2021/1/15

テレビで映画  映画

映画を2本?見た。

1つはジェニファー・ロペス、コンスタンス・ウー主演の「ハスラーズ」。
WOWOWで放送していたので録画して見始めた。

女性映画として評価が高かった。

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リーマンショック後のニューヨークを舞台に、ストリップクラブで働く女性たちがウォール街の裕福なサラリーマンたちから大金を奪おうと・・
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ジェニファー・ロペスの身体能力にびっくり。すごくきれい。

でも、この映画は性風俗を描くので、私は苦手なのだ。明治生まれの祖母、大正生まれの母の元で育っているので「はしたない」と思ってしまう。生活のため、復讐のための盗みも、「うーん、イヤだな」と思う。

ラストがとても良いそうなのだけど、そこまで行く前に見ることに耐えられなくなってしまった。表面的でも「清く正しく美しく」でないと辛い。

ホン・ジュノの傑作「殺人の追憶」も知的障害者への拷問場面で「こりゃダメだ、見続けられない」となった。

最後まで見ないで感想は言えない。なので「ハスラーズ」の感想は、なしです。

もう一つの映画はNetflix配給の「シカゴの7人裁判」。
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1968年。大統領選挙を控えた8月28日、イリノイ州シカゴで民主党の全国大会が開かれていた。それに合わせて全国から反ベトナム戦争派の若者たちが集結し、集会やデモを繰り広げていた。そして、会場近くのグランド・パークでは、デモ隊と警察が衝突し騒乱となり、数百名の負傷者を出す事件へと発展した。
共和党のニクソン政権が誕生した約5ヶ月後、デモに参加した各グループのリーダー的存在だった7人が、暴動を扇動したとして共謀罪などの罪に問われ、法廷に立つことになる
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監督・脚本は「ソーシャルネットワーク」でアカデミー賞脚本賞を獲得したアーロン・ソーキン。

脚本は、実際の映像を使ったり、裁判を進行しながら過去の事件を描くという重層的な内容だけど、見ていて混乱はない。

裁判なので丁々発止のやりとり、意外な展開があり、見応えがあった。

出演者もエディ・レッドメイン、マーク・ライランス、マイケル・キートン、サーシャ・バロン・コーエン、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットなど有名俳優が出ている。

でも一番「なんだ💢この人」となったのは判事役、フランク・ランジェラですね。飄々としていながら、独善的、権威主義の判事を嫌味のようで嫌味なく絶妙に演じていた。

レッドメインが演じたトム・ヘイデンは社会運動家でカルフォルニア州議員を長年務めた。ジェーン・フォンダと結婚していたそうだ。

コロナ禍で、一部劇場公開もされたようだが、結局ネット配信となったようだ。「アカデミー賞最有力」との宣伝文句も見た。

裁判劇は緊迫していて、頭脳戦でもあるし、演劇的なのでとても面白い。

映画の背景であるベトナム戦争=ベトナム反戦運動・米軍戦死者、黒人差別、ニクソン政権の汚さを的確に描く一方、真実に誠実であろうとする人々の勇気、意志を大切に、その尊厳が滲み出るように描いた、と思う。

つまり、私はこういう政治的な、正義を目指す映画が好きで、エロいのはダメなんですよね。
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2020/10/16

映画館を探しに  映画

横浜方面へ行く用事があったので、ちょっと足を伸ばして「みなとみらい」まで行ってきた。

kino cinemaという映画館の場所を確認に行ったのだ。

みなとみらい駅近辺もいつのまにかビルが建て込んで、外に出たらどこにいるのか分からなくなってしまった。

google mapに教えてもらって、どうにか映画館のあるビルまではたどり着いたのだが、映画館の入り口がわからない。

1階はスタバとTSUTAYAがあって、お茶しながら本を読んでいる人たちがいる。

入口&エレベータホールらしきものは見当たらない。

エレベータホールを探してスタバ、TSUTAYA、ローソンの脇を歩いて行ったら、隣のビルになってしまった。仕方なくローソンに入り店員さんにkino cinemaの場所を聞いた。

何と、通り過ぎてしまったスタバの中にエレベーターがあるという。

戻ってスタバに入るとドアのすぐ右手に映画館へ行くエレベーターがありました。

映画館はおしゃれな感じでしたね。チラシをもらってきた。

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チラシが光ってしまっているが、「劇場版 ヨナス・カウフマン ウィーンコンサート」

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ワルツとオペレッタの故郷で行われた最新コンサートとインタビューを収録
「 21世紀のキング・オブ・テノール」と称される歌声を
ウィーンで生まれた珠玉の名曲と共に大スクリーンと最高の音響で体感

