2012/9/26

天安門事件のトラウマ  時事問題

何度か、書いている通り、僕は個人的には、尖閣諸島がそんなに明確に日本の領土であることに疑いがないものであると言えるものなのか、かなり疑問に思っていて、中国側の主張にもじゅうぶんに耳を傾ける要素があるものと思っているので、中国側が日本政府に対して抗議するのは当然だと思っているのだが、それはそれとして、中国国内で起こったデモが、デモと言うにはあまりに乱暴で略奪行為にまですぐ発展したり、かと思うと、あれだけ暴れていたのに、中国政府が規制をかけたらすぐに鎮静化したりするのには、なんでこうなるのか?、これは民衆が自発的に起こしているデモではないのか?と唖然とさせられる思いがした。
で、それに対して、各マスコミに、中国に詳しい専門家という人達が出て来て、いろいろともっともらしい解説をされていて、ふーん、そういうものなのかと思ったりして、おそらく中国通の専門家なる方達が言うことは間違いではないのだろうと思うのだが、もしかしたら僕の見当違いかもしれないが、大切なことが抜け落ちているような気もするのだ。
その、僕が、抜け落ちているのではないかと思う、大切なことというのは、こうした変な形でしか、中国でデモが行なわれないのは、天安門事件のトラウマがかなり根強く人々の間にあるからなのではないかということだ。

天安門事件は、他国の僕にも、あまりに衝撃的な出来事だった。こんなことが世界にあっていいのかと、本当に震えて、ひと晩中、僕は泣いていたと思う。いまにして思えば、本当に僕は若くて、まだ子どもだったのかもしれないが、連日、天安門で若い人達のデモが膨れ上がっているという報道に、ああ、中国も、大きく変わろうとしているのかな・・と、素朴にわくわくして、期待していたのだ。それが、あんな風な結末になるなんて・・、軍隊が自国の国民を虐殺するなんて、そんなことがあるなんて考えてもいなかった(軍隊というのはどこの国でも自国の国民を守るためにあるものだと素朴に思っていた)僕は、あまりの衝撃で、天地がひっくり返ったような気持ちがしたものだった。まあ、いまにして思えば、単に僕が何も知らなかっただけで、天安門事件のこの結末を予測していた人が多くいたことや、そもそも軍隊というのは自国の国民を守るためだけにあるものではないらしいということをのちに知って、気づいて行くことになるわけだが、とにかく、天安門事件に遭遇した頃の僕は、こんなことが世界ではあるのかと衝撃に震えるしか、なかったのだ。
他国の僕でさえ、そうだったのだから、中国の人達には、やはり天安門事件のトラウマというのは根強くあって、それがデモが盛り上がっても、政府が規制をかけたらすぐ鎮まってしまうということに繋がっているのではないかと僕は感じる。どうなのだろうか。
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