2005/4/13

小児科Part4  町の話題

本日の北海道新聞朝刊で札医大の小児科医を道外へ7名も派遣している。地方は小児科医不足に喘いでいるのにという記事がでました。記事の中で昨年取り組んだ小児科医師の常駐を求めるために留萌管内の8町村、札幌や都市部の方でこちらに実家がある方など1万4千人にのぼる署名を集めました。都市の方からするとそんな数かい!って思われるかもしれませんが、これは道立羽幌病院が地域センター病院として、その中核に位置する苫前町・羽幌町・初山別村の三町村で署名活動が発起しまして、三町村では実に70%超える署名が集まりました。いかに住民にとって深刻な状況かをうかがいさることができるかと思います。
子供を産むために、近くて40数キロ離れた留萌市での出産を余儀なくされ、周辺の町村が留萌市立病院に集中してしまうため、100キロ、200キロ離れた都市の病院で出産する方もすくなくありません。そのときのリスクを考えたとき若い夫婦にとって子作りに踏み出せないという現実が地方で起こっています。少子化に歯止めを!なんて、これでいいのでしょうか?詳しくわたしのキモチは過去に何度か記事にしていますのであまり多くは書きませんが、今回、道新に掲載されたことも、本当の根っこの部分で北海道と札幌医大が過去、どんな状況で何があって、どうだったのかは真意はつかめていません。ただ、聞き及んでいる中や、今日の記事でも道の幹部は「そんなこと知らなかった・・・」というように、明らかにコンセンサスのなさや認識がうすかったり、すれ違いだったりしていたのだろう。過ぎてしまっていることをいつまでも、とやかく言うことはしたくないです。だから、北海道はしっかり、各町村の状況の把握(北海道としてすべきこと)や町村との連携をしっかりたもって欲しいと願います。当然、今までもしっかりやっていることに理解はしているところですが、なかなか、根本からの打開策が見出せない状況なのでしょう。住民運動が起きたこの地方では、やはりその動きをきっかけとして対話や情報収集などをするなどのリアクションも見せて欲しいし、言葉は悪いですがその力をうまく生かして欲しいと思います。
そのために町やわたしたち議員・町民が協力する姿勢や行動を取らなくてはいけないし、意識の統一を図る必要があると思っています。
今、5月からお起こし頂く先生の期間についても情報収集している最中ですが、どうも、はっきりとはしてませんが、短いのかもしれません。そんなこともありまた、発起人の方々で話合いも必要になってくるでしょう。

日本全国、どこにいようが、多少の利不便があったにせよ、皆同じ医療を受けられる環境を心から望みます。

キモチが伝わりましたら
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過去の小児科関連記事
2005/02/12 小児科医療
2005/02/17 小児科常勤!!
2005/03/28 道が産婦人科医 再配置
2005/04/13 小児科Part4
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2005/4/12

