2008/4/18

プラス  大志のキモチ

現在、商工会青年部の副部長として帰郷後から、参画しみんなで色んな事業を行ってきました。

昨年度末でとうとう部員は6人という極めて小所帯になってしまい、事業の推進にも暗雲がたちこめるような状態になってきています。

しかし、今年度今のところ2人の新たな新入部員を迎え入れるようになりそうです。
今夜の青年部の例会で承認されれば、来週の総会時には部員が増えそうだといううれしい出来事です!!

お見合いツアーや、苫前町の良さを町内外で体験するホーストレッキングを軸とした事業や、町内の企業が奮って子供たちにアピールして子供たちに仕事への夢を持ってもらおうとした事業など、全ては人が絡みます。

人がこの地に生活して成り立つ私たち商工業者。
支えるべきものは人との絆であり、共に尊重しあい、共に問題を解決していくこと。(そこが一番難しいのでしょうが・・・)

何度も言われますが、私は決して町理事者に敵対して発言や提言をしているわけではなく、この住民のみなさんとの絆や視点の中からの解決すべき提言や提起であるし、議員としてのあるべき、議会における権能を考えての言動だと肝に銘じています。
二元代表制の地方において、それぞれの役割を認識すべきだと思っています。

話がちょっと脱線しました。

若い私たちが、これからの町を思うとき、可能な限り結束し、時に激論、時にわきあいあい語らい、楽しむときはおーーーいに楽しむ。
仲間が増えることにはかなりうれしいことです。
マイナス、マイナスばかりの話が多いですが、商工会青年部はプラスの話。

久しぶりにプラスの話はやっぱりいいもんだ。
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2008/4/16

展望  

地元の農家のみなさんは忙しく日々作業をしています。
生産に思いを込めて、情熱を持って農作業に勤しむ姿は本当にありがたく、私たちはそのありがたみを知りながら、日々の食事を頂いています。

そんな、苫前町農業協同組合の総会が先日行われました。

農業を取り巻く情勢は貿易交渉をはじめ、食の安心、安全の関心や原油や穀物の高騰など極めて厳しい状況となっていることは耳にしている人も少なくないと思います。

人の畑はなんとやらで、実際どんなに大変なことが知らないところがあるかよくわからないことが多くあり、本当の大変さはやはりその道に踏み込まなくてはわからないのだと思います。
しかし、疲弊した地方、この苫前町において、漁業もそうなのですが、やはり最後に活路を見出すとしたら一次産業の振興や元気を取り戻すこと、尊重しあいながら、町の核として色んな付加を町全体で盛り上げながら、お互いが地方(田舎)で生きていくことなんだろうと思います。

先駆的な視野も持ちながら、生産するアイデンティティを失わず、私たち住民や国民もしっかりとした食にたいする価値観を育まなくてはいけないと思うことしきり。

この町を、この地域を何とかしたい。
ここに住むことが年を追うごとに、普通ではなくなてきている状況にただただ指を加えて過ごしているだけでは、その流れに流されてしまう。
そんな恐怖感と、一歩踏み出せない足りない勇気と決断に右往左往しながら、自分の居場所を見失いそうにいる自分との葛藤・・・。

色んな活動をしてきている一つに形としてこんな動きに展開しています。
シーニックバイウェイ制度を活用し、歩みをのろくても少しずつ一つの輪としてこの地域が動き出していることも事実です。
都会のマーケティングのプロの方や学識者も、この地域に少しずつ入ってきています。このことは、何を意味するか。可能性がここには眠っているんです。気づいてないだけ・・・。
私は橋渡しとしての役目を果たせてきたか、いずれ結果が出てきてくれることを信じて、神経すり減らしながらも前に進むしかない。
留萌管内は北海道の秘境たる地域であって、人が生きることを学ぶステージで、ここにはその材料が揃っていると今でも自負しています。
絶対、生活できるんだと信じています。

必ず、日本は日本に住む人は忘れた心や必要な材料はこの留萌管内にあることを知り、需要は生まれると考えています。

今は辛抱。
必ず、この流れはこちらに向く。
その準備をしよう。
いや、今は芽を出さずとも種をまき、真摯に取り組もう。

怖いけど怖がることはない。

私はこのまちに住み続けたい。
そう思う、みなさん共に頑張りましょう。

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2008/4/15

グリーンシード21総会  

19日(土)にグリーンシード21の総会が札幌行われます。

議員となり、様々な勉強をしていなくては町側とまともな政策論議ができない。そのためにどうしたらよいか、セミナーなどで勉強したり講演などを聞いたり色んなところに出かけていました。
また、情報の提供や議員活動など、どんな展開をしていったらよいかなど手探りの中いたところ、山を越えた近隣の町の美深町や下川町の議員さんたちと交流を持つことができて、グリーンシード21に入会しました。

