2017/4/28

わたしは、ダニエル・ブレイク  映画

4月25日原美術館へ行った後、品川まで来たので、と有楽町へ行くことにした。

有楽町の「ヒューマントラストシネマ有楽町」で「私はダニエル・ブレイク」を見ようと思った。

上映の1時間前に行ったが、チケットは前列1列位が残っているだけ。かろうじて真ん中辺りの席が1つ残っているのを発見して、購入。昼食を食べて、上映時間に映画館に行くと、チケットは完売していた。

ケン・ローチが引退を撤回して取り組んだ映画。カンヌ映画祭でパルムドールを獲得した。

感想をtweetした。



サッチャー政権以来、福祉を切り捨てきたイギリス社会を怒りを持って描いている。

見につまされてみた。

ダニエルを演じる俳優はコメディアンだそうだ。だから、硬派の映画でもユーモアが漂う。「金持ちには媚びないが、隣人には手を差し伸べる」ダニエル。偶然知り合ったシングルマザー一家への眼差しは本当に優しい。

映像に凝るとか、美術や衣装がすごいとか、風景が美しいとか、何もない。真っ直ぐに、平凡な隣にいる人たちを描く。映像作品というよりドキュメンタリーのような感覚を覚えた。

この状況を乗り越えるのは善意と連帯しかないのか。社会制度を変えないといけないと思うのだが。



新自由主義に特徴的なのかな。この映画でも、医者が「心臓病で就業は無理」と診断しているのに、ダニエルの休業補償を断る人は「プロ医学者」。マニュアル通りに質問をしてその点数で休業補償不可・就業可能とする。

プロを尊重しない例は日本でも頻発している。「司書は不要(ツタヤ図書館)」、「学芸員が癌」発言、「民間校長」・・・。

それと、いつも思う、セクハラ、パワハラ、モラハラ等ハラスメントに対して「人には敬意を持って接するべき」と。「何がハラスメントかわからない」と難しく考える人には、誰に対しても敬意を持って接すればいいと言いたい。

女性にも子どもにも、性的少数者、障碍者、老人、病人、失業者、移民、要するにマイノリティに対して、いや、一般に人間同士はお互いに敬意を持って接するべきなんだよ。

武蔵野館でも、ジャックアンドベティでも満席だったそうだ。まさに「今の問題」だから、皆の関心が高いのだろう。

ぜひ見てください。
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2017/4/27

ビッグイシューで  映画

都内のターミナル駅に下りた時、駅近くで「ビッグイシュー」販売員を見かけたら必ず購入するようにしている。

先日は品川で購入。ナオミ・ハリスが表紙の号。

ナオミ・ハリスの特集だった。私は「ムーンライト」を見た時に、「007スカイフォール」とにも出演していたなぁと書いたが、彼女の映画は他にも見ていた。

「パイレーツ・オブ・カビリアン」と「マンデラ自由への道」。

「パイレーツ・オブ・カビリアン」はあんまり内容は覚えていないが、巨大化する女性(何かの神なのか妖怪なのかわからないが)だったような気がする。

「マンデラ自由への道」にも出ていたのか。

ナオミ・ハリスは2番目の妻役だったという。当局に連行され苛酷な尋問を受けた役かな。

マンデラは28年牢獄にいた、それ自体非人道的なことには違いないが、それでも仲間たちと一緒だった。看守たちの尊敬も集めるようになる。

残された妻はもっと辛かったのではないか、と映画を見て思った。

当局の監視だけでなく、世間の目もある。同志の意見の違いもある。差別、貧困もある。孤独感は想像以上だろう。

それを演じたのがナオミ・ハリスだったら、やはり実力派俳優だと思う。

最近は俳優の名前を全く覚えないので、印象的な演技をしても、忘れてしまう。本当に残念だよ。
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2017/4/7

ムーンライト見てきた。  映画

今年のアカデミー作品賞受賞作「ムーンライト」を見てきた。

ムービル一番早い上映時間だと、観客は20数名。比べると「ラ・ラ・ランド」は多かったな。

良い映画だった。以下、ネタバレありです。



映画の解説にこうある。公式HP⇒http://moonlight-movie.jp/introduction/index.html
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タイトルである“ムーンライト(月光)”とは、暗闇の中で輝く光、自分が見せたくない光り輝くものを暗示している。
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ムーンライトのシーンは美しい。ラストはムーンライトと少年シャロンの姿だ。ようやく自身の「光り輝くもの」を見出した象徴的な場面だと思う。

