2005/7/14

曽我ひとみさん・横田めぐみさんの教育係は辛光洙氏  ニュース

*日本政府は辛光洙(シン・ガンス)容疑者引き渡しを北朝鮮に求めるべきだろう。
 それを前提にした上で言うと、韓国が逮捕した北朝鮮工作員を転向させるためにひどい拷問をしたことがかえって転向しない工作員を英雄にしてしまったという背景があるようだ。そこらへんはドキュメンタリー映画『送還日記』に詳しい。僕はこの『送還日記』の内容に賛同できないところはあるのだけれども、議論を呼ぶ作品であり、日本でもぜひロードショー公開してほしいと思う。


(ニュース)
めぐみさん教育に大物工作員
これは、曽我ひとみさんが、複数の関係者に明らかにしたものです。曽我さんは、拉致された昭和53年からしばらくの間、ピョンヤン市内の施設で、横田めぐみさんと生活していた当時を振り返り、「めぐみさんと私は、北朝鮮の元工作員のシン・グァンス容疑者から朝鮮語や思想などを学んだ」と話しているということです。シン元工作員は、昭和55年に大阪の原敕晁さんを拉致した実行犯の1人とみられ、警察庁が国際手配しています。昭和60年には韓国でスパイなどの容疑で拘束され、アジアやヨーロッパ各国で工作活動をしていたとして、死刑判決を受けましたが、南北首脳会談での合意を受けて平成12年に北朝鮮に帰国し、英雄として扱われています。シン元工作員について、曽我さんは、「日本に帰国したあと、テレビの報道などで、警察庁が拉致事件で国際手配している人物だと知って驚いた」などと話しているということです。シン元工作員が、原さんの拉致だけでなく、めぐみさんや曽我さんの教育にも当たっていたことが明らかになったことから、被害者の家族らは、シン元工作員が拉致事件の詳細を知っているとして、身柄の引き渡しを北朝鮮側に強く迫るよう、日本政府に求めていくことにしています。(NHKニュース)


曽我さん・めぐみさんの教育係は辛容疑者
≪拉致実行犯が直接指導≫
 拉致被害者の曽我ひとみさん(46)と横田めぐみさん=失跡当時(13)=が北朝鮮の同じ招待所で生活していた際、原敕晁さん=同(43)=を拉致した主犯とされる元北朝鮮工作員、辛光洙(シン・ガンス)容疑者(76)=旅券法違反容疑などで国際手配=が2人の朝鮮語などの教育係を務めていたことが13日、関係者の話で分かった。

 めぐみさんは1977年11月、新潟市内で拉致された。曽我さんは78年8月に新潟県・佐渡島から拉致され、直後の約2年間をめぐみさんと同じ平壌市内の招待所で暮らしたとされる。

 関係者によると、2人はこの間に辛容疑者から教育を受けたという。帰国後、辛容疑者の映像を報道で見た曽我さんが証言したとされる。

 辛容疑者は85年に韓国でスパイ容疑で逮捕され、死刑判決を受けたが、その後恩赦で釈放され北朝鮮に送還された。

 警察庁は2002年9月、80年に失跡した原さんの旅券や運転免許証を不正に取得、出入国を繰り返したとして旅券法違反容疑などで辛容疑者を国際手配した。

 日朝交渉の席などで、北朝鮮は「原さんは辛(容疑者)との利害関係一致により自発的に(北朝鮮に)来た」と主張。辛容疑者の日本への身柄引き渡しを拒否している。(共同)
(07/13 23:38)

映画生活『送還日記』
http://www.eigaseikatu.com/title/11074/
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2005/7/14

「つくる会」教科書、大田原で選定  ニュース

*「つくる会」教科書の内容に異論を出すのは自由だし、僕個人も「つくる会」教科書内容に異論がある者ですが、「つくる会」教科書を採択させない運動は行き過ぎではないでしょうか。やっぱり現場にまかせるべき筋合いのものだと思います。強硬な採択反対運動をして、自分と異なる言論を認めないのでは、「言論の自由」の原則を踏みにじることになってしまうのではないでしょうか。

(ニュース)
扶桑社教科書、大田原で選定 教師の意見決め手(栃木)
 大田原市の教科書採択協議会(協議会長=小沼隆・市教育長)は12日、大きな混乱もなく、扶桑社発行の歴史と公民の教科書を選定した。下都賀地区の採択協議会が同社の歴史教科書を選定し、激しい抗議行動が広がってから4年。今回の大田原市では、学校現場や調査に当たった学校教師の意見が決め手となり、スムーズに選定作業が進んだという。
 採択協議会は、委員7人が出席し、午前9時30分から、大田原市若草1の大田原東地区公民館多目的ホールで行われた。会議は非公開。ホールのブラインドはすべて下ろされ、中をのぞかれないよう周囲には市教委職員が見張りに立った。
 国語、社会科の順に粛々と選定作業が進み、歴史では、「文化史が丁寧にかかれている」「最も指導要領に基づいている」などとした調査員会の報告を基に扶桑社の教科書を選定。公民についても、「義務と権利について分かりやすく記されている」などとした調査員会報告を踏まえて、同社の教科書を選んだ。いずれも満場一致だったという。
 昼になると、弁当が運び込まれたが、委員は部屋にこもったきり。午後3時40分ごろ、ようやく協議を終えて姿を見せた小沼教育長は、「協議会としては結論を出しました。内容はあす(13日)の教育委員会後にお話しします」とだけ話し、すぐに市職員の車に乗り込んだ。
 「騒ぎになるのは覚悟している。でも、子供たちのためにしっかりと選びたい」――。関係者の一人は選定前、読売新聞の取材に対し、そう話していた。
 向こう4年間にわたって使用する教科書は、県教委の教科書選定審議会の意見や、現場教師による調査員会の報告を基にして、採択協議会で一つに絞られる。
 大田原市では5月から、計30人の調査員が分担して各社の教科書を調査、社会科は4人が担当した。その結果、歴史では「配列が良く指導しやすい」、公民では「分量が適切で、使いやすい」などとの理由で、いずれも扶桑社の教科書がふさわしいとの結論になったという。
 また、別に実施した市立7中学校への意見聴取でも、扶桑社に好意的な意見が多数を占めたという。
(2005年7月13日
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