2005/6/28

大連日本人学校の教材没収  ニュース

*また新たな日中の火種が出てきたようです。
しかし、西日本新聞の記事に

>文部科学省国際教育課は「副教材の使用の判断は日本人学校にあるが、(中国側が問題視している)中国と台湾の色分けは日本の教科書検定では通らない内容だ」

とありますが、日本で刊行されている世界地図は現在の日本政府の公式見解に基づくものなら中国と台湾が色分けしてある(別の国になっている)ということは基本的にはないはずなのですが。中国が問題にしている副読本がどういうものかは分かりませんが、これについては事実誤認の可能性があるかと思います。
「尖閣諸島を日本領に表記した地図」ということの方を問題にしているのなら話は別ですが。

上のように書きましたが、日本側が抗議しないと言っているところを見ると、実際にそういう地図のものがあったのでしょうか? これは日本で文部省の検定を通った地理の教科書ではなく、検定を通っていないものを副読本として使おうとしたものなのでしょうか?

この件について他のブログを見たら中国の対応に怒っているものをいくつか、目にしましたが、僕個人は上に書いた通り、中国政府の対応をどう思うかという以前に、事実関係として「どういうこと?」と疑問に思ってしまいました。
もし、大連の日本人学校で中国と台湾ははっきりと別の国家であると教えているということなら(日本政府もそうした見解はしていないはずなのですが)、中国側が問題視することは分からないことではないように思います。
しかし、たとえば中国と台湾が事実上、別の歴史をもつことを説明していて、その説明の箇所で「中国と台湾を色分けしている」というようなことなら、それは単に歴史的な経緯を詳しく説明するものであり、台湾を別国家として認めていることを教えているというのとは話が違います。
もしそうした記述に対して中国側が

>台湾を独立した存在に扱っており「一つの中国」の原則に反すると主張

しているのなら、それは事実誤認ではないでしょうか?
そこらへんの事実関係がまず分からないことには、中国の対応について僕には判断しようがありません。


(ニュース)
●中国・大連 日本人学校の教材没収 「台湾」「尖閣」記述を問題視
 【北京=伊藤正】中国大連市の大連日本人学校(那花国男校長、生徒数=小中学合わせ百五十九人)で、日本から取り寄せた社会科などの副教材十種百二十八点が、内容に問題があるとして大連税関に差し押さえられたことが二十七日分かった。学校側は一部没収や罰金の処分を受け入れ決着したが、税関側は尖閣諸島を日本領に表記した地図など、主権にかかわる部分も問題にしており、教科書にも検閲が及ばないか、関係者は神経をとがらせている。
 関係者の話を総合すると、大連日本人学校は四月の新学期前に副教材を発注、そのうち小学用「社会」や中学用「歴史」「地理」「公民」など八種類の問題集や資料集などとCD二種類が六月になっても届かなかった。運輸業者が調べた結果、大連税関の検閲で、差し押さえられていたことが判明した。
 税関側は、教材中の地図が、中国と台湾を色分けしていることを、台湾を独立した存在に扱っており「一つの中国」の原則に反すると主張。さらに中国が自国領と主張している尖閣諸島を日本領にしていることや、「台湾政府」としている記述などを問題視、「国内法違反」として没収する方針を示した。
 学校側は、教材が教育に不可欠であることを訴え、返却を求めたが、税関側は「違法図書」との立場を変えず、当初は多額の罰金などを要求。結局、先週末までに、学校側が基本的に処分を受け入れ、妥結した。始末書の提出と罰金一千元(約一万三千円)に加え、尖閣諸島を日本領と表記した地図を含んだ教材など計十数点の没収という内容だ。
 中国には大連のほかに北京、上海など六都市に日本人学校があり、文部科学省外郭団体の海外子女教育振興財団が、教員派遣や教科書の手配をしているが、学校が自主選択する副教材とはいえ、検閲で違法とされたのは初めて。
 日本人学校は現地の法律順守を条件に設立が認められており、法的には中国の検閲を拒否できないと関係者はいう。
 今回の大連の事件に、中国の中央政府が関与しているか明らかではないが、今後、日本人学校で使用する教科書も、検閲で差し止められることもあり得るため、関係者は中国側の出方を注視している。
(産経新聞) - 6月28日2時35分更新

