2017/12/29

「希望のかなた」を見た  映画

横浜ジャック&ベティにフィンランド映画「希望のかなた」を見に行ってきた。

「希望のかなた」公式HPより
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内戦が激化する故郷シリアを逃れた青年カーリドは、生き別れた妹を探して、偶然にも北欧フィンランドの首都ヘルシンキに流れつく。空爆で全てを失くした今、彼の唯一の望みは妹を見つけだすこと。ヨーロッパを悩ます難民危機のあおりか、この街でも差別や暴力にさらされるカーリドだったが、レストランオーナーのヴィクストロムは彼に救いの手をさしのべ、自身のレストランへカーリドを雇い入れる。そんなヴィクストロムもまた、行きづまった過去を捨て、人生をやり直そうとしていた。それぞれの未来を探す2人はやがて“家族”となり、彼らの人生には希望の光がさし始めるが…。
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カウリスマキ監督作品だ。この監督の作品は見たことがない。作品について調べると、必ず監督についての説明がある。独特の世界があるようだ。

全体の感想で言うと、不思議な味、おかしいけど哀しい、後になって現実の重みがずしりと響いてくる作品と言う感じ。

ハリウッド映画にありそうな「テンプレート」「起承転結」とは違って、作家性というのかな、が強く感じられた。

不思議な味というのは、説明が少ない、話す人物を正面から撮る、音楽が不意に挿入される、ユーモアと深刻な話の落差、というところかな。

対話の時、話す人物を正面から撮り、終わると答える相手も正面から撮るというのは、小津映画風なのかなと思ったり(あんまり小津作品に詳しくない)。

挿入される音楽は様々なジャンルがあって、ロックや民謡、ジュークボックス、シリアの民族音楽、その中ではギター2本のフォークソングが好きかな。

あと、煙草モクモクだ。これ意識的にやっているのだろうか。この監督作品の特徴と言っているのを読んだような気もする。

つまらない感想だけど、主人公カリドが山田孝之(時に真田広之)に見えて仕方なかった

主人公のカリド以外の、ひとりひとりの人間もとても個性的に描かれていて、どの人の人生について知りたくなる。

ヴィクストロムという人は普通のおじさんのようでいて、なんか裏道人生があるような謎めいている。存在感がある。

難民の保護施設で一緒になるイラク青年(この人とても良い人!)、レストランの同僚、ヴィクソトロムの妻、商売仲間、ミュージシャンたち、様々な公的組織の人々もまた個性的だ。

この映画のテーマは困っている人(&犬)には自然に手を差し伸べる、ということだろう。

見るからに不審な青年に片言の英語で尋ねられたら普通通報だろうと思うが、自然に道を教える人、ネオナチに襲われた時、助けるホームレスたち。不法入国を助けるトラック運転手。もちろんフィクションではあるが。

難民問題は現在の欧州の最大の問題だと思う。右派・極右の台頭も目立つ。でも、カウリスマキ監督は人々の素朴な善意を描き、それこそが今の世界で一番必要なことだ、と訴えているようだ。

で、一方考えたのは日本のことだ。日本の難民政策はひどい。難民に認定される人自体が一桁だ。入管での扱いもひどくて、病気でも医療が受けられずに亡くなったり、暴力もある。

人権や、人々の善意、優しさ、を日本社会に求めるのは、絶望的な気がしてくる。

それでも、カウリスマキ監督のメッセージは受け止めなくてはいけないと思う。
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2017/12/15

「否定と肯定」を見てきた  映画

ららぽーと横浜に「否定と肯定」を見に行ってきた。

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東京で1館、神奈川で2館しか上映してないと聞いた。これ、もっと多くの方に見てもらいたいです。

まさに日本の今の状況と同じです。だから示唆されるものが多かった。

この邦題、この映画が描きたかったことと真反対のことをしている。否定を肯定を並列に並べてはいけない。原題は「Denial」(否定・否認)だ。このDenialは複合的な意味で使われている。この語をもっと正面に掲げないといけないと思う。



