2019/3/11

3.10原発ゼロ国会前集会  原発関係

今年も3.11が巡ってくる。

今年は改めて福島原発事故について学ぼうと「見捨てられた初期被曝」(study2007著・岩波科学ライブラリー)、「地図から消される街」(青木美希著・講談社現代新書)を読み始めた。読んでいるうちに胸が苦しくなった。

また、福島原発かながわ訴訟の原告団長の村田さんのお話も聞いた。亡くなられた方、自殺された方、訴訟を続けられない方もいるそうだ。国や東電はお金がある。福島の方々は経済的にも精神的にも追いつめられる。

国と東電、御用学者は本当にひどい。

最近、「国は国民を殺したいのかな」と思うことが多々ある。課税もそうだ。社会保障、福祉、労働政策、教育もそうだ。「ゲノム編集」食品は安全基準なし、表示義務なしで許可するという。

旧ソ連の方が余程ましじゃないかと思えたりする。

だけど、愚痴を言ってるだけじゃ始まらない。だから、行ける時は反原発集会に行く。

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福島カルテットの演奏。

私たちはこのステージからもっとずっと離れた石垣に座る場所を確保した。

主催者や議員さんたちのスピーチがあった。

印象的だったのは台湾から参加した方。
「国民投票で脱原発の方針が否決された。これは電力会社や大手企業が必死に巻き返したもの。しかし、国民の脱原発の信念は揺らがない。日本とも連帯して原発ゼロを実現していく」

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警備はふつう。でも、警官何人もが大声でやたら「コーンの中に入ってください」と言う。歩行者が多いわけではないのに。それでとうとう参加者が「うるさい、スピーチが聞こえない」と抗議した。

香山リカさんは「反原発は感情的と推進側がいう。しかし、感情的、非論理的なのはどちらなのか。最近も宮崎早野論文が被曝量を実際の1/3としたねつ造論文が明らかになった。御用学者は数値をごまかす、論理性もない。私たちの方が圧倒的に論理的で、学問的で、正しいのだ」

小熊英二さんは「2012年の官邸前大規模デモの時、こんなに反対されても原発再稼働は14基になるだろうと予想した。しかし、今動いているのは9基だ。デモの効果はあり、市民の力は大きいのだ」とのことだった。

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最後は山本太郎。「自由党の」と強調した。統一会派を組み国民民主の原発政策はよく見れは、再稼働できないようになっている、と言った。とにかく原発即時廃止!と元気に言った。

参加者は2,800名とのこと。

反原発連合の金曜抗議は2020年末まで続けるそうだ。反原連の地道な抗議活動があってこその、安保反対運動であり、共謀罪反対、公文書改ざん抗議行動、であり、各地の、様々な市民行動だ。

金曜抗議を続けてきてくださったことに感謝しつつ、これからも参加してしていこうと思う。・

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2018/11/18

原発ゼロ関係集会  原発関係

11月11日「原発ゼロ国会前集会」に行ってきた。

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穏やかな天気で集会日和だった。

集まったのは2,500人。政治家の挨拶。

立憲民主党が提出の「原発ゼロ法案」は店晒し。経産委員会では審議する法案がないにも関わらず、審議されないそうだ。ひどすぎる。

作家の山川さんが「われわれはへとへとだけれども、絶対あきらめない」とスピーチした。

そうなんだよね。推進する側は仕事で、給料や報酬があり、資金も潤沢でメデイアも握っている。こちとら、歳は取ってるし、自腹を切って参加している。秘密保護法、安保法制、共謀罪、高プロ法案、それにモリカケ、公文書改ざん、そのたび、抗議に来ているが、いい加減くたびれてくる。

でもあきらめるわけにはいかないのだ。

武藤類子さんのスピーチは相変わらず、言葉が美しくて、その分余計に福島の被害の大きさ、人々の苦しみが身に迫る。

17日には知り合いから教えてもらった講演会。小出裕章氏の話は聞いたことがないので、行くことにした。
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主催は「合成洗剤追放神奈川県連絡会」だ。水の安全安心のために活動してきた。