●日本人学校教材中国差し押さえ 政府が事実確認へ 町村外相「罰金根拠法分からぬ」
 中国大連市の日本人学校が日本から取り寄せた歴史などの副教材が同市の税関当局から差し押さえらえた問題で、細田博之官房長官は二十八日午前の記者会見で「実態がはっきりしない。どういう法令に基づいてどういう措置が取られたのかも分からない。対応を検討したい」と述べ、調査に乗り出す考えを示した。

 細田長官は差し押さえについて「(副教材の)中国と台湾を色分けした部分が問題となって通関できなかったようだ」と説明。「色分けした点が法令に抵触するのかどうか確認していかなければならない」と述べた。日本人学校の対応については「少額の罰金を税関当局に支払うことにし、中国当局と争う考えはないと聞いている」と語った。

 町村信孝外相も同日の会見で「罰金を払う以上、根拠となる法律があるのだろうが、よく分かっていない」と事実を確認する意向を示した。

 また、文部科学省国際教育課は「副教材の使用の判断は日本人学校にあるが、(中国側が問題視している)中国と台湾の色分けは日本の教科書検定では通らない内容だ」との見解を示す一方で「没収され罰金を科せられたというのは前例がない。外務省などを通じ日本人学校や大連市側に説明を求め、(問題の今後の推移を)注視していく」としている。
(西日本新聞) - 6月28日14時33分更新

●副教材差し押さえ:
根拠法令明らかに 細田官房長官

 中国遼寧省大連市の大連日本人学校(那花國男校長)が日本から取り寄せた副教材128冊を大連税関に差し押さえられた問題について、細田博之官房長官は28日、大連市当局に根拠法令などを問い合わせた回答内容を明らかにした。
 根拠法となったのは「国の安全、社会公共利益または公共道徳」を害する輸出入の制限を定めた対外貿易法第16条で、中国と台湾が別の色で塗り分けられている点が問題視された。禁止対象品を輸出入した場合の罰則を定めた税関行政処罰実施条例第13条に基づき1000元(1万3000円)の罰金が科され、没収扱いとなった15冊が日本に返送されることになった。
毎日新聞 2005年6月28日 18時43分


●大連日本人学校のHPに以下のような記述がありました。
http://www.japanda.org/

>「大連生活」
4 家庭での教材

 (1)書籍
 日本の本については、ほとんど手に入れることはできません。家庭学習用の教材やお子さんの本などについては、帰国した際に購入したり、実家などから送ってもらう、あるいは専門業者を利用する方法が一般的です。雑誌や小説などを読むのも気分転換になります。文庫や新書、趣味の本などを多めに持ってこられることをお勧めします。こちらに来てからも、OCSに頼んで輸送してもらうことができますが、料金の方は1年分前払いです。


●政府、当面抗議しない方針 日本人学校の教材差し押さえ

 中国大連市の日本人学校が日本から取り寄せた副教材が大連市の税関当局に差し押さえられた問題で、外務省幹部は28日、記者団に「台湾について色分けしてあることが問題ということだ。日本も『一つの中国』を尊重する立場だから、それはそうだろうと(理解できる)」と述べ、当面、中国側に抗議しない方針を示唆した。

 細田博之官房長官も同日午前の記者会見で「中国と台湾を色分けした部分が問題となったようだ」と指摘。「まだ政府として事実関係をよく確認していないので、対応なども今後検討したい。日本人学校としては中国当局と争う考えはないと聞いている」と述べた。(共同)
(06/28 13:18)

●台湾色分けは「条例違反」 差し押さえで中国
 【北京28日共同】中国外務省の劉建超副報道局長は28日の定例会見で、大連市の税関当局が日本人学校の副教材を差し押さえたことについて、教材の地図の中で中国大陸と台湾の色が違っていたことが中国の「出版管理条例」などに違反すると指摘し、差し押さえは適切だったとの見解を表明した。
 副報道局長は「『一つの中国』(の原則)は中国の主権と人民の感情にかかわる重大な原則問題だ」と述べ、税関の措置は「完全に法律に基づいている」と強調。今後も、台湾問題で日本を含めた外国人学校の教科書や教材に中国の主張と反する部分があれば、差し押さえなどの措置を辞さない姿勢を明確にした。(南日本新聞)
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2005/6/28

天皇、皇后両陛下、サイパンへ  ニュース

*天皇、皇后両陛下がサイパン島へ。
それにしても「バンザイクリフ」なるところが名所になっているのは驚きますが、日本人観光客めあてのものでしょう。
戦前、戦中は多くの日本人(特に沖縄の人が多い)が移民し、砂糖きび栽培と製糖業が盛んだったようですが、戦後は製糖業は途絶えてしまったようです。
今のサイパンはなんといっても観光業が大きな産業で、特に日本人観光には力を入れているようです。
サイパンの人達が戦前、戦中の日本人の人達に対してわりと好意的なようであるのは、沖縄の人達が多かったことも多少は関連あるのでしょうか?(南国の人達同士で通じるものがあったのかもしれません。)
ところで、バンザイクリフで身投げした人達は靖国神社に祀られていないのでしょうか? もしそうなら、祀ってあげたらどうでしょうか?

