2006/1/31

『男たちの大和』  映画

ようやく鑑賞。
うーん、どちらかというと反戦よりなのかなとは思ったんだけど、それはそういうことを思わせる台詞やシーンがあるからなんだけど、作り手自身があの戦争をどう考えるのかとか、作り手独自のあの戦争に対する視点やこだわりが感じられず、一般論をえんえん聞かされているみたいな感じがする。ある意味で職人的にうまくまとまっている映画なのかもしれないけれども、映画としての個性とか魅力が感じられなかった。
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2006/1/31

ベトちゃん、ドクちゃんは今  障害者問題・教育問題

*今日の「赤旗」にベトちゃん、ドクちゃんの今を伝える記事が出ていた。まとまったものだったので転載。

(2006年1月31日、しんぶん赤旗)
米軍による枯葉剤被害者 ベト君、ドク君はいま…
「ベトちゃん・ドクちゃんの発達を願う会」代表 藤本文朗さんのベトナム訪問記

 一九八五年に、誕生したボランティア団体「ベトちゃん・ドクちゃんの発達を願う会」は、昨年末、二十四歳になったベト君、ドク君に会うため、ベトナム・ホーチミン市を訪ねました。会の代表、藤本文朗さん(大阪健康福祉短期大学教授)の訪問記を紹介します。

三輪バイクを一人で操って
 昨年末、私たちは久しぶりに、ベト君、ドク君を訪ねました。
 厳しい冬の季節の日本を出発し、暑いホーチミン市トンニャット空港に降り立つと、にぎわう空港出口で松葉づえのドク君が、タン医師やヤン医師とともにわれわれを迎えてくれました。アメリカのベトナム侵略戦争の中で、アメリカが使用した枯れ葉剤の結果と思われる結合双生児であった二人の命は、分離手術ののち、元気に生き永らえてきました。
 弟のドク君は、日常生活においては、器用に松葉づえを使い、ホーチミン市内では三輪バイクを一人で操り活動しています。ホーチミン市のツーヅー産婦人科病院の事務職員となって三年になります。ボランティア活動として、ホーチミン市枯れ葉剤被害者の会やハンセン病友の会の仕事もしています。日本からの訪問者には、パワーポイントを駆使して病院の説明をするなど大変忙しい毎日を送っています。
 兄ベト君については、いまどうしているか日本ではあまり知られていないようですので、ここで少し詳しく述べます。

手厚い看護を受けながら…
 結合双生児時に脳症にかかり、日本に来て治療を受け、一命を取り留めましたが、重症児になりました。分離手術後も、首が据わらず、話し言葉もなく、寝たきりの状態で、排せつはカテーテルを通してなされています。「ベトちゃん・ドクちゃんの発達を願う会」は、このカテーテルセットを日本から贈り続けています。
 ベト君の日常生活は、朝五時に目覚め、介助によって流動食(四百cc)を食べ、シャワーを浴び笑顔もでます。人の声や音の方に顔をむけ、オルゴールを聞かせると気持ち良さそうにうとうと眠ります。夜九時に眠ります。このようにツーヅー病院で手厚く介助されています。ツーヅー病院平和村にはこのような障害児が六十数人入院し、介助を受けて生活しています。
 クリスマスの日、ここを訪問した私たちは、子どもたちにクリスマスケーキやマジックをプレゼントして一緒に楽しみました。

介助福祉士など養成の課題も
 今回のベトナム訪問のもう一つの目的は、私が勤めている大阪健康福祉短期大学(介護福祉学科)とホーチミン市幼児師範学校との学術交流協定の調印をすることでした。
 この調印式のなかで、ベトナム側から出されたのは、今後ベトナムでも介護福祉士などのスタッフの養成を行いたいということでした。ベトナムでも最近都市化がすすむなかで、核家族が増え、今までのベトナムの常識であった親の介護は家族の義務ということが通じなくなってきつつあるということでした。
 ベトナム統一三十周年、日本・ベトナムの友好をさらに発展させるために、新たな課題も見えてきた訪問でした。
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2006/1/31

