2019/8/26

あいちトリエンナーレ2019  展覧会

試合翌日、どこに行こうか、醒ヶ井にも行ってみたい、犬山城は前行きそこなったから行こうか。いろいろ考えたが、せっかくなので「あいちトリエンナーレ2019」に行くことにした。娘が「見たい作品がある」という。

名古屋駅は人が多い。ごった返していた。地元の人だけでなく、旅行客も多い。今日は「よさこい」があるらしく、そういう衣装の人が沢山いた。

名古屋美術館は名古屋から地下鉄で2駅栄駅にある。駅からはすぐ近く。コンサートホールもここなのね。

10階までエレベータだが、素通しガラスがあり、私は怖くてドアの方をずっと向いていた。吹き抜けなんだよねぇ。

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一日券は1,600円。

ボランティアの人たちの紫色ポロシャツがおしゃれだ。

これが一番の人気かな。
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沢山のピエロ、力作だと思う。

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こんな寝方をするなぁ。思わず笑ってしまった。

若い人が多くて、写真を撮ったり、熱心に見ていた。

煙草などの唾からDNAを抽出して、そのデータから3Dプリンターで顔を再現したという作品があった。そんなことが可能なのかしら?

移民や難民をテーマにした作品があるのは「今」を象徴しているのかな。ジュリアン・ムーアとアレック・ボードウィンが難民の証言を読む(演じる)という作品はかなり熱心に見てしまった。

「誰もが自分が難民になろうとは思わなかった」と。

今の安倍政権のまま日本が突き進んだら、難民化する日本人が出てくるのではないか、と私は心配している。難民になるとは思っていない、日本人。

そして
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立入禁止。
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外から眺めた感じでは、「不自由展」はそれほど広い会場ではないと思った。その中に少女像やいくつか問題とされた作品があったとしても、世間が騒ぐほどの事かな、というのが率直な感想。

平和を願う像だし、日本と自分のアイデンティティを考える作品群なのだ。

政治家の圧力や、脅迫が押し寄せる、中には「京アニ」のようにガソリンを撒くぞとの脅迫もあった。

「いいじゃん、これくらいの展示、勝手にやってれば」くらいの感覚に何故ならないのだろう。目くじら立てて、騒ぎ立てる人たちの度量のなさというか、異常だと思った。

過去をきちんと向き合えない日本のあの人たち。差別意識丸出しのあの人たち。

狂気、と言ってもいい。日本は恐ろしい社会になった。

追記:グランデール市少女像設置問題では、当該市議たちはそれほど設置にこだわっていなかったが、日本・在米極右たちの発言があまりにひどいので、設置賛成になったという(恥を知れ発言)。世界各地で同じことが起きている。日本側のでたらめ発言に対し、戦時性暴力(性奴隷)の問題であり、現在なお重大な問題と人々が認識したということだ。日本が、この動きを見守るだけだけで、あるいはむしろそっと花でも手向ければ、普通に敬意を持たれたろう。何故これほどヒステリックに攻撃するかといえば、それで金稼ぎの人々がいるのだろうし、政治家は「敵」を作れば「愛国者」と偽装できる。愚かなことだ。

私が行った日、「少女像」の作者が再訪したそうだ。「可哀想で涙が出た」と言ったそうだが、その気持ちはよくわかる。かわいそうだよ。

出展を取りやめた作家たちのメッセージ。
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メッセージのおっしゃる通り。この作家たちのスペースには全部このメッセージが貼ってあった。

実行委員会がきちんとメッセージを展示したのは当たり前だけれど、良かったと思う。こういうことですら、今の日本では隠されかねない。

このメッセージの中に日本の作家がいないのがちょっと残念。

娘は3年前のトリエンナーレにも来たそうだ。

あの、豊橋会場の、空き家に小鳥を放ち、その管理(掃除や飼い方)がいい加減で、動物愛護団体から抗議を受けた現代アートがあった。あれから3年なのか。

現代アートは今まで見たものでは国立新美術館開館記念のポンピドーセンター収蔵品、ニキ・ド・サンファル、国立近代美術館展示、ブリジストン美術館の「アンフォルメル」、神奈川近代美術館のいくつかの展覧会、そういうものに比べると迫力、エネルギー、あるいは「美」という点で物足りなかった。