(ニュース)
●両陛下、サイパンへ出発=「多くの犠牲、心して」−戦後60年、慰霊の旅
 天皇、皇后両陛下は27日昼、東京・羽田空港発の政府専用機で、戦没者慰霊のため北マリアナ諸島のサイパン島(米自治領)へ出発された。多くの日本兵や民間人が身を投じた「バンザイクリフ」や慰霊碑を訪れ、犠牲者を追悼、平和を祈念する。28日夜に帰国する。
 天皇陛下は出発に当たり空港でお言葉を述べ、「61年前の今日も、島では壮絶な戦いが続けられていました」と、現地の人々らを含む多大な犠牲に言及した。
 その上で「海外の地において、改めて、先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います」とし、「私ども皆が、今日の我が国が、多くの人々の犠牲の上に築かれていることを、これからも常に心して歩んでいきたいものと思います」との気持ちを示した。 
(時事通信) - 6月27日14時0分更新

●サイパンで両陛下が戦没者慰霊、おきなわ・韓国の塔も
 【サイパン=井上茂男】米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島を訪れている天皇、皇后両陛下は28日午前(日本時間同)、同島北部の「中部太平洋戦没者の碑」や、日本人の多くが身を投げた断崖(だんがい)などを回り、太平洋戦争の戦没者を慰霊された。

 また、途中、旧琉球政府が建てた「おきなわの塔」や、韓国人らを慰霊する「韓国平和記念塔」の前で拝礼された。この2か所での拝礼は、政府が事前に発表した訪問日程には入っていなかった。

 おきなわの塔と韓国平和記念塔での拝礼について、宮内庁は「天皇陛下の強いお気持ちで実現した」と説明。予定を発表しなかった理由に関しては、「発表すると状況が複雑になる(可能性があった)」などとしている。

 両陛下はまず、日本政府が1974年3月に建立した「中部太平洋戦没者の碑」に供花。続いて多くの日本人が米軍への投降を拒んで身を投げたマッピ山(標高250メートル)の断崖「スーサイドクリフ」と、同島北端の岬にある断崖「バンザイクリフ」を訪ね、深々と拝礼して戦没者への追悼の気持ちを示された。

 サイパン戦は、44年6月15日に米軍が上陸して日本軍が7月7日に最後の突撃をするまで続いたため、ちょうど今は、遺族が供養のために次々と現地を訪れる「慰霊の季節」。

 両陛下の慰霊については、遺族から同行したいとの希望が事前にあり、日本遺族会4人、マリアナ戦友会2人、沖縄県出身者で作る南洋群島帰還者会3人など10人の同行が認められた。

 おきなわの塔と韓国平和記念塔は、バンザイクリフから宿泊先のホテルに戻る途中にあり、両陛下は車を下りて拝礼し、黙とうをささげられた。

 両陛下はこの後、休憩をはさんで米軍上陸50周年を記念して作られた「アメリカ慰霊公園」を訪問、戦争に巻き込まれ犠牲になったチャモロ人など現地人900人を慰霊する「マリアナ記念碑」、サイパン島とテニアン島で戦死した米兵約5000人を追悼する「第2次世界大戦慰霊碑」に花輪を供えられる。

 中部太平洋戦没者の碑での慰霊に先立ち、両陛下はこの日早朝、日本軍が最後の突撃を行った浜辺に出向き、61年前の戦闘で亡くなった人たちをしのばれた。
(読売新聞) - 6月28日11時58分更新

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2005/6/28

イタリアの法廷で元ナチス親衛隊10人に終身刑  ニュース

*この件については知識がないため、下記の報道以上にほとんど何も知らないのだけど、興味をひくのはドイツとイタリアは戦争の同盟国だったことだ。その間に起こった虐殺事件についてどのような裁判を行えるのか?という点で興味深い報道に思える。