全道各地には、先進的で積極的な議員活動をしている方々がいっぱいいることを知り、どうしたら良いかなどの良きアドバイスなどを頂いたりしました。

また、このグリーンシード21は議員だけではなく、自治体の職員さんや、大学教授の先生や民間の方など幅広い方々で勉強会などを開催したり、情報交換したりしています。

今週末は、同じメンバーで喜茂別町長の菅原さんから地域医療問題を軸として、事例などを聞かせていただきます。(以前から情報、意見交換させていただいておりました)
喜茂別町は、苫前町と同じ厚生病院の構成町村でもありますし、また、診療形態も無床診療所へと移行していることから、しっかりと勉強させていただきながら、また情報、意見交換をさせていただき、今後のこの苫前町において必要な議論の糧としたいと思っています。

3月の一連の動きからこれといった議論の展開が見えていない中、これまでと同じ轍を踏まないように、町側からのアクションがなければ、こちらからも積極的に押していかなくて、またも『時間がありませんので』なんてことは避けたいと思っています。

しておかなくてはいけなしことを知っててやり過ごすことは、どれほど大変な事態になるのか、先の計画、見通しを明らかにせず、そのときの勢いなどで走ることはどれほどの代償があるのか、私を含めて、しっかり考え実行に移さなくてはいけないと感じています。

次の土曜日も、北海道内の議員(市議さんも含めて)の有志で医療を考える集会、組織結成に参加してきます。
連週で集まりに参加したり、また、財政などに関連した勉強会や国の動向についてのことなど日々、議員活動をしていきたいと思います。

みなさん、共に頑張りましょう。
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2008/4/11

ウヰスキー酒場 BAR STARMAN  

僕の心の師である、佐々木亮先輩が新たなスタートを切った。

自分が議員になる前から教えを頂いたり、数々の意見を聞いてくれたり、相談にも乗ってくれた大切な方。

自分が帰郷して間もないとき、自分が思う感じている苫前町に対する思いのたけをとある酒場にて話し、大きな自信をつけさせてくれる言葉を頂いたことを今でも忘れることはないし、一生忘れることはない。

それから、この町で商いするはなたれ小僧を、まともに相手をしてくれ今に至る。医薬品に関しては、色んな商材を試してくれたのが懐かしい。肝臓やら体質改善やら。

議員になってからは、合併協議会にて松原さんとすばらしい事務力を発揮していたのを今でもしっかり目に焼きついている。

そんな過去様々な思い出もあるし、色んな経験値を積んだ先輩がこの度、札幌のれん横丁で『ウヰスキー酒場 BAR STARMAN』という酒場を開店させた。
昨日開店したばかりなので、当然まだ行ってないのだが、何でもカウンター6席でしっぽりと呑める店だという。

自分も札幌に出たとき、一人しずかに呑みたい。
かといって飛び込みで一人店に入るのには勇気がいる。
知り合いの紹介でもあれば別だけど・・・。

これからは、札幌出張が楽しみになった。

酒を味わい、空間を味わい、時間を味わう。そんな呑みができるのかと。
酒のアテは、こちらに日本海のものなども提供していただきながら呑める。さながらサテライトととも言うべきか。
是非、札幌在住のお知り合いのみなさん、こちらから出張に出かけるみなさん足を運んでみてください!!

   ウヰスキー酒場 BAR STARMAN
             店主  佐々木 亮
札幌市中央区南3条東1丁目 二条市場のれん横丁1F

営業時間  17:00〜27:00
定休日   不定休
総席数   6席
連絡先   011-876-9974
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2008/4/8

別れと旅立ち、紙一重。グっさんありがとう。  大志のキモチ

いつ書こうか、いや書くまい、でもなぁ実感沸かないし・・・。

って思っていて、大事な友人でもあり、ある意味パートナーでもあって、良き理解者でもあり、先輩でもあり、遊びの仲間でもあって、この苫前町の地域に大きな貢献をしてくれた大切な方が3月いっぱいで転勤していった話・・・。

