2005/7/9

新しい国立追悼施設をつくる案には反対する  時事問題

僕はもし可能ならば靖国神社からA級戦犯を分祀してほしいと考える者ですが、新しい国立の平和祈念の追悼施設をつくるという案には反対します。
なぜかというと、なんのためにつくるのかが不明瞭だからです。政府は靖国神社に替わるものとしてそうした施設をつくり、端的にいって、靖国神社のほうは無くしてしまう考えなのでしょうか? 
そうではないようです。
現在の政府案では新しい国立の追悼施設をつくっても靖国神社を無くす考えはないようです。新しい国立の追悼施設と靖国神社は両立して存在するようになるようです。しかし、それなら一層、一体、なんのためにそうした新しい国立の追悼施設をつくる必要があり、その新しい国立の追悼施設と靖国神社の関係がどういうものになるのかがよく分かりません。
政府が構想している新しい国立の追悼施設というのは、祈念碑的なもののようです。とすると、そこには霊は祀られていないわけなのでしょうか? それとも、概念としては先の戦争で死んだ全ての人を祀り祈念するところなのでしょうか? とするならば、当然、A級戦犯も含まれているわけでしょうか? A級戦犯も含まれている施設ならば、靖国神社とどのような違いがある施設なのかがよく分からないし、新たにそうしたものをつくる意味があまりないように思います。

それに今、そうした新しい追悼施設をつくるのは、中国や韓国から、靖国神社をなくし、新しい国立追悼施設に替えるものと受け取られる危険性があります。政府が検討しているのはそうしたことではなく、新しい追悼施設と靖国神社を両立させようということのようですが、ここらへんは中国や韓国からさらなる誤解を招き、事態をより混乱させる危険性があるかと思います。そうした誤解を招かないためにも、一体、なんのために新しい追悼施設をつくるのかを明瞭にしておかないといけないかと思います。

僕が靖国神社がA級戦犯を合祀したことに疑問を感じているのは、その合祀が「東京裁判を否定する」という特定の考え方をもとに行われたものだからです。もちろん、東京裁判にはいろいろ疑問な点もあるし、検証し、「東京裁判を否定する」と考える人がいてもいっこうに構わないとは思います。しかし、靖国神社がA級戦犯を合祀したことによって、「東京裁判を否定する」という考えに賛同しない人は参拝することに心理的な違和感を感じるようになってしまいました。僕のおじさんにも靖国神社に祀られている方がおりますが、A級戦犯が祀られて以降、靖国神社参拝をやめてしまった親戚の方がいます。もちろん、それはその方が勝手にやめたのであり、靖国神社に参拝するのもしないのも個々人の自由ではあります。でも、A級戦犯を合祀したことによって、「東京裁判を否定する」という考えに賛同するか否かの踏み絵(あまりうまい言い方ではないかもしれませんが)のような場になってしまい、考えに賛同する人は参拝するが、賛同しない人は参拝しないという風になってしまっている点に疑問を感じます。
なお、僕個人は、東京裁判の具体的内容には疑問な点もあるし、検証するべきものかとは思いますが、基本的な東京裁判を行なった意義を認めたいという考えを持っています。しかし、それはあくまで僕個人の考えであり、東京裁判を否定するという考えの人がいてもいっこうに構わないと思っています。(ただし、首相が参拝することは日本政府の見解と受け取られてしまうので控えたほうがいいとは思いますが。)僕個人の考えを他人に押し付けるつもりはありません。ですから、僕がA級戦犯を分祀してほしいと考えるのは、あくまで「東京裁判を否定する」という考えに賛同するか否かの踏み絵のような場になっている性格をなくしてほしいということであり、「東京裁判を否定する」という考えに賛同する人もしない人もともに参拝できるような場になってほしいと考えるからです。決して、「東京裁判を否定する」という考えの人を否定する意図ではありません。

とはいえ、A級戦犯分祀は靖国神社の教義では出来ないらしいのですが。
この点で疑問なのですが、『中央公論』8月号の座談会で松本健一氏が次のように述べています。

>柳田國男も指摘しているように、日本の神道には集団を祀るという発想は、明治以前にはない。国家神道の産物だ。

僕は不勉強でよく分からないのですが、松本氏の言うことが事実だとすると、いったん祀った霊は分祀できないというのは、他の神道にはない、靖国神社独自の概念なのでしょうか?
もし、そうなら、靖国神社自身が認めるならば、特例として分祀するということは出来ないものなのでしょうか? 僕の知識不足で見当違いのことを述べていたら、ごめんなさい。 

しかし、政府が靖国神社に分祀をしろと無理にさせるのは、政教分離に反するとも考えられるので、靖国神社自身が主体的に判断してA級戦犯を分祀するということを望むわけですが。

なお、敗戦国の戦争責任ということでは、僕は日本はすでに済んでいるものと考えます。決して、中国や韓国に新たな賠償を払うなどの責任はないものと考えます。戦争犯罪人の処罰、領土の返却も済んでいるものと考えます。だから、小泉首相が靖国神社参拝をやめることには賛成しますが、かと言って中国や韓国が言うような「日本は戦争責任を果たしていない」という主張を認めるつもりではありません。その意味では、首相が靖国神社参拝をやめた場合は、「日本政府は東京裁判を認める立場なので靖国神社参拝はやめた。ただし、戦争責任はすでに果たしているものと考えている」といったことをはっきりと表明し、もし中国や韓国が新たな要求をしてくるつもりならば、そのことは受け入れないように未然に予防線を張っておくべきかとは思います。
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2005/7/9

靖国問題解決、第三の道  時事問題

『中央公論』8月号に「靖国問題解決の第三の道」という山崎拓インタビューが載っていたので読んだのだが、結局、A級戦犯分祀案、新しい国立追悼施設をつくる案ではない、「第三の道」が何かははっきり述べられず。詐欺みたいなタイトルのインタビューだな。
ただし、ヒントとして、インドネシアのユドヨノ大統領が次のように言った言葉が紹介されています。ここに「第三の道」のヒントが示されているらしいのですが。

>「自分は東ティモールに行ってきたばかりだ。東ティモールは独立する前はインドネシア領だった。独立時に戦争があった。結果として国連の庇護の下に独立した。その因縁の地に行ってきた。
 墓地が二つあった。一つはそこで戦死したインドネシアの兵士の墓。もう一つは東ティモール側の義勇兵の墓。両方参拝した。インドネシアの兵士が埋葬されているところも、東ティモール人が埋葬されているところにも両方とも行った。」

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