2008/6/26

健康。  大志のキモチ

健康的であることが、何より大事なこと。
健全ということでも良いのかな。

精神的な疲労を抱えている人、いわゆるストレスの多い人のメカニズムを勉強しながら最近ようやく理解に行き着いた。

町の中も、役場の中も、それ以外もあるのだろう。これからもっともっと自分を追い込む事態が待ち受ける。
そんな時に、どうしておくことが大事なのかということがついにわかった。

生活習慣、食生活が肝心です。
アクティブに動き、しっかりと食べられる、寝れるということが基本であるのは言葉では理解していると思うけど、問題や課題を解決しようとすることも、ここが全て大事なことなんですわ。改めて色々わかっちゃいました。薬屋だなー(笑)

町の事も人と同じことが言える。

みんな健康でいよう。
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2008/6/11

ビンカン!!  大志のキモチ

来週から議会定例会がはじまります。

色々と迷ったのですが、一般質問を提出します。
一般質問で取り上げたいことがあるのですが、町側とどれだけ論戦できるだろうか、論戦に持ち込めるための方法は!?あれやこれや考えたり、日々情報を集めたり、それを分析したりとしていますが、それが効果的なのかどうか・・・。

ともかく、今一般質問にむけて準備しています。

深いところまで行きたいですが、市町村合併のことです。
市町村合併と言うより、行政基盤として現状で良いとするのか、職員は減り、担っている業務、苫前町として進むべき政策の推進においても現状の体制でこなしていけるのか、実際、副町長の辞任により動きがあるようですが、その後の体制についてもいささか不安を感じているのも事実ですし、そうした中で、これから進むべき基礎自治体のあり方を考え、市町村合併を含めたこと、新法期限後の展開も加味したときどう考えるのか、私の考えも提言しながら質問をしたいと思います。
(正直なところ、市町村合併については新法内での成立を目指すとすれば、今がタイムリミットです。後にこれが、大きな意味を持ってくると思いますが・・・)

と、まーリニューアルと言いながら、出だしこれまでと変わらない内容となりますが、伝えておきたかったので、書きました。


昨日の画像のリアクションは無かったのですが、というより地元に住んでいる方ならもうご存知ですよね。
『カニ釣りです』!
そんなことと思うでしょうが、地元に住んでいると『当たり前』のことも外から見ると全く想像していない反応や捉え方があるものです。
子供のころ色々と体験し、ふるさとを離れたとき、ふとこうした自然での遊びを思い出したり、食べたくなる郷土料理などがあるものです。
そんな経験が脳裏に焼きつき(スミマセン^^;なんの脈略はありません)いつまでも記憶、思い出として、回帰をしたくなるのだと思います。

そんな、体験(味)をするには、この苫前町や留萌管内は、とてつもなくポテンシャルの高い地域です。古くから先住民が住み、先人たちの強い精神の中で開墾し発展してきたこの地域は、やはり恵まれた地域であるという認識を私は持っています。

楽しいですよ。この町は。
だから、ここに住みたいって多くの人が思っているハズ。

今一度、見つめなおしてみて欲しいです。
そのために、色んな題材で記事にしてみたいです。

私が生まれた時くらいの商店街の写真です。愛読書から一枚。
クリックすると元のサイズで表示します

食い止めるべきは、住む人の心の衰退。
きれいごと・・・おおいに結構です。
僕はこのまちが大好きです。
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2008/6/6

改めまして。  大志のキモチ

ご無沙汰していました。

少しの間、お休みを頂き色々考えたりキモチを整理してきました。
自分が開設してきたブログは意味があることなのか、逆に町(町民)にとって歓迎されないサイトになっているんじゃないかという不安の中でさまよっていた現実。
少しづつ進歩しなくてはいけないし、前を向いていかなくてはいけない。

