2008/1/29

若者の灯。  大志のキモチ

先日、若者たち10名ほどと新年会を行いました。

今を楽しく過ごそうと同じ趣味を持ったもの同士楽しい宴となりました。
人口の減少に歯止めがきかない状況の中、仲間の多くが職を求め、転出していくのをこの数年目の当たりにしています。
当然、その趣味の領域であっても、各々が愛好する団体においても存続が危ぶまれるような状態です。

しかし、それは現実と受け止めながら、地域で働き、その余暇を楽しみ、まちで住んでいる証と愛好するクラブを通じながら地域の活動に積極的に参加しているみんなを見てお互いに励ましあい、助け合い、飲みながら、時にはケンカなんかもしながら、いがみ合うことなく頑張っている若者の仲間を心強く思います。

ただ、そんな中でも、飲み会も終わりに近づくころには、本音が出ます。

『大志に悪いけど、このままここに住むことにはとてつもない不安を感じる』
『正直、今にもこのマチを離れようとも思ったりする』(不安の中で)
こんな、悲痛ともとれる声が多く吐き出されます。

そして、そんな必死な思いもかき消して過ごしているのだろうか、わかっていてもわからないふりをしているのか、だまって見過ごしているのだろうか、あまりにこの状況を受け止めていない人が多いんじゃないの?との問いに言葉がでなかった。

そして、幾人かはこう語りました。
昨年末、亡くなった松原さんのことは、このまちにとって衝撃的で、あまりに大きい痛手を自分を含めて役場、議会の人、マチの人は感じないのか。
とんでもないことがこのまちに起こっているんじゃないかと。
今でも松原さんの死が信じられないと。

まったく同感である・・・。

支えていかなくてはいけない若者たちが、このマチで暮らすことへの悲痛な思い、そして起きている現状を敏感に感じていることは、もっともっとプラスに転じるように考えなくてはいけないと思うことしきり・・・。

だって、やっぱりマチに若者がいなくなったり、子どもの声がきかなくなったりするこのはマチの将来にとって明かりが一つ一つ消えていく気がしてならないもの。
その基礎となる一次産業へ従事する若者たちへとれだけ後押しが出来るか、といってもおんぶに抱っこをさせるのではなく、自主性を尊重しながら、単なるお金の話ではない支援にどう取り組めるかというところは、何も行政任せであってもいけないし、地域の中で、仲間の中でどう意識付けができるのかというところ。
それは、ここに暮らしながら敏感に感じるところ、住民のみなさんと共にというところでいけば、しっかりと存在を示していた松原さんは、やはりすごいと思いました。

いかに触れあい、意思を同じく持つか。
それは、何もカッコのいい話ではなく、自然な暮らしの中から湧き出てくるものであって、それがマチを創るってことになるのだと単純に思うのです。

結局、それが真の分権のあり方に繋がるんだと思うんですが・・・今はそんな進みではなく、中央からどんな方針(法律)が出てくるんだろうと、遠くから眺めてるんじゃ・・・だよなって思っちゃいます。

じゃーやれよ!!ってところなんですね。
そんな人の心(キモチ)ややり方を変えて行く事って並大抵のエネルギーじゃ持たないのかなと思いながら、エネルギー溢れる源が日を追うごとに失われていく状況を知りながら立ちすくむ自分には絶対なりたくない。

やっぱり、初心の中で思う。
『お前一人がどうこう言ったって』『うまく渡っていけ』と言われても、譲れない人の心があるんですよね・・・。

どうしていいのか、メチャクチャ悩みます。
自分は俗に言う『政治家』ではないんだとつくづく思います。
だとすれば、地方議員とは何ぞや!?

そんなことをまた考えさせられた週末でありました。

みんな、老若男女ここに暮らすことは出来ないんだろうか。
何とかしてーーなーーーToT;

0

2008/1/24

学ぶことが多い・・・。  大志のキモチ

今年に入り亡くなる方が多い平成20年のスタートで。

同時に、経済状態も最悪の中、職を求め都市部への転出も後を絶たない中、昨夜のお通夜に参列し、ご住職のお説教を聞いて握り締める思いがあった。

最近、本当に経済的豊かさの中で失われた心を取り戻すことの難しさ、生活することの大変さが痛切に感じることが多く、実際、議員をさせていただきながらも、この地で最期まで懸命に生きる(暮らす)ことへの不安は絶えない。
『本当にこのままで大丈夫だろうか・・・』『やっぱり無理なのかな・・・』と返す返す頭の中で思いがめぐる。

