2019/4/2

女性激励映画  映画

久しぶりに映画を見に行った。二つとも女性を力づける映画だ。

「キャプテン・マーベル」。娘たちが見に行って「エンパワー」されたと言っていた。

キャプテンマーベルは「アベンジャーズ」の前日譚ということのようだ。
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 記憶を失ったヒーロー、キャプテン・マーベル。
彼女の過去に隠された “秘密”が、恐るべき戦いの引き金となってしまう。
自在に姿を変える正体不明の敵に狙われ、孤独や不安に打ちのめされても、
彼女は不屈の精神で何度も立ち上がる。
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女性への呪いの言葉、「感情をコントロールしろ」、それは「怒りを抑え込め」ということ。

彼女は女性であるがゆえに可能性を否定され、否定されるには理由があるのだと教え込まれてきた。しかし、その罠、その檻、に彼女は気づいていく。彼女が怒りをストレートに表出した時、彼女は力を得るのだ。

映画はアクション映画らしく大味だが、娯楽映画なのでハラハラドキドキ、拍手喝采、スッキリだった。ジュード・ロウが彼でしかできない役だった。

私はアベンジャーズシリーズは何も見ていないのだが、楽しめた。ずっとシリーズを見て来た人はいろんな伏線がわかって、面白かったのだろうな。

もう一つは「ビリーブ 未来への大逆転」。変な邦題。原題は「On the Basis of Sex」。性に基づく差別(女性差別)の話。

85歳の現役最高裁判事ルース・ベター・ギンズバーグの半生を描く。

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この邦題「ビリーブ」は、NASAで重要な役目を果たした黒人女性たちを描いた映画「ドリーム」(HIDDEN FIGURES)と同じようにカタカナ4文字にしたかったのだろうな。

また「サフラジェット」が「未来を花束にして」という邦題になったから「未来」を入れたのかも。「肯定と否定」も原題はDanialだったのに、両論併記のような邦題になった。

本当に変だよ。

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時は1970年代、アメリカ。女性が職に就くのが難しく、自分の名前でクレジットカードさえ作れなかった時代に、弁護士ルース・ベンダー・ギンズバーグ(RBG)が勝利した、史上初の〈男女平等〉裁判。なぜ、彼女は法の専門家たちに〈100%負ける〉と断言された上訴に踏み切ったのか?そして、どうやって〈大逆転〉を成し遂げたのか?
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映画は裁判劇なので、その辺は「肯定と否定」と同じようにハラハラさせる。俳優さんたちがとても良かった。そして、70年代がほんとに70年代に描かれていて、この辺の美術撮影衣装は見事よね。

とにかくスーパーウーマン。

子ども一人いてハーバード大学法科大学院500名のうちの9人の女子学生として入学。夫は同じ法科大学院だが癌に倒れ、その看病と子育てをしつつ、夫の分も授業を受けてノートを取って支える。法科大学院でもトップの成績だ。

―どうしてそのようなことが可能なのだろう!!―

夫の就職に伴いニューヨークに移りコロンビア大学へ。そこを首席卒業する。子どもは二人になっている。

しかし、彼女は13の法律事務所を受けてもどこにも採用されなかった。最後の面接ではさんざん理解あるようなことを言った挙句

「うちの事務所で女性を雇うと妻が嫉妬するのでね」

これ、すごく卑怯。女同士の争いに理由を転嫁して、自分たちの差別を巧妙に言い逃れる。腹がたつ〜!!

それまで「スーパーウーマン」の話はちょっと抵抗あるなぁと思って見ていたが、この辺から、彼女に感情移入し始めた。

こんな最優秀な女性ですら、こういう壁に阻まれたのだ。

そして彼女は闘い続けたのだ!!困難な闘いだった。

黒人差別や徴兵制など人権にこだわる男性弁護士ですら、女性差別は大きな問題とは思わなかった。

彼女は大学教授となり、法曹界で働く女性たちを育てていた。「私は弁護士になりたかった!」と彼女が叫ぶ場面にはぐっときた。そうだよねぇ。

その後、裁判で彼女に向けられる女性差別の言葉のいちいち、全部私も受けた言葉だった。

判事たちからは男性弁護士には決して発せられない軽侮の言葉がかけられる。軽蔑の表情(ニヤニヤ)がある。「女性は家庭に生きるよう作られている」「女性を守るための法律だ」

