2005/6/8

鈴木清順監督インタビュー(3)  映画

この人、この時:
映画監督・鈴木清順さん 狸の美学/3

 ◇挑戦−−監督と俳優は戦い
 <クエンティン・タランティーノ、ウォン・カーウァイら世界の一流監督から敬意を表されてきた。高い評価を受けながらも、新たな挑戦を続けてきた。>
 観客の目を考えながら映画を作るべきかどうかは難しい問題。観客の意図をくむか、それとも無視するか。昔から論争があった。私としては無視はできない。でも実際はかまっちゃいられないんだ。自分がおもしろいものはお客もおもしろいだろうと、そう思わないとできません。
 かつての撮影所では、お客がどこで拍手した、泣いた、笑ったという記録をアルバイトに取らせていた。それで会社が「お前のは客が泣かない」などと言う。こっちは「そんなの信用できるか」ってね。映画は劇場だけで楽しむものでもない。酒飲みながらああでもない、こうでもないって、それがいいところです。
 <1956年に監督デビュー。67年経営不振の日活から「作品が難解」などと解雇され、約10年、作品が作れなかった。>
 こういう運命なんだなと、特に失望もしなかったね。江戸っ子だから楽観主義で、昔から「これやりたい」って映画の企画を押し通したこともない。すべて周りがおぜん立てしてくれるの。それは私の人徳だそうですよ(笑い)。
 若手の助監督や脚本家がよくうちに集まって「こんなものやろう」と話した。「ツィゴイネルワイゼン」(ベルリン映画祭銀熊賞受賞)、「陽炎座」はそれで生まれた企画。「陽炎座」の時は地面に小さな丸を描いて、松田優作さんに「ここから出ないで駆けて」と。彼はいわゆるアクション俳優。そのアクションを封じ込めるアクションをしてくれと、そう初日にぶつけたわけ。試したんじゃない……監督と俳優は戦い、最初からぶつかり合いですよ。
 でも「狸(たぬき)御殿」は違った。俳優もスタッフも楽しんでいないといい娯楽映画はできないから。オダギリジョーさんは決して出しゃばらず、それでいて自分の魅力を殺してもいない。よく役柄を心得ていたね。=つづく【聞き手・太田阿利佐】
毎日新聞 2005年6月8日 東京夕刊



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2005/6/8

そう言えば  映画

下記の鈴木清順監督のインタビューを読んで、清順がトリュフォーの『アメリカの夜』をかんかんに怒ってけなしていた文を書いていたことを思い出しました。なんで清順はトリュフォーの映画にそんなに合わなかったんだろうと不思議に思っていたのですが、あんな風に映画の撮影現場を描いた映画を見て、ふざけるなと腹を立てたのでしょうか?
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2005/6/8

鈴木清順監督インタビュー(2)  映画

この人、この時:
映画監督・鈴木清順さん 狸の美学/2

 ◇あこがれ−−映画とは青春のもの
 <狸(たぬき)姫役のチャン・ツィイーさんは「HERO」「LOVERS」など大作に主演する国際的女優。巨匠・鈴木監督にあこがれ、出演を引き受けた。>
 きっとプロデューサーがうまく話してくれたんでしょう。この映画は彼女の出演が決まって本格的に動き出した。彼女は中国人だから「唐の国から招かれた狸姫」にして、出会いのセリフも中国語。「異国語でも恋心は伝わる」ことにして、あとはオダギリジョーさんの演技力に任せた。彼女の日本語はちょっと不思議な響きで、狸語に聞こえなくもないでしょう。
 <そのチャンさんは「最初に脚本を読んだ時は、清順監督ほどの大変著名な監督が、なぜこのような童心に帰るような物語に取り組まれたのか不思議だった」と話している。>
 私は記憶力が弱くてね(笑い)。映画を見ていても筋が分からない、監督が分からない、ひたすら俳優さんの動きばかり見ている。そもそも自分が映画人だから趣味として映画が見られない。だから全然楽しくないんだね。外国映画なんかお金がかかっているでしょう、こんちくしょう、こんちくしょう、こっちにもそれぐらいの金をさいてみろ、って思うばかりでね(笑い)。「歌ふ狸御殿」(木村恵吾監督、昭和17年)を見たのは、大学受験の浪人中。純粋に楽しめたんだね。
 映画というのはそもそも青春、若者のものでしょう。大学に合格してもすぐ兵隊になる、そんな時代に浪人生同士つるんで映画を見たり風呂屋めぐりをしたり……。目当ては番台娘。どこにいい娘がいるか探すわけ。当時は東京・本所に住んでいて、浅草、深川辺りまでずっと回った。たいていはばあさんが座っているんだけどね。
 「歌ふ狸御殿」には大好きな宮城千賀子さんが出ていた。白黒だったけど、まさに豪華けんらん。戦時中によくあんなものができたと不思議です。心の底から楽しめる娯楽ってとても大事だと思う。今はそう、何かしらものを言っている映画が多いですね。=つづく【聞き手・太田阿利佐】
毎日新聞 2005年6月7日 東京夕刊
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2005/6/8

