2008/5/10

松田奈緒子『100年たったらみんな死ぬ』  マンガ

このマンガの中で2人の女子高生が「夢も希望もない」自分達の将来について会話をしている・・。

ホストとして働き始める父。不倫をしている長女。引きこもりの長男。さらに政治おたくの女子高生やら、腐女子やら・・。ホスト、不倫、引きこもり、腐女子といったいかにも流行の(?)アイテムを揃えたかのような、一見、キワモノとも言えるようなマンガ作品なのだけれども、実はこれはひどくまっとうな「社会派」の作品なのである。その「まっとうさ」は、そうしたキワキワのアイテムを揃えて、現代社会の腐敗や家族崩壊を描いていく・・のではなくて、逆に「夢も希望もない」この時代に前向きに生きるアイテムとして転化している、そのイナバウアー的なしなやかさにあるのではないかと思う。中年の父がホストクラブで働き出すなんてめちゃくちゃな話だけれども、それが「崩壊」ではなく、生きる力を取り戻す「癒し」のものとして描かれているところが出色なのであり、引きこもりの男の子も腐女子らしい少女に恋をすることで(この男の子自身は相手が腐女子であることに気がついていないようだけれども)ささやかながら歩み出すという、まあ、現実的に考えると都合が良すぎる展開かもしれないけれども、マンガなんだからいいじゃんというのか、マンガだからこそ許されるイナバウアー的な展開に、「夢も希望もない」この時代にそれでもイナバウアー的な出来事が起こり得ないか?を模索している人々の生をつかまえ出そうとしている「まっとうさ」を感じ取るべきなのではないだろうか。

下巻に合わせて収録されている短編『ビニール』も、もうどうすることも出来なくなっている状況の恋愛にそれでもちょっとしたイナバウアー的なチャレンジをしようと試みた青年の姿を描いた、しゃれた小品である。

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