厚生病院との存続、運営形態の変更などの協議、施策展開なども何とも不安に不安を重ねてしまうような進み方があったり、どれもこれもしっぺが返されていく様に住民のみなさんの生活、暮らしは守られていくのだろうか・・・。
町の理事者はこの先、住民のみなさんにどんな暮らしを送っていただくことを描いているのだろうか!?どんな公共を創り上げようと思っているのか!?子供たちにどんな未来を築いて欲しいと願うのだろうか!?まったく、私には伝わらない・・・。理解する能力に欠けているのだろうか・・・。

最期まで懸命に生きたい。
そしてこの町で暮らしたい。

そんな、今まで当たり前だった思いも、もう一度戻って考えなくてはいけない時がきてしるということを受けとめなくてはいけない。

説教の中で、あきら・・・める。『諦』という言葉の意味。望みを捨てるということではなく、はっきりさせていくことが、この町にも必要なのだと思う。昨日の住職の説教を聞きながら思ったのだが、そこに向かいどうやっていくのかはそんな簡単なことではなく、ほんのわずかな進みすらできない自分にとても腹が立つ。

潰れてしまいそうになる時、この言葉を忘れないでおこうと思うと同時に昨日亡くなられた古丹別商店街の発展に尽力くださった故人を偲びたいと思います。
0

2008/1/18

ダイヤモンドダスト、昨日の議論  大志のキモチ

何年ぶりだろうかと思うくらい、今朝はしばれて、きれいなダイヤモンドダストが見ることができました。

子供たちを保育所に送っていくとき、メッチャきれいでした!!

これぞ、北海道!!ってな感じで久しぶりに鼻の中も凍りそうな、懐かしい朝でしたね。

昨日は、臨時会において、先月、青木議員の一般質問でも出せれました福祉灯油が提案され、可決されました。
また、その後の全員協議会では、広域火葬場の件、財政健全化計画の素案が示され、議論が交わされ、また、先日議員代表が厚生連との厚生病院のあり方などについて意見交換をするため札幌の本部へ出向いた結果の報告がなされました。

苫前町の火葬場においては、老朽化が相当激しく、設備、建物においてもいつ故障やトラブルが生じてもおかしくない状況で、早期の火葬場建設が必要であります。この火葬場については、近隣の羽幌町、初山別村においても同様に建設の必要性があるため、以前より、広域での建設を目指し議論がされてきました。
その議論も大詰めをむかえ、PFI方式または直営方式と様々な有利性や地域経済への影響など、勘案しながら進めてきました。

財政健全化計画については、今回示された素案について、私は削減や見直しの項目についての議論はあるんでしょうが、大枠のそもそも論の確認と理事者側の認識についてしっかりと協議したく、質問を繰り返しました。
議論の中身は私自身の考えるところや思いというのはかみ合うことなく、終始してしまいました。これは、私自身の考えを伝える能力の無さもあるのでしょうが、なぜ、健全化計画を建てなくてはいけないのかというところや、その危機感や必要性を町が一丸となって取り組まなくてはいけないところ、あくまでも計画、予定であるからという言葉が出てはその真意が容易に読まれるわけで、本来、こうした財政計画、総合振興計画はこの計画が達成されることを望まなくてはいけないし実効性のあるものにしなくてはいけないのであって、その計画に沿う形にするには、どんな方法や手はずで進めていくのか、しっかりと数字に裏付けられる計画、表現が必要だと思います。
しかし、そうするためには、理事者側のリーダーシップの中で、作り上げていかなくては『絵に描いた餅』になりかねません。

というより、私はそのように受け取りました・・・。残念です。

先のことは今決められないとするなら、いつ、このまちが目指す姿を町民のみなさんとともにまちを創っていくのでしょうか?疑問です。
その場その場の状況で、町民の皆さんには、事後的に知らされて、目先のことを対処していくことに終始するのか。(そもそもまちづくり基本条例を制定しているまちではあり得ないことです)
なぜ、今こうしたいのかというところを、実はこの先には、こうするためだとが、こうした行方を描いているからとか、先に繋がるための行政運営にも心がけて欲しいと思うのです。

何はともあれ、今朝見たダイヤモンドダストのように、晴れ晴れと輝くよう願いたいものです・・・。
0

2008/1/16

成人式  町の話題

成人式に出席し、感動しました。
僕が古丹別に戻ってきた時にまだまだ子どもだった子達がすっかりと大人っぽくなっている姿。そして、立派に考えている姿、スタッフの演出など素敵なものがありました。

地元に残り、仕事をしている人、大学や専門学校などで勉強に励んでいる人、様々だと思います。
その中で、苫前町で純粋に育ってきたその気質は変わっていないなあと見ていました。