韓国映画は「私は否定する」だったという。

映画は法廷ドラマだ。アウシュビッツに調査に行く場面以外はほとんど法廷と打ち合わせだ。

この脚本がよくできていて、たるみがない。結果がわかっていてもハラハラする。

映画で、リープシュタット教授がアメリカ人でイギリスの裁判にいら立つのもよく理解できる。一方、イギリスの弁護団の方針もよく理解できる。

このあたりの葛藤を難解ではなく、わかりやすく訴えてくる脚本と俳優が本当にうまい。

主演のレイチェル・ワイズは前もこういう硬派な映画に出ているなぁと記憶を辿ったら「ナイロビの蜂」だった。この時もあの時も知的で勇気がある役で、とても素敵。

トム・ウィルキンソンはふんわりした雰囲気だが、法廷ではゆるむことなく冷静に論理的にアーヴィングを追い詰めていく。「シャーロック」から二人、アンドリュー・スコットはモリアーティの雰囲気はみじんもなく、切れ者で、正義漢だ。マーク・ゲィティスさんはマイクロフトの尊大な感じとは全く変わって実直で誠実な人だった。

しかし何と言っても、このホロコースト否定論者のアーヴィングを演じたティモシー・スポールがとにかくうま過ぎ。本当にこういう人かと思ってしまう。こういう邪悪な人物を的確に演じてしまう俳優魂に感服する。

(「魔法にかけられて」のちょっとアホな家臣を演じてた人だよね。ハリーポッターは見てないので分からない)。

このアーヴィングの「ホロコースト否定論者」の手口は日本の歴史修正主義者と同じ。

ドアが左か右か、生存者の記憶が誤りだと「ホロコースト」自体がでっち上げになってしまう。議論で相手がその場で反論しないと、自分が正しかったと大げさに騒ぎ立て、のちに相手が事実を持って反論しても、最初に大げさに言ったことが世の中に出回ってしまう。「それでいくら儲けましたか」と被害者を侮辱する。それがアーヴィングの手口だった。

日本のネトウヨ、歴史修正(ねつ造)主義者もやっている。

南京虐殺百人切りはなかった・被害者数が諸説ある=南京虐殺はなかった、になってしまう。吉田証言は虚偽だった=従軍慰安婦は売春婦の商売だった、なってしまう。

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リープシュタットさんインタビュー「歴史を否定する人と同じ土俵に乗ってはいけない」〜『否定と肯定』

否定論者たちが女性をターゲットにしがちな傾向が今も広がっていると指摘する。「女性の記者やブロガーは、『殺してやる』『強姦してやる』『嘘つき』と攻撃され、『彼女に書かせるべきではない』と執拗に追いかけられる。女性だからだ。

否定論者は『否定』という言葉も使わず、『ただ歴史を正したいだけだ』と言う。まるで羊の皮をかぶった狼のようだ。

ナチスが台頭した時、『ユダヤ人差別はよくないが、ドイツを再び偉大にしてくれるのはいい』と人々は妥協した。でも基本的な信念は妥協してはいけない。たたかい続け、メディアも『嘘は嘘』だと言わなければならない・
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今も繰り返し、ナチス賛美は出てくるし、ホロコースト否定論も出てくる。でも、こうやって闘う映画がある。

日本では「南京虐殺・従軍慰安婦否定」は日本政府そのものが推進している。メディアは腰が引けてる。歴史ねつ造主義者は声高だ。NHKは「従軍慰安婦番組」をアベ、中川の恫喝に屈して改変してしまった。

本当に闘わなくてはならないと思う。

その他、感じたこと。イギリスの法廷の「カツラ」、伝統なんだろうけど、何か滑稽だ。それと法廷弁護士とそうじゃない弁護士の違いがわからない。

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2014年ロンドンに行った時王立裁判所の前を通ったっけ。

法律事務所の新米の女性が出てくるが、彼女と夫?の場面の意味がわからない。ジャック・ローデン(「ダンケルク」で注目俳優)は最後まで気づかなかった。

とにかく、この映画を見られてよかった。邦題はトンデモだけど、公開してくれたことはありがとう!だ。
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2017/11/9

「ドリーム」を見てきた。  映画

9日までというので、慌てて「ドリーム」を見に行ってきた。

マーキュリー計画を陰で支えた黒人女性たちの物語だ。
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ソ連とアメリカの宇宙開発競争が繰り広げられていた61年、米バージニア州ハンプトンにあるNASAのラングレー研究所に、ロケットの打ち上げに必要不可欠な計算を行う黒人女性グループがいた。なかでも天才的な数学の才能をもつキャサリンは、宇宙特別研究本部の計算係に抜てきされるが、白人男性ばかりのオフィス環境は、キャサリンにとって決して心地よいものではなかった。一方、ドロシーとメアリーもそれぞれ、黒人であるというだけで理不尽な境遇に立たされるが、それでも3人はひたむきに夢を追い続け、やがてNASAの歴史的な偉業に携わることとなる。