(私は最近「せっけん」を愛用しているので、身近に感じる。洗濯だけでなく、シャンプー・リンスも石鹸に替えた。次は台所洗剤を切り替えようと思っている)

水の安全安心を追及しているならば、「放射能」の話は聞かないといけない。

(手元に資料がないので、記憶だけで書きます)

福島原発事故について、学ぶとあらためてとんでもない事故だと思う。

小出氏は科学者なので、データ(政府や国際機関)や資料に基づいた話をする。

過去一番放射能放出が多かったのは地上核実験の時代。放射能は減っていくが今なお、チェルノブイリや福島よりも多い。

福島原発の航空写真を見ると水素爆発した1号機、3号機が一番放射能を出してしまっているようだが、2号機の爆発による放射能が桁違いに多い。

そして4号機の燃料プールがかろうじて破壊されなかったために首都圏の破滅は免れたが、危機一髪だった。本当に恐ろしい。

4号機ブールの使用済み核燃料をメルトダウンさせないために、自衛隊機や東京消防庁が出動した時の緊迫感を思い出す。あの時コンクリートを流し込む「キリン」が投入されて、安定的に水を入れることができるようになったのだった。

今では、放射能汚染がなかったこと、放射能被害なんかないもののようにされてしまっている。おかしい。

メルトダウンした核燃料がどこにあるかも未だわからない。1〜3号機の内部には人が近づくことができないほどの放射線量なのだ。

人が近づけないので、ロボットが投入されるが、ロボットは放射線に弱い。ICチップが放射線によって、誤作動してしまうそうだ。

胃カメラの応用のカメラで格納容器を撮影した時、格納容器壁、圧力容器下よりも格納容器と圧力容器間の放射線が一番強かったという。8シーベルト即死なのに、53シーベルトだったとか。(今手元に資料がないので、数字や場所は間違えているかもしれないが、ともかく人が近づけるような場所ではない)

これ、本当にどうするんだろう。水没させて放射線の影響を少なくさせて核燃料を取り出そうにも、そもそも核燃料がどこにあるかわからない。格納容器圧力容器に穴が空いていたら水没させられない。

メルトダウンした核燃料を水で冷やし続けているが、汚染水は増え続けている。タンクの置き場所はない。東電は海洋放出を言っているが汚染水に含まれているのはトリチウムだけではない。ストロンチウムもヨウ素も他の有害物質も含まれている。

小出氏の話では、汚染水の中の核種は再度取り除く手段を取るだろうが、最終的にはトリチウム水は放出するだろうとのこと。

小出氏は原発作業員のことも心配していた。今事故現場で働いているのは下請け企業の作業員たち。彼らの健康、そしてここで働けなくなると仕事を失う理不尽さにも触れていた。

会場には福島から避難している人もいた。福島への差別(イジメなど)に憤っていた。そして東電は誰も責任を取っていない。

下請け作業員や、福島に住んでいた人たちへ被害を押しつけている。

聞いているうちに本当に恐ろしくなった。それでも原発を再稼働させようとしいている人たちは理性があるとは思えない。

私たちのほとんどが死んでも、原発事故は終わらない。子孫たちにツケを回していくことになる。

もしまた事故が起こったら、日本は壊滅すると思う。そして、日本は世界中の使用済み核燃料などの捨て場所になってしまう。こんなに「美しい」祖国なのに。

政治家も民衆も、みんな本当に考えようよ、もう原発はいらないよ。電気は足りてるよ。他の発電の手段はある。

そして、五輪だの、武器だの、大規模開発だの、もうやめて、東日本災害や各地の災害、そして福島原発事故の処理にもっとお金を出そうよ。

本当にもうため息しか出ない。何て愚かな政府なのだろうか。

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2017/3/13

3.11集会  原発関係

3.11から6年。

反原発連合が主催する「0311反原発国会前大集会&官邸前集会〜福島 祈りを超えて」に行ってきた。

昨年は3人目が生まれたことや何やらで、2015年に比べると集会に参加することも減っていた。

しかし、共謀罪や憲法改悪発議という最悪の状況では、また国会前に通い詰めるしかないと思った。

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参加者は8千人だったそうだ。この辺りはぎっしりの人だった。