現代美術でいつも思ってしまうこと、「これ単なる思い付き?」。つまり格闘の後が見えない、「美」への追及があるのかな?。

と、こういうことを考えさせるのも、作品のうちかも。

とにかく、名古屋市長や菅官房長官、維新の政治家の「検閲」は許せない、と強く思った。

見終わって、お茶して、名古屋駅に戻り、5時過ぎの新幹線で帰路についた。

充実した2日間だった。
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2019/1/16

フィリップス・コレクション展  展覧会

三菱一号館美術館で開催中の「フィリップス・コレクション展」に行ってきた。

インスタを見ているとこの展覧会の広告が何度も表れる。ドガ、ゴッホ。どれも美しい。かつて三菱一号館で開かれた個人コレクション展がとても良かったことなども思い出し、行くことにした。

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いつも素敵な三菱一号館。

東京駅で降りて丸の内のビル街に行くと、整然としていて巨大なビルが立ち並んでいて、「ああ富裕層1%の街」と思うよねー。歩いている人もカフェの中も何かみんなこぎれいで洗練されてる。私は場違いな感じが否めない。

フィリップス・コレクション展はフィリップスが収集した順に展示されている。

最初はドーミエ、クールベ、「蜂起」なんていう絵がある。闘う人々の絵。

ドラクロアが「パガニーニ」を描いたものがある。1831年作品。同時代人とは思わなかったのでびっくり。

クールベの岩山の絵。崖の色と緑の対比。この薄緑色がきれいで、見とれた。

その後はボナール。フィリップスはボナールの収集家として知られているそうだ。色合いはとても美しいが、なんかぼんやりした感じで、私はイマイチ。

その後は有名どころが1〜3点ずつ。ゴヤ、アングル、マネ、セザンヌ、コロー、モネ、シスレー、ドガ、ゴッホ、ゴーギャン、ピカソ、ブラック、カディンスキー、クレー、

ゴーギャンは「ハム」の絵なので、あんまりゴーギャンらしくない。

モジリアニ、アンリ・ルソーの絵はとても良いが、1点ずつ。ドガの「踊り子」も背景のオレンジ色が印象的。ドガに「オレンジ」は珍しくないだろうか。とてもきれいな色。

ゴッホの絵は2点だが、その2点とも好きだ。

前衛画家の絵は理詰めの感じがするが、ゴッホのは(もちろん考え抜かれて描いているのだろうが)、自然でしかも彼独自の構図、色、形。色がきれいよねぇ

フィリップスはピカソよりもブラックをこのんだそうで、ブラックの絵は沢山あった。

とにかく、個人収集だからこじんまりとしているかと思ったら、とんでもない。「え?!まだあるの?!」なのだ。

思ったよりもずっと沢山の絵があった。そのどれも収集家の審美眼で選び抜かれているから、見ごたえがある。

その作家のいわゆる代表作、例えばゴッホのひまわりとか、ゴーギャンのタヒチとかそういうわけではないけれど、どれも「あ、きれいだなぁ」、「作者の気持ちが伝わってくるような絵だなぁ」としみじみと見ることができる。

2月11日まで開催しているので、鑑賞をお勧めします。

三菱一号館美術館のカフェCAFE1984があるが、そこには入らず、その近くのカフェレストランで
お茶した。

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かぼちゃのマフィンだったかな。ずっしりと重いケーキでした。
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2018/11/15