来賓席に座った自分ですが、彼らの姿を見て、元気付けられたし負けてられないなと思っていました。
こういう場面では、どちらかというと教えはあって良いのでしょうが、上から目線でものを言う人が多いのかもしれませんが、この成人式を機として、若い彼らの話や考えに耳を傾けたり、懇談するということが、大人になって経験を積んだ者としても、一つのきっかけなのかと思いながら見ていました。

彼らが何を考え、何を主張したくて、何をしたいか、大人としての尊重とその立場になって考えてみることの重要さが、何とも言えずに感じたのでありました。

そのことによって、彼らは、この社会においてもっともっと意気揚々と活躍する幅をひろげんるんじゃないかと思うのです。
私は、特に恵まれていたのかと思うことも多々あり、今、このようにこの町で暮らしていける感謝があります。
それは、近い先輩や大人の方々が私の話や行動に理解をしてくれたこと。今、自分がその立場なのかと思うと、自分はしっかりと同じような行動を取っているのかと振り返ると自問自答を繰り返したりします。

結局、若い彼らと自分たちとは、そんなに変わっているわけでもなく、お互いが尊重できる状況を作ってさえいえば、色んな視野、視点が生まれるだろうなと思いました。

取り止めがありませんが、何はともあれ、今年、成人を迎えたみんなにこれからの人生に幸多かれと願いながら、幾多の喜び、苦しみ、悲しみなどを乗り越え活躍して欲しいと心から思うのでした・・・。

ほんと、まとまりないな^^;
0

2008/1/14

かるたシーズン到来!  

かるたの季節がやってきました。
ちょっと、趣味の記事で恐縮です^^;

今年はじめの大会が先日の土曜日の夜から日曜の早朝にかけて行われました。

この大会は、遠別のクラブの故早川会長を偲び開催されている大会で留萌管内はもとより、道北地区のクラブ、愛好者が出場する大会です。

これを皮切りにこれからいくつもの大会が開催されるわけです。
今年は当町苫前町でも主管クラブとして、留萌管内連合会大会が開催されます。

今年は一昨年、昨年と着実に稽古に励み、全道大会でも強豪クラブに立ち向かっていけるレベルになってきたのかなと感じる若手諸君が、次々と仕事の都合でこの町を離れなくてはならないという現状となり、一人しか残らないというところまできてしまいました。どうするこうすると喧々囂々と話をしてきましたが、結局、みんなで自分達がやれることで精一杯繋ぎ、辛抱するしかないというところでみんな一生懸命、稽古してきました。

自分はというと、そうは言っても、やはり予定が過密になっている、近年とかわらない状況で当初話してきたほど、会に貢献できていません。
稽古が始まってから、3,4日の参加、延べで10回の稽古に満たない状況です・・・。

大会当日も、私用のため旭川へ早朝より出掛け、古丹別に一度戻ってから、折り返し留萌のJC新春の集いに参加、その後所用で別な場所へと予定していましたが、あいにくの猛吹雪のため延期し、一路、会場の初山別へと向いました。

試合開始までに間に合い、一回戦棄権敗退することなく、出場しました。

全道大会入賞経験のある実力メンバーの一人の蟻戸くん(九重・農業)がこれまでは、一番年下で先輩たち二人についていってましたが、今年から一人でチームを引っ張ります。そこに私・・・。足引っ張らなければいいケドと思いながらって感じです。ポジションは中(中堅)でした。突きのポジションは今年加入に若い前田くん。

結局、2回戦敗退と悔いが残る結果でした。

守り、突きと拮抗した調子、ゲームとなると鍵になるのは中。1回戦もイマイチ波になりきれない守りきれない、情けない感じでしたが、2回戦はもっと不甲斐ない姿を露呈してしまいました・・・。(ToT)
メッチャ悔しいったらないですわ・・・。序盤、中の札の出が好調だったにも関わらず、抜かれるわ抜かれるわで、軽くショック受けてました。しかし、読み手の方は取っても読んでも一流ですので、中盤から終盤に掛けてしっかりと合わせて行こうと思い取るのが精一杯でした。終盤はなんとかなってはきたものの、相手の選手(守り)の方が上手でポジション変更をしても及びませんでした。蟻戸くん一人が何とか気をはいてくれて、1対1まで行きましたが、稽古に優るものは無いとつくづく感じてしまいました。

何はともあれ、シーズンは始まったばかり、久しぶりに会う(ということは出稽古にも行ってない・・・)方々と交流もできたし、何人かにこのブログを突っ込まれちょっと恥ずかしい感じしながら、ひと時の余暇を過ごせたと思っています。

忘れちゃならないのが、開催する遠別町をはじめとする初山別のクラブのみなさんへの感謝を忘れず、亡くなった早川会長を偲びたいとおもいます。

かるたが息の長い活動となるように自分で出来ることを楽しみながらいこうと思います。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