映画のクライマックス。「彼女の5分32秒にわたる『おそらくアメリカの映画史上一番長い女性によるスピーチのシーン』」は素晴らしかった。

彼女の闘いは、将来の女性たちの為でもあった。

そもそも彼女が法廷で弁論に立ったこと自体が、何度も負け続けた女性の権利獲得のための裁判、訴えた女性たち、弁護士たちが切り開いたものでもあった。

この場面には心が熱くならざるを得ない。

宣伝で一つ気に入らないのは「夫が彼女を支えた」という点が強調され過ぎること。彼女の才能、彼女の闘いの意義、そして夫の癌闘病を支えたこと、共働きと言うことを考えれば、これくらい当たり前のことじゃないか。

もちろん、映画は自然なこととして描いているのに、宣伝がね、嫌だった。

抜きん出た人たちの闘いがあって、今の私たちだということを改めて感じた。

キャプテン・マーベルだって抜きん出た特殊能力、RBGだって抜きん出た能力、平凡な女には関係ないじゃん、と思いそうだったが、そうじゃなかった。自分のため、そして私たち、私たちの子ども孫世代のために戦っているのだ。

サフラジェエット(未来を花束にして)は下層女性の闘いで、最初から感情移入して見たけれど、この映画もまた、同じように感情移入して見ることができた。

日本ではなかなかこういう映画が作られないね。朝ドラはこういう試みをしてきたが、最近はダメになった。一番人気が「びっくりポン(朝が来た)」じゃ、ひっくりかえっちゃうわ。

とにかく、日本が安倍政権になってから、何周も世界から遅れてしまったことも痛感した映画であった。

この後、「RBG」というルイス・ベーダ―・ギンズバーグのドキュメンタリー映画も公開されるそうなので、見る機会があれば見たいと思う。
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2019/2/27

アカデミー賞  映画

WOWOWで中継するので、授賞式を朝から見ていた。

レッドカーペットで一番注目を集めたのは、


このドレス、クリスチャン・シリアノのデザイン。クリスチャンって、WOWOW「プロジェクトランウェイ」初期、圧倒的なファッションセンスと技術で、一番記憶に残っている人。ほかの誰も覚えていないが彼だけは覚えている。天才。どんな課題でも、誰より早く仕上げて、上品でゴージャス、美しい服を作っていた。あ〜、審査員も視聴者もみんな嬉しいよね。才能を発揮している、もっともっと大きくなってる。

「追悼」では橋本忍さんと高畑勲さんが多くの映画人とともに追悼されていた。誇らしい。アルバート・フィニーも昨年だったね。

さて、今回、一番驚いたのはオリヴィア・コールマン。名前が呼ばれた時、ぎゃー!って言ってしまったよ。BBCジャパンの加藤祐子さんが、ジュデイ・デンチ、マーク・ライランスのようにイギリス俳優があっという間ににオスカーをさらっていくのでは?と言っていたけどまさにそうだった。

加藤さん曰く「イギリスの大竹しのぶ」だって。私はテレビドラマの「ブロードチャーチ」しか見てない。その作品でも女優賞を取った。

ラミー・マレック、ガガ、短編ドキュメンタリー賞関係者のスピーチが良かった。語るべき言葉を持っている人たちだ。

作品賞の「グリーンブック」はいろいろ批判があるようだ。確かにステージに上がった大部分が白人男性だった。そういうことね。スパイク・リー監督がけちょんけちょんに言ってた。

ま、今年は司会者がいなくてどうなるかと思ったが、うまくまとめたのではないかな。メリル・ストリーブがいないし、いわゆるハリウッドスターもいなくて、時代が変わったという気もした。

これからしばらく今年のアカデミー受賞作を見に行くことのなるなぁ。

ところで、アカデミー賞を見ながら、時々国会中継も見た。そしてずっと家にいるなら、とバターロール作りを始めてしまった。ホームベーカリーがあるので粉を練ったり、一次発酵までは機械はしてくれる。そのあとは手作業。

ま、材料が良いので食べれば美味しいが、柔らかだが足りなかった。なんか全部中途半端だった。
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2018/11/23