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裏面は
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世界中でチケットが即完!
オペラ界でも「生」で見る事が難しいと言われる
カウフマンの最新コンサートを映画館でプレミア体験!!
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「生」で見るのが難しい歌手を4回も見られた私は幸せ者です
もちろんファンの方々は世界中どこでもオペラ、コンサートに駆けつけていらっしゃる。ま、遅れてきたファンで行動もままならない老女としては十分じゃないでしょうか。

10月30日に公開、予約は2日前から。28日に予約するのを忘れないようにしないと。楽しみ

迷って無駄歩きもしたが、映画館の下見に行ってよかった。いきなり行ったら見つけられず、遅刻したかもしれないもの。

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2020/9/12

MMFR  映画

タイトルは、映画「マッドマックス 怒りのデスロードMAD MAX FURY ROAD」の略語。

土曜日フジテレビで地上波初放送があった。

改めて見たけど、本当に傑作だと思った。





そうなんだよ。




劇場で見た当時の私の感想

2015年7月14日「マッドマックス見てきた!

映画館で観る前、娘から「暴力的だし、画面汚いから嫌だったという感想にジュースを賭けます」というメールが来たのだった。もちろん賭けは私の勝ち。「最高」という感想だった。

最初、目を奪われたのは、人や車、武器などの造形だった。

ウォーボーイズの白塗り、イモータンジョーの衣装マスク、乳首男爵の衣装、火を噴くギター、太鼓を打ち鳴らしての出撃、トゲトゲ車、岩鬼達のバイク、長い棒を使っての攻撃、本当にユニークでおかしかった。どうしてこんな造形を思いつくのだろうと思った。

アクションも、多彩で飽きさせなかった。最近「アベンジャーズ」シリーズを見たのだけどアクションはワンパターンだ。

女性たちの強さもカッコよかった。女性たちの連帯もよかった。種を守ろうと知る姿勢もよかった。



今回、もう一度いろんな人のtweetを読んで当時気づかなかったことがたくさんあることが分かった。

*逃げ出したwivesの衣装が露出の多いものから次第に身体を覆うようになる
*水を支配することによる人民支配

上のtweet伊藤聡さんの指摘。

*「イモータン、女性のお腹にいる子どもを my property(俺の資産)って言うのがマジヤバなんだよな「」

*ニュークスが「木」を知らなかった。
「『ちょっと地面が高くなったところの、その奥にあるやつを』ケイパブル『木のことよ』」
『Gotta use the winch. Around the tree thing(ウィンチを使おう。木っていうやつに巻きつけて)』」tree thingという言い方。

それと英語の言葉について






さえぼう先生こと北村紗衣先生のMMFR評
ケアと癒やしの壮絶ノンストップアクション

マックスはケアする人物だって。

別の見方も教えてもらった。マックスは精神的な傷を負っていて、少女の姿がフラッシュバックする。初めは人と目を合わさないマックスが次第に心を開き、最後はmy name is MAXと名乗って、フュリオサと目を合わせながら去って行く。このroadは女性たちにとっても自らを解放する闘いであったし、マックスにとっても自分を取り戻す闘いだった。

たくさん紹介してしまったけれど(実はもっともっとある)、それだけ語るべきものが多い映画なんだと思う。

また見ようかな。英語がわかると、きっともっと楽しいのだろうね。
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2020/9/3

誕生日だって  映画

昨日9月2日は俳優キアヌ・リーブスの誕生日だったそうだ。



シャーリーズ・セロンからのメッセージ。素敵な二人。

二人は何度か共演したことがあるそうだ。

キアヌと言えば、「良い人エピソード」



こんなページにまとめられてもいる。
「キアヌ・リーブス、めっちゃイイやつ!大スターなのに、庶民的、そんな素顔に迫る」

https://eiga.com/extra/celeb/31/

昨年の9月6日には「豊島美術館」を訪れてた。



瀬戸内国際芸術祭2019が開かれていた。ハリウッドの大スターがこんな島に来るなんてびっくりだ。

こんなtweetも見た。



エピソードを知れば知るほど、こんな人がいるんだなぁとただただ尊敬する。

でもキアヌの映画は「マトリックス」しか見に行ったことがない。

この映画は衝撃的だったなぁ。1999年。ということはもう20年。え〜もうそんなに経つの!

