして同じく3時間かけて上野に行き、開館直後に入った。メソポタミア展を見終えて、2階に上がるとほとんど人がいなくて、自分の足音がカツカツと響いていた。絵巻物や書や、工芸品、陶磁器を見たと思う。博物館のシンとした感じと冷たい空気、高い天井、広い空間、美術品独り占めの感覚。その時の贅沢な気持ちは忘れられない。今もあの時の雰囲気を求めて展覧会に行っているような気がする。

大学生の時は文京区に住んでいたこともあって、東京博物館「友の会」に入り、特別展がなくても時々出かけた。
東京には他にもブリジストン、サントリー、出光等の美術館があるが、「やっぱり上野が好き」なのは、昔の思い出があるからだと思う。

今ようやく時間ができて、美術館、博物館に出かけられるから幸せだ。ただ、残念なのは東博のめぼしい所蔵品はほとんど見てしまったこと。同じ所蔵品でも、企画によっては新たな発見があるから、ぜひ面白い企画展をしてもらいたいと思う。

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