2005/3/31

モンゴル音楽  音楽・演劇

昨年、『らくだの涙』という映画がやってて、らくだに音楽を聞かせて音楽療法をするという話で、ドキュメンタリーにしては作り物っぽいものだったので本当の話なのかなと思っていたのだけど、モンゴルに関する本を読んでみたら実際に行われているようですね。
モンゴル音楽、1人で2つ以上の音を同時に発声するホーミーとかどんなものなのだろうかと思い、コンサートのチケットをつい予約してしまいました。
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2005/3/31

北朝鮮ーイラン戦  スポーツ・将棋

北朝鮮ーイラン戦でついに騒ぎが。以前、イランで行われた「北朝鮮ーイラン」戦で爆竹のようなものが投げ込まれ北朝鮮選手が負傷したことがあったというからそのしこりもあったのでしょうか。

>判定めぐり数千人暴徒化 平壌の競技場

 【平壌30日共同】サッカーワールドカップ(W杯)アジア最終予選北朝鮮−イラン戦が行われた平壌の金日成競技場で30日、試合中の判定をめぐって観客が暴徒化し、審判にビール瓶を投げ付けたり、競技場出入り口でイラン選手につかみかかろうとしたりして騒然となった。
 競技場前には一時数千人が集まり、出動した警察官ともみ合う場面もあったが、群衆は競技場から遠ざけられ、1時間余りでほぼ沈静化した。けが人の有無は不明。イランチームと審判団、外国報道陣は競技場内の部屋に一時避難した。
 約5万人収容の競技場は超満員。ビールや焼酎を飲みながら観戦する客が目立った。
 試合終了間際、攻め込んだ北朝鮮選手がゴール前で倒れ、複数の同国選手が「イラン選手が足を掛けた」と審判に激しく抗議し、1人が退場処分に。これをきっかけにスタンドから瓶や缶、取り外した座席などがピッチに投げ込まれ、試合は約10分間中断した。
 北朝鮮は0−2で敗戦。
[ 3月30日 22時3分 更新 ]


>北朝鮮 試合途中で引き揚げ(2003年11月)

 国営イラン通信によると、サッカーの2004年アジア・カップ2次予選、イラン―北朝鮮は12日、テヘランで行われたが、後半途中に打ち切りとなった。
 後半11分にイランのFWダエイが得点。これで興奮した観客がピッチに爆竹のようなものを投げ入れ、北朝鮮の選手が負傷した。抗議の意味で北朝鮮が選手を引き揚げたため、試合が完了しなかった。
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2005/3/30

バーレーン  時事問題

バーレーンは中東の世襲君主制の国なのに、女性に参政権が与えられているという。えらい王様がいたものですね。


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2005/3/30

再びスタージョンについて  SF小説

チラッとシオドア・スタージョンの『時間のかかる彫刻』(『スタージョンは健在なり』の再版)のことを書いたけど、これはたしか、スタージョンが4度目の結婚をしたときに続々、書いた短編をまとめたものだったでしょうか。
このスタージョンというSF作家は、女性とうまくいっている時は続々と作品を発表し、女性と別れ失恋するととたんにスランプになるという人だったと言います。(笑)
これは、スタージョンの小説というのは、SFで奇想天外な話のものばかりなのにもかかわらず、けっこう自伝的な要素が入っているものらしい(小説の登場人物と父親との関係とか、職業の話とかの面で)ということも関連ある問題なのかもしれません。
そもそもシオドア・スタージョンはジャンルとしてはSF作家とか幻想小説家に分類されるのだろうけど、SFなのかどうかは分からないけれども。どのジャンルにも属してなくてただ「スタージョンの小説」と言うしかないようなものかもしれません。
作家以外にも、船乗りをはじめ、様々な職業を転々とし、5度、結婚し、さらには『スタートレック』などのテレビの脚本や、他の作家のゴーストライターもやっているというすごすぎる経歴の人ですが、スタージョンの小説は奇想天外な話でも独特の生活感があり、テーマは「愛と孤独」とでも言うしかないようなものだったりします。
ネタバレしない範囲で、短編作品のプロットを例としてあげると以下のような具合です。こんな話をどうして次々、考え付き具体化させることが出来るのでしょうか。