カネミ油症ー「北九州市の会」「福岡県の会」が発足  公害・薬害・環境・医療問題

(ニュース)
カネミ油症の認定患者ら、北九州で新団体結成 議員立法の動きに呼応 
 西日本一帯で1968年に発生した国内最大の食品公害「カネミ油症事件」の認定患者らが27日、北九州市で新団体「油症被害者北九州市の会」を結成した。被害者救済を図る議員立法の動きに呼応し、油症医療恒久救済対策協議会の矢野忠義会長(73)が「救済の受け皿を拡大しよう」と呼びかけた。
 被害者団体は、国や原因企業・カネミ倉庫(北九州市)の責任を問う訴訟の原告団のほか、地域ごとに数十団体あったが、87年に最高裁で被害者側が国への訴えを取り下げ、企業側との和解が成立した後は、多くが自然消滅した。
 しかし有効な治療法は確立されず、今も症状に苦しむ人が多い。さらに、国の責任を認めた高裁判決の際に被害者側に支払われた仮払金約27億円について、国が和解から9年後に返還請求し、経済的に追い詰められている。
 こうした事情から民主、公明両党は超党派の議員立法などで救済策に取り組むことを明らかにしている。
 この日は北九州カネミ油症連絡会の会員を中心に約10人が集まり、未認定者も含めて幅広く参加を求めることを確認。矢野会長が「国は救済へ動いている。あとは被害者の結束」と呼びかけた。
 29日には、福岡市近郊の被害者で「油症被害者福岡県の会」(仮称)を結成する。福岡県筑豊地区や広島県などでも新団体を作り、4月に福岡市で総決起大会の開催を目指す。(読売新聞、西部朝刊、2006年1月28日)

カネミ油症:被害者団体、「北九州市の会」発足
 カネミ油症の被害者救済新法が検討されるなか、受け皿となる団体「油症被害者北九州市の会」が27日発足した。89年に終結した裁判の元原告や未認定患者にも参加を呼びかけ、国への要望を取りまとめる。29日には福岡市で「福岡の会」も発足する。
 被害者の支援をしている「油症医療恒久救済対策協議会」(矢野忠義会長)が母体となって作った。公明党を中心に救済法案の枠組み作りが進んでおり、「幅広い救済を実現するためには、過去のいきさつに縛られない新たな受け皿団体が必要だ」と判断した。
 救済新法の早期具体化を求めるとともに、(1)大規模な疫学調査(2)現行認定基準の廃止と第三者判定委員会の設立(3)国が返還を求めている仮払金の返還免除−−などを求めていく。
 68年に発生したカネミ油症事件は西日本一帯で約1万4000人の被害者が出た。原因企業のカネミ倉庫や国などを相手取った裁判は89年に最高裁で和解し、被害者団体は解散するか活動を休止した。しかし、多くの被害者が多様な症状に苦しんでいるほか、1・2審で勝訴しながら最高裁で和解に応じた元原告が国から仮払金約17億円の返還を求められるなど、発生から38年たった今も全面解決には至っていない。【戸嶋誠司】(毎日新聞、西部朝刊、2006年1月28日)

カネミ油症被害 福岡県の会発足
 食品公害「カネミ油症」の被害者団体「油症被害者福岡県の会」が二十九日、福岡市で発足した。長崎県五島市、北九州市に続くもの。被害者らは今後、広島県や関東、関西地方でも設立予定の団体と連携し、被害者救済に向けた国会の立法化の動きを後押しする。
 福岡県の会の会長は、全国組織「油症医療恒久救済対策協議会」の矢野忠義会長(73)=同県小郡市=が兼務。矢野会長は「同じ油を食べた家族の中で、患者と認定されない人もいる」と、患者認定制度の問題点を指摘し、国に被害者の生活環境も考慮した疫学的な判断を求めていく方針を示した。同協議会によると、同県内には約六百人の被害者がいるとみられる。(西日本新聞、2006年1月30日)
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