各地で反原発活動をしている人たちのスピーチは、地に足の着いた、ある意味静かな、しかし怒りにじませたものが多かったと思う。

94歳の石田雄東大名誉教授のメッセージや西谷修立教大教授のスピーチは学者らしい生真面目な論理的なものだった。民主主義とは何か、という根本の話だった。

政治家は話しているうちに段々ヒートアップする。特に菅元首相は3.11〜3.12にかけての福島原発事故、その時の東電や経産省、斑目氏に対する怒り、アベデマに対する怒りでいっぱいだった。

初鹿議員や阿部議員は原発事故の費用を今後の電気料金に上乗せすることを激しく批判していた。

自由党の代表で話した議員は、まだ慣れていなくて、また原発や再生可能エネルギーに対する知識も勉強したばかり、というとつとつとした演説で、最後は下手な演説ですみませんと謝っていた。でも温かな拍手が送られた。頑張って!

どなたからも、毎週毎週金曜抗議を続けてきた首都圏反原発連合に対しての感謝、敬意の言葉があった。この抗議が、安保法制へのあの大抗議を生み、あるいはレイシズムへのカウンター行動への影響を与えた。

(選挙だけがうまくいかなかったなぁ)

集会が始まった頃は、高齢者がほとんどだったが、時間が経つにつれて、若者たちの姿も見られるようになった。

今後は様々なアベ悪政への抗議活動、安倍政権打倒の行動が増えるだろう。もっともっと多くの人たちが参加してほしいと思う。


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2016/3/13

5年前の事  原発関係

東日本大震災から5年経った。改めて犠牲になられた方のご冥福を祈ります。今なお生活再建がなされない方々になお一層の支援がなされますように。自分にできることはしたいと思います。

NHKで「福島原発88時間の記録」という特集ドラマが放送された。内容には不満がある。それはさておき、

あの3月12日からの落ち着かない日々の事を思い出した。11日特急レッドアロー号乗車中に地震に遭遇。その夜遅くに親戚と連絡が取れて、親戚宅に一泊。翌日午後、節電で薄暗い電車に乗って家へ帰った。西武線の中で、上杉隆さんのtweetの「メルトダウン」の文字。心臓が脈打った。

帰宅後、岩上安身さんのtweetで原子力資料情報室の記者会見中継があることを知った。それ以後、原子力保安院、東電の会見は信じないと思った。テレビ報道も真実を流さないと思った。

スカパーでCNNだったか、BBCだったか海外ニュース番組を契約した。ネットも慎重に選んだ。

SPEEDIのことも原子力資料情報室の会見で知った(この時、知り合いの経産省官僚=当時別機関に出向中はSPEEDIの事を知らなかった)。ドイツやスウェーデンの気象庁(?)の風向き予想で、福島原発の放射能の流れる方向を知った。

夫の友人のフリージャーナリストからは「赤ん坊は避難させた方がいい」と電話をもらった。

2011年3月13日の私の記事です。
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「福島原発は」
地震で被害を受けた福島原発が、大変なことになっている。

命がけで作業に当たっている方々に心から感謝し、無事作業が終わることを祈っている。非常事態だが、水蒸気爆発など起こらないよう、ひたすら祈る。

今日岩上安身さんのtwitterで、原子力資料情報室の記者会見があることを知って、Ust中継を見た。

テレビの報道や、記者会見は知りたいことをきちんと説明していないと感じていた。

海外メディアは昨日の夜(今日未明)から「メルトダウン」と伝えていた。日本の政府の姿勢は被害を小さく小さく見せようとしていると感じた。

原爆資料情報室の人たちの解説は、事実に基づき、冷静な分析を加え、論点が整理されており、極めて論理的なものであった。あいまいな物言いはなかった。わからないことはわからない、と言っていた。何故分からないかの根拠も添えて。