「ビアンカの手」
白痴の少女の美しい手に魅せられた男が少女の家に下宿し、やがて結婚。少女に絞め殺されることを望むようになる。

「成熟」
胸腺機能亢進症の青年ロビン・イングリッシュは、さまざまな芸術と創造の才能を持つ天才だが、子供みたいに純粋で才能を金もうけに利用するところはない。しかし、美貌の女性医師がホルモン投与の治療を受けさせるために男性医師のところへ連れて行く。これで子供のようなロビンは、年齢なりに成熟するはずだった。ところが2人の医師に対する心理が変化していきー。

「三の法則」
地球にやってきたエネルギー生命体は、地球人と違い、3つでひとつのカップルとなることが正常だった。エネルギー生命体たちは、それぞれ地球人のなかに侵入し、 3つが1つになるよう誘導していく。

「墓読み」
喧嘩をして家を飛びだし見知らぬ男のスポーツカーで事故にあって死んでしまった妻。妻の墓に刻む文字はなかった。 ところが妻の墓を読ませてくれと声をかけてくる男がいた。男は文字ではなく墓そのものを読むことができるのだという。妻の生前の本心を知りたいと思った旦那は男の申し出を受け入れてー。

「海を失った男」
少年が、ヘリコプターの模型を持って、腕以外はすべて砂に埋もれてしまっている男のそばに来た。男はそれを追い払う。男は海のことを考えていた。

「不思議のひと触れ」
人魚とのデートのため、男は夜の海を泳いできた。待ち合わせ場所で、てっきり相手の人魚だと思い込み、言葉を交わし戯れあう。ところが、相手は人魚ではなく人間の女だった。 女は男の人魚と会いに来たのだという。互いの秘密を打ち明けた二人は共感を覚えて行く。

「影よ、影よ、影の国」
継母から虐待を受けているボビー。ガラスを割った罰としてボビーは部屋に閉じこめられた。おもちゃを全部取り上げられてしまったけれど、ボビーには影絵で遊ぶことができた。そこには影だけが住む別世界があったのだ。

「もうひとりのシーリア」
安アパートに住むスリムは、生まれつき他人の家に潜り込み、中に隠してあるようなものを見る癖があった。別に理由はない。ただ気持ちが落ち着くのだ。 ある日、特に特徴のない女性が同じアパートの上の階に越してきた。さっそく女性の留守中に部屋へ忍びこんだスリムだが、その部屋はまるで空き部屋のように人の住んでいる痕跡がなかった。

「裏庭の神様」
ケネスはどうしても嘘をついてしまう性分だった。結婚してまだ一年だというのに、ケネスの妻は嘘つきの夫に愛想が尽きはじめているようだった。 憂さを晴らすためにケネスは裏庭に蓮池を掘る。そして、自分を神様だという石像を掘り出してしまう。その石像が願いを叶えてくれると言うのだが、性格が悪い神様だった。

「タンディの物語」
四人兄弟の二番目の子供、長女のタンディは5歳にして知的才能を発揮していたが、ギョッとするような人真似をしたり、叫び声をあげたりして、他人を苛立たせる才能にも長けていた。 タンディは汚い人形のブラウニーのため、裏庭に家を造りはじめた。

「閉所愛好症」
クリスの弟ビリーは、クリスのやりたいこと、なりたいものをすべて実現してしまう。何か、面白いことを思い付いて始めてもいつも弟が取り上げて実現してしまう。ビリーは今、宇宙士官候補生となり、将来を約束されている。一方、クリスは実家で、内に籠もりがちの毎日だ。 久しぶりにビリーが帰省した日、クリスの家に新しい下宿人がやって来た。それは、腰が抜けるほどの美女だった。