ボヘミアンラプソディ見て来た  映画

話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見て来た。

評判通り、良かったぁ。

とにかくQUEENの音楽でしょ。音楽の素晴らしさが心揺さぶる。

どなたかが「よく料理人なんかが『うまい料理は素材が決め手、本当にうまいものは塩だけでうまい』というが、まさにそういう映画だ」と言ってた。

ドラマ部分はまぁ普通。

全米ツァーで留守宅の妻が寂しそうな場面は「ジャージーボーイ」を思い起こさせた。そう、「ジャージーボーイ」と同じように、グループの成功と仲間との亀裂、家族の問題があり、普遍的な物語なのかと思った。

でも大きく違うのはフレディの境遇。インド人(パキ野郎と罵られた)、ゲイ(メディアにしつこくセクシャリティを問われる)であること。マイノリティだ。そしてエイズ。

彼の孤独は映画でも切なく描かれる。

だからこそ、あのライブシーンが感動的なのだ。

フレディの声、表現力、作詞作曲の才能、それと彼の境遇があの音楽を作りだしたのだと思う。

仲間との友情も、反発も描かれている。メアリとの不思議なつながり、彼はメアリに何を求めたのだろう?



しかしまぁ俳優って偉いねぇ。よくあそこまで演じ切れたなぁと感動する。


↑↑ 俳優ラミ・マリックがフレディ・マーキュリーになるまで。

他の俳優さんたちも、顔や体型もそっくりだし、ギターやドラムも実際の映像みたい。
本当に大したものだと感心した。

ジョン役は「ジュラシック・パーク」のラプトルに追いかけられる少年役の人なんだね。大きくなったね。あの映画もそんな前なのか。

マイク・マイヤーズやアラン・リーチが出ている。マイク・マイヤーズはあらかじめ聞いてなければわからなかった。アラン・リーチはキャスト表を見てもしばらく気が付かなかった。弁護士役も見たことがあるなと思っていたら「プライドと偏見」(エリザベスに求婚する従兄弟の牧師)「パイレーツオブカビリアン」に出ていたトム・ホランダーだとのこと。
 
フレディはインテリで、音楽や美術にも通じていたという。長年彼らを支えた弁護士が最初に彼らを評価するのは「オペラ」の話が出た時から。

フレディの家ではオペラのアリアが流れている。「蝶々夫人」「カルメン」はわかったけど(誰でもわかる)最後の曲がわからなかった。誰か教えてm(__)m

追記:侘助さんのtweet



QUEENのメンバーはみんなインテリだったという。ネットでいろいろな人がQUEENのことを教えてくれる。勉強になります。

QUEENの伝説的な「ライブ・エイド」は1985年。私が子育てで一番てんやわんやしていた時だから、全く話題の外。QUEENファンは私よりも若い世代だと思う。

しかーし、私の妹は「QUEENの来日公演」に行っているのだ!!今回映画を見て一番に思ったことが「妹が今更ながら羨ましい過ぎるー」だった。

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2018/9/10

1987、ある闘いの真実  映画

韓国・光州事件を描いた「タクシー運転手」を見逃してしまった。

だから、「1987年ある闘いの真実」が公開された、素晴らしいと聞いて絶対に行くぞ!と思った。

しかも横浜駅近くの「ムービル」で上映するではないか。

なので、行ってきた。
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これ、映画ファンの方が「韓国すげぇー」と感想を言っていたが、まさにまさに。

「全斗煥政権下ソウル大学生の拷問死を警察は隠蔽しようとするが、検事、新聞記者、医師、刑務所看守らは、真実を公表するべく奔走する。また、殺された大学生の仲間たちも立ち上がり、事態は韓国全土を巻き込む民主化闘争へと展開していく」

実話を元にした映画。

「韓国すげぇ」とは、

まず、映画として「すげぇ」
フィルムノワールのような強面男たちの暴力、脅迫、威圧、ハラハラドキドキ、サスペンス仕立て。

悪の権化のような治安本部のボスにもその背景があること。

そして家族愛。ソウル大生の母親の嘆き・号泣もそうだが、遺灰を川へ流す時の父親の慟哭の痛切さ。涙なくして見られない。

(追記:ソウル大生の墓が聖地となることを怖れた権力によって墓に埋葬できず散骨させられたとのこと)