私のblog左側・本の紹介欄に「高木仁三郎・原発事故はなぜくりかえすのか」が貼ってある。原子力資料情報室を創設された市民科学者だ。

私は高木さんの著書に深い感銘を受けた。それは科学者として、事実の前に誠実であろう、という真摯な姿勢に打たれたからだ。ごまかしがない。

原子力安全保安院の記者会見では、爆発から2時間半以上経っても、「情報収集中」「専門家が検討中」と言っていた。おかしい。それは爆発後30分後に言うことだ。

今日の原子力資料情報室の記者会見に出ていた技術者が「NHKに出演していた東大教授が『通常4気圧の格納容器』と言っていたのは、おかしな話。通常1気圧で、事故の際最大4気圧に耐えるよう設計されている。8気圧は異常事態である」と指摘していた。

「誤った噂が流布されて住民がパニックにならないように、情報を制限している」という説がtwitterにあった。それは違うと思う。

情報を流さないから誤った噂が広まるのだ。

そして、日本国民を馬鹿にするな。

今回の地震でも首都圏では、市民達が整然と行動したではないか。みんな我慢強く、助け合って、未曾有の災害を乗り越えようとしているではないか。私は日本の市民を信頼している。正しい情報を出して、どのような行動をすべきかを適切に指示すればよいのだ。

最悪の場合を想定して行動することが、結局は、被害(被曝)を少なくする。

原子力資料室の、原発に反対してきた人たちのことを「この機に乗じて」とか「バイアスがかかった見方」などと言う人たちがいた。「この機」ではない。もう何十年もずっと、言い続け、裁判を起こしてまで、問題点を指摘し続けてきた。

「6基のうち1基だけだから、十分安全」との意見も見た。「1基でも損壊したら、安全ではない」。現に放射能も放出している。
(3.13追記:3号も同じ危険な状態になったという)

ったく、どれだけ「権威主義」なんだよ。

海外のメディアの方が、事の重大さをはっきり報道している。本当は原子力資料情報室の記者会見をテレビが中継すべきだったとすら思う。
(Ust中継は最大5万人が視聴した。それだけでも救いだ)

とにかく、福島第一原発がこれ以上危険にならず、どうにか放射能放出が収まりますよう。

海水を注入した場合、もう廃炉にするしかないとのことだ。それを解体するのにも時間と費用がかかる。作業に当たる方々の健康も心配だ。

浜岡原発だけでも止めて欲しいという原子力資料情報室の声を真剣に受け止めて欲しいと思う。

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あの頃、「メルトダウンしてないだす」とか4気圧なら大丈夫ですとか、海水を入れましたからもう大丈夫です、日本の技術は世界一だから問題ありません、と言っていた御用学者の名前や顔は今でも覚えているよ。

あの時「なんだこいつ」(心の声)と思った人々は5年経っても相変わらずインチキ。でもそのまま現職に留まっていたりする。

原発は稼働するし、日本の権力者、その周囲の人たちは腐っていると思う。

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2014/6/28

6.28さよなら原発  原発関係

「6.28川内原発を再稼働させるな!さようなら原発首都大行進」@明治公園に行ってきた。

雨なので、どうしようかと思ったが、80歳代の大先輩も行っているというので、私も行かないわけにはいかない。

天皇杯以来の外苑前駅。ラグビー場・神宮球場の脇の道を日本青年館まで。日本青年館のビルも2020年五輪のために壊されるのだなぁと思いながら、明治公園へ。

こんなに空いている脱原発集会は初めてだと思った。中央ステージまで、すいすい進めてしまう。

が、私が早く来過ぎたのだった。雨は降り続いていたが、段々参加者が増えてきた。

弁護士さんがボーカルを務めるロックバンドが演奏を始めた。原発メーカーを訴える裁判を担当しているそうだ。官邸前抗議の見守り弁護団もしていらっしゃるという。

集会が始まった。司会は木内みどりさん。原発関係でお名前は良く拝見しているが、お姿は初めてみた。ハキハキテキパキの司会進行だった。

鎌田慧、内橋克人、ミサオ・レッドクリフ、中山千夏、海渡雄一(大飯原発の裁判について)、小野有五(脱原発原告団全国連絡会共同代表)、野呂正和(川内原発増設反対鹿児島県共闘会議事務局長)、人見やよい(原発いらない福島の女たち)他の皆さんのスピーチもしっかり聞けた。

中山千夏さんは初めてのスピーチかな。伊豆に住んでいるので、なかなか東京には出てこれなかったそうだ。でも地元で脱原発の運動をしているとのこと。

70年代、リブの運動や議員をやっている頃はこういう集会は苦手だった、組合や全学連の人たちが怖かった、と。でも、今、組合の旗を見ると嬉しい。組合の人々が少なくなって、日本は悪くなった、残業代ゼロなんて許しちゃいけませんよ!