テレビ放映で「スピード」を何回か見た。

ヒット作はもっとたくさんあるので、見ないといけないのだが、アクションものは苦手なので、つい見逃す。

かといって、ロマンチックな作品はキアヌにあまり合わないような気がして、見に行っていない。

今後は「ジョンウィック」シリーズだけなのかなぁ。

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2020/8/26

録画していた映画を見た  映画

映画を録画しても、なかなか見る時間がない。

それでも、家族に「この映画、よかったよ」と言われると、見ようという気になる。

先日見たのは「トールキン 旅の始まり」

トールキンとは「指輪物語」の作者だ。もちろん映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作。

映画は見に行ったけれど、原作の方は挫折した。

とにかく、カタカナが覚えられない。地名も登場人物の名前も。そして想像力不足で、文章で描かれたものを具体的に頭の中に描けない。

若い頃だったら、読み切ることができたのかもしれない。エンデの「果てない物語」「モモ」は読めた。グウィンの「ゲド戦記」シリーズは大好きだった。

ところが「闇の左手」となるとかなり苦労した。

もうファンタジーとかSFは想像力の枯渇で無理なんだと思う。

話を戻すと「トールキン 旅の始まり」。いつものように映画そのものの話ではなく、映画を見ながら感じたよもやま話です。ネタバレありです。

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トールキンは12歳で孤児になったのですね。後見人の司祭の計らいで弟ともども資産家に預けられて、そこから学校に通わせてもらう。

トールキンは親の教育もあって、4歳でラテン語が読めたという。

名門キングエドワード高に進むが、ほとんどの学友が豊かな家庭の出身。最初はからかわれたりしたが、あまりの秀才ぶり(チョーサーの著作は中世英語でテキストを開いて読むのさえ大変なのに、彼はすらすら暗誦してしまう)やラグビーや学生生活を通して、次第に彼は仲間として迎えられるようになる。

そして、特に仲の良い級友4人と秘密クラブを作る。

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エリート名門男子校というとホモソーシャルそのものなんだけれど、なんかこの場面は美しいよねぇ。

彼らは芸術家希望だが、「家」の反対で誰も希望を叶えることができない。

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大学生の彼ら。

高校でのチョーサーもだけど、学問や碩学への尊敬がこの映画全体にあって、それがとても心地よかった。もちろん芸術に対してもだ。

トールキンとエディスが気持ちを確かめる場面はワーグナー「ラインの黄金」上演中だし。

こういう場面に惹かれてしまうのは、あまりに日本の今が学問や芸術、教養や知識を軽んじているからだ。

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言語学の権威に「あなたのもとで学びたい」と懇願する。

私は語学がさっぱりダメなので、こういう何か国語も理解できて、新しい言語まで作り出してしまう頭脳は一体どうなっているのだろうか、と思ってしまう。

この直後、第一次世界大戦が始まり、トールキンも学友たちも出征することになる。

そしてトールキンはフランス戦線、ソンムで戦う。ソンムはヴェルダン戦いとともに、第一次世界大戦の激戦地として知られ、100万人の死者を出したという(ヴェルダンは70万人)。塹壕戦、毒ガスも使われた。ソンムもヴェルダンも100年たっても人の住めない地域になっているという。

トールキンの従卒の名は「サム」。指輪物語を思い出す人も多いだろう。

トールキンは塹壕熱のため本国に送り返される。4人の仲間のうち二人は戦死、一人は心を病んでしまった。

私たちにとって戦争というと第二次世界大戦だが、英国にとっては第一次世界大戦の方が重いのだろう。終戦日には国中でポピー?の花を襟に飾るし、小さな集落にも戦死者を顕彰する碑がある。

トールキンと指輪物語の関係は映画ではあまり明確には描かれていない。

小さい時の母親が語る話、言語学を学ぶ中で得た知識・民族の伝承、友人たちとの語らいや旅の体験、過酷な戦争体験などから少しずつ構想が形作られた、と思わせる描写はあるが、それほど深く描かれているわけではない。

トールキンという人を描くにはやや表面的だったのかなとは思う。

トールキンは戦後、戦死した友人の詩集を出版した。友人の母に出版の許可を取ろうとする場面は一番泣ける。その友人は一番にトールキンを仲間に迎え入れえた心優しい人だった。

トールキンはオックスフォード大で文献学、英文学教授となる。エリザベス女王から勲章ももらっている(雑な書き方)。家庭的にもエディスとの間に4人の子どももいて、恵まれたようだ。そして何より「指輪物語」。

監督はカルコスキ、トールキンにニコラス・ホルト、エディスにリリー・コリンズ。

撮影はオックスフォードが舞台なので全体的に落ち着いた色彩で、画面に深みと品があった。
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2020/8/9