(ニュース)
●親衛隊の住民560人殺害、元兵士10人に終身刑判決
2005年 6月23日 (木) 10:59 読売新聞
【ローマ=藤原善晴】第2次大戦中の1944年8月、ドイツのナチス親衛隊がイタリア中部の村の住民約560人を殺害した事件で、同国北西部のラスペツィア軍事裁判所は22日、虐殺罪に問われていた被告の元兵士10人に対し、求刑通り終身刑を言い渡した。

 判決は、検察側の「計画的な無差別殺りく」との主張を支持した。被告は全員欠席したが、弁護団の1人は、「被告らは、対独抵抗運動参加者の捜索作戦だと思っていた」と述べ、控訴する意向を表明した。

 被告らは全員80歳以上で、今後、実刑が確定した場合でも、ドイツからイタリアに身柄が移送されて服役する可能性は薄い。事件の生存者、エニオ・マンチーニさん(68)は、「判決で事件の真実が明かされたことが重要」と言う。

 今回の裁判は、94年、ローマの軍事検察局で半世紀ぶりに発見された、終戦直後の大量の捜査書類によって可能となった。書類にはイタリア各地でのナチス・ドイツによる住民虐殺の目撃証言や容疑者リストが含まれており、今回の有罪判決で、真相解明の動きが広がりそうだ。

 7月上旬には、別の裁判所で2つの虐殺事件の予備審理が予定されている。


●元ナチス親衛隊10人に終身刑、イタリア住民虐殺で
[ラスペチア(イタリア) 22日 ロイター] 
イタリアのラスペチア軍事法廷は22日、第2次大戦中、トスカーナ州の村で住民560人がナチス親衛隊のドイツ兵に虐殺された事件で、関与の罪に問われていた10人に終身刑を言い渡した。

 ただ、10人はいずれも80歳代になっており、イタリアで服役するのは困難で、ドイツが10人の身柄をイタリアに引き渡す公算も小さいことから、この判決は象徴的なところが大きいとされている。

 10人は全員出廷しなかったが、傍聴していた生存者や遺族は、判決が読み上げられると喝采し、多くは涙を流して抱き合った。

 この事件は、1944年8月12日未明に、ナチス親衛隊がトスカーナ州サンターナ・ディ・スタゼマ村の民家を包囲し、住民を通りに連行して射殺したもの。犠牲者の大半が女性と子供で、そのなかには生後20日の乳児もいたという。

 この虐殺は、第2次大戦中にイタリアで行われたナチスドイツの虐殺としては最悪の事件。


●伊、61年前の村民虐殺で元ナチス親衛隊10人に終身刑【日経】

長年ローマで埋もれていた関連書類が発見されて実行犯が判明したため、トスカーナ州など5団体が訴えを起こし、昨年4月に裁判が始まった。

判決によると、被告らは同州サンターナ・ディ・スタゼマ村で、農民などで組織された非正規軍であるパルチザンの隠れ家を教えるよう教会の司祭に要求。司祭が「パルチザンはいない」と答えると、村民のほぼ全員、560人を射殺しガソリンをかけて燃やした。10歳以下の子ども72人が含まれ、腹を割かれた妊婦もいたという。


●朝日新聞より 【ローマ=郷富佐子】 

ANSA通信などによると、被告10人のほとんどがドイツに住んでいるという。裁判は被告人不在のまま行われた。独政府は独自に事件についての調査を進めており、ドイツから身柄が引き渡されて服役する可能性はないと。それでも、検察側の求刑通りの終身刑判決が言い渡された瞬間、数少ない生存者や被害者の遺族らは「正義が勝った」と拍手し、泣いて抱きあった。

検察側は「計画的かつ組織的な行為だった」と主張。被告側の弁護士らは「パルチザン捜索作戦に参加中で、絶対服従を義務づけられ、命令に反すれば殺されると脅されていた」などと訴えていた。一部の被告側弁護士は判決後、後日開示される判決理由次第で控訴する可能性を示唆した。

同事件は戦後、米軍が戦争犯罪として調査したが結論が出ないままになっていた。50年後の94年、別件を操作中の検察官が目撃証言などの記録が詰まった保管棚を発見。さらに10年後の昨年4月から生存する10人に対する裁判が始まった。

昨年8月には、シリー独内相が60周年記念式典に出席。「44年8月12日は我が国にとって恥ずべき日だ」と話した。


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