「女はしおらしくしていたらダメ、怒らなくては!」と力強く話した。

人見やよいさんのスピーチには涙が出そうになった。

皆が共通に触れていたのは大飯原発差し止め訴訟の判決文だった。

「多数の人の生存そのものにかかわる権利と電気代に高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的に許されない」

豊かな国土に国民が根を下して生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失だ」の部分。

スピーチの途中で雨が上がった。
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デモが始まる。私は最初の方のグループに入った。ここは特にコールもなく、おとなしくプラカードを掲げて歩いた。私は途中で離脱。

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ドラム隊。

ドラム隊とか、サウンドカーのあるデモ行進の方が道行く人たちに対して訴求力があると思う。

組合の「シュプレヒコール!」「○○は許さないぞー」は古色蒼然として聞こえる。変えた方がいいと思うが、一方、いろいろなデモがあってもいいのかな、とも思う。

「さよなら原発」の大きな集会はこれで4回目だという。

2011年9月19日の、続々人が詰めかけた最初の集会は忘れられない。公園を埋め尽くす参加者、公園に入れない人もいた。今日は5500人だったそうだが、脱・反原発運動は全国に広がり、粘り強く、これからも続けられていくと思う。

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2014/6/2

6.1原発再稼働反対  原発関係

昨日、6月1日「川内原発再稼働やめろ! 0601官邸・国会前大抗議」に行ってきた。

行ける集会、抗議活動にはできるだけ行こうと決めている。

真夏日いや、猛暑日かな、で、東京は暑かった。2時開始だが、3時までに到着すればいいだろうと、1時半過ぎに家を出た。

国会議事堂前では出口のいくつかが使えない。警察の規制がある。使える出口は階段のみだ。

ちょっと足の調子が悪かったので、警備の警官にエスカレーターかエレベーターを使えないか、聞いてみた。

すると上の人に指示を仰いだ後、エレベーターへどうぞという。

エレベーターに乗ると、警官1名が同乗してボタンまで押してくれた。地上に出ると「官邸前ですか、国会前ですか」と聞かれた。国会前と言うと、「ご案内します」だって!

「わかりますからいいですよ」と言ったが、いやその辺まで、とのこと。

途中、「今日は暑いから警備も大変ですね、水分取ってくださいね」などと世間話をした。

あれは何だったの?エスコートしてもらっちゃった。それとも危険人物と、警戒されたの?

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国会正門前に着くと、川内原発の地元の方が演説をしていた。演説が続く。時々「再稼働反対!」のコール。私も声を合わせる。

猛暑なので、日陰のある国会前庭や憲政記念館庭園で演説を聞いている人も多かった。

前庭の入口には医療スタッフが待機。

私も木陰へ。冷凍庫で凍らせたタオルやネッククーラーを出して首に巻く。「no nukus」ウチワを出して仰ぐ。水も飲む。

家族連れ、赤ちゃん連れ、私たちのような老夫婦、若者グループ、地域の反原発グループ、個人参加の人と様々な人たちがいた。

スタッフが時々巡回してきて、大丈夫ですか?水も用意してありますよと声をかけていく。こういう所、運動が成熟してきたなぁと感じる。

そのうちに、国会前以外でもスピーチや音楽演奏が始まった。段々演説が聞こえなくなった。

1時間半くらい経ったところで帰ることにした。水分も取ったし、首回りは冷やしたし、木陰にずっといたので、熱中症にはなるはずもなかった。だが、やっぱりくたびれた。

霞が関駅に向かう途中、反原発連合の缶バッチを購入+カンパした。経産省前テントを通りかかると、「冷たいお水がありますよ」と声をかけられた。冷水と干梅をもらった。

「今日は暑すぎましたね」とスタッフの方。「参加お疲れ様でした」とねぎらわれた。こっちこそ、ありがとうございます。

これからも、粘り強くやり続けましょう。

新聞によると、官邸前と国会前で1万人の参加があったそうだ。議員、作家、弁護士、大学教授、団体代表、信用金庫理事長、地域反・脱原発運動グループ代表、女優、ミュージシャンなど多彩な方が演説されたらしい。一部しか聞けなかったのはちょっと残念。