「雷と薔薇」
様々な国から一気に原子爆弾などを投下され、アメリカは死に瀕していた。わずかな生き残りの人々で暮らすピートのいる基地でも外に出られず、未来もない状況に耐えられず、 精神を病み自殺する者が後を絶たない。
(ごく普通の設定のように思えるが、実は核戦争後の世界という設定で描いた初めての小説らしい。)

「孤独の円盤」
公園を歩いていたこれといって取り柄のない平凡な女に、円盤がまとわりついた。平凡な女が異世界に触れる。円盤は壊れ、回収された。しかし、女は円盤に語りかけられた内容を絶対に話そうとしなかった。
   
   
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2005/3/30

カナリア  映画

塩田明彦監督の新作『カナリア』はやはり変な映画だったのだけれども、オウムを題材にしながら、宗教の問題ではなく、現代における親子関係、擬似家族といった主題でまとめたところが、ある種の普遍性を獲得した作品になっているのではないでしょうか。
つまり、新興宗教教団を擬似家族として、そして主人公の少年を親に捨てられた子供としてとらえ、同じように家庭の中に居場所を失い援助交際に走っている12歳の少女を隣に配しているのですが、2人の道中に、逆に子供を捨ててレズビアンに走った女を絡ますことで、親に捨てられた子供と子供を捨てた親の両者の姿がいわば相対化して示されるようになっているのではないかと思います。こうした相対化した描き方が、終盤部の展開につながるようになっているのだと思うのです。
塩田監督の前作の『黄泉がえり』は、塩田監督が商業主義にこびた作品みたいに一部で言われていますが、僕はやはり他の塩田監督作品と通じる、塩田監督ならではの個性的な作品だと思っています。今回の『カナリア』にも通じるところがあると思うのですが、『黄泉がえり』もまた、思っているとよみがえるという観点で、いじめや障害者など、いろいろな人達の話を並列して見せて行き、現代社会を相対化してとらえて展望するような作品になっていたと思うのです。
塩田監督の映画は、現代社会をとらえる視点で普遍性を獲得していて、だから映画マニアだけを対象にしてつくっているわけではないように思えるのです。
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2005/3/30

原爆を落とした軍事目的  原爆・原発問題

一瞬、ネタ記事かと思いましたが、そうではなかったよう。
やっぱりアメリカ的発想と感覚なんでしょうか。
ただ、「核爆弾の使用こそが犠牲者を最小限に抑えて、戦争を終わらせる方法だと結論付けられた」ということだけでなく、「2つの核爆弾が軍事産業の拠点に対して落とされた」という、広島、長崎は軍事施設があったから地として選ばれたのだという軍事上の目的について展示してある点は注目できると思います。



>「核実験博物館」ラスベガスに開館
 核実験の博物館がアメリカ・ラスベガスにオープンしました。中には「核爆発の威力が体験できる」というアトラクションさながらの展示もあり、被爆の悲惨な実態を知る日本とアメリカの核兵器をめぐる考え方の違いが浮き彫りとなっています。
 ラスベガスにオープンした「核実験博物館」では核実験だけでなく、核兵器の開発以来の歴史についてなど豊富な資料とともに幅広い展示がされています。
 
 日本に関連したものは1954年の水爆実験で被爆した「第五福竜丸」についての簡単な展示がある他、広島、長崎に投下された原爆については「核爆弾の使用こそが犠牲者を最小限に抑えて、戦争を終わらせる方法だと結論付けられた結果、2つの核爆弾が軍事産業の拠点に対して落とされた」といった言及がされています。
 
 核兵器がアメリカの発展と世界の平和にいかに貢献したのかを誇らしげに主張する展示で大部分が占められていますが、その中でも博物館の目玉と言われているのが劇場です。核爆弾の威力を体験できるようにと椅子が揺れ、前方からは空気が出る仕組みになっています。
 
 映像にあわせて振動する椅子、大音量の爆発音、噴き出す風・・・。「グラウンドゼロ」と名付けられたこのコーナーはスクリーンに映るおぞましい映像を除けば、まるで遊園地の体験アトラクションです。
 