正直、最近は、自分の不甲斐なさと期待はずれに、町民の皆さんから多くのご批判ご意見を頂く毎日です。でも、私はこれまでも議会において発言してきたこと、そのために行動してきたことは、今でも間違っていると思っていませんし、それがこの先も長く苫前町が、住民が住んでいくために必要な考えだと信念は曲げておりません。曲げようとも思っていません。

ただ、今現在は、新しい田舎(地方の小規模な自治体)の姿を受け入れることは容易ではない、これまでの生活と脱却できない、人任せの体質は、本当にわずかでも、すずめの涙程度でも変え始めなくては、持続は不可能であると確信を持っています。持続不可能と言うことは今の子供たち、その子供たちの未来が断ち切られるということです。そんな大人の無責任はあってはいけません。

そのための一番肝心なこととしては何なのかというところは、何でしょうか?お金があること?建物が整備されていること?肝心なことは、この町に対しておおよそ共通な愛着やアイデンティティを持つことです。まずはそこからの再出発、再興です。

議員としての権能(仕事)は残り2年半ちょっと。これはまず、町政のチェック機能を充実するための勉強を怠らず、立法機関としての自覚を持ち、一般質問などを通じ町理事者と政策論議をしていきます。予算決算においても、本質の理念をしっかりと捉えて公平な観点で向かいたいと思います。

しかし、そうではない、住民自治(自分たちがすべき生活するための活動)は誰が??この根本的なところも変わっていかない限り、いつまでたっても、お互い、何をやっているかわからない、足の引っ張り合い、揚げ足の取り合いに終始しては、何も始まらない、もうたくさんだ・・・と思う。
誰かが動き出そうと待っている時間はありません。

そんなことで、このブログはこれまでの、議員としてのとか、議会の情報とか、町の課題や問題などへの考え方などに多くを費やしてきました。しかし、記事を作れば作るほどどこか空虚感と、気が付けば一人迷いの森へ入り込んでしまっている。そんな感じがしていました。
迷いの森から抜けて、戻りたい。
みんなでこの町の良さをもう一度分かち合いたいです。
その根本さえあれば、色んな課題や問題に強い心で立ち向かえます。それでもダメなら、転職、転出も正しい判断だと思います。田舎、苫前町の良さを知っていて、戻ってきたい仲間がいっぱいいます。
そんな仲間のみんなにもやっぱり田舎っていいなと戻ってきてもらえるように僕たちがそのときまで出来ることをやっていたい。

これからこのブログは純粋な田舎を題材に記事を作ろうと思います。
自分もその方が、モチベーションあがりますし、町を動かすのは誰でもない町民のみなさんが動かせるんだ。主役なんだということを知っていただきたいです。

しばらくの間、お休みしまして申し訳ございませんでした。
今後ともよろしくお願いします。
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2008/5/22

窮地。  大志のキモチ

再興の道を探るには、かなりの時間と相応のエネルギーが必要になる。

色んなことが、これも必要、あれも必要、この必要のために下準備、勉強がと・・・いくら時間があっても足りない。でも、そこに足を突っ込んだ以上やるしかない。
だけど、気づいてみればなんだか中途半端・・・。

だから、
ダイシはなにをやりたいのかわからない。
何を言っているのかわからない。

そんなことになってしまう。

これまでも、将来、現在の状況においては確かに必要な議論や行動という信は変わらない。原点に立ち返り、やっぱり必要なものは、教育、医療(保健)、防災(災時の対応)は形は多様にあると思うが、そこをみんなが理解して、動ける体制が本当の姿。
これは、公共たる確立が無いと、最近の費用対効果での見解が注視される中においてはゴッチャゴッチャになりがちである。
しかし、利益を生みその利益で生活を支えるたり、企業経営していく民間とは違い、それでできないところを相互理解され、あるべき公共の中で行うことがどんなことなのか今一度気づかなくてはいけない。

これまでも、根っこはそこにある。
それぞれ、必要だと思ってとってきた、勉強してきた、準備してきた行動もそこにたどり着く。
掻い摘んでどうだということを話せる技量を身につけなくてはいけない。

