2007/8/22

刻む  大志のキモチ

生意気にもボクは主張をする。
この小僧が!って心の中では思っていたかもしれないが、そこを相手にしないではなく、俺はこう思う、と熱っぽく主張を受ける。
その中に、ボクの言いいたいことを理解しようとしてくれる姿があった。

昨日、亡くなられた渡辺参事のこと。

思えば、ボクは沢山お世話になったし、迷惑や不快な思いをさせただろう。
しかし、そんなボクの考えを他所に、いつも熱っぽく町のことを語った。それは数知れず。巡り会わせとは不思議だ。議会においても課題や質問、活動を取り上げる時、渡辺参事の時が非常に多かったように思う。
町を考え、自信を持って主張する姿は、ボクには頼もしくもあり、議論できるといつも感じていた。その裏には、こんな小僧にも対等に接してくれ、ボクの話もたくさん聞いてくれた。その姿だけでもありがたい。本当にありがたかった。

まちの神社祭一つでも、レポート用紙に課題や問題点を挙げ、ボクに提言する。
「若い人たちの祭りを盛り上げようテンションを高くしようと思うことはわかる。でも、そこは、こうした方が関係者や町の人たちにはこう映るんじゃないか」とか、「来年こうしてみないか?そうでなければ、誰がこの神社、祭りを受け継いでいくんだ」。とか熱く議論したのが1年前。

町を考え、ボクを子ども扱いすることなく、一つの大人として、議論してくれた大先輩に心からのご冥福を祈りたい。

闘病生活に入るとき、ボクの店に寄ってくれた。
「負けてられないんだ。もう一度、自分の思うことやりたいことに挑戦するんだ」と涙ながら話して下さった。

町を思う一人の熱い熱い方がこの世を去ったことは誠に惜しいことではあるがそのキモチに、残されたものは何を思い、感じ、動くのか。
昨日、弔問に行き、お会いした時涙が溢れた。それだけ、今のボクの中にもしっかりと存在しているのだと思う。

今夜は通夜。
渡辺参事を偲びながらしっかりと胸に刻みたい。

渡辺参事これまで本当にお世話になりました。としっかりと供養したい。
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