 こうしたショッキングな内容があるにもかかわらず、博物館の展示は中立的ですばらしいという反応が目立ちました。
 
 「とてもよい展示だと思います。核の歴史は私たちの歴史の一部ですし、全ての人が見るべきだと思います」
 「すばらしい博物館だと思います。核実験を支持している人と反対している人との双方の見方がわかるようになっていますから」
 
 確かにアメリカ人の視点から見た中立的な立場で核の歴史をまとめたものかもしれません。しかし、核兵器を体験アトラクションにするような、あまりに楽観的な姿勢は若い世代にどのように映るのでしょうか。
 
 「(グラウンドゼロは)とってもかっこよかったわ!だって、動いて椅子が揺れて、まるで爆発の現場にいるみたいだったもの。すごいわ!」
 
 こうした核の娯楽化を象徴しているのが土産売り場です。キノコ雲を扱った商品がずらりと並んでいる他、広島と長崎に落とされた原爆のキーホルダーまでもが売られているのです。
 
 「(Qなぜあのような土産物を?)アメリカ人は時として恐ろしい出来事をジョークにする傾向があります。確かに適切なこととは言えませんが・・・」(核実験博物館 ジョンソン館長)
 
 日本人の感情を逆なでするのは本意ではないとして、館長は「商品の陳列を再検討する」と話しますが、「博物館を維持していくため、売れる商品を置くのはやむを得ない」という本音も漏らしました。
 
 原爆が投下されてから今年で60年、こうした博物館が造られたという事実は核兵器をめぐる日本とアメリカとの根本的な考え方の違いが長い時間を経た今も何も変わっていないという現実を象徴していると言えそうです。(29日 16:47)
 
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2005/3/29

尊厳死  ニュース

アメリカでは尊厳死の事件が注目を集めているようですが、この尊厳死の問題っていうのはすごく微妙ですね。
「尊厳死」と「安楽死」の区分けは、当人の意志があるか否かでしょうが、でも助かる見込みがない病気を患って気が弱くなり「死にたい」と考えるのは誰にでもあるわけで、それでも後で「生きていてよかった」と思い直すということもあるわけで。自分の心でさえ、このように流動的で不可思議なものなのに、果たして他人が当人の「意志」を正確に確認できるものなのかという問題があると思うのですが。
アメリカで問題になっている事件は、当人の女性の夫と両親とで気持ちにすれ違いがあったわけでしょう。
そういえば、イーストウッドの、アカデミー賞を受賞した『ミリオンダラー・ベイビー』もこうしたネタのものらしく、アメリカでこの映画が話題になっているのはそういうこともあるのでしょうか。イーストウッドはまたしても善悪で単純に分類できないようなやっかいな作品を撮ってしまったのでしょうか。

事件の記事
><尊厳死>延命措置主張の米フロリダ知事側棄却 連邦最高裁
毎日新聞【ワシントン河野俊史】
2005-01-26

2005年1月25日 ― 植物状態が続く米フロリダ州の女性の尊厳死をめぐる裁判で、連邦最高裁は24日、生命維持用の栄養チューブによる延命措置を主張するジェブ・ブッシュ同州知事(共和党)側の上告を棄却した。ブッシュ知事は03年10月、尊厳死を認めた州地裁の決定を不服とし、新法を制定して「政治介入」。しかし、州最高裁が新法を違憲と判断していた。連邦最高裁はこの結論を支持した形だ。これにより、ブッシュ知事の介入の根拠は失われ、尊厳死の是非は再び司法の場での決着に委ねられる。

03年10月、州地裁はマイケルさんを法的後見人と認め、尊厳死を容認。これを受けて、医師が栄養チューブをはずした。しかし、尊厳死に反対する激しい抗議行動を背景に、両親はブッシュ知事に延命を要請。州議会は知事に裁判所の決定を覆す権限を与える法案を緊急可決し、ブッシュ知事はテレサさんの愛称にちなんだ「テリー法」に署名、発効させた。この新法を根拠に、テレサさんの栄養チューブが6日後に再挿入された。