更に人としての誇り。検事や看守の職業の誇り。「ペンタゴンペーパーズ」や「スポットライト」にも通じるメディアの矜持、使命感。

淡い初恋。

これらを一篇の映画に盛り込んで、社会性とエンタメを見事に両立している。

俳優さんが「すげぇ」

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「小沢一郎と梅宮辰夫を合わせたような」パク所長を演じたキム・ユンソク。存在感ありまくり。冷血のようで部下を庇う時は庇う、残酷の裏にある心の傷。見事でした。

チェ検事(ハ・ジョンク)。エリートのはずなのにどこかタガが外れている。はみ出し者のようでいて職務に忠実、パク所長を怖れない。変わった人物を魅力的に演じた。

看守長、平凡な官吏のようでいて、気骨がある。看守(ユ・ヘジン)、家族を愛し、職を遂行しながら、ひそかに活動をしている。こういう平凡な一般人そのものなのに芯の通った人物であることを納得させる演技

拷問死の罪を一身に背負わされる刑事(パク・ヒスン)。国を信じる心(愛国)、職務に忠実であろうとするが、良心の呵責、政権への幻滅に向き合う。にもかかわらず権力に屈服させられる屈辱無力感、それでもなお、と揺れる心情表現は素晴らしかった。

指名手配中の民主活動家キム・ジョンナム(ソル・ギョング)。ちらっとしか映らなくてもオーラがあって、只者ではないと感じさせる。さすが名優。

若者二人、カン・ドンウォンとキム・テリ。気恥ずかしいような場面もあるけれど、美しい二人であるからこそ、映画のテーマがより浮き彫りになったと思う。

そして韓国社会に「すげぇ」

徹底した「赤狩り」と「拷問」。懐柔と脅迫、家族愛を逆手にとっての拷問はひどいけど、そういうことをしたのだろうなぁ。軍事独裁国。悪い意味で凄いと思った。

それにもかかわらず、抵抗する社会各層の人々の良心。検事や医師、できる範囲で自らの職業倫理に忠実であろうとする。民主闘争を命がけで行う人々、民主活動家、宗教家、学生。それらの人々に敬意を持つ市井の人々。

少しの勇気や良心が合わさって大きな民衆運動になって行く。

もちろん、無関心、無気力、積極的に政権を支持する人もいただろう。

それでも不正義に立ち上がる人々、民主主義を実現しようとする人々、ここが韓国の凄さだと思う。

デモの場面は感動。この力で100万人のキャンドルデモがあり、パククネを退陣に追い込んだのだ。

映画を見ながら、日本のことを考えずにはいられなかった。韓国のように軍部がクーデターを起こす国ではない、分断国家ではない、思想を理由の拷問はない、

しかし、良心を貫く官僚は?メディアは?

緩い柔らかいファシズムに取り込まれているのではないか。改めて、日本の今を考え、こんなでたらめ政権に負けてはいけないと思った。

(追記:荻上チキsession21で韓国研究者の話では、亡くなった遺族はその後も監視され、社会からも距離を置かれて非常に苦労されたとのことだ。
また、好意的に描かれた看守たちについても、この看守たちに暴力を受けた政治犯たちもいて、未だに彼らを許していないそうだ)。

神奈川ではムービル、横浜シネマリン2館の上映。もっと観客動員が増えれば上映館も増えるだろう。ぜひ見に行ってください。

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2018/7/18

空気2  映画

二兎社「空気2 誰も書いてはならぬ」を東京芸術劇場に見に行ってきた。

永井愛・作演出、出演:安田成美、松尾貴史、眞島秀和、馬渕英里何、柳下大

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客席の照明が消えると、国会記者会館屋上が現れる。

そこにフリーメディアの記者カメラマン井原が現れる。井原は国会記者会館から官邸前デモを撮影するために、本来、記者クラブに属さない記者は入れない記者会館にもぐりこんだのだ。

その後は記者クラブのコピー機に置き忘れられた総理記者会見の想定問答は誰が書いたのか、記者クラブと官邸の癒着ではないか、これを報道すべき、を巡って劇が展開していく。

そういう官僚の発言があったな(「録音の音声は自分の身体を通っての声と違って聞こえる」とか)とか、「すし郎」のもじりとか、読み仮名をつけなくてはならないとか、ここしばらくの政治ネタが次々出てくる。

