2008/4/23

KY使いすぎだ!  大志のキモチ

最近、テレビもそうだがいろんな人の会話の中で『KY』がかなり乱発されていることに違和感を感じる。

昨日も、光市の母子殺害事件のコメントをするジャーナリストすら『KY』を使ったり国会議員もそうだが何なんだろう・・・。

空気読めないって、発祥は詳しくわからないけど(若い高校生とかだったか)、空気読めないやつは○○だとか、何とも蔑んだ言葉に聞こえるのは僕だけだろうか・・・。
そもそも、空気読めないって言ってもその空気がまともなのかという話もあるし、ある種、排他的な使われ方がされているようで怖い。

子供たちも、テレビやお兄ちゃんお姉ちゃん、そして大人が使うから、まねして使っている。
『お前KYだな』
・・・言われた本人はどう思うだろう。
どう感じるだろうか。

自分は自分の思うことも考えたことも、30歳過ぎてちょっと前より考えて発言できるようになったとは思う。でも、その流れによってはずい分と、いわゆるKYなこと言ったりやったりしているんだよね。(KYと言われたわけではないけど自己分析として)
相手を尊重し、相手を導いたりしようと思うなら『KYだ』なんてことは言わないよな。『今こういう展開で、それは言う場面じゃないけど、あなたの言っていることも一つの意見。みんなで考えれるように、場を設けよう』とか、みんなで考えるという場面でなかたっら『ここは俺に任せてくれないか、それで納得できなかったらいつでも言ってくれ』とか、もっと相手を思う言葉を使えないものかな・・・。
意見を発しあり、行動したり、周りと合わないことが経過の中やその時にあって何が変なのかな・・・。なんでもKYだとかで罵られたんじゃ、言われて滅入る人は少なくないと思うし、感情的にもなるだろうし、強いもの強い集団に巻かれざるを得なくなるような・・・考え過ぎか!?
言葉の使い方間違ってるんじゃないの・・・。
改めなくてはいけないことは、率直に相手に伝えることが先だよな。根っこが深くなる前に考えたいなと思う。そんな感じがする。

普通の何気ない、冗談の会話では、それはそれで遊び言葉でいいのかもしれないけど、大事な場面や、公の場面とか、民に影響与える方々がメディアなどで発言するときとか、あまり芳しいとは思えない。

言われた相手のことをもっと考えて欲しいと、ちょっと昨日テレビを見ながら、一人憤ってしまっていました。賛否はあるんでしょうけどね。

スミマセン、変な記事になっちゃいました。(苦笑)
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