ルーベンス展  展覧会

14日に思い立って「ルーベンス展」@国立西洋美術館に行ってきた。いつでも行ける、と油断していると見逃してしまう(今年春のプラド美術館展など)のだ。

展覧会に行くのは久しぶりだ。

今年3月の「ブリューゲル展・仁和寺と御室派のみほとけ展」に行って以来。上野は4月の東京春音楽祭「ローエングリン」以来だ。

着いたのは3時近かった。駅から上野公園に行く人より帰る人たちの方が圧倒的に多かった。

私が入ろうとした時、修学旅行生たちが先生たちの指示を受けた後「ルーベンス展」の前で記念写真を撮っていたので、ひょっとしてこの生徒たちがルーベンス展に来るのだろうかと一瞬ビビったが、もし西洋美術館に入るにしても常設展だよね。

(昔、敦煌の美術展に修学旅行生がいっぱい入ってきて、困ったことがあるのだ。全く関心なく作品前を通り過ぎるだけだが、とにかく人数が多かったので)。

上野は今、「フェルメール展」「ムンク展」を開催中。でもフェルメールはいろいろな展覧会で見ているし(日本初公開は1点だけとのこと)、小さい絵なのに人が多くて見ずらいのでパス。

ムンクは学生時代に鎌倉の近代美術館で見た記憶が鮮明だから、もう見なくていいのだ。(半世紀近く前なのに、印象は強烈)

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ルーベンスといえば、「フランダースの犬」だよね!

会場入り口前でルーベンス展の簡単な紹介を上映していたが、そこでもその「アントウェルペン大聖堂」の「キリスト昇架」「キリスト降架」「聖母被昇天」が大きく取り上げられていた。

入口に主催者あいさつがあるが、ベルギー大使館と並んで、イタリア大使館の挨拶があった。何故にイタリア?

すると、

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本展はルーベンスの作品を、古代彫刻や彼に先行する16世紀のイタリアの芸術家の作品、そして同時代以降のイタリア・バロックの芸術家たちの作品とともに展示します。

ルーベンスがイタリアから何を学んだのかをお見せするとともに、彼とイタリア・バロック美術との関係を解きほぐし、明らかにすることを目指します。

これまでわが国では何度かルーベンス展が開催されてきましたが、この画家とイタリアとの双方向の影響関係に焦点を当てた展覧会は、初の試みとなります。ルーベンスとイタリア・バロック美術という、西洋美術のふたつのハイライトに対する新たな眼差しのあり方を、日本の観衆に与える最良の機会となることでしょう。
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何の予備知識も持たずに来てしまった。

当たり前だが、そういう構成だった。そのことはよくわかった、イタリアの影響とルーベンスが後世に与えた影響について。この展覧会についてはHP参照


ルーベンスは、もちろん、アントウェルペン大聖堂の絵もだけれど、私は、マウリッツハイス美術館展で見た「ミハエル・オフォヴィウスの肖像」が印象に残っている。

今回の展覧会ではそのような肖像画は最初の方に数点あったかな。緻密で静謐な絵。そういうのを見たかったんだけどね。

あとは、キリスト教、ギリシャ・ローマ神話でした!!