映画好きな方々がこの映画について「ウォン・カーウァイ監督」の影響を指摘している。

カメラワーク、色調等々が「カーウァイ監督」へのオマージュとなっているという。私はカーウァイ監督作品は「マイブルベリーナイト」(駄作)しか見ていないので、何とも言えない。

でも、映像はこの作品のテーマと密接で、大変効果的(というと表面的になってしまうなぁ)、テーマを表現するのに最も適していたと思う。

何といっても最初のシャロン役少年の大きな瞳と怯えた表情が印象に残る。それだけで涙が出てしまう。

とにかく、余分な言葉がない。説明的な言葉や場面がない。それでもすべて通じる。優れた映画がもつ本質だ。

言葉を発しない少年シャロンも、わずかに話す言葉もみんな意味がある。

カウンセラーの「分かった風」な言葉に無言で拒否する青年シャロンも、表情は雄弁だ。

この映画は少年期、青年期(高校生)、大人の3章からなり、主役は別の俳優が演じる。顔は似てないけど、表情やしぐさはそっくりだ。

私は第1章が一番好きだ。

少年シャロンの支えとなるフアン役マハーシャラ・アリは大本命でのアカデミー助演男優賞だったが、納得だ。麻薬売人ボスの迫力と危険さをまといつつ、人としての優しさや繊細さを見せる。重厚でありながら軽やかな身のこなし、「大したものだなぁ」と思いつつ見ていた。

ヤク中の母親ナオミ・ハリスは、かつて007・スカイフォールでカーチェイスを繰り広げ、銃をぶっ放すカッコイイ俳優と、同一人物とは思えなかった。しかもビザの関係でわずか3日間ですべての場面を撮影したというから、驚く。こういう実力派の俳優さんだったのか。

音楽も、場面場面で最も適したものが選ばれていて、いや、むしろ抑制的だったかな。抒情的だったり激しかったり、可愛らしかったりするがどれも映画の流れと場面に合っていて、印象に残る。巧みだったと思う。

この映画で監督は第3章が一番言いたいことだったのだろうなと思うのだけど、そのあたりが頭の古い、ある意味「差別意識」を払拭できない私には、感情としてスッキリ落ちなかった。

「もっとも純粋で、美しい愛の物語」というキャッチフレーズの通りの展開だが、ごめんね。ゲイに対してよく理解できてないので、素直に感動できなかった。

そういう自分を再認識したことでも、この映画の価値があるのかなとも思った。

麻薬が蔓延する貧困街、貧困家庭、そこで育つ子ども達、そしてゲイであること。マイノリティの社会、マイノリティの若者。

でも、愛情は育まれる。ボスの、主人公(少年)への父性愛のような愛情(昔の自分を見ていたのか)、母親の、虐待せずにはいられない環境でも子どもへの愛は嘘ではない。友情と愛情、それらは真実である。そして人を救う。

監督のバリー・ジェンキンス、原案のタレル・アルバン・マクレイニーは共にマイアミの貧困街の出身であるという。彼らがこの作品を作ろうとした願い、主張はよくわかる。

表現者の強い思いが込められた作品はそれだけ訴える力がある。

このジェンキンス、マクレイニー二人とも貧民街を抜け出して高等教育を受けた。映画の中の母親も年老いて施設に入っている。こういう所は、「レ・ミゼラブル」(フォンテーヌは身を落とし病で死ぬ)の時代とは違うのだなと少し救われる思いだ。

芸術作品、社会派作品、純愛作品、俳優の優れた演技の見られる作品なので、ぜひ見てください。
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2017/3/15

ラ・ラ・ランド見てきた。  映画

話題の「ラ・ラ・ランド」を見に行ってきた。

大好き〜という人たちが一方にいて、「う〜ん」と渋い評価の人たちがいて、つまり賛否両論だという。そして、アカデミー作品賞は取れなかった。

相鉄ムービルの一番早い回だと、20人足らず、ということもあるのに、この映画は6割くらいは入っていた。そしてじいさんばあさんばかりでなく、若い人たち(主に女性)がいた。

映画の感想。

監督の才気は感じた。30歳そこそこで、こういう映画を撮るというのはなかなかできることではない。

そして、エマ・ストーン。彼女のための映画。大きな緑色の目の雄弁さ。身のこなしの美しさ。アカデミー女優賞は当然だと思う。ファッションも素敵だった。(売れない女優にしては服が良すぎるけど)