原爆の日  映画

8月6日は広島、そして今日は長崎の原爆の日だ。

黙祷した。

この日ばかりでなく、いつも核兵器とその被害のことは忘れない。

一昨年は念願の広島に行くことができた。学生の頃、長崎に行った。30年くらい前には丸木美術館にも行った(コロナ禍で来館者が減ったとのことで寄付を呼びかけていたので、わずかだか寄付をした)。

「はだしのゲン」が書棚から撤去されそうになった時は憤りを感じた。

今日はNHKで「この世界の片隅に」を放映するそうだ。





この危惧は私も持っています。



NHKが「あちこちのすずさん」の証言を募集したのも嫌な感じしか受けない。戦時中日々丁寧な暮らしをしていたすずさんたちとは、暮らしに埋没していた人々だ。それを今の時代に無批判にというか、肯定的にとらえてはいけないのだ。



一方原作者「こうの史代」さんは丁寧な暮らしを描きつつ、社会に対する冷徹な目を持っていたという。





私はこの映画を見た時、大変に反発した。プリプリ怒って映画館を後にした。

そのことはこのblogでもしつこく書いた。つまり、その頃この映画を絶賛する人ばかりに思えたからだ。

2016年11月29日「『この世界の片隅に』を見た

2016年12月12日「再度『この世界の片隅に』

2016年12月25日「再々度『この世界の片隅に』

特に「僕のすずさん」なんて言いやがる男どもは殴りたいくらいだ。無垢で従順で優しく素直な女性が好きだって?!。

怒りを表出することを禁じられている女性だ。

子ども向けの映画のようでいてディズニーの「魔法にかけられて」は重要なセリフを言っている。「angry!」「私は今怒っている!」

魔法の世界のお姫様は怒りという感情を知らないのだ。

すずさんは敗戦の日に初めて「泣き」「怒り」にゆすぶられるが、それは映画ではあっさりとしか描かれなかった。

でも今日twitterを検索すると2016年当時に比べると批判的な意見を言う人がいてほっとした。

やっぱりね、何も知らない人の入門としては否定しないが、でもこれを傑作と言ってはいけないと思う。
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2020/8/3

アナ雪2全く理解してなかった  映画

家族が「アナと雪の女王U」のメイキングをYouTubeで見ていた。

一つの映画が出来上がるまでの過程がよく分かった。興味深かった。

多くの才能と技術と話し合いと粘り強い作業とでできたものなんだなぁと感服した。

それにしても、私はアナ雪2を見たはずなのに、本当に内容を覚えていないし、理解もしていなかった。

昨年も「エルサとアナは別の島にいたんだっけ?」と娘に聞いて「エルサが海を凍らせながら島に渡ったでしょ?氷の馬に乗って」と言われて、「あぁそうか」。

「お母さん、映画見たんでしょ」

私「あのさ、何故、エルサ&アナの祖父はあの人たちにダムを作ってあげたの?そして何故、裏切るような真似をしたの?」

娘「だからぁ、・・・・・(説明)、お母さん、映画見たんでしょ?」

このメイキングを見ても、

私「え?オラフって、途中で死んじゃうというか、消滅しちゃうの?」
と質問して、「そうだよ。映画見たんでしょ」

母役の人がイディナ・メンゼル(エルサ役)のあらかじめ吹き込んである歌に被せるように歌う場面を見て「あれ、エルサと母親のデュエットなんてあったけ?」と言うと

「もう〜。映画見たでしょう」

私「アナはなぜダムを壊そうと思ったんだっけ?」



映画の中で、アナが一人になってしまい、絶望の中、「目の前にある、今できることをやっていこう」と立ち上がる場面、

アナ役のクリステン・ベルが「私も鬱で苦しんでいた時、まずベットから起きよう、洗面所で顔を洗おう、そして子どもたちを起こそう」と一つ一つ、目の前にあるできることをやった。その積み重ねで鬱から抜け出すことができた。」

「だから、このアナの言葉はとても重要なメッセージなの。」

と言っていた。

この場面は記憶にあるが、そんなに重要なメッセージと思わず、漠然と見てた。

なんか、「水の記憶」とか、風の精霊とか火の精霊とかスピリチュアルな面が気になってばかりいた。

映像の洪水で、押し切られたという感じ。理解が不十分なまま勢いで最後まで行ってしまった。

本当に情けない。映画を見に行ったのに、何を見たのだろう。

でもね、制作の途中で、プロデューサーだか、えらい人が「で、結局エルサはどうなったの?」と聞いていたから、困惑したのはまんざら私ばかりじゃない。

(その方は完成版には納得していたようだけれど)

結局、アナ雪2はアカデミーのアニメ部門にノミネートされなかったから、1作目に比べると、わかりにくかったのじゃなかろうか。私だけじゃなかったと思うけど。

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