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元気の出る映画だ。彼女らの功績が報いられるというハッピーエンドということもある。グレンが乗ったロケットも成功したしね。

よくできた娯楽作だと思った。

日本では黒人女性主演作ということで、なかなか公開されなかった。「未来を花束にして(サフラジェット)」もなかなか公開されなかったし、女性の闘う映画はヒットが期待されないのかなぁ。

この邦題の「ドリーム」は、最初、副題に「アポロ計画」と付いていた。しかし、「アポロ計画より前の「マーキュリー計画」の話なのだ。かなりの人が抗議して「アポロ計画」は削除された。

でも「ドリーム」も甘い題だと思う。

この映画はアメリカでは「ラ・ラ・ランド」より興行成績が良かったとも聞く。

とにかくキャストが豪華です。アカデミー助演賞を取ったオクタビア・ジョーンズ、マハーシャラ・アリが出ている。

大スターのケビン・コスナ―、キリスティン・ダンストも出演している。コスナ―は理想的な上司、ダンストさんは「差別はしてないわ」ドロシー「と思っているようね」と言われる女性。

ダンストさんはつい、ダンストちゃんと言ってしまう。「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイヤー」「ジュマンジ」「チアー」に出てたから。

「チアー」で魅力的な女優さんだなと思った。「モナリザ・スマイル」、「スパイダーマンシリーズ」も見た。

この「ドリーム」のヴィヴィアン役も「差別はしてないわよ」の嫌味な感じがとても自然で、巧いなぁと唸ってしまう。

彼女にいつか、アカデミー賞を取ってもらいたい。

俳優さんの感想ばかりだけど、理不尽な差別とそれに負けなかった誇り高い女性たち、凛としてる姿が頼もしかった。

キャサリンと結婚するジム、宇宙飛行士ジョン・グレンなど公平公正な男性も描かれる。キャサリンの才能を見抜いて進学を勧める教師たちもいいね。そして温かい家庭と子ども達。

この映画では理不尽な差別がどちらかとユーモア交じりで描かれる。たとえば有色人種のトイレがないために毎回800メートル、ハイヒールで疾走するキャサリンの姿とか。

もっと暴力的で、ひどい差別だったのに、「夢」を与える映画だから漂白されてる。

(いや、メアリーの夫は黒人差別撤廃、公民権運動に真正面から向き合っていたかな)

感想に「差別は技術的にも経済的にも社会に不利益」みたいなものがあった。彼女らが優秀で、NASAの計画には欠かせない人々だから差別はいけない、というのは、ちょっと違うと思う。

人種性別性的嗜向出身地で人を差別することは絶対ダメと思わないと。

とはいえ、私もヴィヴィアンのような人かもしれない。偏見があるのに、差別してないと思い込む人。常に自己点検しないとなぁ。

それにしても数学の天才って、身近で見たことがないので、頭の中がどうなっているのか不思議。

映画で数学や物理の天才が主人公の映画がいくつもある。最近でも

「イミテーションゲーム」のアラン・チューリング、「奇跡をくれた数式」のシュリニヴァーサ・ラマヌジャン、「ビューティフル・マインド」のジョン・アッシュ、「彼と彼女のセオリー」のホーキング博士とか。

他にもマット・ディモンの「グッド・ウィル・ハンティング」、間もなく公開される「ギフティッド」、天才じゃないかもしれないが「博士の愛した数学」というのもある。

話が逸れた。

マイノリティーが差別と闘って、勝利していく話なので、どこか名画座で上映してたり、DVDになったり、テレビで放送したら、ぜひ見てください。元気になります。
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2017/10/9