前半は「あ〜、事前に映像を見てなければよかったなぁ」だった。予告編やアカデミー賞授賞式などで有名シーンはほとんど見てしまっていた。

だから、想像力が飛び立つ場面で、つまり現実からファンタジーに移る時、「わぁ」と思えなかった。幻想的な美しいシーンも「あ、このダンスはここで使われるのか」と思ってしまう。予備知識なしに見たら、もっともっと楽しめたのになぁと思った。

で、次第に映画が進むにつれ、「焼き直し」という言葉ばかり頭をよぎった。



以下ネタバレありです。


ストーリーはありふれている。古い映画だけれど、「スター誕生」「黄昏」、一方は成功し、一方は破滅または巷で平凡な人生。

その上、ダンスシーンはかつての名作ミュージカルの「オマージュ」といえばかっこいいけど、「焼き直し」または劣化版。

で、男主人公の「ジャズ」への思い入れがあまり伝わってこない。その上、ライアン・ゴスリングの努力は認めるけど、あのピアノの技術じゃダメでしょ。左手がもつれているのが素人にもわかる。何も本人の演奏にこだわることはなかったと思う。

そして、女主人公の「俳優」への思い入れもあまり切実に響いてこない。「おばさん」の話が重要なのだろうが、それほどのものと思えない。ちょっと「ドリームガール」の「リッスン」に似た「構図」での歌なのだが、説得力が、まぁビヨンセには及ばないわね。

そして、映画評論家の方が「二人で『理由なき反抗』を見に行った場面のあれは『ありえない』と批判していたが、私もそう思う。「俳優」になりたい女性が、勉強のためにの映画で、スクリーンの前に立って上映を邪魔したり、上映中の事故があったとはいえ、途中で退席するかな?映画を見ながらの客席でのラブシーンも、ちょっとなぁ。

つまり「理由なき反抗」も単なる小道具。あのプラネタリウムを舞台にしたかっただけじゃないか?

ストーリーも歌もダンスも凡庸。主人公たちの思いの強さも描かれない。心の底からの望みってあるはずなのに、安易だった。だから心に響かない。

「焼き直し」「浅い」「映画オタク学生の、自主製作映画の豪華版」が感想でした。

そしたら、次のような感想が。



「そうそう!最後のが本当にガチャついてて不器用な感じがしてねぇ。MGMミュージカルのオマージュは散りばめられてるけど何か表層的だし、MGMミュージカルの開き直り精神の継承は感じられなくってちょっとガッカリしてしまった。」

とか、「MGM(ミュージカル)映画でやる必要があるのか?」あるいは「ジョージ・チャキリス成分が足りない」とか、

同じような感想の方は多いのかなと思いました。

でも楽しくて、良かったー!なら、それはそれで良いことと思う。音楽が好き!な方もそう。それぞれで楽しめばよいよ!

これをきっかけにフレッド・アステアやジーン・ケリー、ジンジャー・ロジャース、エレノア・パウエル、レスリー・キャロンとか、昔のミュージカルを見てほしい。

(私は映画館が相鉄ムービルのせいか、音響は良くなくて、音楽にもあんまり乗れなかった。効果音(オーブンの警告音、クラクション等)の使い方ももっと神経を使ってほしかったな)

トドメのようなtweetもあった。この南波氏は前から厳しい批判をしていた。



アカデミー賞授賞式前のTweetがこれ



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2017/2/27

89回アカデミー賞  映画

作品賞発表時の大ハプニングで、まだドキドキしてる。

「俺たちに明日はない」のコンビ、ウォーレン・ビューティ(ベイティ)とフェイ・ダナウェイがプレゼンターだった。

「俺たち・・・」から50年なんですって。ウォーレンの方は時々見かけたけど、フェイは久しぶりなので、その老けぶりにびっくりしてしまった。あんなに鮮烈な演技をした女優さんがねぇ…

で、作品賞発表の時、封筒を開けたベイティがもう一度確かめようとしたり、二度見たり、フェイに確認させようとしたり、

で、老人だから視力が悪いのかな?手際が悪いなと思ってた。

フェイが「ララ・ランド」と読み上げて、関係者が壇上に上がって、喜び合って、

途中、バタバタして「いや」「作品賞はムーンライト」

!!!

え、そんなことがあるの?