>植物状態女性の生存意志認めず=米フロリダ州最高裁
 【ワシントン26日時事】米フロリダ州の植物状態の女性、テリ・シャイボさん(41)の尊厳死問題で、同州巡回裁判所は26日、テリさんが「生きたい」との意志を示していたとの両親の主張を退け、栄養補給チューブ再装着の申し立てを却下した。両親は同州最高裁判所に直ちに上告したが、州最高裁も訴えを即日却下し、法的手段による延命措置の再開は難しい状況となっている。
 テリさんのチューブは18日に取り外された。医師によると、チューブが外されてから2週間以内に死亡する可能性が高く、両親はテリさんの死期が迫っていると危機感を強めている。
 テリさんの両親らは延命を求めてブッシュ・フロリダ州知事に対しても、州独自の判断で延命措置を取るよう要請しており、州最高裁の決定後に会見した支援者は同知事に改めて決断を促した。 
(時事通信) - 3月27日13時1分更新


なお、記事をリンクするのではなく転載しているのは、こうした記事は一定の期間を過ぎるとなくなってしまう場合があるからです。


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2005/3/29

日テレ「超歴史ミステリー!」に抗議文  ニュース

日テレの番組に抗議がという記事。まあ、これ、たけしが司会で、番組自体がある種、ネタ的なものだったのではと思うのですが。映画にもなった『ダ・ヴィンチ・コード』に引っ掛けた企画でしょう。でも、専門家は真面目に見て怒ってしまったわけでしょうか。


>「モナ・リザ」は誤報!?日テレに抗議文
 26日放送の日本テレビ系「超歴史ミステリー!ルーブル美術館の秘密」で名画「モナ・リザ」が2点あり、うち1点が発見されたと紹介されたことに対し、東北大学大学院の田中英道教授(西洋美術史)が28日、「もう1点がコピーであることは学会でほぼ結論づけられている」などとして同局に抗議文を送った。

 田中教授によると、この1点は1980年代半ばにスイスの画商が売りに出そうとしたコピーといい、日テレは「スイスのモナ・リザの存在は専門家には知られていたが、今回日本で初めて映像化に成功した。絵は鑑定中」などとしている。
(サンケイスポーツ) - 3月29日8時2分更新
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2005/3/29

スタージョン  SF小説

創元SF文庫からシオドア・スタージョンの『時間のかかる彫刻』というのが出てたからあれっと思ったが、サンリオSF文庫で昔、出てた『スタージョンは健在なり』の再版でした。サンリオSF文庫ってマニアックですごかったですね。
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2005/3/29

片頭痛  

仕事関連で片頭痛について調べていたのですが、「偏頭痛」でなく「片頭痛」と書くのが正しいのですね。
また、『レナードの朝』を書いたオリヴァー・サックスは『サックス博士の片頭痛大全』という本も書いてて、片頭痛の大家でもあったんですね。
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2005/3/29

人間の不思議さ  障害者問題・教育問題

テレビのニュースで高校生の車椅子バスケット選手の話をやっていましたが、日本のエースになる青年として期待されているらしいです。
障害者というのは健常者よりも劣っている人間なのかというとそんなことはなく、特定のことでは人にはない優れた面を持っていることも多いようですね。山下清や大江光が有名ですけれども。どうも、ある面で能力的に欠けていると、別の面で優れた能力を身につけ発揮したりすることがあるようです。つくづく人間の不思議さを感じます。
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2005/3/28

アメリカのイスラエル政策はどっち?  イスラエルとパレスチナ、中東

ライス米国務長官が25日付のロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューで、イスラエルによるヨルダン川西岸のユダヤ人入植地拡大計画の中止を要求したのですが、一方でイスラエルのカーファー米国大使は同じ25日にイスラエルの入植地を容認する発言。
同じ日にアメリカ関係者が正反対のコメントを出されては、これではパウエル長官の時と同じ、二面外交としか、思えません。二面外交というのは、アメリカ政府内に別意見があるように見せておいて、結局、一方をすすめている外交っていうような意味ですけれども。
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2005/3/27