修羅  町の話題

今日から、かねてより新聞報道等で報道されておりました、修羅(大型の木そり)の展示が苫前町公民館ではじまります。(その前はとままえ温泉ふわっとにて展示)
この修羅(木そり)は先人が大木や大石を運ぶ道具として使用していたそうです。全道的に見ても極めて珍しい冬期の雪上運搬具として注目を集めてます。実際これを見ると先人の苦労がつたわってきそうなオーラが発せられています。この極寒の地で私たち子孫の繁栄を願い、海に、山に、川に感謝を忘れずあくせく血のにじむような開拓精神とその生きるための知恵や力強さを私たちに訴えかけているような一品です。一見の価値ありと思います。詳しくは町のホームページお知らせで社会教育課が報告していますので、是非ごらんください。
昨今の苫前町を取り巻く、あらゆる状況に対処すべく情報を集めたりしていますが、なにか空虚さを感じることが多いです。ましてや、この先人の使った道具(修羅)である一つにすら、私は現状と逆にうらやましさすら感じます。
国では地方財政計画の見なおしの議論がはじまったようですし、北海道では道州制のからみの中様々な動きがあるようです。当町においても、先日の私の一般質問でも述べたように、重要なことが(行財政計画やまちづくり条例その他多数)今年、進められることになります。
なんだろう?あたかも他人事のように?いやいや、議員のお前がそもそも、もっと活動的に町民と意見交えないといけなんじゃないの!そうだろうなあ・・。俺も勝手なことばっかり言っちゃってとおもうことが多いですが、いずれにせよ、意識バラバラ。こんなんでいいんだろうか?
「それは、人の価値観だから」とか「個人々の意見だから」とかではなしがおわっていまうことが結構あって、人はなんで生かされているかということを考えなおそう。そんな価値観の違いや意見の違いがあって不思議でもないし当たり前でしょう。ただ、そこを尊重しあうことでキモチの接点ができれば少しずつ時代は形成されてくるんじゃないのかな?ただ、古惚けた一つの道具の修羅にあっても、沢山の先人の知恵や雪山から大木を運ぶためにどうしたらよいのかみんなで考えたんだろうなと思うと、前段の話じゃないけど、うらやましく思う。向かうべき目的にとれだけの人がかかわったのだろう。今の国、北海道、町はどれだけの人がどれだけ人のためにやっているのだろう。手前の立場でいうのはいささかおかしいかもしれないが、どれだけの人のこと思っているだろう(当然、私も含めて)人は人によって生かされているということを決して忘れてはいけないのだ。それは、生きていようが死んでいようが同じことで先人たちが拓いてくれたこの大地北海道にわたしは住んでいる。これから、いろんなお祭りがあります。移住記念祭や木霊慰霊祭など、先人の苦労を偲びつつ、今度は私たちが永世子孫のために残さねばならない精神(キモチ)を伝承しなくては。その上ではじめて町をどうしていくか、何が必要か、現状を冷静に判断し的確に答えを導き出すことが今、自分にもとめられていることなのかもいれないです。

取り留めの無い話になりましたが、修羅を題材にしました。
修羅はこんな感じのものです。↓
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2005/4/11

北海道!自然・・・。  大志のキモチ

3月議会の報告もさることながら、いつも手順の悪さに反省の毎日です。
そんなこととは裏腹に昨日は実にゆっくりとした休みを過ごさせていただきました。
先日の金曜日、私は6時半に旭川で行われる勉強会(商売の)に参加するため霧立峠を通り向かいました。眠気がさすので車を止めながら景色を楽しみました。自然豊かなわが町。山や川そして海がある最高の場所と自負してしまうが、雪解けの春、いつもより雪解けが遅くまだまだ山肌には雪がたんまり残っています。毎度のことだけど、春はゴミがやたらと目に付く。それもそのはず、冬の間、ゴミの上に雪、またゴミ、雪と数ヶ月分蓄積される。残念の一言・・・。このゴミは、ほとんどが大人がすてたものに違いないと思うとまたまた残念。日本人の心に宿った捨てるというキモチはいつになったらそのキモチを捨て、物に対して尊うキモチを取り戻すことができるようになるのだろう。くしくも、そのあとの勉強会では東アジア人の体には倹約遺伝子が多く存在し、それに合った生活(食生活)を送っていないことに、現代の生活習慣病が生まれるのだと。そんなこんなで複雑な気持ちになりました。
そして、その山肌を見ると白さが目立つ。これは、なんだ??単純な話、木が無いんだ。ずるずる落ちている、ほんの小さな雪崩のあと・・・。緑いっぱいに見えるのはあれは笹だ。山は、緑は北海道の魅力のひとつでしょうが、今、この地方で山を助けることがどれだけされているだろうか?おかげで、川はにごり海は汚れる。先週も思う。サーフィンをしながら、河口の水に気をもみながら、これから本格的な春が訪れますが、山菜とりなどには(私も大好きですが)マナーを守り少なくても自然から、恵みを頂戴するのだから恩をあだで返すようなことがないように北海道大自然を楽しみましょう!
そんな、わたしたち田舎人も本当はもっと気をつけ、共存しなければいけないでしょうが・・・。

