2005/6/15

『溶岩の家』  映画

日仏学院でペドロ・コスタ監督の『溶岩の家』鑑賞。
日仏学院に映画を見に行くのは何年ぶりでしょうか?
この日は、『溶岩の家』に出演している女優、エディット・スコブを囲むティーチ・イン、さらには『溶岩の家・撮影ノート』(監督:ペドロ・コスタ)までついているという豪華版。
(でも『溶岩の家・撮影ノート』というのは、コスタ監督が映画『溶岩の家』のためにつくったノートをただ写しただけのものだったんですけど。本当に「撮影ノート」だった。・笑)

とにかくポルトガルのペドロ・コスタという監督は世界的にも類がないような個性的な映画監督だと思います。40代のこの監督がどのぐらい凄いかというと、端的に言って、ついにゴダールを超えるような凄い監督が現われた、と言えば十分ではないでしょうか。今まで「ゴダールの再来」みたいに言われる監督は何人もいましたが、「ゴダールを超えた」とまで言わせる監督はなかなかいないと思います。すなわち、ペドロ・コスタ監督こそが21世紀の世界の映画界をリードしていく逸材であり、この監督がつくる1本、1本が今後の映画史を塗り替えて行くことになるのだと思います。

なんて偉そうに書いててなんですが、で、この『溶岩の家』はどういうストーリーかと言うと、実は2回めの鑑賞で日本語字幕入りのバージョンのものを2回、見たのですが、僕は未だによく分かっていません。(笑)
分からなくて言うのもなんですが、とにかく凄い映画です。(笑)
まあ、看護婦がカーボヴェルデ島という、世間から見捨てられた地域にやってくる話。これはコスタ監督の長編2作めですが、後の『骨』(3作め)、『ヴァンダの部屋』(4作め)が貧民窟の街を描いているように、世間から見捨てられた地域に入って行く映画です。見捨てられた土地、見捨てられた人々の現実へ入って行くというのがコスタ監督が一貫してこだわる主題のようです。
特に、コスタ監督の手法は、エディット・スコブのようなプロの一流のベテラン俳優と、全く素人の、その土地に実際に住む人間とをともに役者に使うというやり方です。これはコスタ監督が多大な影響を受けているというストローブ=ユイレ監督もこだわってきた手法であり、コスタ監督の映画の大きな魅力は、いかにプロと素人の役者が共存していき、画面上で「そこにいること」の存在感を確立し得るかということにあるようです。
コスタ監督の映画で人物の表情をじっととらえて、ふとした人物の表情の変化をとらえた映像が独自の魅力をもった感覚を醸し出しているのはこうした手法に関連あるのでしょう。
かつてゴダールがブレッソンにインタビューした時、役者は素人を使うべきだと主張したブレッソンにいや、プロの役者を使っても同じはずだとゴダールが食い下がったという逸話があります。このブレッソンとゴダールというフランスの偉大な2人の映画監督の論争(?)に対して、プロと素人を共存して使うという手法を模索してきたのがストローブ=ユイレであり、それをさらに独自に発展させたのがコスタなのだと言えるかもしれません。
そして、コスタ監督の長編1作め『血』はモノクロの、いろいろな映画へのオマージュに満ちたシネフィル(映画狂)的な作品でしたが、カラーの『溶岩の家』はシネフィル的な映像世界から現実の世界へと入って行くかのような渾沌性がうかがえます。次の『骨』は貧民窟の現実をロケしたものですので、まさに『血』のシネフィル的世界と『骨』の世界との橋渡しをする映画として『溶岩の家』はあるようです。
こうした架空の世界と現実の世界の共存ということが、プロと素人(その土地の実際の人物)を同時に使うということとマッチしているのでしょうし、そうした手法を確立させていく過程を描いた作品として『溶岩の家』は注目されます。
そして、『溶岩の家』には、ロベルト・ロッセリーニ監督の『ストロンボリ』を思わせる場面があるのですが、この『ストロンボリ』もイングリッド・バーグマンというプロの役者と素人の役者とが共存して出て来る作品ですので、そのことがコスタ監督の意識にあったことは疑いないでしょう。
なお、バイオリオンを演奏するおじいさんが「音楽は世界を救えない」といったことを言うシーンが印象に残りました。
コスタ監督自身が次のようなことを言っていたことを記憶しているからです。

私はかつて映画は世界を救えるものなのか?と真剣に考えていた。映画は世界を救えないものだということをさとった。でも何かを他人に伝え、寄り添うことはできるのだ、と。
(これはうろ覚えのもので正確なものではないかもしれませんが。僕もいい加減ですけど。)
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