キム・ギドク監督のインタビュー  映画

報知新聞に『サマリア』の日本公開がはじまった韓国のキム・ギドク監督のインタビューが載っていたんですが、次のような一節がありました。

>監督には10歳の娘がいる。家で編集作業をすることも多いが、今回風俗的なシーンもある。
「娘は恥ずかしく思っている部分もあるでしょう。ただ父が真剣に映画を作っているのは理解してくれている。大きくなって見直したとき、本当の意味を分かってくれればいい」

ということなんですが、キム・ギドク監督と言うと、女性の陰部に針を刺すとか、なんとも過激な性表現で知られる人ですけれども、そうした映画を幼い娘の前で編集しているってことなんでしょうか。まあ、この監督の発言はジョークで言ったもので、実際には自宅で編集していると言っても編集室みたいなところは生活の場と別にあってそこで作業しているのかもしれませんけれども、でもこのインタビューの感じだと、なんか、長屋みたいなところに住んでいて、10歳の娘がいるすぐ隣でポルノ映画の編集をしているみたいな感じがするので、もし実際にそうだったらパンクですごいな・・と思うんですが。
そういえば、この監督は、取材を受けてもインタビュアーが男性だとほとんど応対しないんですが、女性が聞きに来るととたんに饒舌になるそうです。この報知新聞のインタビュアーは内野小百美という方ですが、やっぱり女性なのでしょうか。
とにかく、パンクで、映画的記憶とかなんとかはあまり関係ないような作風の監督です。
以下が経歴ですが。

>◆キム・ギドク 1960年12月20日、韓国キョンサンプクト・ポンファ生まれ。44歳。小学校卒業と同時に働きに出る。21歳で海兵隊入隊。90年パリに渡り絵画を学ぶ。93年帰国後、シナリオ作家で映画界入り。96年「鰐(わに)」で監督デビュー。主な作品に「魚と寝る女」「春夏秋冬…そして春」「悪い男」「コースト・ガード」など。
 
この経歴、格好よすぎ(笑)。
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2005/3/27

楽天が開幕戦で勝利する  スポーツ・将棋

パ・リーグの開幕戦は楽天、ソフトバンクが勝利しました。
特に、ソフトバンクの場合はすでにあった球団を引き継いだものですが、楽天はまったくの新球団で最初の試合で白星をあげたのは期待させるものがあります。
しかも、自ら楽天行きを希望した岩隈選手が活躍したというのも印象的です。
なお、僕は誤解していて、てっきりこの試合はテレビで中継していないのかなと思っていたのですが、日本テレビで中継していたようです。巨人戦がやっているようだったのでそう思ってしまったのですが、巨人戦の前に放送していたんですね。
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2005/3/27

キルギスで革命ですが  映画

キルギスで革命が起こっているようです。ウクライナの騒ぎが飛び火したんでしょうか。
キルギスのことは僕はよく知らないのですが、アクタン・アブディカリコフという映画監督がいる国ということでのみ、知っています。
『ブランコ』『あの娘と自転車に乗って』『旅立ちの汽笛』という魔術的で魅惑の映画群を撮ったすごい監督です。
『ブランコ』が10歳の、『あの娘と自転車に乗って』が15歳の、『旅立ちの汽笛』が17歳の少年を主人公に描かれ、3作とも監督の息子のミルラン・アブディカリコフが主演しています。(って、これ、豪華なホームムービーかよ。)
これは監督自らの自伝的な三部作のようですが、自伝的作品はこれで終りにして次はパンクな作品をつくりたい・・といったようなことをたしか、アブディカリコフ監督が言っていました。
自国の革命をどんな思いでアブディカリコフ監督は見ているのでしょうか。
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