2006/6/2

『レイクサイドマーダーケース』(テレビ)  映画

テレビで『レイクサイドマーダーケース』。
普通すぎてあまり面白くはなかったのだけれども、こういういかにも青山真治監督らしい映画でありながら「普通のサスペンスもの(のように見えるもの)」でもあるというのはある意味、すごいのかも。「2時間ドラマ」の枠で放送されててごく平然と嵌っていたし・・。

ちょっと驚いたのは、女の恐さみたいなものをうまく描いていたところ。青山監督(実はあまり見ていないのだけど)ってそういうのを描く監督だったのか?(そういえば某有名女優と結婚したんでしたねー。)女の子が男の子の靴ヒモを結んであげるなんてシーンとか。このシーンが印象的なのは全体の話を象徴するようなシーンにもなっているからだろうか。
0

2006/6/2

みて・きいて・ながさき:「カネミ油症事件」発覚から38年  公害・薬害・環境・医療問題

(ニュース)
みて・きいて・ながさき:「カネミ油症事件」発覚から38年 /長崎
 ◇健康被害や差別との闘い、今も

 ◇進む高齢化、急がれる公的救済−−五島市

 国内最大級の食品公害「カネミ油症事件」。1968年の発覚から38年になるが、今も患者らは健康被害や差別と闘い続けている。厚生労働省によると、県内の認定患者数(死亡者除く、昨年3月末現在)は371人と、福岡県の578人に次いで多い。5月末には民主党が独自の患者救済法案を国会に提出し、与野党に政治解決への機運も高まる中、被害が集中した五島市を訪ね、カネミ油症を巡る今を追った。

 ■

 「苦しみは頭から離れない。何一つ忘れていない」

 今も認定患者約160人が住む五島市玉之浦町。言葉を絞り出すように患者男性(77)は語り始めた。油症の発生当時、小1〜中2の子どもが6人いた。「子どもたちは吹き出物で化け物扱い。帰って来ても、何もせず寝ころんでいた。よほどしんどかったんだ。今も皮膚炎やひざの痛みに苦しんでいる。油さえ食べさせなければ……」と自責の念がにじむ。
 男性自身も体調が悪化し漁をやめた。旧福江市の病院への通院は一日仕事だ。訴訟で得た国からの仮払金の返還を求められ、家族7人のうち2人分はなんとか返したが、年金暮らしで残りのめどは立たない。

 「40年近く振り回されてきた。もうよかよ」

 玉之浦町に住む別の患者男性(58)は、被害者の多くが沈黙する胸中をこう代弁した。自身も吹き出物や歯茎の黒ずみ、けん怠感に悩まされた。今は患者であることを隠す。差別は残り、2世への被害も報告される中、子どもの将来も懸念するからだ。
 「言いたいことはたくさんあるが、決着したと自分の中で納めた」と男性はいう。一方で、仮払金を分割で返還し続けており「新たな法律で返還金を免除するというが、払った人はどうなるのか」と不平等の火種に不安を隠さない。
 玉之浦町では、被害回復を巡り示談派と訴訟派に分かれ、対立が起きた。離島ゆえに情報が伝わらず、原因企業のカネミ倉庫とわずか20万〜40万円で示談に応じた被害者も少なくなかったという。訴訟派も分裂。さらにこれに加えて仮払金返還問題への対応が事態を複雑にした。
 これまで救済への期待が大きかった分、患者の置かれた現状に失望も深い。長年の救済運動のけん引役の多くは亡くなるか高齢化して「いまさら言って何になる」と沈黙を守る。

 ■

 五島市奈留町の患者女性(78)は、発生当時、9〜16歳だった子ども4人全員と夫に油症特有の症状が出た。が、子どもたちは認定を申請していない。夫が差別を心配し、子どもには認定を受けさせなかった。漁師だった夫は体調が悪化して働けなくなり、代わりに女性が土木作業で家計を支えた。その夫も80年に食道がんで亡くなった。
 女性は、長女も卵巣がんのため23歳で失っている。検診を受けた大学病院で「私たちは油症」と必死に訴えたが、医師には「関係ない」と一言で片づけられた。
 子どもたちの健康が不安になり最近、検診を勧めた息子は「嫌だ」と短く拒絶した。認定を受けても苦しみ続けた両親の姿を見ていたからだろうか。女性はそれ以上、検診を受けろとは言えなかった。
 訴訟に参加し、カネカからの和解金300万円は手元に来たら170万円。被害者団体で毎月積み立てていた費用も行方が分からない。女性はこうした不条理さにも静かに耐えてきた。「島から逃げ出したいこともあった。でも子どもたちの古里をなくすわけにいかないと意地で頑張った」と語った。