観客席からも笑いが度々起きた。

私が一番ぐっと来たのは井原のせりふ

「デモに来る市民はどんなに警察の過剰警備があろうと、駅の入口を封鎖されようと、こうして自分の意志で集まってきているんですよ」

永井愛さんは官邸前抗議の現場に来ているんだろうなと思った。

「ザ・空気1」の時はニュース番組が政権の介入、圧力で報道できなくなり、男性キャスターはビルから飛び降りてしまう(重傷)。女性キャスター、ADは転向して出世、世の中は自由がなくなり独裁政権になっていく。重い内容だった。

こちらの最後は、井原の姿に少し希望が持てた。

キャスト、安田成美は華があるが、一本調子。彼女が二兎社の演劇に出演したのは何が理由なのかな。アイドル的女優さんでお笑いスターと結婚していて、それでこの問題作に出演するのは彼女の主張があるのか。

馬渕英里何さんはNHKのアベ番記者岩田明子をモデルにした(としか思えない)記者役。でも岩田ご本人より自分を客観視できる記者のようだった。

馬渕さんと言えば「白線流し」の高校生役。主役6人の一人だった。良い俳優さんになったなと思った。動きにキレがあってきれい。ヨガのインストラクター資格を持っていたり、東京マラソンを完走する(プログラムより)など、身体を鍛えているからかなと思った。

眞島秀和さんはテレビドラマなどでお見かけするが、あまりきちんと見たことがなかった。舞台俳優さんだったのね。見た目もよく、知的で、いかにもリベラル紙の記者風だった。記者としての良心と、会社の方針との板挟みの優柔不断さが似合っていた。

柳下大さんは演劇中心の俳優さんらしいが、真面目だけど上滑り、コミカルな演技で、とても上手でした。知らない若手俳優さんでも実力派がいるなあと思った。

(追記8/3 私が知らないだけで、柳下さんは売れてる俳優さんだった。テレビ、舞台で大活躍の方だった。NHKBSプレミアムの「ぶらり鉄道旅」の再放送を見てたら、柳下さんがレポーターだった)

何と言っても松尾貴史さん。テレビドラマで見ると、ちょっと知が立ちすぎて、その役の人というより「松尾貴史さんそのもの」という感じになってしまう気がするが、この役は貫録だった。いかにも大手新聞社古参記者という雰囲気はさすがよね。物まねをはじめとしてみんなを笑わせていた。

劇を楽しんで、笑ったりしたが、現実を見ると、笑ってはいられないなぁと思う。

それでも、この劇は初日から完売公演で、評判も良い。観客はこの劇の描くことをみんなよくわかっている。そのことに少し希望を見た。
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2018/7/13

万引き家族を見た  映画

(8/13いろいろ考えることがあり、追記しました。ネタバレありです)

是枝裕和監督「万引き家族」を見に行ってきた。今年のカンヌ映画祭パルムドール受賞作だ。

ムービルのお昼頃の上映回。客席はかなり埋まっていた。ムービルはいつも空いているので、こんなに観客がいるのを見るのは初めて。もちろんシルバーが多い。

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東京の下町。高層マンションの谷間に取り残されたように建つ古い平屋に、家主である初枝の年金を目当てに、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀が暮らしていた。

物語の構成、人物描写、自然な台詞や表情、カメラワーク、音楽すべて良くて、緩急自在、演出に過不足ない見事な映画だ。パルムドールも納得。

安藤さくらの力の抜けた、それでいて引きつけてやまない演技。彼女を中心にまるでドキュメンタリーのように物語が進む。子役たちの目力(めぢから)、自然なたたずまい。この少年はすばらしいね。

是枝監督の演技指導のたまものだろう。

雑然とした家の中もリアリティありまくり。クリーニング工場の同僚たちとのやりとりも超リアル
(このクリーニング工場を見た時、「未来を花束にして」の洗濯工場女性労働者と全く同じ、と思った)。

信代のやけどの跡をユリがそっと撫でる場面、信代がゆりを抱きしめる場面はとても美しい。

日本の、今の負の面を幾つも描く。貧困、児童虐待、ブラック労働、失業、女子高校生風俗、年金詐欺、万引き、そして家族とは、愛とは何か。

静かな映画が、いくつもの問いを突き付けてくる。

※※※※※※※※
(8/13追記:
監督が一番訴えたかったのは、やはり、貧困問題だと思う。「豊かな日本、先進国日本」と思っているうちに、日本社会直面している、それでいて隠されている貧困問題を、真正面か取り上げた。