町の事、こと面倒くさいと思われる話も、メッチャ親身に話を聞いてくれた。また、議論してくれた、意見を言ってくれたそんな人は中々いないもんだ・・・と常々思っていた。

この春、栄転していった商工会の職員の堀口さん。
商工会の職員もその職務の分掌の中で、経営指導員、補助員や記帳専任などと職務があり、経営指導員になるには試験を突破し、商工会会員と経営について様々な相談をはじめその名のとおり指導や助言などを行っていくもので、この春、晴れて経営指導員1年生として転勤と同時にスタートしました。堀口さんのことを思うと元気に、感謝と期待、そして晴れやかに見送ってあげたいと思ったところ。

いなくなって1週間が過ぎ、自己中心な自分はやっぱり寂しさを感じ始めた。

この数年は、たくさんのこれからこの町をともに背負い、生きていこうと思う中で、あまりに別れが多い。
これほど辛いことはない。
お前がそこに歯止めをかけるのが仕事だろとも言われる。
わかっていてこの様かい。
まったくもって、情けない限りだ。

でも、堀口さんはそれを察してか、別れの日が近づくにつれ、僕にハッパをかけてるようにも感じたし、勝手に奥底に思う、苫前町への惜しむ声が何となく自分には伝わっていたように思う。だから、これまでの別れとは違う、プラスのことなんだと自分にも言い聞かせてきた。

堀口さんは、商工会の職員として8年間この苫前町に在住し、公的な職にありながら消防団員を務めたり、町の神社際のお神輿、地域の活動にもかなり積極的に参加してくれていた。
まちのことで言っても、まちづくり基本条例の制定のときも、自ら公募で参加したり、勉強したり、一緒に条例制定にあたり講演やセミナーなども一緒に参加したこともあった。町の財政を勉強するために、付き合ってやるかというところもあったかもしれないが、土曜講座などにも一緒に受講したりして、この町の人材としても欠かせない存在だったことは、僕が言うまでもなく、見ている人はしっかりと見ていた。

こと、遊びとなると、堀口さんはアウトドアでは、僕は生意気な口を利くことはできない。色んな町を見て、色んな体験したり、達人だった。(笑)
サーフィンは僕の方がちょっとうまいと思う。お互いかなりの低レベルでの話。

それは、ともかく苫前町を、そして苫前町の人をこれほど思ってくれた仲間がいなくなることは、本当に痛い。
痛手は本当に続くなぁ・・・。

ポッカリと胸に穴が開いたような感じだ。
何か悩んだり、話したかったりしたときは、2人の先輩と、そして堀口さんと聞いてくれて、ヒントをくれたと思う。
いや、僕にはまだまだ頼らせてくれる先輩たちや後輩たちがいるんだと最近思い返すようになった。

この1年で本当に孤独感を感じることが多くなったが、ある意味これが自分に与えられている使命なのだと思うようにしている。

自分でこのまちの再興にあたって、人に頼ってばかりいることはこれから先、良い道には向きにくいと思っていると感じていながら、自分はどうかって自問自答を繰り返しながらいると、やっぱりまだまだ小僧だなって思う。

頼る人は少なくなっていくけど、圧し掛かる期待やこなさなければならない量は半端ではないところに、いよいよ根性入れなおさなくてはいけない時期が来たのだと思う。

いつまでもウダウダしてられん。
・・・本当紙一重のキモチだな。

堀口さん、今頃必死に真摯に頑張っているのかな。
頑張っているんだろうな。
3兄弟の次男の兄貴も新たなスタート切るし、ウダウダしてんな・・・俺。

堀口さんと最後引越し先を後にするとき、溢れる涙をこらえきれなくなって、あっけなく僕は車を出してしまった。
最後に、有責を抱き感謝の念を伝え、意気揚々とお互いの成長を確認するように引きたかった。
これが、今の自分の姿で、情けない自分の姿でもあるのだろう。

でも、人はやっぱり一人では生きてはいけないのだと痛感したというのも事実。
だとすれば、支えあいながら生きていくとするならば、やっぱり今のこの町の状態も、北海道も国もどこかずれていると思わざるを得なくなる。

再興にはよほど、想像を超える時が必要だ。
あせるまい。今、自分にできることを見極めよう。
ですよね。グっさん。

この町を去らなくてはいけなくなった人たちも僕の心の中では同じ町民で、この地の澄んだ空気を一緒に吸った仲間。

今、堀口さんがいなくなって思っているキモチ。
大きなこと教えられました。
新天地での活躍を遠くより祈ってます。

この町のため、この町の人、この町の商工業者のため、そして僕にくださったご親切お付き合いに『ありがとうございました』。

やっぱり支離滅裂・・・。
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