で、ベイティが「封筒の中身はエマ・ストーン、ララランドと書いてあったんだ。だから確認しようとして」と説明した。

スタッフのミスだったんだね。

司会のジミー・キンメルが「俺のせいだ、俺が台無しにするってわかってた」。「もう2度とやらないから許して!」

それまで、華やかなレッドカーペット、美しい女優さんたちのドレス、

ジミー・キンメルのマット・ディモンいじり、トランプのメリル・ストリープ批判を逆手にとっての称賛、とても面白かった。テンポのいい進行だった。

助演女優賞のヴィオラ・ディビスの感動的スピーチ、メキシコ人俳優ベルナウ君の「メキシコ人としてラタンアメリカ人として移民労働者として人間として我々を隔てる『壁』には反対します」スピーチ、外国語映画賞にイラン作品、短編ドキュメンタリー賞に「シリアの民間防衛隊」など、アカデミー賞の問題意識が感じられる内容だった。

でも、なんか全部ぶっ飛んだ。

いやぁこんなことがあるんだねぇ。
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2017/2/5

未来を花束にしてポスター  映画

映画「未来を花束にして」の感想を先日書いた。その時「なんていう邦題なんじゃ」と不満を描いたが、問題は邦題だけではなかった。

ポスターも大甘になっていたのだ。そもそものポスターはこちら
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ハードだ。日本のポスターはすみれ色に着色され柔らかな感じにしている。

キャッチフレーズは「MOTHERS. DAUGHTERS. REBELS.(母。娘。反逆者。)」

胸には「VOTES FOR WOMEN」のバッジがあるが、日本のポスターにはない。

闘う女たちなのだ。
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映画について知ろうとネットを検索すると、日本ではこういう画像が多い。
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なんかもう徹底的に無害化されている。

しつこく言うけど「世界の片隅に」のすずさんは、こういう風に「日本化=無害化」したい人たちにとって理想的な女性なんだよ。(原作漫画のすずさんはちがうにしても)。ケっという感じ。

海外ドラマに詳しいパプリカさんによると、テレビドラマもそうだって。


amazonプライム・ビデオで配信中のアメリカの番組。
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2017/2/2

「ザ・空気」を見てきた  映画

二兎社公演「ザ・空気」を見てきた。永井愛さんの新作だ。

二兎社公式HP
http://www.nitosha.net/kuuki/

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萎縮、自主規制、忖度が充満する報道界への、敷いては日本社会への強い危機感の表れた劇だった。

総務大臣の「停波発言」を受けて、それに抗しようと企画された「報道の自由特集」番組がどのように潰されていくか、シビアに描く。

「歌わせたい男たち」「鴎外の怪談」ではまだ「笑い」をまぶしていたが、この劇は、笑いはほとんどなく、深刻で最後はホラーのようにすらなってしまっている。

この劇のラスト、憲法は改正(改悪)され、特定秘密保護法、共謀罪も施行されている。それが全くの絵空事ではなく、現実性があるからこそ本当に恐ろしい。

作者の危機感は私のものでもあるが、日本社会に広く共有されているとは言い難い。テレビでは「日本スゴイ!」番組があふれている。

この日客席は満員。チケットの売れ行きもよいらしい。

スタッフ、キャストとも素晴らしい。

番組編集長役・田中哲司さんは堂々たる主役ぶり。背が高く、舞台映えがする。ジャーナリストの使命感・矜持を持つものの次第に周囲の圧力から自分を見失っていく過程を鮮やかに演じた。

キャスター役の若村真由美さんは強さともろさの二面性を持つ女性を、キレのある演技で豊かに表現した。やはり売れっ子女優らしい華がある。

感心したのは脇役の番組編集若手役・大窪人衛さん。いかにもそれらしい若者だった。数年後の業界人らしい言動も自然にこなしていた。

ディレクター役の江口のりこさんはテレビドラマなどでもおなじみだが、細身ながら、良く通る声で、立居振舞もすっきりしていた。板挟みの苦悩を、それでもユーモラスに演じていた。

舞台で見る女優さん達にいつも感心するのは立ち姿、歩いたり走ったりする姿が美しいことだ。

コメンテーター役の木場克己さんが深い低いいい声で、「あ、あの人がモデルかな」と思われる人を軽妙に演じ、ベテランらしい演技で舞台全体を引き締めていた。

舞台装置もシンプル。こういう風に場面を生かしていくのか、と舞台に関わる人たちの力、技術は大したものだと思った。つまり、私が知らな過ぎるのだけど。

ともかく、とても重い舞台だった。

2月12日まで東京芸術劇場シアターイーストにて。その後全国を巡演。
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