2006/6/13

今日もジェラール・フィリップ特集  映画

新文芸坐でジェラール・フィリップ特集、『愛人ジュリエット』(マルセル・カルネ監督)と『夜の騎士道』(ルネ・クレール監督)。
『愛人ジュリエット』はカメラマンがコクトーの『美女と野獣』と同じアンリ・アルカンで幻想的な雰囲気なのだけれども、刑務所に入れられている囚人が夢の中で美女に出会っているという、いかにもお伽話の世界の話で、なるほど、これが「詩的リアリズム」っていうやつなのかという感じでちょっときつかった。でも、『夜の騎士道』はかなり良かった。
ルネ・クレールはやはり窓ガラスを使った演出がすぐれている。ジェラール・フィリップとミシェル・モルガンが窓ガラス越しに踊っていたのがすっと草木越しに踊るようになるシーンは巧みな心理表現にもなっていてぞくぞくしたし、ラストシーンの窓も印象的。窓の演出というのはやはり演劇ではなく映画的な(スクリーンという枠をうまく使った)演出なのだと思うし。
一昨日、クロード・オータン・ララってうまいなあと書いたけれども、それは脚本や構成(どのシーンを見せてどのシーンを見せないかといった)の力によるところが大きいように思う。『肉体の悪魔』ではたとえばフランソワ(ジェラール・フィリップ)がいったんマルト(ミシュリーヌ・プレール)のことをあきらめて田舎へいっていたシーンや、妊娠したマルトのおなかが大きくなるシーンは排除されている。ある意味ではあざといとも言えるかもしれない。ヌーヴェルヴァーグの作家たちが批評家時代にこうした「詩的リアリズム」の映画を否定したひとつの要因として、このような排除が現実の人間のあるがままの素晴らしさをつかまえていないのではないかという疑問があったのではないだろうか。
その点、ルネ・クレールの映画は脚本の力ではなく、純粋に演出で楽しめるところがある。少なくとも、カルネやクロード・オータン・ララとは違い、ルネ・クレールの映画は「演出の映画」だという気がするのである。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