2005/6/10

ひめゆり証言の試験問題  ニュース

*うーん、書かれている英語の文章の読み取りの試験問題なんだから、ひめゆりの証言を馬鹿にしていることを教えているというのとはちょっと違うと思うんだけど。
教師はひねって作ったつもりだったんだろうか。
でも実際のひめゆり証言をしている人の耳に入ってしまったことは不幸だった。
配慮が足りないと言われても仕方がないんですが。

(ニュース)
ひめゆりの証言「退屈」/東京の私立高入試問題
元学徒・研究者が批判
 東京の私立進学校、青山学院高等部が今年二月に実施した入学試験の英語科目で、元ひめゆり学徒の沖縄戦に関する証言が「退屈で、飽きてしまった」との英文を出題していたことが九日までに、分かった。生徒の感想文の体裁になっているが、教員が試験のために書き下ろした。元ひめゆり学徒らは「つらい体験を明かしている語り部をむち打つもの」と憤った。同校は「大変申し訳ない」と謝罪している。

 英文は三種類の入試のうち一般入試で出題され、千五十七人が受験した。「修学旅行で沖縄に来た生徒」の感想文を読んで、設問に答える形になっている。

 英文の中で、「生徒」は壕に入って暗闇を体験した後、ひめゆり平和祈念資料館で語り部の証言を聞く。「正直に言うと彼女の証言は退屈で、私は飽きてしまった。彼女が話せば話すほど、洞窟で受けた強い印象を忘れてしまった」と記した。

 さらに、「彼女は繰り返し、いろんな場所でこの証言をしてきて、話し方が上手になり過ぎていた」などと“論評”。設問では、「生徒」がなぜ語り部の話を気に入らなかったのかを問い、選択肢から正解として「彼女の話し方が好きではなかったから」を選ばせるようになっている。

 入試問題に目を通したひめゆり平和祈念資料館の本村つる館長は「八十歳近くになっても、話したくないつらい体験を話しているのは、むごい戦争を二度と起こさないよう若い世代に伝えるためだ。それをむち打つような文章は許せない」と、沈んだ様子で話した。「感想は百人百様でも、試験に出題して正解を決めるようなことはすべきでない」と強調した。

 石原昌家沖国大教授は「この入試問題は、極限状況の戦争を生き抜き、身を粉にして語る体験者を思いやれないような、教師の資格を失った者が教壇に立っている事実を証明している」と批判。「このような教師に指導される生徒の中には、似たような感想が再生産される」と危惧した。

学校側は謝罪
 青山学院高等部は本紙の取材に対し、「戦争体験を語り継ぐ努力を訴えようと出題したもので、ひめゆり学徒を非難する意図はなかった。配慮を欠く言葉で不愉快な思いをさせてしまい、大変申し訳ない」と述べた。

 この入試問題について、那覇市議の島尻安伊子氏(民主クラブ)が九日の同市議会個人質問で取り上げる。


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2005/6/10

鈴木清順監督のドキュメンタリーのお知らせ  テレビ・ラジオ

テレビ東京
6月11日(土)13:55〜14:25
ザ・ドキュメンタリー  鈴木清順
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2005/6/10

鈴木清順監督インタビュー(4)  映画

この人、この時:
映画監督・鈴木清順さん 狸の美学/4止

 ◇次回作−−年寄りのものを撮りたい
 <カンヌでの「オペレッタ 狸(たぬき)御殿」上映後、映画祭幹部のティエリー・フェルモ氏がわざわざ打ち上げ会場を探し当て「もう一度白黒映画を撮ってほしい」と言いに来た。次回作への期待は強い。>
 体調もあるし、どういうのがいいか、考えあぐねています。年相応のもの、年寄りのものをやってみたいけど、プロデューサーが食いつかないでしょうね、一般的じゃないから。
 ずい分昔に年寄りのギャングの話を考えたんです。女をね、富士のすそ野に数百人集めていっせいに駆けさせる。それをヘリコプターから撃つの、年寄り5人が……そんなのを思いついた。どうもろくなイメージじゃないねぇ(笑い)。じじむさいのもいけないし。映画っていうのはなかなかできないもんでね。ま、運が良けりゃできるし、悪けりゃできないってもんですよ。10年ぐらいしたら、また棚からぼたもちが落ちてきますよ。みなさん長生きして下さい。
 <映画界も、今や純愛ブーム。>
 私の「狸御殿」も純愛です。最近はハリウッドが日本映画をリメークしたり、結局、だんだん題材がなくなってきて元に帰ってきているんじゃないですか。劇、芝居の始まりは男女の愛です。もちろん昔と今では形は全然違うけれど、根本は愛。これが少し続いて、また破壊されていくんでしょう。
 今の日本映画界の問題は、やはり興行のあり方。つくり手(制作側)はいい若手がいくらもいるけれど、若手の作品を上映する場がない。今後の心配は技術だね。撮影所ではキャメラでも何でも師匠について修業して技術を引き継いだ。撮影所が統合整理されると、その技術が途切れてしまう。「狸御殿」で背景画を使いたくても、背景屋さんがもういなくてコンピューターグラフィックスを使った。やはり違いますね。白黒映画にしてもその技術を持った人がいなくなったらもう撮れない。年寄りも捨てたものじゃない、と書いておいて下さい。=おわり【聞き手・太田阿利佐】
毎日新聞 2005年6月9日 東京夕刊


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