鈴木清順監督インタビュー(1)  映画

*毎日新聞の鈴木清順インタビュー

この人、この時:
映画監督・鈴木清順さん 狸の美学/1

 ◇奇想天外−−華美こそが日本文化
 <チャン・ツィイーさんの狸(たぬき)姫と、オダギリジョーさん演じる雨千代君との恋物語「狸御殿」。まさにタヌキに化かされたような奇想天外な映画。カンヌ映画祭では満場の拍手が上がり、上映権獲得のオファーは30以上もあった。>
 カンヌの観客が大笑いしてくれて、うれしかったね。海外で日本文化といえば歌舞伎とか能とか決まったイメージがある。特にわびさび。でも私は、安土桃山時代の豊臣秀吉の「醍醐の花見」のような極端に華美なものこそ日本文化だと思っているんです。
 だから今は内心、ほくそえんでいるんです。「狸御殿」は内容は何もない。だって「歌と踊りと恋」に徹した娯楽大作なんですから。一応時代は安土桃山にしているけれど、空想的な作品だから時代も上がり下がりするし、能舞台や歌舞伎衣装を取り入れたといってもそれは能や歌舞伎と関係しているようでしていない。だって本物の時代劇なら、ふわふわ頭のパパイヤ鈴木さんや金色の髷(まげ)の楽団員が出てくるわけがない。従来、向こうの人が日本文化と決めてかかっていたものとは全く異なるものを提示できた、それがうれしいんです。
 <「狸御殿もの」はもともと日本映画の一大ジャンルだった。大映、松竹、東宝、東映などが戦前から昭和40年ごろまでの映画大全盛時代に競って製作した。>
 各社がお抱えの大スターを動員して、お盆やお正月に公開する家族みんなで楽しめる娯楽大作でした。あの時代を懐かしむのではないけど、あの楽しさを復活させてみたいと思った。脚本は20年ぐらい前に書いて、その時は映画にできなかった。5〜6年前に「何かありませんか」と言われて、プロデューサーに渡したんです。「ずっと温めていた企画」だなんて……。実は忘れていたんだね(笑い)。女を思うわけじゃなし、私はそんなに思いつめません。ただ「狸御殿」の主演は天下の美男美女でなくちゃいけない。それだけは譲れない点でした。=つづく【聞き手・太田阿利佐】
毎日新聞 2005年6月6日 東京夕刊



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2005/6/8

「座り込み」について(他の方のブログへのコメントから4)  時事問題

*拉致被害者家族会・救う会の座り込みについて書かれた、他の方のブログの文へコメントとして書き込んだものです。


たしかにかつての公害闘争で座り込みでそうそう、国が動いたわけではないとは思いますが。
あくまでも座り込みは運動の手段のひとつであって、座り込み自体が目的化しても仕方がないかと思うのですが。
薬害エイズの時は、座り込みで菅直人厚生大臣の謝罪をとりつけ、国と被害者の和解が成立しましたが、これは数少ない成果でしょう。
ただ、薬害エイズの座り込みの時も、考えてみればその前に「人間のくさり」の運動があって、これは被害者よりも支援者の若者達の運動が広がって行われたもので(若い人に浸透したのは小林よしのりのマンガの影響とかもありますが)、そうした若者への運動の広がりを見て、その後の座り込みで国は動いたわけです。だから、実際には座り込みが国を動かしたというより、その前の若者達の自発的な運動の広がりを見て国が驚いて動いたのかもしれません。被害者が座り込みをしただけなら、それまでの公害闘争とたいして変わらないもので国は無視していたのでしょうか。
このケースから考えると、従来通りの(これまでの公害闘争で繰り返されてきた)闘争の仕方では国は動かず、これまでにないような動きが出てきた時には考えるかもしれません。
今、そういう要素はあるのかなと考えてみると、インターネットのブログの力というのはあると思うんですよ。これはかつてはなかったものですので、国の方も対応の仕方がつかめないでいるところがあるのではないでしょうか。つまり、世論がどう動くかが、既成のマスコミを見ているだけではつかめないところがあるかと思います。
ブログで草の根的に支援の輪が広がるのはどういう方向にいくものなのか、ブログに参加している我々も模索しているし、国も対応がつかめていないところがあるような気がします。
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