都会では家族が孤立して、貧困や虐待・DVも見えなくなっている

しかし、家族が孤立して見えなくなっているようで、ちゃんと見ている人はいた。それが少年に罪悪感を呼び起こしていき結末に繋がるのはとても良いと思った。この少年の葛藤をきちんと伝える演技もカメラも素晴らしかった)
※※※※※※※

大したものだなぁ、日本映画も捨てたものじゃない、と余韻に浸っていた。

しかし、段々疑問が湧いてくる。

信代が一人で罪を背負うことが可能か?少年はどうしてここに居るのか?全く行政の手は入らないのか?この辺は「まぁいいか」で済ませることもできる。

しかし、一番抵抗があったのは亜紀の描き方。たぶん山の手中流家庭の子ども。この家に落ち着くまで彼女にも葛藤があったろうに、それは何も描かれていない。風俗のバイトも単なる「風景」のように描かれる。

風俗で知りあった男と純愛もどきに至っては怒りすら覚えた。これは是枝監督の願望・偏見ではないか。ここはこういう風に描くべきではなかったと思う。信代も治と風俗で知り合ったとされているし。

そして、信代は「愛」の権化で、すべてを包み込む。これも監督の願望だね。こういう女性の描き方は好きじゃない。

そして治のことは「子ども」と言う。大人になりきれない男(プログラムより)、と。これ余りにありきたりじゃないですか。聖母と子どもの男。

この点で興ざめしてしまうのだ。

ともあれ、極めてリアルのようでいて、日本の家族の「寓話・ファンタジー」。血のつながりのない貧困家庭にある情愛を描くことで、日本の血のつながった家族や社会を問うている。

寓話だからこそ、細部は極めてリアル。しかし、芯の部分が陳腐と思える。

寓話というと「スリービルボード」を思い出した。あれもアメリカ社会の寓話と思った。「万引き家族」を見るのと同じような目でもう一度「スリービルボード」を見直す必要があるのではないか、と思ったりした。(女性のあり方としては「スリービルボード」の方が好きだけど)。

とにかく作品としてはまとまりがあり、演技も、撮影、大道具小道具、音楽すべてプロの仕事と感服する、日本社会の負の面を描いた作品として評価もする。だけど、初枝、信代、治たちの姿が「普通の家庭」の欠けたものを映し出す鏡とはいえない。「愛」なのか?という疑問が抜けないし、女性の描き方には疑問ありまくりだ。
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2018/4/4

ペンタゴンペーパーズ  映画

この時節柄、どうしても見ておかなくてはならないと思った。

平日の昼間、観客はシルバーが多い。半分は埋まっていた。

スピルバーグ監督、メリル・ストリーブ、トム・ハンクス主演。
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1971年、ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国内には反戦の気運が高まっていた。国防総省はベトナム戦争について客観的に調査・分析する文書を作成していたが、戦争の長期化により、それは7000枚に及ぶ膨大な量に膨れあがっていた。

ある日、その文書が流出し、ニューヨーク・タイムズが内容の一部をスクープした。

ライバル紙のニューヨーク・タイムズに先を越され、ワシントン・ポストのトップでアメリカ主要新聞社史上初の女性発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は、残りの文書を独自に入手し、全貌を公表しようと奔走する。真実を伝えたいという気持ちが彼らを駆り立てていた。

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映画は、文書を内部告発したエルズバーグがベトナム戦争を現地視察するところから始まる。彼はベトナム戦争の現実を米国民に知らせるべきだと考える。

このベトナム戦争分析文書についての責任者はマクナマラ国防長官だ。マクナマラ長官については「フォッグ・オブ・ウォー」(2005年)という長編ドキュメンタリー作品があり、ベトナム戦争についても語っている。

この映画を見に行った。90歳近くなっても明晰な頭脳に驚いた。彼はベトナム戦争について「ベトナム人の民族独立の気概を見誤っていた」と言った。

マクナマラ役はブルース・グリンウッド。スタートレックにも出てた。知性的で上品で、自信に満ちていて、でも内部文書が流出したと知って動揺する場面、政治家としての判断と個人の倫理観の矛盾もその一身で演じていた。

