2005/5/15

イラク戦争と東京裁判  時事問題

イギリスではブレア首相を不法な戦争を始めた犯罪人として裁こうとする訴訟が実際に行われているようですが、なかなか難しい裁判であるのかもしれません。
しかし、アメリカ、イギリスが中心になって行ったイラク戦争は国際法のルールに違反したものだし、大量破壊兵器に関して虚偽の発言が行われていたのではないかという疑いもあります。
なぜこのアメリカ、イギリスの指導者たちの不法性が裁かれないのかと考えてみると、現状では戦争は「勝てば官軍」で、勝者は裁かれない、日本のような敗者は裁かれるという形になっているからだと思います。
とはいえ、この先、たとえばアメリカが中東での戦争で行き詰まった場合に、ブッシュ大統領の行ったことの正当性が改めて問われることがあるかもしれません。
そして、勝者、敗者の区別をこえて、不当とも思える形で戦争を始めた国家の指導者は国際的に裁かれることが世界中の人達から求められるようになっていき、そうした国際的なルールが確立していくかもしれません。
戦争に勝ったとしても、その指導者が不当な判断によって戦争を起こしたのならば国際法廷で「平和に対する罪」として裁かれるということになるならば、世界の国々の指導者たちは戦争を行うべきか、否かの判断にもっと慎重になっていくと思います。
平和とか、「戦争がない社会」といったことをお題目のようにただ唱えていてもそうした社会が実現しないことは間違いありませんが、具体的に、勝者でも「平和に対する罪」を犯した場合は裁かれるという法が機能し得る社会を実現できれば、より「戦争が起こりにくい社会」にしていくことは出来るかもしれません。
そして、そのようなことが議論される時代になったならば、東京裁判が戦勝国による裁判で不公平なものだったのではないかということも改めて問い直されることになるのではないでしょうか。
かといって、そうした場合にも東京裁判を行ったこと自体の意義がなくなるわけではありません。東京裁判があってこそ、あれは不公平な裁判だったのではないか、ではより公平な裁判とは一体、どういうものなのだろうかという議論も生まれて来るわけですから。そうした議論を世界中の人達がするための礎として東京裁判というものがあるのではないかという考え方も出来るかと思います。
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