2011/1/20

『ソーシャル・ネットワーク』  映画

ううむ、この映画って、どう考えればいいのか・・。
この『ソーシャル・ネットワーク』は、一見、資本主義社会に翻弄され狂躁している人達の話とも見えなくはないが、そういうものではないようにも思える。
そもそもこの主人公、ザッカーバーグという人は、世界最年少の億万長者の人なのだけど、そんなに金儲けをしたかったんだろうか。
ストーリー上は、これは、ハ−バ−ド大学の学生がガールフレンドにふられた腹いせにフェイスブックを始めたら大当たりして、世界で5億人の人が参加するものにまでなり、億万長者になったわけだけど、でも結局、もとのガールフレンドが戻って来て愛が得られるわけでもなく、むしろ、金持ちになればなるほど他の友人も離れて行くばかりでした・・という話であり、あまりにも大きな成功のために、周囲とうまくいかなくなり、人間関係に苦しむようになっていくという話のようにも見えるのであるが、このようにストーリーを要約すると、まったく違うものだったような気もしてくる。そもそもザッカーバーグは、人間関係でそんなに苦悩していた(している)んだろうか。実は別にそんなに苦悩していないようにも見える。つまり、たしかにこの人は、自分が成功し、金持ちになるに連れて、友達や周囲の人間が離れて行くということを体験しているわけであるが、普通はそれで悩んだりするのかもしれないけど、この人の場合はもともとどちらかというと人間関係が苦手な人なので、別にいいや、あいつが離れて行っても、かえって面倒くさい付き合いがひとつ、減っていいやと思っているだけなんじゃないか・・という風にも考えられなくはない。
もしかしたら、純粋なおたく、いわばネットの仮想社会に生きているネットおたく青年であるザッカーバーグにとっては、現実の人間関係はわずらわしい、うっとうしいものでしかなく、だから金儲けをして現実世界で贅沢三昧のいい暮らしをするとかいうことがしたいわけでもないのかもしれない。それでは、金儲けではなく、何にこの人はとりつかれていたのかと言うと、フェイスブックの会員がどんどん増えて行くこと、単に人数の数字が、100万人とか、5億人とか、増えて行くことが純粋に楽しくて、そういう数字が増えて行くことにとりつかれていたのかもしれない。だから、この人にとっては自分の手元にどれだけのお金が入るかは実はどうでもいいのかもしれなくて(だって別に現実世界で贅沢三昧な暮らしがしたいわけでもないのだから)、フェイスブックをどんどんひろめていくこと、会員の数字が増えて行くことがしたいのかもしれない。従って、フェイスブックが広まって会員が増えていくことには興味があるが、それによって広告をとってお金儲けするとか、そういう営業には最初からそれほど、興味がなかったのであり、そのため、そういう営業に熱心な友人との間にも溝が出来て行ったのではないだろうか。
こういう人なので、誰かが自分に対して訴訟を起しても、ほとんど裁判で闘おうともせず(そういう権利を主張して自らの利益を守ろうということにも興味がないので)、それじゃ、ある程度、お金、渡すからって、あなたがお金が欲しいならあげるからって、すぐにお金を払って和解してしまい、その代わり、僕がフェイスブックという仕事を続けるのはほっといてくれよ、僕のこの仕事は奪わないでくれよ、この楽しみだけは僕から奪わないでくれよ・・って感じなのかなって。
僕はそんな風に思ったんだが、違うのかな?
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2011/2/11  19:09

 

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