ダンケルクを見てきた  映画

ちょっと前だけど、「ダンケルク」を見てきた。娘のお薦めだった。

ダンケルクとは第二次世界大戦の時、ドイツ軍の電撃侵攻によって、仏・ダンケルクの海岸に追い詰められた英仏軍40万人の兵士を救出しようとする撤退作戦のことだ。

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私たちの世代だと「ダンケルク」というと、J・P・ベルモンドだ。数年前テレビで放送していたのを、家事をしながら流し見した。海岸での野営も、カトリーヌ・スパーク(懐かしい)が何故そこに?という感じで出てきたり、あんまり戦争の緊迫感を感じずに見てた。もちろんラストは違ったけれど。

この最新の「ダンケルク」は「ダークナイト」「インセプション」のクリストファー・ノーランが監督した。CG嫌いで知られる人なので、CGを排したフィルム撮影だ。

この作品は兵士たちの1週間、兵士の救出に向かう民間船の1日、英空軍機の1時間が同時に描かれる構成になっている。この時間軸を把握していないと、見ていて混乱するという。

そのアドバイスを娘から得ていたので、助かった。

見ている時はすごいなぁ、素晴らしい映画だなぁと思っていたのに、見終わってしまうと、全く後引きがない。さっぱり終了。いろいろ考えたり、引っかかったりがない。

戦争の残酷描写がなく、まぁ救出作戦がかなり成功して人々に祝われる結末なのが、その理由かもしれない。「漂白した戦争だし」と娘の意見。

そしたら、「なぜ『ダンケルク』は薄味に感じるのか」という批評を書いている人もいるんですね。こちらの考察は深いです。「人物も『概念』だから」。

冒頭若い兵士がドイツ軍の銃撃に襲われるところから、観客も同じようにドイツ軍の攻撃に晒されているような臨場感だ。ハラハラ。

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「戦争っておそろしいなぁ」

若い兵士の1週間、生存のために必死になっている中、最後の一日、民間船はゆっくり出航していく。そして最後の1時間、民間船の上を3機のスピット・ファイアーが飛んでいく。

このスピットファイアーの飛行シーン、格好いいのよ。登場人物を同じように私も思わず「頼むよー」と思ってしまった。

そして、空中戦闘場面、見ていると、日本海軍の飛行機乗りだった義父のことをしきりと思い出した。こういう戦いを南太平洋上でしていたのだなぁ。義父の人生を考えずにはいられなかった。

そして、イギリスは兵士たちを救出するために民間人にも呼びかけた、民間人たちは危険を顧みず救出に向かった。一方、大日本帝国は、若者を爆弾を積んだ戦闘機ごと敵に突っ込ませたんだよ!状況が違うとはいえ、日本軍はひどすぎる。

負け戦なのに、戻ってきた兵士たちをイギリスの人々は歓迎していた。それに引き替え「生きて虜囚の辱めを受けず」の日本。

(アメリカの戦闘機は兵士の安全を考えていたと言うが、ゼロ戦は兵士の安全は二の次だったというし)。

ケネス・プラナーの司令官は最後、ダンケルクに残る。救出作戦の時も兵士たちから見える位置にいつもいる。満州の高級官僚・軍隊は入植した日本人たちを置いて、真っ先に逃げたな。

戦争というと、こんなことばかり考えてしまう。第二次世界大戦の勝者と敗者の違いとはいえ、やっぱり、ここは今につながる問題として、押さえておく必要はあると思う。

その他、記憶に残ったことをいくつか。

フィルム撮影なので、とにかく空と海がきれい。

≪これ一番私の推す理由。CG映画、特にSF、は嫌いです≫

スピット・ファイアは残存の機が少ないので使えず、コックピット内の描写が主になる。トム・ハーディの顔演技。

そういや桟橋に立つケネス・プラナーも顔演技で状況説明してた。

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トム・ハーディのパイロット、有能な人は沈着冷静なんだな、と感心。戦線離脱の僚機にも「グッドラック」とパニックにはならず、泰然。それにトムハが演じると、この人は死なないなと思ってしまう。マッド・マックスだから。

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民間船船長のマーク・ライランスさん、彼もまた、泰然自若。任せておけば安心。
「我々が始めた戦争で若者が犠牲になっている」と言うようなことを語ってた。だから救出に向かう責任がある、と。

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戦時でも「ティーはいかが」。何度も何度も。英国の紅茶文化よ。