展覧会HPの「みどころ」参照

だから、絵画から流れ出てくる「激情」でおなかいっぱい。

下世話な、不謹慎な感想を言うと、キリスト教の絵は残虐で、ギリシャローマの絵はエロい。

神聖な十字架だって、私はつい目をそむけてしまう。聖者の殉教も怖い。マリアの法悦も気持ち悪い。

ギリシャローマ神話の絵(人体)も誇張表現のように思えてしまう。題材も女性から見るとイヤだな、と思えるものが多い。

バロックは過剰? ルネサンスや、その後の市民たちのための風景画人物画に比べると、一度にそう沢山は見られない。疲れてしまう。

「カラバッジョ展」の時も同じような感想だったなぁ。

つまらない感想をいくつか。
*ルーベンスの絵画は教会か王侯貴族からの注文ということがよくわかる。

*男性のスケッチはローマの彫刻を模写している。人間をスケッチするのではないのね=あのような肉体(ヘラクレス)の人間は実在しないからかな。

(女性像、ルーベンス風は2度目の妻をモデルにしているとか)。

*ルーベンスの生きた時代は日本では戦国−江戸初期か。そして、スペイン・フランス・イギリス絶対王政や宗教戦争の激しい時代なんだなぁと再認識。

*ルーベンスは外交官としても有能だった、非常にインテリだったとか。一人の人物に幾つもの才能があるのだなぁ。そして、あの時代にヨーロッパ中を行き来している。

*技術的なことは全く分かりません。画材とか絵の具とか画法とか。


平日の午後3時過ぎだったのに、美術館はまずまず混んでいた。若い人が比較的多いと思った。朝一番だとシニア層が多いから、ちょっと新鮮。

バロック期は良くわからなくて、画家たちを知りたくて、展覧会に行くわけだが、もうそろそろ見なくてもよいかなという心境になりつつある。

出口でこれからの展覧会チラシをもらった。その中に「ハプスブルグ展」があった。ウィーン美術史美術館のコレクションだ。2019年10月〜2020年1月開催。ベラスケス「青いドレスの王女マルガリータ」が来る。

ウィーン美術史美術館はゆっくり見られなかったので、見落とした作品も多い。機会があったら行こう。

でも本当に見たいのはウィーン美術史美術館で開催中?の「ブリューゲル展」なんだ。無理な話だけれども。


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2018/3/3

久しぶりに上野へその2  展覧会

仁和寺と御室派のみほとけ展。
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これは混んでいて、入場まで30分。

最初の方は仁和寺の目録や書状、等、書が中心。書はガラスの向こうに平らに置いてあるから、人波で見えない。人と人の間からちらり、と見る感じ。国宝や重要文化財も多いが、「猫に小判」ということなんでしょうね。見てもよくわからない。

それでも、歴史上有名な人物の書には、「ふーむ」と言って眺めるのだ。空海、後醍醐天皇など。

これら書や絵はよく残ったなぁと思った。応仁の乱で伽藍が焼失してしまったりしているから。

仁和寺展の一番の見どころは仏像。

ここにきて、ようやく、興奮した。見事だった。普段非公開の観音堂の仏像群も見られた。ここは撮影可。フラッシュをたかないように、との注意があったが、結構ピカピカ光ってた。私はスマホのフラッシュの消し方がよくわからないから、写真は撮らなかった。

仏像群の周囲も回れるようになっていて、再現された壁画も見られる。下半分は地獄絵。そういえば、ブリューゲルの絵にも地獄絵のようなものがあったなぁ。

仁和寺の阿弥陀如来坐像は撮影禁止。平安中期の国宝。どっしりしていて美しかった。

若狭明通寺の大きな仏像にはびっくり。一昨年、明通寺に行ったが、建物と、周囲の山や渓流に目を奪われていて、こんなりっぱな仏像や絵巻物を持っているとは思いもよらなかった。

道明寺の十一面観音(平安初期)は美しかった。

葛井寺の千手観音には圧倒された。すごい執念で作られてるなあと思う。これ天平の仏様だという。観音様は乾漆で、千手の部分は木造。詳しい説明版があり、背面から千手の構造を見ることができる。

千手観音は2月14日からの展示だったそうで、見られてよかった。

あと福井県高浜の青葉山中山寺の馬頭観音(重文)、秘仏で33年ごとの公開だという。これを見られたのはラッキー。力強い像だった。

20代の初め、この仏像を見たいと思って小浜旅行のついでに、近くまで行ったことがある。見ることはできなかった。でも本当に中山寺に行こうとしたのか、記憶はもう曖昧。

一木作りの仏様は量感があり、なだらかな曲線が美しいと思う。寄木作りは大きな仏像。乾漆像は軽やかかな(単なる印象です)。

展示はとてもわかりやすく、見やすかった。ただ「100万ドルの夜景を見下ろす仏様」とかの「キャッチフレーズ」はちょっと安っぽいと思った。

この仏像たちは圧巻だった。

それにしても日本は仏教国であったのぅ。

今はお寺は沢山あるけれど、存在感という意味では薄れていると思う。深い信仰と言うより民俗的風習のような感じだ。もっと仏教を知るべきなんだろう。
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2018/3/2