Mストリープなんて何本も見てるのに、全部違って、全部その人そのものに見える。

どなたかが言っていたが、街を行きかう人、働く人、デモ隊、みんなエキストラなのに、ちゃんとその時代のその人々になっている。演技できているのに驚く、とのこと。そうだねぇ。

あと、印刷機械や、コピー機、電話、公衆電話、新聞スタンド、さりげない小道具や大道具がきちんとしている。

内部文書をコピーするところから始まって新聞社のスクープ合戦はハラハラ。

一方、突然会社を引き継ぐことになったキャサリンの経営上の問題も描いていく。株式公開を決めて、NYの証券取引所に行くキャサリン。外は女性たちがいるのに、取引所には背広の男たちばかり。

この描き方、巧かった。

そこから、政府の記事差し止め訴訟、更なる文書入手、入手した文書7000ページの読み込み、記事作成、経営上の判断、次々、畳み込まれるように描かれていく。

脚本はハラハラさせながら、クライマックスに向けて盛り上げ、かつ所々息抜きのユーモアもあり、余分なことはそぎ落とし、もう見事な脚本です。

家庭、家族のことも忘れない。

記事を書き終え、印刷スタンバイとなった段階で、ベンの妻が、「ワシントンポスト社が倒産しても、あなたは記者として再就職もできる、でもキャサリンはすべて失うのよ、だから、彼女は勇気がある」という場面はとてもよかった。

この妻役は、「それでも夜は明ける」の農場主ファスベンダーの妻役で冷たい人格の役をやって人だよね。ジュリアン・ムーアのテレビドラマ「副大統領候補ペイリン」で、共和党員でペイリンの指導役を演じてた。あんまりペイリンが馬鹿なので、最後に私は「初めて民主党に投票した」と泣いた役。とても知的だった。

女性記者も、裁判所に入るキャサリンに関係者入口を教える女性も、裁判所外でキャサリンを待ち構える若い女性たちの表情も、みんなちゃんと描かれていた。

ウォーターゲート事件を扱った「大統領の陰謀」では、実在した女性記者の姿を消したという。この間、ハリウッドも進歩したんだな。

この映画を見ていると、やっぱりニクソンはアベに重なる。

マクナマラがケネディやジョンソンにも問題はあったが、ニクソンは違いすぎると怒る場面がある。邪悪さにおいて桁違いというのだ。

それと日本のメディアとアメリカのメディアの違い。

今でこそ、朝日新聞、東京新聞、毎日新聞が頑張っているけど、その前はひどかった。新聞社やテレビのお偉方はいつもアベと食事、NHKはアベ友が会長や理事になった。ありえない。

森友は市会議員が、防衛庁日報問題はフリー記者が、きっかけを作った。森友も最初はテレビは取り上げなかった。

初めはTBSラジオの荻上チキの番組、テレビはテレ東の夕方サテライトだった。視聴率が取れるとなってから他局も追いかけた。

司法。アメリカの最高裁は報道の自由を認めた。日本の司法は腰が引けてる。アベ友が最高裁判事になるのだものねぇ。

それとね、政府の欺瞞が明らかになると、すぐにデモが始まる。これは民主主義の当たりまえの姿なのだ。デモにケチをつける人たち、本当に世間知らず、歴史知らずよね。

報道の自由は、何よりも守らなければならない。報道の自由がなければ、国民は選挙で、政策の選択ができないのだ。

「報道が仕えるのは大統領ではなく、国民である」「報道の自由は、報道することで守られる」

今の日本の教訓になることが沢山散りばめられていた。

この作品をスピルバーグが早撮りで作り、大御所のMストリープ、T・ハンクスが出演し、脇もベテラン俳優がしっかり固めてる。みんな上手い。そして大ヒット。

映画館に行くと予告編を沢山見せられるけど、邦画は若者の恋愛、難病、熱血もの、あとは家族のしんみりした愛情物語や、お店もの、ミステリー、等々で、見たいなぁと思うものが本当にない。

昔はね、骨太社会派娯楽作品があったのにね。今は自主映画でないと見つけられない。

「否定と肯定」「ペンタゴン・ペーパーズ」と骨のある作品を続けて見られて本当に良かった。日本の映画界も社会問題を扱って、他の民主主義先進国に追いつけよ!

そして、メディアは本来の役目をはたして、でたらめアベ政権を追い詰めてほしいと思う。応援するし、市民として意思表示はするよ。
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