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2014/5/22

大飯原発運転差止め訴訟  原発関係

昨日、福井地裁で画期的な判決があった。

「関西電力大飯原発3,4号機運転差し止め訴訟」
 主文:大飯発電所3・4号機の原子炉を運転してはならない!

 ⇒福井から原発を止める裁判の会

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判決謄本 (原子力資料情報室HPに紹介があった)

関西電力大飯原発3,4号機運転差し止め訴訟 福井地裁判決謄本_前半部 ダウンロード

関西電力大飯原発3,4号機運転差し止め訴訟 福井地裁判決謄本_後半部 ダウンロード

特に
「被告は原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人の生存そのものにかかわる権利と電気代に高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的に許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても豊かな国土に国民が根を下して生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失だ

後半部分、「豊かな国土に国民が根を下して生活していることが国富であり」の部分は、このblogでも2回にわたって掲載した中村哲医師の言葉と共通する。

「かつて『満蒙生命線』と日本中が勝手に思い込み、戦に狂奔したことがあった。だが、敗戦の小国・日本にとって、ほとんど唯一の拠り所が国土の自然であったことは、思い起こされるべきだ。戦争熱が覚めたとき、誰をも慰めて命を与えた。

敗戦直後の深刻な飢餓は、わずかな時期を除けば、自らの食糧増産の努力で克服された。豊かな郷土の自然こそが、実は「生命線」だったことは、ほとんど教えられなかったと思う。

天与の恵みをおろそかにせず、いのちを大切にする。それが国土を守ることだ。」

昨日は天皇、皇后が私的な旅行で栃木県を訪問、佐野市郷土博物館で、田中正造が明治天皇に渡そうとした直訴状を見学したそうだ。

私的な旅行で、渡良瀬遊水地と田中正造の直訴状と足尾鉱山を見に行くというのは、お二人の強い意志を感じる。

田中正造の言葉
真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし

そして2011年9月19日さようなら原発でスピーチした武藤類子さんの言葉を思い出す。

「皆さん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。桃・梨・りんごと、くだものの宝庫中通り。猪苗代湖と磐梯山のまわりには黄金色の稲穂が垂れる会津平野。そのむこうを深い山々がふちどっています。山は青く、水は清らかな私たちのふるさとです。」

このスピーチはもう一度ぜひ読んでいただきたいと思う。
さようなら原発・武藤類子さんのスピーチ

「3.11・原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャとなりました。

大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。

すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人々が悩み悲しんだことでしょう。 毎日、毎日、否応無くせまられる決断。逃げる、逃げない?食べる、食べない?洗濯物を外に干す、干さない?子どもにマスクをさせる、させない?畑をたがやす、たがやさない?なにかに物申す、だまる?様々な苦渋の選択がありました。

そして、今。半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、

・真実は隠されるのだ
・国は国民を守らないのだ
・事故はいまだに終わらないのだ
・福島県民は核の実験材料にされるのだ
・ばくだいな放射性のゴミは残るのだ
・大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ
・私たちは棄てられたのだ
私たちは疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。

でも口をついて出てくる言葉は、「私たちをばかにするな」「私たちの命を奪うな」です。

福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。

・子どもたちを守ろうと、母親が父親が、おばあちゃんがおじいちゃんが・・・
・自分たちの未来を奪われまいと若い世代が・・・
・大量の被曝にさらされながら、事故処理にたずさわる原発従事者を助けようと、労働者たちが・・・
・土を汚された絶望の中から農民たちが・・・
・放射能によるあらたな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が・・・
・ひとりひとりの市民が・・・ 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。

私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。」

これらの言葉の上に大飯原発運転差し止め訴訟の判決文があったと思う。

関電は今日控訴した。まだまだ闘いは続く。あきらめない。
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