久しぶりの上野その1  展覧会

少し暖かくなったので、上野へ。もちろん桜はまだまだだ。

今、上野は仁和寺、ブリューゲル、プラド、と、見たい展覧会がいくつもある。

とりあえず、プラド美術館展は5月までやっているので、これは後回しにした。

まず、都美術館へ。意外に空いている。

ブリューゲル一族、一世からひ孫世代まで。

資料を確認せずに印象だけ書く。

小さい絵が多くて見づらかった。下書き、版画、なども多い。

ブリューゲル長男は父親複製画を大量に書いていたそうだ。代々そうだったようだ。それでも、それぞれ特徴があったことがわかった。

農民の絵が出てきてから、楽しくなった。絵にリズム感がある。人物が生き生きしていて、面白い。子どもが小便をしているのも堂々と目立つところに描いてある。

そして、ルーベンスとの共同で描かれたという人物画。こういう人物が大きく描かれたのが西洋画、だと思い込んでいる。でも、それは教会や君主、貴族、富豪など権力を持つ者の為に描かれたものだ。

ブリューゲルの絵はもっと市民的、平民的というのかな。

ポスターにもなっていた絵ばかりでなく、花の絵はどれも美しかった。チューリップも沢山描かれていたが、チューリップ投機の頃だそうだ。

展覧会の途中に年表があり、興味深かった。ルターの宗教改革から無敵艦隊とか、ユトレヒト同盟とか、そのうち清教徒革命クロムウェルまで、これぞ西洋史、という時代。

お土産はこれ ↓ ↓

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ゴーフル。ゴーグルと言って笑われた。おいしい。

都美術館のカフェでランチ。

一昨年、桜の季節、ここで桜あんみつを食べながらNHKFM「ファウストの劫罰」ヨナスさんの歌声を聴いたなあ(スマホ+イヤホン)。「ボッチチェリ展」を見に来た時だ。幸福感に包まれた。

その後、仁和寺展へ。

続く

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2017/11/11

歴博「1968年」  展覧会

千葉県佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」で開催中の「1968年無数の問いの噴出の時代」を見に行ってきた。

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広々した土地に建てられた立派な建物。

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佐原真さんが館長の時代から、一度来てみたかった博物館だ。ようやく来れた。

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これがポスター

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入口にあった看板。立て看文字が懐かしいな。

1968年の大きな出来事、フランス五月革命、チェコ「プラハの春」ソ連の蹂躙、はもちろんテレビの向こうのことだった。そして、ベトナム反戦(羽田、佐世保)、日大・東大闘争もテレビの向こうの出来事だった。田舎の高校生だったから。

企画展は二つに分かれていて、1つは「『平和と民主主義』・経済成長への問い」で「ベトナム戦争反対」ベ平連、神戸の反戦、三里塚闘争、水俣病闘争、横浜新貨物線反対闘争、2つ目は「大学という場からの問い―全共闘運動の展開」日大全共闘・東大全共闘など

となっている。

ベ平連の清水谷公園からのデモとか、チラシとか、週刊アンポとか、そうそう、と思いながら見た。

三里塚の犠牲者の話は辛い。もちろん水俣の被害者も。この展示は重くて、言葉にするには時間が必要だ。そう簡単に感想は出てこない。石牟礼道子さんの文章にはいつも心が刺されるような気がする。