兵士たちに供される食事はジャム付きパン。

民間船に乗る若者たちのセーター。手編みですてき。

英国若手俳優が沢山出演。テレビドラマ「戦争と平和」でクズ役の俳優さんも、全く違った人間を演じてた。若手俳優がこの後、どう成長していくか楽しみだ。

見ている時に考えてた「戦争のあれや、これや」、上にも書いたが、見終わると映画がらみでじくじく考えることはない。さっぱり。何故なんだろう。

監督があんまり戦争の悲惨を描くことに関心がなかったのかな。戦勝国の体験だからかな。引用したブログで指摘するように「生きている人間でなく、『概念』だった」からなのかな。

ま、とにかく、見て損はないので、お勧めします。
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2017/7/11

イラン映画「セールスマン」  映画

先日イラン映画「セールスマン」を見に行ってきた。ジャック&ベティに初めて行った。

ジャック&ベティは作品のラインアップがいいですね。この映画の後は「マンチェスターバイザシー」だった。見たかった映画。今週からの「20センチュリーウーマン」も見たい。

帰り、伊勢佐木町の「珈琲焙煎問屋まめや本舗」でコーヒーを飲んだ。
http://www.coffee-mameya.co.jp/

「まめや本舗では、店内で召し上がっていただく珈琲はすべて焙煎したてのフレッシュな珈琲をご用意しています」。おいしかったです。

さて、映画。
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事前の知識は今年度アカデミー賞外国語映画賞を取った作品、監督は以前「別離」で同賞を取った方、サスペンス仕立て、ということだけ。

感想は以下のtweet。


なぜ分かりにくかったかというと、
*題名にもなった「セールスマン」は主人公たちが素人劇団で演じるアーサー・ミラー「セールスマンの死」から取っている。これが映画のテーマとどう関わるかがよくわからなかった。「セールスマンの死」は大まかな筋以外は知らないから。

*サスペンス調で話がどう展開するか分からない、筋を追うだけでせいいっぱい。

「イランの市民生活」が興味深かったというのは
液晶テレビがあり、スマホを使いこなす、車が必需品で外車も沢山ある、アパートの部屋は広くて西欧的。市民劇団では女性たちも演技する(イラン女性が素人劇団で不特定多数の前で演じるとは知らなかった)、高校生たちが映画上映中に居眠りする教師をスマホで撮りネットにアップしようとする、敵国のアメリカの戯曲を市民劇団が上演するのか、etc

まぁこちらが無知なんだけど、スカーフ以外はほとんど西側の映画と変わらない。

脚本が巧み、というのは冒頭のマンションから住民が避難する場面から何が起こったの?どうなるの?と、観客を映画に引き込む。劇団の練習、高校の授業の様子、引っ越しを友人たちが手伝う等ののんきな画面が続き、突然事件が起きる。え、え!という展開。最後の方も「え?彼なの?」という驚き。

監督が何を描きたかったか分からない、ものの、男女の気持ちのすれ違いなのかなと思ったり。

以下ネタバレ含む。





そして、この映画を見ててずっと感じていたこと。

アルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」みたいじゃん。

この映画で私が違和感を感じるのが、「瞳の奥の秘密」もそうだけど、夫・婚約者の犯人への怒り、に、妻・婚約者を自分のモノと思ってないかい?自分の大切なモノが壊された怒りじゃないかい?と思ってしまうのだ。自分の面子だったりさ。

この主人公も、妻に気持ちを寄せる、寄り添うより、犯人への怒りが先に立つ。

こういうのが嫌なんだよね。「瞳の奥の秘密」の婚約者は犯人に陰湿な形で、長年に渡って復讐する。そっちの方が余程怖いよ。気持ち悪い。愛なんかじゃないよ。

この映画の救いは、妻が生きていること。夫へ自分の意見が言えること。妻の思いがテーマだったのかなぁ?犯人側の家族の姿も、テーマの一つだったのかなぁ?

