2008/4/28

地域医療の姿。  大志のキモチ

先々週、先週末と札幌などで地域医療に関して勉強、情報を得ようと行動していました。

苫前町は今、厚生病院における医療体系の変更などでこの2年間右往左往してきた状態です。
それよりも前に、近隣(隣町の羽幌町)の道立羽幌病院の医師引き揚げなどから地域医療を考える時間が十分あったように思います。

この度の厚生病院の関係から、私自身はより一層その考えを深くしていたわけですが、実は自分のとってきていた行動を今考えるとなんとお粗末な動きだったのかなとも考えさせられました。(あくまでも私一個人のことです)

結論から・・・。
結局は地域医療を守ろうとするならば、守るのは住民、議員(議会)、町含めた全体がこのまちに必要な医療を考えたとき、どこまで状況を知り、そのための行動ができるのかというところでした。
これまでは、単に医師の派遣や確保を働きかけるということに注力してきました。そのこと自体は住民のみなさんにとっては望ましい行動だったのかもしれませんが、医療側はどうだったのか・・・。この間、医療現場の過酷さや無謀な要望などもわかっていたようで、真にわかっていなかったのかもしれない。むしろこのこと自体が自分たちで自分の首を絞めていたのかもしれないと今更ながら思い起こしたりしています。(政治が変わっても変えられないことがある)

いつも、お互いを尊重しあいながら、相互理解の中で信頼関係を築くことなどと言ってはきたものの、この理念に基づいた行動だったのかと考えます。
だって、やっぱり結局は人任せにしていた行動だったのかもしれないのかな・・・本当に困って必要なら、何故健康のこと、保健活動や、医療側との積極的な情報、意見交換などしてこなかったのだろうと。議会で保健活動の重要さや医療を施す側のことを考えていかなければと言っても、それはやっぱり裏付けられた行動があってのことではなく、頭で知ったかのような発言。何とも悔やまれる・・・。

今、厚生病院が無床の診療所になったことで、むしろ、より私の役割がはっきりするのだと思いました。
それは、いかに住民のみなさんが自分の健康のことを考え、自分の体を守るか。診療所はそうした住民の健康を「守る」ではなく、健康になるためにお手伝いいただくというところなのかな。やたらと一方の決め付けた医療のあり方ではなく、相互が理解しあえる地域を作っていかなくてはいけないと思いました。とかく、財政(お金)のことばかり先行しがちだけど、それはやっぱり当初と変わらず間違っているんじゃないのかと思います。
住民のみなさんが健康でこの町で過ごせるために町や町民はこういう行動を心がけ、こんな町にしましょうと進むことを考えるのがやっぱり先だと思います。その上で、必要な検診活動や、保健活動は何か、介護施策は何か、どんな施設が必要なのか、そこを見出したとき初めてかかる費用はこれだけと出るんじゃないのかな・・・。このみなさんの生活のために、一般会計からもこれだけの支出をしています。(施設建設に係る償還やその他補助なども含めて)そこが、住民のみなさんも納得ができて、町が進もうとする方向に皆さんで協力し合いながら受診や行動をするということだと僕は思います。

医療を守る(?!)とするのなら、住民のみなさん(私も含めて)自らが厚生病院と共に地域の医療(健康)を作るという意識を持つことが非常に大事だと思います。(厚生病院は公的病院という位置づけです)
入院ベットはなくなってしまった形となりましたが、別に介護はどうあるべきなのかということも考えなくてはいけません。
何かしら、病院をサポートしながら、自ら考えていけるような集まり(組織)を作りたいとも思っています。そうした橋渡しになることが本当はもっと前からすべき私に課せられた責任ではなかったのかと、わかってたようでわかっていなかった、今更かもしれませんが今からでもやらなくてはこの町に生活することは、後に相当なリスクを覚悟しなくて住めなくなると先の行く末が見えたようで、本当に苦しさを覚えます。

この数週間、色んな方々(医師の先生はじめ、各界の方々)のお話、懇談を通して改めて勉強させていただきました。
(これまでの記事で医者の方と思われる方もコメントくださっていましたが、改めて自分の不甲斐なさを身に染みて感じています。何かせねばという思いでの行動でしたが、申し訳なく思います)

真に取り返しがつかなくなる前に、病院をサポートし、共に健康のことを考えこの地で生活していけるように「お任せ、頼り放題」から脱却し、この町の再興にみんなでがんばっていきませんか!!

まず、取り掛かりの座談会の開催に向けて調整していきたいと思います。
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