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2005/4/7

老人クラブ総会にて。  大志のキモチ

今日、古丹別地区老人クラブの総会に呼ばれ参加しました。無知な私は当クラブの活動の多さに驚きました。墓場の清掃から公園の花壇の花植えや神社の清掃などあらゆる、地域に対する活動や自らが保健福祉に関する活動したりと、とても活発な動きに敬慕の念が絶えません。そんなクラブも会員が減少したりと新規メンバーの加入促進などを推進したいそうです。そこで、今回の総会において会の名称変更をしようという議題が出されていました。どうも老人という言葉に抵抗感があるようです。すばらしい名称になることを願っています。
総会後の懇親会では、人生の大先輩としての意見と人生の若輩者として意見を交換することができました。うれしいことに「友として話しよう!」という言葉をかけていただき、お互いを理解しあい有意義な時間を過ごさせていただきました。その中で、当時戦争・後などで今のように教育(学習)が満足に受けられなかったこともあり一年を通じ数回でも中学校などで授業を受けたいということで可能かどうかなど当時の思いを含めお話されてました。幸い、苫前町には学者融合事業ですばらしい活動内容を誇るものがあります。こうした中の延長として年輩の方々は子供たちに自然で生きる方法・技術・知恵を教え、子供たちは人間らしい生き方を学びます。そして年輩の方々は学習したいと願い、今度は子供たちとともに上手い方法で勉強するという形ができれば、これから、私たちが田舎でむかえるであろう将来に忘れかけている日本人の心を復活させ、伝承していけるんじゃないかと思います。そして、時代の流れを的確によみ、生き残っていきたいと再確認させられたものでした。物があふれ、不自由のない中で育った私たちにとって不足していたものを今更ながら、補う精神と、本来なくてはならない心をとりもどすことができればと思います。そういうことがきっかけで日本の流れは変わるのかと。金・金・金ではなく、お金は人の心の豊かさのなかにあって、必要なものに使われてこそ有効な道具の一つになるのだろうと・・・。心の豊かさがないままのお金は魔物じゃないか!?
そんな日本に私は戻ってほしいと願ってやまないです。
度々、長くなってすみません。今日はそんなことつくづく感じさせられました。

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2005/4/6

チャレンジデー  町の話題

昨日、晩にチャレンジデーの打合せ会議がありました。
各方面から老若男女問わず、沢山の方々が集まりました。チャレンジデーをごく簡単におさらいすると、私の解釈で恐縮ですが、日本のどこかの同規模のまちと対戦します。なにを?そこがキーポイントで私はこう思います。本来はスポーツの振興であったり、福祉活動を通じて健康維持を目的に行い、そのきっかけつくりになるものです。私はそれ以上に奥深く、秘めた可能性がこの事業にあると思っています。それは何かというと、現代の日本にとって希薄になっている、人と人のつながりです。たかだか4000人ちょっとの人口のわがまちでも、お互いが知らないということは都会同様にすごく見受けられます。助け合いの精神といったとこでしょうか?前にもチャレンジデーについて記事にしたことがありましたが、そのときは私のキモチにはほとんど触れていませんでした。今年度はまちづくり条例の策定に取り組むわがまちです。住民がいかに町にかかわり、お互い理解し合いまちをつくっていくのか非常に重要になります。そこでどれだけ町民同士声を掛け合いまちが一体となって取り組めるか、やり方によっては今後のまちを占う好材料にもなり得ます。また、これをきっかけにつきあいができたり、子供たちはまちの大人の顔を知り、見たことある大人になります。子供が助けを求める(児童をねらった犯罪など)ときその範囲が広がる。まさに対戦相手ではなく、我が町苫前町の住民意識のスキルアップにつながります。時間はまだ残されています。これから、一人でも多くの町民に勇気をもって参加の呼びかけをしてください。そして当日、是非参加してほしいです。健康活動を意識したものであれば、ゴミ出しに歩いていき、ついでにぐるっと15分歩くも良し!田植えの苗運び競争!でも良し。これから、回覧等でその辺が周知されると思います。
ちなみにこの事業は町費は一切かけずに行う事業でお金もほとんどかけていないのが実体です。こんなご時世だからこそ大事にしたい事業だと思います。疑問なことがあったら連絡ください。

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