よくわからない。

俳優さんたちはみな良かったですね。イランの方々は美形が多いです。
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2017/5/25

美女と野獣を見て来た  映画

娘が絶賛の実写版「美女と野獣」を見て来た。

平日、ムービル初回は30〜40人くらいの入りかな。公開から日にちがたってるので、こんなものだろう。

感想。

ディズニーが総力を挙げて作った作品。あらゆる意味でプロの仕事ですわ。

一瞬も緩まない。

ディナーの場面。MGMミュージカルへのオマージュとはこいうのをいうのだ(ラ・ラ・ランドの監督さんへ)。

俳優さんたちが超一流。

イアン・マッケラン、エマ・トンプソン、ユアン・マクレガー、スタンリー・トゥッチ。

エマ・トンプソンは歌もあんなに上手なのか。多芸な人だなぁ。ユアンが歌が上手なのは知ってた。

主役のエマ・ワトソン、ダン・スティーブンス、ルーク・エヴァンスはもちろん適役で魅力的だった。

イギリス俳優が多い。演劇の伝統なんだろうね。

ガストンのお付き?太めの人、歌が上手いなと思ったら、「アナ雪」のオラフの声の俳優さんだって!道理で達者なはず。

タンス役の方、トニー賞6回受賞の超実力派女優。道理で別格でした。

「シャーロック」シリーズ1、エピソード3の贋作オーナー役の女優さんも出てた。

エンディングの主題歌はテロに見舞われてしまったアリアナ・グランデが歌ってるんですね。

それと野獣の、題名は知らないけど、歌い上げる歌、エンディングではジョシュ・クローバンが歌っているそうで、終わった途端、思わず拍手してしまった。

音楽が良いと。それだけで満たされる。
ベルが勇敢な女性なのもストレスがない、勇気づけられる。
(日本映画はなかなかこういう女性を描かない)

とにかく楽しんだ。孫娘にも見せたいな。


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2017/4/30

ヴィスコンティの映画  映画

WOWOWでルキノ・ヴィスコンティの映画を連続放映していた。

「夏の嵐」、「若者のすべて」、「ベニスに死す」、「ルードウィヒ」、「家族の肖像」

そのうち、「若者のすべて」と「ベニスに死す」はテレビで放送していたのを見たので、除外、3作を録画して見た。

「夏の嵐」は若かりし頃、映画史の本で写真とあらすじだけを見た。公爵夫人と敵国軍人の破滅的な恋。モノクロのスチール写真は格調高かった。

映画はオペラ「イル・トロヴァトーレ」から始まる。アリア「見よ、恐ろしい炎を」の時にイタリア独立運動の活動家たちがビラを撒く。

そういう映画かと思って見ていたら、段々、通俗恋愛ドラマになって行った。

最終的には「え〜、何だよ、これ」だった。

退廃的耽美的な演出が見ものなのだろうか。アリダ・ヴァリは美しい。大人の女よねぇ。声が低いのも魅力的だ。

私は「第三の男」とか美しいアリダ・ヴァリは知らなくて、初めてスクリーンで見たのはパゾリーニの「アポロンの地獄」で、オイディプスの育ての親役だった。

それと、関係ないけど、当時、公爵夫人てこんなに自由だったのかとちょっと驚き。お付きを連れず一人で兵舎まで愛人を訪ねて行ってしまうし、夜の街も一人で歩く。

「ルードヴィヒ」は文句なしの傑作。美術、衣装、照明、撮影、登場人物、全部美しい。ルードヴィヒ2世が時代の波にジリジリと追いつめられていく様がリアルに描かれていく。

4時間の長編なので、何回かに分けて見た。しかも途中ふっと記憶が途切れた所がある。

精神的にはかなりキツイ映画だった。

それにしてもロミー・シュナイダーとヘルムート・バーガー二人のアップはため息が出るほど美しかった。

ワーグナーも主要登場人物。あやしげな人物だよねぇ。ルートヴィヒはあんなに尊敬していたのになぁ。コジマ役はシルバーナ・マンガーノだった。彼女はいつの時代も細眉。

ワーグナーの音楽はローエングリンくらいしか気づかなかった。あ、シューマンの「子供の情景」(ピアノ曲)も流れた。

「家族の肖像」は以前も途中で断念だったが、今回もあきらめた。テンポが遅くて、見てられない。狭い空間で、電話のやりとりや賃貸契約のやりとり、痴話喧嘩。後半は話が進んだのかどうか?そこまで見る気力がなかった。

ヘルムート・バーガーはルートヴィヒとは全く違う雰囲気で魅力的だったが、映画自体が退屈でダメだった。「ベニスに死す」も途中で寝てしまったし、ヴィスコンティの映画世界が私には理解できないのだろう。

でも、「ルートヴィヒ」がもしまた放送されることがあったら、もう一度見てもいいかなと思う。途中寝てしまったところがあるので、ちゃんと見ないといけない。
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