2部の方は、若者のエネルギーに圧倒される。日大幹部、東大・文部省・警察、昔も今も権力者は狡猾卑劣。

謄写版の展示もあった。ガリ版で字を書いて一枚一枚刷って、すごい労力。大変だったよね。私は傍観者だったので、ビラを作成したことはない。

このビラの文字が小さ過ぎて、今の私の老眼ではまったく読めない。議事録などのノート類の文字も同じ。昔はなんて目が良かったのだろうか。

2部の入口には東大駒場祭「とめてくれるなおっかさん」(橋本治)のポスターが展示されてた。全共闘もそうだけど、男の世界よな。

当時の大学祭の内容を見ると、山下洋輔トリオや麿赤児の舞踏とか、黒テントとか、出版物も横尾忠則や赤瀬川源平とか、今は大家の人たちの名前がある。

そう言えば、羽田闘争の救援活動の呼びかけ人には、当時の「文化人」達の名前がずらりと並んでいた。アイウエオ順で最後が「吉野源三郎」だった。今、宮崎駿監督が作ろうとしているアニメ「君たちはどう生きるか」の原作者だ。←宮崎監督はその原作をそのままアニメ化するのではないらしいが。

奥浩平「青春の墓標」高野悦子「二十歳の原点」の展示もあった。「anan」創刊号もあった。随分長いこと、この創刊号を持っていたが、引っ越しの間になくなってしまった。

1968年の若者たちの反乱は「内ゲバ」「連合赤軍事件」で終結したと考えられがちだが、その運動の中で提起された「組織」ではなく「個」の主体性の重視は今なお引き継がれている。社会への様々な問いの形は今もなお大きな影響を与えている。

私としては最後に宇井純さんの市民講座「公害原論」、田中美津さんの「ウーマンリブ」が取り上げられているのが嬉しかった。

私は党派性の運動は嫌いで、べ平連的なものが性に合ってた。そして、「1968年」の中で、私にとって一番重要なのはこの田中美津さんをはじめとして様々な形で異議申し立てをした女性たちの運動なのである。一番の収穫だと思っている。

付設のレストランで古代米のランチを食べた後、常設展示へ。小学生たちが沢山歴史の勉強に来ていた。

一番見たかった古代は工事中。平安時代から見始めた。道長がかなり旅好きというか高野山、熊野、奈良にも出かけてるのが意外。京都の大きな地図があり、改めて地理関係が分かったりした。

それ以降は一揆など民衆史の展示が充実していた。

模型が多くて、小学生が触れられる物もあり、理解しやすいように様々な工夫がされていた。

千葉には貝塚やら出土品も多いので、古代展示がリニューアルオープンされたらまた来てみたいと思っている。
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2017/4/25

原美術館へ  展覧会

前から行きたいと思っていた「原美術館」へ行ってきた。

公式HP⇒http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

品川から徒歩15分なので、タクシー利用。帰りはバス利用だ。

「原美術館」は現代美術の展示で有名なのかな。北品川、御殿山という立地ということもあり、おしゃれだというイメージを持っていた。

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原美術館入口

入口は「おしゃれ」というより、古い学校の門という感じ。

内部に入ると「おしゃれ」だった。カフェが特に。入りたかったけれど、次の予定があったので、ちらりと見ただけ。

何故 原美術館に行ったかというと、
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エリザベス・ペイトン「Still life」展

2017年2月21日のこのblog記事「エリザベス・ペイトン展行きたい」参照

つまり、前から行きたかったけれど、なかなか行けなかった原美術館に行ったか訳は、絵の題材に「ヨナス・カウフマン」のオペラが使われているから。

4点あった。

「ウェルテルの死」「パルジファル(ヨナス・カウフマンとカタリ―ナ・ダライマン)」(いずれもMETオペラ)「カルメン;ヨナス・カウフマン」(ロイヤルオペラ)、「なんと素晴らしいものを目にしているのか…(ローエングリンのヨナス・カウフマン)」(スカラ座かな?)

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とくにペイトンが魅了されたのはテノール歌手のヨナス・カウスマン(Jonas Kaufmann)だ。

「彼のパフォーマンスは本当に素晴らしく、自分でさえもあったと気づかないような感情を呼び起こしてくれる。そして自分がどこにいるかもわからないほど遠くに連れて行ってくれる」
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だそうです。

ま、ミーハーは行動のエネルギー源ですね。(我ながらあきれる)

絵は人物画の小品。色もぼやっとした感じ。

ヨナスさんの絵を除いて印象に残ったのは「フォンテンブロー」の鮮やかな青色だ。




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