 ■

 油症被害者には、健康管理手当など他の公害・薬害にある公的救済がない。カネミの補償は認定患者でも慰謝料22万円▽見舞金1万円▽医療費の自己負担分を支払う「油症受療券」配布−−だけ。さらに、1万人を超すとみられる未認定患者には何の救済もない。
 治療費はカネミの全額負担が原則だが、国民健康保険の場合、カネミが払っているのは患者負担分だけ。残りは患者がいる自治体が国民健康保険会計で立て替え、その累積額は五島市だけで約15億円に上る。
 一方、被害者の症状は千差万別で、今も対症療法しかない。厚労省の全国油症治療研究班は昨年度から漢方薬を使った初の臨床治験に乗り出した。しかし「副作用があった場合の責任も不明確。さまざまな症状を4種類の漢方薬で対応するのは危険だという専門家もいる。私たちはモルモットじゃない」と不信感を漏らす患者もいる。
 日弁連は今年4月、立法措置を含めてすべての被害者を救済するよう国に勧告した。勧告は、事件が健康被害など重大な人権侵害を招き、被害回復のための必要な措置を怠っていると国の責任を指摘。従来の皮膚症状にこだわらず、自覚症状や病態に着目して被害者をあまねく救済できるような認定基準見直しをはじめ、治療法の研究開発、医療費・生活補償費の支給、仮払金返還の全額免除を求めた。被害団体「カネミ油症五島市の会」事務局長の宿輪敏子さん(44)は「私たちの思いをくみ取ってくれた」と公的救済への追い風になることに期待を寄せる。
 原因企業のずさんな製品管理と無責任な対応。事件を未然に防がなかった行政と、それを正せなかった政治家。根本的な治療法も、未認定患者を救う認定基準も打ち立てられない医療。さらに仮払金返還問題で国の姿勢を読み違え、結果的に患者に大きな負担を強いた訴訟弁護団−−幾重にも重なった要因を背景に、被害者たちは今も置き去りだ。「苦しみにも慣れる。忘れないと生きていけない」。こうして耐えてきた被害者たち、救済の手は届くのか。猶予は少ない。<今回の担当は横田信行記者>

 ◇窮状に追い打ち、仮払金返還問題

 行政責任も問うた全国統一民事訴訟のうち1陣は2審で84年、3陣は1審で85年に国に勝訴。原告計829人は国から26億9705万円の仮執行金(賠償の仮払い)を受けた。その後、最高裁で逆転敗訴が濃厚となり、原告は87年、被告企業カネカとは「法的責任がないことを認める代わりにカネカ分の仮払金(1人平均300万円)の返還を原告に求めない」とする条件で和解した。
 一方で、国は和解を拒否。国の責任を否定する敗訴判決を避けるため弁護団主導で原告は国への訴えを取り下げた。このため国との訴訟(勝訴判決も)はなかったことになり、10年の消滅時効を前にした97年、国が仮執行金返還の調停を申し立てた。原告の多くは1人平均300万円の仮払金を治療費や生活費として既に使っており、返済は困難に。05年2月末現在で17億5750万円が未返還となっている。

==============

 ◇カネミ油症事件

 68年、福岡、長崎県など西日本一帯で、カネミ倉庫(北九州市)が製造した米ぬか油を食べた人が、吹き出物など皮膚症状を中心に手足のしびれ、頭痛、内臓疾患など全身の異常に苦しんだ。肌が黒い赤ちゃんも生まれた。
 病像も未解明な部分が多く、01年にPCBが熱変成したダイオキシン類PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が主因と判明。04年にPCDFの血中濃度を追加する形で患者診断基準が改訂されたが、改訂後の04、05年度も新規認定は全国で25人にとどまる。食中毒としての被害届は1万4320人に上るが、認定患者は05年度末で1892人(04年度末現在で1335人生存)。県内で認定を受けた患者数766人(死亡確認186人)のうち約9割の687人が五島市(旧玉之浦町528人、旧奈留町159人)に集中する。