何言ってるかわかりにくい・・・ですよね。

要は自分たちの町で、本当は自分たちで出来ることは何なのか、やってもらわなくてはいけないことは何なのか。その中で必要なものは何かということ。
実はここが、合併議論の根幹の部分であったり(財政が逼迫しているから合併ではない、地方が疲弊していくから流れで合併でもない)したはず。
そこの議論の契機を活かすことができず、現在に至るのだから、進まざるべき道は狭まってきていることは間違いない。
支庁再編も必要なものは道民としてどうなのか。支庁は何やっているかわかないと思えば、わからないところは集約されるべくして集約される。経済も考えなくてはいけないことは承知だが、その議論は本質ではないと思うし、そうであればやはり、自分たちで道政に関心を持ったり、道民たるすべきこと、担ってもらうことを明らかにしていくことが重要だったはず・・・。

いろんなことが後手に回っていることを考えても、長い視野の中で、準備できることを準備すべきで、そのための現在(今)どんな行動をすべきなのかしっかりと見極めたい。人のせいにしてしまうことほど哀れなことはない。

医療しかり、教育しかり、特例町村しかり、食糧危機しかり、そして地球環境の悪化しかり、持続していける町を作るべくノアの箱舟を準備しなくてはいけない。
そのリスクはこれから、田舎は強く覚悟し認識していかなくてはいけない。その覚悟の証は、田舎で思う存分自然を感じ、人を感じ住んでいくことなのだと思う・・・のだけど。

結局支離滅裂_ _;
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2008/5/21

相変わらずですわ・・・。  大志のキモチ

消防の春季演習に向けて連夜の訓練になる。

そして、家業のほうの薬種商協会関連の会議や業務が目白押だ。
当然、薬に関して日々勉強していかなくてはいけないのですが、正直この数年は思うような勉強ができていないのが、自分としてはもどかしい限り。

田舎で薬屋を営むことへの柔軟な変化とこの地域にあった店作りにもっと取り組まなくてはというところ。

昨日、都会のより所へお邪魔して、愚だ巻いて、色んなことをどちらかというと一方的に話してかなりすっきりしたというか、久々に心開いてウダついたところの膿を出させてもらった感じ。ちょっと前は、ちょくちょくあったのだけど、状況変わって、今はそれがなかなかできない。自分でなんとかするしかないとか、あーでも、こーでも馬鹿頭で考えてばかり、一向にその行動が伴わないもどかしさ。
そんなのと格闘しながら、結局、昨日宿に戻ってからふと思った。

『そもそも長い目で見て、今やらなくちゃいけないことを見極め、動くことしかこの疲弊している様々な状況は打破できないんだ』と・・・。

まー最近、いつも思っていることだから、ふと思ったもくそもないのだが。

誰も動かない、誰も気が付かない、いや、気づいていてもどうしようもないという諦め感。それじゃ、そこで終わり。
今、自分は議員としての立場を頂いてもうかれこれ5年の月日が流れて、自分が思うにむしろ状況は悪くなっている。
俺は、一体何なんだと。
これが、進んでいる道は正しいのかよ!?って。

広げすぎた行動も、もち過ぎた危機感も、それはこれからの田舎の宿命とリンクするのだけど、結局は全てを失う結末。
それをわかったなら、絞り込むしかない。
諸刃の刃みないな感じだが、そうすることが田舎で生活することへの筋道かもしれない。

長野県下条村に行ってみたい。どうやっているんだろう・・・。

32歳、今この若さで、今の状況の中ですべきことは、もっと地域の人間としての充電が必要。絞り込んだ中で、ノアの箱舟じゃないが、田舎で生活することの本来の姿の中で、それぞれがやるべきことをみんなで認識し、それを尊重し、共有し生きること。

もう、これしかないような気がする・・・。

気づいて、動かなくちゃと思った方、共に頑張りましょう。
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