==============

 ◆カネミ油症事件の主な動き◆

68年 2月 西日本でニワトリ約49万羽変死(ダーク油事件)。原因はカネミ倉庫が米ぬか油を製造する過程の副産物「ダーク油」を原料にした飼料が原因。カネミが高濃度に汚染された米ぬか油を製造・出荷
   10月 カネミ製米ぬか油を食べた人の間で被害相次ぐと報道。九州大医学部など4者が油症研究班結成。旧厚生省の指示で別組織「全国油症研究班」発足。九大の油症研究班が患者診断基準を発表
   11月 九大の油症研究班が、米ぬか油に含まれたPCBが原因と発表
69年 2月 福岡地区の被害者がカネミ、カネカ(当時・鐘淵化学工業)を相手に提訴(福岡訴訟、原告45人)
75年    民間研究者が食用油や患者の内臓などからPCDFを検出
77年10月 福岡訴訟1審判決(福岡地裁)で原告勝訴(カネミの責任確定)
78年 3月 統一訴訟1陣(原告750人)で福岡地裁小倉支部は国、北九州市の責任否定。刑事訴訟で同支部はカネミ元工場長に有罪判決、社長に無罪判決。後に確定
82年 3月 統一2陣(原告363人)で同支部は行政責任を否定
84年 3月 統一1陣で福岡高裁は国の責任を初認定。国は約25億円を仮払い
    6月 統一1陣原告団から334人が脱退、油症連盟を結成
85年 2月 統一3陣(原告73人)で地裁小倉支部は国の責任を認定。国は約2億円仮払い
86年 1月 油症福岡訴訟団(原告576人)がカネミ、カネカ相手に提訴
    5月 統一2陣で福岡高裁は国、カネカの責任を否定
87年 3月 統一4陣(提訴85年7月、原告7人)、5陣(同85年11月、原告75人)を含め、全訴訟一括和解方式で訴訟原告が最高裁でカネカと和解。89年3月までに全員が国に対する訴えを取り下げ
   10月 統一4陣、5陣がカネミと和解
   12月 油症福岡訴訟団がカネミと和解
96年 7月 被害者10人が国への仮払金返還問題で調停を申し立て(先行調停)、同10月にモデルケースとして7人の調停成立
97年 3月 国が調停一斉申し立て
99年 9月 イタリアでのダイオキシン国際会議に被害者が世界へ訴える。国が申し立てた827人全員の調停終了
00年 3月 市民団体が五島で初の被害者の自主検診・被害調査
01年12月 坂口力・厚労相が原因物質をPCDFと認める。国が認定基準見直し作業開始
02年 6月 市民団体「カネミ油症被害者支援センター」設立
04年 4月 被害者が日弁連に人権救済申し立て
    9月 厚労省の診断基準再評価委員会が23年ぶりに基準見直しを決定。PCDFの血中濃度を加える。旧奈留町の被害者が「油症奈留島の会結成」
   11月 新基準導入後、県が全国初の新規患者10人認定
05年 3月 新規認定患者がカネミと初の補償交渉。カネミは新たな補償拒否
    7月 日弁連が五島市で現地ヒアリング調査
    8月 五島市の被害者団体「カネミ油症五島市の会」発足
   10月 同市で被害者救済を訴えるPCB・ダイオキシンシンポジウム開催
   12月 県議会が国に被害者救済対策を求める意見書可決
06年 2月 被害者団体と県、五島市、県議会、同市議会が合同で与野党の国会議員に救済要望
    4月 北九州市の被害者の全国集会で仮払金返還免除など公的救済を求める7項目の国への統一要望決定。日弁連が全被害者を救済するよう国に勧告
    5月 金子原二郎知事らが被害者の早期救済などを求め政府・与党に要望書提出。五島市で「カネミ油症被害者を支援する会」発足
(毎日新聞、長崎、2006年6月2日)
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